こころ。 1
数年ぶりに家族でお祖母ちゃんちに帰省した私には災難が待っていた。
古めかしい香りがする玄関に片足だけブーツを脱いだ状態で言われたのは・・・
『清ちゃん、お寺に行って』というものだった。
何でも毎年お寺に手伝いに行ってたお祖母ちゃんがギックリ腰になったため、
とにかく誰でもいいから暇な人間を代わりに行かそうということになったらしい。
「寺のバイトなんてやったことないもの。何すればいいか分からないって!」
「ニコニコ笑ってお守りとおみくじを売ってればいいのよ。」
「それだけ?」
「そうそう。簡単で高収入よ?」
「本当に?」
適当な事を祖母に頼まれた母が言う。
だが・・完全に金に目が眩んだ。
そして直ぐに軽々しく引き受けたことを後悔することになるのだ。
「ちょっと!集めた枯葉にタバコを投げ入れないでよ!」
「どうせ燃やすんだ、別に構いはしない。」
「なに言ってんの!今はダイオキシンが出るとか色々うるさくて勝手に物を燃やしちゃいけないのよ?」
「ふん。ここはド田舎だぜ?隣近所、みんな燃やしてる。ホラ、」
顎で指された方角からは細く長い煙が上がっている。
誰かが何かを燃やしているらしかった。
「信じられない!村役場に苦情言わなきゃ!」
「へぇ、面白いな。どんな反応が返ってきたか教えてくれよ。」
言いながら、また新しいタバコに火をつける男。
ありえないって思う。
お坊さんって頭を丸めて、清く正しく粛々と生きている人じゃないわけ?
目の前の男は普通に髪があって、おまけに綺麗なマロンブラウンよ。
毛先に僅かな癖があって、男にしちゃ色白の肌に腹が立つほど似合ってる。
おまけに顔はアイドル俳優真っ青の美形だった。
なのに坊さんの袈裟をつけてるよ、この人!
タバコの火が移り燻ってきた枯葉を竹箒で力任せにバシバシと叩く。
掃いても掃いてもなくならない枯葉にも腹がたってしょうがない。
「もうっ、役にも立たない木が多すぎるのよ!」
「なら切るか?」
「え?」
「切れば枯葉は落ちない。そうすれば掃除をする必要もなくなるだろう。」
簡単なことのように彼は言い、遠く連なる山々を眩しそうに見ていた。
寺の庭に数え切れないほど植わっている木々を見渡す。
どれもこれも幹がシッカリした古い木だ。
私が生まれるずっと前から、この地に根付いて大きくなったものだろう。
全ての木がなくなったら。
頭の中で想像したら、それは酷く殺風景な色のない庭だった。
あのモスグリーンの池に映る紅葉は確かに美しいのだ。
グッと言葉につまった私は黙って箒を動かす。
彼は私の答えなど必要ともしていなかったようで、
法衣の袂にタバコとライターを仕舞うと銜えタバコのままで本堂へと歩き出した。
遠ざかりながら彼は言う。
「そんなに環境汚染が気になるんなら穴でも掘って埋めるんだな。」
スコップは、どこよ!
遠ざかる背中を睨みつつ、私は乱暴に枯葉を集めた。

普光院 心、ふこういん こころ。
若い和尚の名前だ。
名前だけは大層な徳がありそうな響きだが、実際の彼は坊主と呼ぶには疑問を感じる男だった。
見た目も坊主ではないし、言葉遣いも悪い。
ヘビースモーカーのうえに、酒もめっぽう強いのだと寺のお爺さんが教えてくれた。
彼は一月前に急病で入院した住職に請われて、退院するまでの代理住職としてやってきたらしい。
老齢の住職は「心に任せれば安心じゃ」と言ったらしいけど、
思うに・・・こんな田舎に来てくれるお坊さんなんて誰もいなかったんだと思う。
でも田舎に唯一の寺だし、和尚急病のためお休みしますと正月を前にして言うわけにもいかない。
お坊さん協会か何かに直訴して、やっと回してもらったのが彼だったのだろう。
彼は不良坊主で、きっとどこの寺でも持て余してたんだわ。
で、渡りに船だと彼の言うド田舎の寺に赴任させたに違いない。
勝手に物語を作った私は、
とにかく正月さえ乗り切ればバイト料が・・・と何事も我慢することにした。
寺でも巫女と呼ぶかは知らないけれど、
赤い袴を身につけて髪を後ろで一つに束ねれば形はらしくなる。
だが寒いので上には厚手のカーディガン、見えない袴の下はスパッツをはく。
なにやら非常に動きにくい格好なのだが、今日は寺の裏に穴を掘る事にした。
気に食わない心和尚の意見を取り入れるのは不本意だが、
穴さえ掘ってしまえば掃いた枯葉をそこに集めて土さえかければ終わりという手軽さに惹かれた。
意気揚々と錆びたデカいスコップを土に刺してみたが、これがまた大変だった。
土が固くて、やっと掘れても木の根がいっぱいなのだ。
八十をとうに過ぎてそうな寺のお爺さんが見かねて手伝ってくれて何とか穴が掘れた。
気づけば午前いっぱいを費やして、二人とも汗をダラダラの重労働だった。
「な、なんか・・久しぶりの労働だわ。」
「昔は枯葉を焼いて、その灰を土に返したんだがねぇ。
灰が土に混じり雨水と共に木々の栄養になって、また木を大きくする。
そうやって全てが上手く廻っていたもんだ。」
お爺さんは年季物のどてらを脱ぐと手ぬぐいで汗を拭いながら言った。
「全てに無駄なものなどない時代だったねぇ。」
そうなんだ。
そういえば小学生の頃の社会か何かで、そんな事を習ったような気もする。
とにかく不要なものはゴミ袋に入れて回収さえしてもらえればお終いと思っていた私には新鮮な考え方だった。
枯葉を集めてきては掘った穴に掃き入れる。
遠くの葉は大きな塵取りに集め、それを更に竹のカゴに集めては穴に捨てた。
一杯になればお爺さん二人で穴の上に乗り足踏みする。
お爺さんの昔話をBGMに久方ぶりの汗を流した私だった。
なにやら体中が重痛い感じながらも爽快な気持ちで本堂の前を通れば、
真冬でも開けっぴろげの中がよく見える。
そこへ運悪く廊下を歩いてきた心和尚と出くわした。
私を横目でチラッと見ただけでシカト。
そのまま私に背を向けてご本尊様の前に無駄のない動きで腰をおろした。
両の袖をはらうようにして座る仕草が、驚くほど様になっている。
ピンと伸ばした背筋と美しい後姿に思わず足を止めた。
ひと呼吸を置いて始まった代理和尚の読経に私は目を見張った。
思いがけなく大きくて通る声は、普段の彼から出ているとは思えない程に凛として冷えた空気を震わせる。
なんの知識もない私には何を言っているのか分からない。
だけど動けなかった。何でもないように通り過ぎる事など出来ないような声が朗々と続く。
初めて聞いた彼の読経は、
掃き清めた庭の隅々にまで流れ広がるように届いていた。
こころ。1
2007.01.06
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