DIE IN CRIES ダイインクライズKYO,室姫深,TAKASHI,YUKIHIROL'Arc-en-Ciel BUGの原点
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DIE IN CRIES/ダイインクライズ

(1992/02/05デビュー、1995/07/02解散)  
Vo.磯野宏=KYO=狂 ラナウェイ・ボーイズ(Gu)→ジェイル・ブレイク→デッド・ワイヤー→横須賀SAVER TIGER→Ba-Rra→D'ERLANGER→DIE IN CRIES→ソロ→BUG→D'ERLANGER
Gu.室姫 深=SHIN=小島実=minoru BERRIE→THE MAD CAPSULE MARKET'S→OPTIC NERVE→DIE IN CRIES→BLOODY IMITATION SOCIETY→BUG→SPIN→Creatur Creaturメインサポート
Ba.金内孝史=TAKASHI THE ACE→DIE IN CRIES→FAME→HybriD→BUG
Dr.淡路幸宏=YUKIHIRO GUERRILLA→ZI:KILL→OPTIC NERVE→DIE IN CRIES→L'Arc-en-Ciel

 D'ERLANGER解散後、曲作りなんかをしていたKYO。ある日、ロンドンにいるYUKIHIROから「Zi:Killをやめるからバンドをやらないか?」と連絡が入る。はじめはZi:Killを続けるよう説得したそうです。何回か二人で会っていると、マッドカプセルマーケッツを脱退した室姫深がYUKIHIROに誘いをかけてきた。結局は室姫深が引き込まれる形になる。
 まずはKYOがDIE IN CRIESと名乗りつつも
ソロとしてNOTHINGNESS TO REVOLUTIONを発表。YUKIHIROと室姫深はユニット「OPTIC NERVE」を組み、CDを発売しました。OPTIC NERVEは既にNOTHINGNESS TO REVOLUTIONに参加していて、二人を入れてバンドとして活動することが決定。
 初ライブが決定したにもかかわらずベースは空席。そこへTAKASHIがライブを見たいと連絡してきた。TAKASHIは、
KYOとは横須賀SAVER TIGERの練習先のスタジオで働いてたので知りあっていて、室姫深は高校の後輩にあたるので、この二人がバンド結成ということで連絡してきたのだ。KYOが「たしかベース上手かったよね、バンドやらない」というと「やるやる」と見事決定。バンドのメンバーが揃う。
 TAKASHIの加入は簡単なノリのようですが、
バンドは人間関係が重要(PIERROTの解散劇はびっくりだったね〜)。なるべくしてだと思います。ベースを初めて聞いた時はビビリましたよ。あまりの上手さとセンスの良さに。こんな人が引退する気だったとは、他に埋もれていったミュージシャンが何人いたことか。
 聞きやすさとテクニカルな演奏が融合した唯一無二の楽曲は衝撃を与え、
武道館公演まで果たした。1994年にバンド活動を休止してソロ活動したあと、音楽性の違いが顕著になり解散が決定してしまう。KYOは「やりたいことはソロでやって、DIE IN CRIESは今まで通り」と思っていたらしいが、ソロをしていないメンバーは「DIE IN CRIESでやりたいことを望んだ」ためだという。KYOがロンドン旅行から帰る前に他メンバーで先行して作ってもらっていた新曲を聞くと、音楽性の変化に「バンド名変えたほうがいいんじゃないの?」と思ったそうです。

突然終わってしまったD'ERLANGERでの苦い経験があるKYOは、メンバーを説得してラストアイテムと解散ライブをするように、他メンバーを説得。

 実力があるメンバーとはいえ、経験値と知名度が一番上だったKYOがリーダーであったようで、全員承諾。円満解散にこぎつける。映像作品になっている解散ライブの充実感は、とても最後とは思えなかった。実際途中までは、手ごたえの良さに解散を忘れる時間もあったらしい。

 DIE IN CRIESでのKYOは、
実にノビノビしていた。作り込んではいるんだけど、それが自然にかんじる。D'ERLANGERからの成長度は、D'ERLANGERメンバーの中では一番かも。もともとが○手だったけどね(笑)。ロックは上手い下手じゃないんで、いいんだけど。

