デランジェ ラヴィアンローズ D'ERLANGER= KYO,CIPHER/瀧川一郎,SEELA,TETSU/菊池哲 CRAZE,BUG,BODYの原点
D'ERLANGER SADISTICAL PUNKメインロゴ

TOP
デランジェとは
最初に知っておく用語
歴史(略歴)
メンバー Vo.KYO
メンバー Vo.DIZZY
メンバー Gu.CIPHER
メンバー Ba.SEELA
メンバー Dr.TETSU
アイテム TAPE
アイテム シングル
アイテム アルバム
アイテム アルバム2
アイテム 映像
アイテム 本
アイテム オムニバス
アイテム グッズ
作詞作曲アレンジ
曲評価ラストライブ.1
曲評価ラストライブ.2
テレビ出演
ある日のセットリスト
ラヴィアン feat.KYO
余話
相関図
デランジェとワタシ
ファンページ
解散について論文調で
解散後の動向
D'ERLANGER総括

バンド歴 KYO
バンド歴 DIZZY
バンド歴 CIPHER
バンド歴 SEELA
バンド歴 TETSU

周辺音楽
横須賀SAVER TIGER
Zi÷Kill
JUSTY NASTY
STRAWBERRY FIELDS
Gilles de Rais
DIE IN CRIES
CRAZE

ライブレポート

リンク
総合掲示板

総合TOP
きまぐれ☆
 オレンジロード

Personal

デランジェ解散後の動向

 それぞれのメンバーのプロフィールのところにバンド遍歴として書いていますが、ここでは個人的な感想もつけて書いてみました。

 まず
TETSUは、ほとんど間をおかずZi:Killに加入しました。僕はデランジェを知る前はZi:Killが一番好きだったので、歓喜しました。ベースが好きでバンドやってたくせに、一番好きなアーティストはドラムのTETSUだったもん。そういえばTETSUの加入はシークレット扱いだったんだよね。ツアーで発表みたいな感じだったのかな?でもツアーで知る前に、Zi:KillのシングルスコアにTETSU加入の情報が載ってて、そこでいち早く知った記憶がある。
 ジキルにTETSUがいたのは短い間だったけど、ライブが見れたのは嬉しかった。JTのイベントで、他にLadies Room(再結成して活動中2005現在)と氷室京介が出てました。あきらかに氷室が浮いたラインナップに見えますが、やはり殆どのお客は氷室ファンで総立ちでした。Zi:KillやLadies Roomは座っている人も多かったのに。
その時のライブの感想を少し。
 Ladies Roomはジョージにつきますね。武道館でステージ裏までお客を入れていたので、後ろの人は背中しか見えなくてかわいそう、と思っていたら、ジョージはそこんとこわかっていて、
ずうっと後ろ向いていました。きっとあの日、ステージ裏で見ていた人はジョージを好きになったに違い無い。ジョージは、本当にお客を大事にしていますね。
 Zi:Killの時はTETSUばっか見てました。演奏してるとドラムセットが動いてしまって、ローディーが何度も位置直しに来てましたが、しまいにはずっとおさえてました。移動台の上だったし、パワーが凄いので動いちゃうんですよね。最後にTETSUとTUSKが包容していました。TETSUが恥ずかしそうに避けようとしていたのが笑えました。
 で、時が経って、待ちに待ったTETSU加入後のZi:Kill初音源「HERO」が発売されましたが問題が。「
これはTETSUの音じゃない。なんだこの軟弱な音は!」派手なドラムロールでフレーズは確かにTETSUなんだけど、音が弱いのと、音質がいまいち。期待していただけにがっかり度も大きく、TETSUのファンを辞めようと思っていたら、何とTETSU脱退。理由は、自分の納得いく音でないと再レコーディングを要求したのに、そのままCDにされてしまったからだとか。うおぉ、男だTETSU。それでこそミュージシャンだ。いやしかし、そんなすぐに脱退はないだろ。Zi:Killが可哀想じゃん。ってな感じで、しばらくTETSUは表舞台から消えることになる。次にTETSUが表舞台にきちんと出てきたのはBODYだった。何と、3年あまり沈黙を決めこんでいたCIPHERが一緒である。LUNA SEAのINORANの再三にわたる復活ラブコールにも復活しなかったのに、TETSUとならということか。ここからCIPHERとTETSUの、おしどり伝説がささやかれ始める
 BODYはCIPHERが本格復活を果たすハズだったバンドである。ハズだったというのは、武道館のデビューライブ一発で解散してしまったから。武道館以前にもライブはやっているがシークレットだし、本数無いし、メンバーがデビュー時とは違うので無視。元人気バンドデランジェのメンバーが二人いるとはいえ
デランジェでも武道館はやったことないのに、デビューライブで武道館とは勇気ある決断である。ボーカルなら何となく解る気がするけど。アルバムは出したものの、太く短いはかなさを体現した貴重なバンドだ。
 BODY解散前に「音楽と人」という本を読んだ。インタビュアーがアーティストに鋭く切れ込んで、たじたじにさせるという、それまでとは一線を画す雑誌だ。その雑誌でインタビュアーは「既に、これだけ完成されたアルバムを作って、武道館ライブもやっちゃったら、他にやることないから
解散するしかないんじゃないか」みたいなことを言ってた。何て不吉なことをいうのだろうと思ったけど、まさか本当に解散するとは思わなかった。実際の解散理由は、音楽性の違いというものだったが、あなどれない雑誌を発見した。
 BODYが解散して一番心配したのは、CIPHERがまた表舞台から消えるんじゃないかということだったが、わりと早めに活動再開したので安心した。CRAZEである。Jasty Nastyが解散して
予想していた方も多かった、藤崎をボーカルに迎えてのバンドだった。Zi:KillファンならTUSKを期待していて、がっかりしたんじゃないでしょうか。音合わせくらいはしたけど、TUSKが加入拒否したそうで。でもあの時点でTUSKが加入していたらZi:KillのKENの立場は無かった。TUSKやSEIICHIは、ソロやプロデュースを中心に活動しているKENに不満を持ってるみたいだし、仲はどうなんでしょうか?
 CRAZEは、デビュー曲が昼間のサッカー番組に使われてました。CD出る前じゃなかったかな?一応アルバムは聞いたんですけど、
CIPHERのギタースタイルの変化についていけずに、全然聞かなくなりました。TUSKが入るまで。TUSKが入ったからといってCIPHERのギタースタイルが特別変わったわけじゃないし、TETSUのドラムも昔の方が好きなんだけど、超仲良しで、見てる方が恥ずかしいくらいの感じが良くって、また聞き始めました。
 CIPHERとTETSUの話はこのへんで終わり。
 話は
SEELAへ。
 デランジェ解散後、この人の情報は殆どなかったので苦労しました。今みたいにネットなんか無かったし。音楽誌は毎月立ち読みしていたけど、人に聞くまでFIXなんてバンドをやっているとは知らなかった。しかもやっぱり元Strawberry Fieldsのメンバーがいたりするし。これまたデランジェの頃のスタイルが良かったなんていって聞かなくなりましたね。そんな感じでSEELAの存在が自分の中から消えかけてた数年後、ダウンタウンの
ヘイヘイヘイを見ていたら、なんとSEELA発見。バックバンドのメンバーだったので小さくしか映らなかったけど、元デランジェの福井がボーカルのバンドVINYLEだったので間違いないと確信しましたね。スーツ姿しか見た事が無かったから、新鮮なソフトパンクスタイルでした。VINYLEが用意した衣装だったのだろうか。サポートやってるのを見てわかるとおり、デランジェ解散後は、波にのった活動ができなかったみたいですね。FIXもメンバー2人になって改名してたりするし。自分もそうだったのでわかるのですが、改めて、メンバー揃えてコンスタントな活動をすることの難しさを感じます。
 
