・東錦について

 東錦は、かつてはらんちゅうに次ぐ愛好会の数を誇ったほどの品種であり、その魅力を限られた文字数で語ることは難しい。この品種が誕生した時期は比較的新しく、作出が試みられるようになったのは明治の終わり頃からであり、横浜の本牧で金魚商を営んでいた加藤金蔵氏が、昭和6年に優秀なキャリコのオランダ獅子頭を作出し、これに東京金魚錦鯉販売購買組合の組合長だった高橋鉄次郎氏が命名したといわれている。現在、一般に広く流通しているものは愛知県の弥富で生産されており、丸手のオランダ獅子頭の体型にキャリコの体色が乗った魚であるが、これとは別に日本古来の長手の東錦というのも存在し(本東、関東東と呼ばれている)現在とは違って池で飼育するのが一般的だった時代は、こちらの長手のタイプが主流であったらしい。最近人気の高いS養魚場産の東錦も、この日本古来の東錦の血を色濃く受け継いでいる。現在では目にする機会が少なくなった長手の東錦だが、その魅力は大変奥の深いもので、一度はまってしまうとなかなか抜け出せなくなるほどの魅力を持っている。私がこの長手の東錦の存在を知ったのは20年ほど前にフィッシュマガジンに書かれていた記事が最初だったのだが、第一印象は、キャリコ模様の東錦を見慣れていた私にとっては「ずいぶんあっさりとした色の東錦だなぁ」位の印象だった。しかし見れば見る程、浅葱色の体色に尾鰭に入る蛇の目模様の墨、前がかりのきいた尾鰭、そして頭に入るほんの少しの赤に底知れない魅力を感じるようになり、当時はインターネットなど無い時代だったので、無理を承知で長手の東錦の愛好家に手紙を書いて、数匹譲ってもらったのだが、とにかくその上品さは絶品で、今でもこの品種の飼育を続けている。長手の東錦は上見で鑑賞することでその魅力を発揮する魚であり、採卵しても体型、体色の両方において理想的な魚が出現する確率は極端に低いので、水槽飼育が主流の現在では廃れてしまったのは致し方ないことなのかもしれないが、現在でもこの東錦を熱狂的に支持する方は少数ではあるけれど確実に存在し、完全にいなくなってしまうことは絶対にないと信じている。気の短い人には不向きかもしれないが、当歳、2歳、親魚と、その色彩は大きく変化し、とても息の長い楽しみ方が出来る品種である。

・理想の東錦とは

 らんちゅうと同様、東錦にもかつては日本東錦協会という全国規模の会があり、1970年代のフィッシュマガジンには度々優等魚の写真が紹介されていた。(リアルタイムで見てきた訳ではないが)しかしオランダ獅子頭の体型と泳ぎに色彩まで求めるとなると、その条件を満たす魚はほとんど残らず、徐々に衰退してしまったようだ。私もこの品種が好きで、未熟な腕で何度も繁殖させたことがあるが、らんちゅうよりもずっと丈夫で孵化率も高いのに、良い魚はほとんど残らない。らんちゅうならばハネ魚といえどある程度は鑑賞価値があるものだが、東の場合はハネ魚にはほとんど鑑賞価値が無いといって良い。しかも普通鱗の魚に限って体型が抜群に良かったりするものだから、「この体型で色が乗ってくれたらなぁ・・・」と思うことがしばしばである。そんなもどかしい品種であるが、当歳魚の頃はうすぼんやりとした浅葱色だったものが、2歳、3歳になるにつれて徐々にはっきりとした模様になってくるのは何度見ても飽きないというか、苦労が報われたような気がして、止めようと思っても「もう少し頑張って飼ってみようかな」と言う気持ちにさせられるのである。そんなところがこの品種の魅力だと思う。前置きが長くなってしまったが、東錦の見所について少し書いておきたい。らんちゅうの世界で有名だった故小竹為成氏によると、理想の東錦はまず頭部の発育が充分で赤色があり、その三〜五色の配置が良く鮮やかで感じが良いもので、尾芯は垂れ下がらず尾筒は太からず細からず、泳ぐときは重々と、また軽く上向き、又は下向きせず、賑やかに進むものが良いとのことである。尾形が良い魚というのはなかなか簡単に説明できないが、四つ尾で品位があり、味わいがあるのが名魚とされている。

・東錦各種

関東東錦(本東)の2歳魚。浅葱色に頭の赤と、基準色を満たした優魚である。しかし体型と色彩、泳ぎの全てを満たす魚があまりにも少ないために、残念ながら今日では衰退してしまった。(フィッシュマガジン1980年9月号より)

関東東錦上見。色、体型共にまずまずの魚。東錦の浅葱色は直射日光が当たると黒く焼けてしまうので、必ず簾で半分覆って直射日光を遮らなければならない。

弥富産の東錦。丸手の体型に鮮やかなキャリコの色彩が特徴である。関東東錦のような厳しい色彩の基準はなく、尾の前掛かりもないので、上見では物足りないが水槽では非常に見栄えのする魚である。

中国産の東錦。頭の盛り上がりは優れているが色彩的には国産のものより劣る。東錦に限らず、中国では全体のバランスよりも特徴(東錦であれば頭の盛り上がりの良いもの)を重要視する傾向がある。

以前飼育していた関東東錦。色彩的には赤が多く、尾形も不満が残る魚だが、関東東らしい味のある魚。尾に不満がなければもう少し飼育していたかもしれない。