 えー、このバンド、
コピーバンド泣かせだった。各パートごとに見てみる。
 KYOは…格段に上手くなってるけど、元がアレだけに技術的には難しくないかもしれない。ただ、低い声の出ない人は辛いかも。
 室姫深は、ギターシンセ使いまくり。THE MAD CAPSULE MARKET'Sの初回ライブから出番がなくとも使用し続けてきたギターシンセを、うっぷんを晴らすように使っていた。ライブでの再現はとりあえず置いとくってな潔さ。年中貧乏なバンドマンには、ギターシンセやエフェクター揃えるのはキツイ。ちなみに彼は時々名前が変わりますが「室姫深」という名前は、本人の中で特別なバンドのみ使用しているそうです。児島実が本名だそうですが、個人HPでは「小」島実になってますね。ま、どっちでもいいです(笑)。確かに室姫深名義の時のスタイルが一番好きです。
 TAKASHIは目立った実績は無かったが、5玄ベースでフラットレスも使いこなす技術はピカイチ。このジャンルで常に5玄ベースというのは少なく、指弾きでベースを下げて構えるのは、もっと少なかった。ロックでは珍しい流麗なフレーズは、初心者には難しい。単純に、5玄ベースを所持できるかの問題もあった。
 YUKIHIROは、その精密機械のようなドラムさばきで、多くのタムを使用していた。初心者はまず、あれだけのタムは用意できない。鳴りすぎないロートタムだからこそできるフレーズが多かったが、ロートタムを所持しているスタジオは少なく、普通のタムで叩くとドラムソロみたくうるさいので、コピー曲としては敬遠された。裏のリズムどりが基本なので、リズム感の無い初心者にはコピーを許さなかった。

 ふぅ…。個別に見てもこれだけ言えるので、これがアンサンブルになったら、もう大変。かくゆう自分も
学祭でMELODIESをやろうとして、初回の音合わせでサビ以外が全く合わせられず、お蔵入りとなった。曲はメンバーも凄く気に入ってくれたのだけど…。これだけの楽器隊が、ちゃんとしたメジャー経験無いってんだからホント驚かされました。

 アイテム情報。DVD「ALL IN ONE」は、一般販売されたオリジナルビデオの他、オムニバス収録のイベントライブ、入手困難なインディーズ作品、さらには抽選特典からも収録したデジタルリマスタリング。これから聞く人も、懐かしむ人も、最適の1枚だと思います。当時に頑張って集めていた人には憤慨アイテム(笑)
 映像作品LAST LIVE「1995.07.02」で、最後に室姫深がギターを投げて、争奪戦が映ってます(笑)。でもずっとギターの音は聞こえてて、いつの間にかギター持ってる。なんでこんな編集するんだろうね。時々こんな変な編集見るよ。

ほんじゃ、アルバムのミニ感想

NOTHINGNESS TO REVOLUTION


1991/08/01
インディーズなのに近所の新星堂で大々的に宣伝されてました。出入り口にワゴンでコーナー作ってた。D'ERLANGERが絶頂期に解散したのが大きいのでしょう。豪華装丁なうえ、値段も高いこのCD。水滴音や打ち込み等で構成されて完成作品とはとても呼べないこのアルバムは、仲間から冗談まじりでインチキCDと言われた。しかしKYOにとっては、これから活動させる予定のバンドDIE IN CRIESのSE(ライブのオープニングに例えている)にあたる重要なものだった。と、あとで理由を聞かされても、貧乏な中高生には納得しづらい作品でした。映像も合わせて一つの作品だそうです。

VISAGE


1992/03/11
あまりの格好良さに感じた衝撃は忘れません。こんな音楽があったのかと。LUNA SEAがインディーズ時代にジャンル分けに苦労されたと話題だったこの時期に「いや、こっちだべ」と思っていた。これの製作時点ではライブ経験がほとんど無いので、グルーブが全く無いのが難点。無機質を目指していたというドラムは、打ち込みのごとく正確無比。人間技じゃねー!TAKASHIのベースプレイはメロディー重視なこのアルバムが一番好き。すべてが最高なベース。