KYOの話しへ
 デランジェ解散後DIE IN CRIESを始める。NOTHINGNESS TO REVOLUTIONというインディーズアルバムが出た時、新星堂の特設宣伝コーナーで宣伝されていたのを記憶している。ジャケットのでっかい顔がポップとして置いてあった。インディーズアーティストをそんなに宣伝するのか?とかなり疑問だった。店員がD'ERLANGERのファンだったとしか思えない。
 メンバーが揃った後のDIE IN CRIESの音楽性は、大変素晴らしいものだった。あらゆるジャンルをミックスさせた上でメロディアスに仕上げ、その中でテクニカルな部分を出してバンドとしての面白さを失わないという、全ての面で高度なバンドでした。
KYOの声もノビ、ハリとも向上していてBASILISKより遥かに成長していました。それとバックメンバーが凄かった。ギターの室姫深はシンセギターを駆使して七色の音色を奏でていて、音の重ね方もいいです。コード進行も、それまでコピーしたバンドとは明らかに違いました。ベースのTAKASHIは、5弦ベースで低い音が気持ちいいです。フィンガーピッキング特有のグルーブ感も、自分のものになっていました。フレーズは非常にメロディアスで、そのままベースソロとしてもいけます。ロックというよりも流行りの音楽に近い流暢なフレーズですが、5弦の低い音とグルーブで、ロックになっています。ドラムはYUKIHIROです。ドラムの動きが激しいビジュアル系の中でも最高峰に動いています。「My eyes僕の瞳よ」なんて全編ドラムソロみたいなもんです。音が鳴り過ぎないロートタムじゃないと大変なことになるでしょう。全体に音数が多いから、ライブでさらにテンポが速くて叩ききれてないシーンがビデオに映ってました。DIE IN CRIES入る前は無機質なドラムを目指していたそうで、ファーストアルバムでは打ち込みのようになっています。これなら打ち込みでいいじゃん、なんて思うけど、これはこれで相当なテクニックを必要とするので、感心させられます。
 そして、そんな主張の強いメンバーの中で埋もれないKYOのボーカルは、やはり素晴らしいです。
 DIE IN CRIES活動中にソロアルバムを出しました。普通のバンドサウンドの上にバイオリン(正確にはなんでしょう?)をプラスした構成で、TUSKがコーラス参加しています。僕はこのアルバムを聞いて、初めてKYOの存在感の凄さを知り、KYOにはバンドサウンドが必要と感じました。バンドっぽいサウンドという意味では無く、グルーブを持った本物のバンドサウンドです。スタジオミュージシャンが普通に弾いた上でKYOが歌っても、明らかにKYOのボーカルは浮きます。バンドマンでも、グルーブが確立されていない寄せ集め集団なら同じです。なのでDIE IN CRIES解散後にソロになってからは、殆ど聞きませんでした。たまに聞いては「やっぱりバランス良くないな」なんて思ってね。だからまたバンドを始めるのは大賛成です。BUG最高。
室姫カムバック