痕跡という唄


途方もない気持ちで街を歩いた

薄暮が世界を灰色にかえてゆく中を

景色の暗いところから明るいところへと

順番に番号をつけたんだ

空にはいつも一番若い数字がくる

今の空はちょうど38くらいだろうか?

74の木立、58のビルディング

世界はザクロのようにびっしりと数字で埋まっていった

100の暗闇と0の空白はもしかしたら

同じものじゃないかと思う眼には見えなくて

視界を遮るように光が掠(かす)めた

夕暮れの交差点はイルミネイションの渦巻きだ

光は膨らんで山のような海のように

大きくうねって僕を飲み込んでいく

赤信号でも車は交差点の中を通り過ぎる

それは、どんな音にも必ずノイズが含まれているように

横断歩道を歩く人には懸賞金がかけられている

家族は大きな保険金を受け取ることができる

途中から雨が降ってきた

路面を滑り転倒したバイクは炎上を続ける

濡れ始めの雨はとても冷たい

自由が欲しいなら幸福なんて夢見るべきじゃなかったんだ


二足歩行のシンデレラの靴を

まだ見たことのない夜に探しにいこう

24時間のオレンジの果実

そっとひと粒ほおばってみよう


とにかく、と僕はつぶやいて

途切れることのない車の川を

ずっとずっと眺めていたんだ


非常階段からはたくさんの窓が見える

明るい窓にはテーブルがあり食器が並べられていく

疲労のような安堵が身体にしみ込んでくる

帰る人を待つ人はいつも灯りの中だ


突然、窓の中がコインランドリーの乾燥機のように

ごちゃごちゃに回転を始める

そのひとつひとつを僕は見つめながら

まるでオポッサムのようにそっと夜の血を流す

ランドセルをおもそうに背負う女の子が立っていて

どこか具合でも悪いの?と尋ねている

卑怯なこともしてきたけど、そんなに悪い人というわけでもないさ

ただちょっと歳をとりすぎてしまっただけさ

いいかい?お嬢ちゃん、若いということはいつでも

愚かなことなのさ、恥ずかしいことなのさ

ねえ教えて、歳をとるってどんなこと?

私は大人になったらやりたいことがいっぱいあるの

いいかい?お嬢ちゃん、歳をとるってことは

あんたが誰からも大切にされなくなるっていうことさ

いいかい?お嬢ちゃん、歳をとるってことは

眼がかすんで頭がぼけて肌がカサカサになるっていうことさ

いいかい?お嬢ちゃん、歳をとるってことは

誰もが老いぼれちまうのさ、身体の中がドロドロに腐っていくのさ

いいかい?お嬢ちゃん、歳をとるってことは

誰かにオンボロにされちまうのさ、ただ古くなっていくんじゃなくて

いいかい?お嬢ちゃん、歳をとるってことは

あんたが世界中で一番嫌いな男にやられちまうようなことさ

いいかい?お嬢ちゃん、歳をとるってことは

誰にも止められないのさ、帰り道のない特急列車に乗るようなものさ

いいかい?お嬢ちゃん、といいかけた時にはすでに

下界は彼女の頭の中にめり込んでいた

彼女の持っていた特急切符を破いてやったような気がした

そして、握っていたハンマーを置いてポケットの中のライターを探ったんだ


二足歩行のシンデレラの靴を

まだ見たことのない夜になくしにいこう

24時間のオレンジの魔術

そっとひと粒ほおばってみよう


とにかく、と僕はつぶやいて

消えていくしかない煙草の煙を

ずっとずっと眺めていたんだ

夜の怪獣が数字の光を

塵じりに砕いて食べていく

僕は、助けてくれ、と叫び声をあげながら

すれ違う人達の頭をハンマーで叩き割っていった

かつてなくした恋人のひび割れた記憶のような

共鳴しない低くて鈍い音がした

真夜中の路地裏に響く靴音が聞こえる

この音が僕の頭を離れることはもうないだろう

夜更けに繰り返しあらわれる場面がある

となりには妻とふたりの子供が眠る

転がった三つの肉の暖かみが

整列して敬礼をする少年達のように僕を切なくする

丸いぼんやりとした灯りの中に母と子がいる

この家族には父親がいない

そう思ってすぐにそれが自分だと気づいた時に

人のせいばかりにしてきたことを悔やんでいたと

ああ、いつかどこかで僕の家族と出会うことがあったら

どうか伝えてほしい

こんなにも長い不在を詫びていたと

そして、そんな風にしか

僕は僕を、いられなかったんだと


二足歩行のシンデレラの靴を

まだ見たことのない夜に探しにいこう

24時間のオレンジの果実

そっとひと粒ほおばってみよう


二足歩行のシンデレラの靴を

まだ見たことのない夜になくしにいこう

24時間のオレンジの魔術

そっとひと粒ほおばってみよう


とにかく、と僕はつぶやいて

そこにあった大きな月を

ずっとずっと眺めていたんだ





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