NODE


1992/09/23
ライブをほとんどやらずに作られた前作との大きな違いは、グルーブが生まれていること。ツアーの勢いそのままに作られた成果です。いい曲がたくさんできたということで、ミニアルバムとしては中途半端な曲数になってしまった。HIDEに「もう1曲入れてフルアルバムにしちゃえば?」と言われたそうだ。テクニカルで動くフレーズにもかかわらず、全体としてメロディアスに聞こえることに感心する。一番のお気に入り。「My Eyes〜僕の瞳よ〜」はDIE IN CRIESの真骨頂。全編ソロのようなドラム、ロシアンな雰囲気のベース、ギターシンセ…最高だ。バンド小僧はコピーすべし!あべし!あたたたたた!
KYOはレコーディング直後のイベントで、手を骨折する。

Eros


1993/07/07
始めは「SALOME」のタイトルを考えていいたという。全体に溢れる文学的な要素は「BASILISK」を作成した時に好んでいた文学を読み直しす機会を得たからだそうだ。復活したD'ERLANGER時代の盟友一郎と哲(BODYね)とイベントで同じ舞台に立てたことも大きかったそうです。ちなみにその時YUKIHIROは後に加入するラルクとの競演でした。曲もさることながら、精神的な充実度が音から伝わるアルバム。ソロ写真集の作成も同時進行で、KYOはかなりノってる時期。
バンドとしてリリースやツアーをいくつか経験して、メンバーも「KYOのバンド」という感覚からようやく解き放たれた時期。全体として実に充実した1枚だと思う。解散を耳にした時に僕は「このアルバムを超えるものができなかったからだ」と思ったくらいだ。
「to you」はアルバムバージョンの詞なのでwith my song

クラシック・アベニューの飛べない鳩


1993/12/01
セルフカバー。ベスト的な選曲だが、まだまだ歴史が浅いということでブックレットに大きく断り書きまで入れてベストではないことを強調している。予定を聞かされた時に「忙し過ぎる」とかなりゴネたらしい(笑)。MELODIESのギターの印象があまりに違うので驚いた。エフェクター駆使していたシングル版を自分のバンドでコピーして「雰囲気出ないな」と言い合っていた時は確かにこんな音だった。全体に音がストレートに感じるのは、直後の武道館公演を意識して作ったことも要因。おかげで2曲入るライブテイクとの違和感が薄い。作り込んだ初期の音が好きな人は、好きになれないかも。

Seeds


1995/06/21
解散決定後に「メンバー全員がOK出した曲だけでも残そう」とラストアイテムとして作成されたので、未来へつなぐ歌詞が聞けます。歌詞にある「新しく蒔いた種もやがて花をつけるだろう、それぞれの夢を写し奇麗な花を」って歌をこの歳でラストライブで聞いたら泣き崩れるね。解散という事実がある中での作業はつらかったそうです。室姫深のギターがストレートになっている印象が強い。休止中に活動していたハードコアバンド「ブラッディーイミテーションソサエティ」の影響でしょうか。YUKIHIROの強い意向により、唯一のセルフプロデュース。

リリース一覧

シングル
1992/02/05 MELODIES
1992/09/23 MY EYES〜僕の瞳よ〜
1993/01/08 to you
1993/06/02 NOCTURNE
1993/11/21 LOVE SONG
1994/05/21 CRESCENT MOON
1995/05/24 「種」

アルバム
1991/08/01 NOTHINGNESS TO REVOLUTION
1992/03/11 VISAGE
1992/09/23 NODE
1993/07/07 Eros
1993/12/01 クラシック・アベニューの飛べない鳩
1995/06/21 Seeds
1995/09/21 LAST LIVE「1995.07.02」
1995/10/21 re-make
1997/06/21 THANX-Best of Die in Crise-

ビデオ
1991/09/10 NOTHINGNESS TO REVOLUTION/FILM
1991/11/10 WEEPING SONG/仮面の下の表情(カオ)
1992/04/08 EGOISTの戯言
1994/03/24 BEARDSLEYのPUZZLE〜Final Piece at Budokan〜
1995/05/03 CLIPS
1995/10/21 LAST LIVE「1995.07.02」
LDでは一曲(接吻KUCHIZUKE)多い

DVD
2003/11/26 BEARDSLEYのPUZZLE〜Final Piece at Budokan〜
2003/11/26 LAST LIVE「1995.07.02」
2005/06/29 ALL IN ONE

その他
1992 幻想の中の真実(抽選プレゼント)
1992 舷窓の中の信実(抽選プレゼント)
1993 Eros Special Video(抽選プレゼント)
1993/09/03 ARIOLA MEETING1993(所属レコード会社のイベントオムニバス)