・ミューズについて

この品種の存在を初めて知ったのは、平成8年2月号に記載されたフィッシュマガジンの記事で読んだのが最初だったと思う。ミューズという、国産の金魚としては一風変わった名前は、その詩的な美しい色彩と可憐なイメージから、ギリシャ神話の中に登場するゼウスとネモシュネとの間に生を受けた、詩と芸術を司る女神musa(ムーサ)に因んでミューズ(muse)と名付けられたと言われている。

この品種が発表された当時、海外からはこれまで以上に個性的な金魚が次々と輸入されて来ていた。特に体色に関してはもう出尽くしたのではないかと思う程、多くのバリエーションが既に存在しており、少し食傷気味だった私は、「新品種で既存の品種よりも美しく完成度の高い品種というのは簡単には出てこないだろうし、相当奇抜な品種でもなければ飼育してみたいと思う事はないだろうな」などと、勝手な事を考えていたものだ。それだけに、この淡い山吹色をした可愛らしい新品種の存在を知った時の驚きと喜びは大変なものだった。

自分でも当時、東錦の仔引きをしており、選別の過程で、全透明鱗の魚が出現することは知っていたが、それを東錦の一つのバリエーションとして楽しめると考えた事はあっても、全透明鱗の白に着目して一品種として完成させるということは想像すらしたことがなかった。作出者の川原やどる氏は、ミューズの他にもオーロラや彩錦、翠金等、様々な美しい金魚を作出してきたが、私個人としてはこのミューズこそが、氏の最高傑作ではないかと考えている。

ミューズの存在を知ってから数ヶ月後、今はなき札幌市内の某観賞魚店で初めて実物と対面したが、初入荷ということもあり、価格は非常に高価であった。尾鰭は摘みで、やや不満の残る魚ではあったが、丸手の琉金体型にあどけない黒目をしたその姿は本で見た通りの姿で、あっさりしすぎてちょっと物足りないような、それでいていつまでも眺めていたいような、不思議な感情を抱かせる魚であった。自分で実際に飼育する機会に恵まれたのはその3年後位だったと思うのだが、購入直後は上品な山吹色をしたミューズも、水槽で飼育していると徐々に白っぽくなってしまう傾向があるようだ。やはりミューズと呼ぶに相応しい、あの淡く美しい山吹色の体色は、青水の中でこそ、本来の美しさを発揮するのであろう。

ミューズが新品種として発表されてから数年間は、数は少ないものの上質のミューズに度々お目にかかることができたが、残念なことに最近では、以前ほど上質の魚に巡り会えなくなっただけではなく、ミューズ自体の流通量が減少し、人気も下降線を辿っているような気がしてならない。ご高齢である川原氏が作出、発表してまだ日が浅い品種であり、流通量も未だ少ないことを考えると、先行きに不安を残すことは否めないが、願わくば従来のどの品種とも違った素晴らしい個性と、飽きのこない上品な美しさの両方を兼ね備えた本種がこの先も絶えることなく愛され続ける品種であってほしい。心からそう思う。