デランジェ ラヴィアンローズ D'ERLANGER= KYO,CIPHER/瀧川一郎,SEELA,TETSU/菊池哲 CRAZE,BUG,BODYの原点
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KYOの歴史

 小学校時代に聞いていたのは”怪獣みたい”という子供らしい理由でキッス(のちにファンクラブに入る)や、エアロスミス。中学時代のバンドは遊び程度。学校に忍び込み”あびる優”と同じ行為をして楽器を揃えたりしていた。人前で初めて歌ったのは横浜銀蝿。小中学時代の卒業文集には将来の夢に「ロック歌手」と書いていた。それは「歌い手」という意味ではなく、ミュージシャンという意味だったそうだ。
 高校へ入学すると、自己紹介で「僕はバンドをやりたい」といってメンバーを集める。文化祭には3年連続出場。ギターとボーカルをやっていた。別バンドに上手いギターがいることや、ギターが無ければポージングが決まるという理由で、友人の勧めもあってボーカルに転向。子供の頃に親に音痴と言われてから自然と遠ざけていたパート。
 高2の夏に「ロックはやっぱ中退だろ」とお茶の水の楽器屋でバイト先を探した(高校はいろんな人に説得されて卒業)。そこで知りあった人と初めて本格的なバンド「ジェイル・ブレイク」を組む。体罰OKの時代の厳しい高校だったので、
終業式に金髪にして、登校日前日に黒く染め直すことを繰り返していた。
 その頃のKYOはマイケルモンローに憧れて普段から金髪を立て、アクセサリーをジャラジャラ。そんなナリで鹿鳴館に出入りして目立っていたおかげで横須賀SAVER TIGERからお誘いの声がかかる。顔合わせにHIDEと横須賀中央駅改札口で待ちあわせたのが、モーゼの話(メニューの”メンバーKYO”内)のくだりです。
 初めて意識したボーカリストは44MAGNUMのポール。D'ERLANGERにたどり着くまではハードロックやへヴィメタルなどアメリカン一色だったが、ある時疑問に感じてポジパンに目覚める。それがD'ERLANGER。作詞に辞書を見たりするようになった。

ラナウェイ・ボーイズ
高校の文化祭用バンド?
BUCK-TICKが2005/12/21に発売したトリビュート「PARADE~RESPECTIVE TRACKS OF BUCK-TICK~」のMONSTER という曲に
RUNAWAY BOYS (kyo and nackie)とあるんですけど、もしやコレですか?



ジェイル・ブレイク
 高2の夏から始めたバイト先の楽器店で知りあった人同士で結成したバンド。初の本格的なバンドで、作曲やライブハウスを経験する。ベースが定着せず、活動に支障がでていた高校生活の終わり頃、横須賀SAVER TIGERに誘われて脱退。



デッド・ワイヤー
Vo.磯野宏=KYO=狂 ラナウェイ・ボーイズ(Gu)→ジェイル・ブレイク→デッド・ワイヤー→横須賀SAVER TIGER→Ba-Rra→D'ERLANGER→DIE IN CRIES→ソロ→BUG→D'ERLANGER
Gu.ジミオ ?
Ba.TAIJI=Ray=沢田泰司 トラッシュ→ディメンシア→プローラー→デッド・ワイヤー→X→LOUDNESS→D.T.R→CLOUD NINE→音風→D.T.R
Dr.菊地哲=TETSU ラビット→デッドワイヤー→横須賀SAVER TIGER→MEPHISTOPHELES→D'ERLANGER→Zi:Kill→BODY→CRAZE
 結成期間は長かったそうですが、ライブをせずに解散。理由は、沢田泰司が本人以外から聞いた「哲がサーベルタイガーに加入する」という話しを早とちりしてうのみにし、X加入を決断したから。哲はそんな気なかったが、若さゆえにこじれた。サーベルのメンバーが外堀埋めるのに成功したのでしょうか(笑)。
 KYOはこのバンドについて「ひたすら夢だけを語りあっていたバンド」と言っています。横須賀SAVER TIGERに入るためにジェイル・ブレイクを脱退したと語っていて、このバンドはスルーされているので、本格的な活動はあまりなかったと思われる。
 TAIJIの妹・沢田雅世は、Sister MAYOやMASAYOとしてアニメ・特撮の歌を歌っている。最近では魔法戦隊マジレンジャーのED。結構メジャーだ。「音風」では兄妹でバンドをしていた。



