ギリシア人の文化 2








神々の芸術と精神性



古代のギリシア人は神々の像を沢山つくっていたと”1”でも書きましたが、像が造られるようになってからギリシアは大きくわけて次の3つの時代に分けられます。

アルカイック期
クラシック期
ヘレニズム期



古代のギリシア人にとって、自分たちの信仰している神の像を造っているわけですから、そこには単なる人体を作る以上の精神性がありました。
現在、私達が仏像等を見るときに感じるのと通じる神性がそこにはありました。
単なる芸術作品ではなく、あくまで神であり、信仰の対象としてつくられたのですからそれは当然なことですが。


アルカイック期から時代が進むにつれて、像を造る技術が上がってきます。
より自然に、より美しく、よりリアルにつくれるようになってくるにつれて、はじめ存在していた宗教の精神性の薄れが作品に感じられるようになってきます。
それは、宗教の神秘的な部分がリアルに作ることに出来る技術によって、神秘さが薄れてきたのも原因の一つであると考えられます。





簡単に書くと、

精神性はあるがそれを表現する技術が追いついていなかったアルカイック期
精神性と技術のバランスがとれたクラシック期
技術が高くなったことで精神性が薄れてしまったヘレニズム期

であると考えられます。



このことは、実際に当時作られた像を見ることでよりよく解ると思います。

ギリシアの神の像をみるにあたり、
はじめの約束として、基本的にギリシアでは女神は着衣、男神は裸という決まりがありました。
これは一種の記号的なものであったと考えられます。

アルカイック期にはこの決まりは守られているのですが、時代が進につれて女性像が脱いでいきます(笑)
ヘレニズム期になり、最終的には完全なヌードとなるのですが、その過程ではうっすい衣を纏った女神とか、ほとんど身体のラインが見えているような、そこまでするなら脱がしてしまえ!!っとついつい思ってしまうようなものも結構ありますし・・・

この現象も精神性の薄れから来ているように思います。









オマケ知識1、

ミロのビーナスはヘレニズム期の作品です。
はじめ発見されたときはクラシック期のかと考えられていましたがその後どうやらクラシック期影響の濃いヘレニズム期に制作されたものだということになりました。

ギリシア人が作った像はほとんど残っていません。
今、ギリシア彫刻として残っているもののほとんどがローマ時代に作られたコピー(ローマンコピー)です。
その点ギリシア人が作ったと言うことが解っているミロのビーナスは貴重なものなんですね。
(クラシック期に作られた作品はもっと貴重みたいです。)


オマケ知識2

ギリシアでは完璧な神の像を求めていた訳ですから胸像はありません。
みんな全身像です。