横須賀SAVER TIGER(1982/02〜1987/03 HIDEの死後、再結成)
TETSUと一緒だし、情報も多いので独立ページにしました。メニューいくつかあとの「横須賀SAVER TIGER」をご覧下さい。今すぐ見る→



Ba-Rra(初回のみバンド名:THE VALLEY OF DOLLS)
Vo.磯野宏=KYO=狂 ラナウェイ・ボーイズ(Gu)→ジェイル・ブレイク→デッド・ワイヤー→横須賀SAVER TIGER→Ba-Rra→D'ERLANGER→DIE IN CRIES→ソロ→BUG→D'ERLANGER
Gu.辻剛=TAKESHI Ba-Rra→EX-ANS→Justy Nasty
Ba.八田敦 Ba-Rra→Velvet Endroit→DEEP→Girl No Pain→HATE HONEY
Dr.原二郎 Ba-Rra→EX-ANS→JUNKIE DRIVE→SNAKE
 横須賀SAVER TIGER解散直前は色々な音楽に興味を持ちはじめていたというKYO。解散直後に「D'ERLANGERならやりたい」と言ったこともあるが、方向性の定まらない気持ちを消化するかのように自分中心なバンドを組もうとしていた。初回にTHE VALLEY OF DOLLSとしてライブを行うも、次回からバンド名がBa-Rraに変更することが告知された。とある事務所社長に気に入られて、音も聞かずにCDを出す話があった。しかしD'ERLANGERから誘いを受けたので迷った末に脱退、そして解散。ライブは4〜5回したそうです。辻剛は10年後にソロのサポートでまた一緒に。



D'ERLANGER



DIE IN CRIES
Vo.磯野宏=KYO=狂 ラナウェイ・ボーイズ(Gu)→ジェイル・ブレイク→デッド・ワイヤー→横須賀SAVER TIGER→Ba-Rra→D'ERLANGER→DIE IN CRIES→ソロ→BUG→D'ERLANGER
Gu.室姫 深=SHIN=小島実=minoru BERRIE→THE MAD CAPSULE MARKET'S→OPTIC NERVE→DIE IN CRIES→BLOODY IMITATION SOCIETY→BUG→SPIN→Creatur Creaturメインサポート
Ba.金内孝史=TAKASHI THE ACE→DIE IN CRIES→FAME→HybriD→BUG
Dr.淡路幸宏=YUKIHIRO GUERRILLA→ZI:KILL→OPTIC NERVE→DIE IN CRIES→L'Arc-en-Ciel
大好きなので独立ページにしました。詳しくはメニューいくつかあとの「DIE IN CRIES」を見て下さい。今すぐ見る→



ソロ
 ソロ名義の活動は、正確にはDIE IN CRIESの活動休止中に始まりました。バンドを本命としながら、記念すべき自身通算10枚目のアルバムがソロという、ちゃっかりさん。そのソロ活動が一因にもなり、方向性の違いが浮き彫りになってDIE IN CRIESは解散。本格的なソロとして活動をはじめる。DIE IN CRIES活動休止中のソロは「帰れる場所があった」ので、本格的なソロとは気持ちが全然違うそうです。kyoは成長するミュージシャンなので、歌だけ聞きたい人には迷わずソロを勧めます。ただし前半は迷走してます(笑)。かくゆう僕も、ソロ時代の初期の流れは疑問だった。アルバム3枚目以降は、インタビューを読んでみて気持ちがわかるまで完全スルーになってしまった。
 これから聞く人のためにさらっと紹介。一作目「strip」は茶の間にいくことを狙っていた。メイクも落とした。売れることにDIE IN CRIESで自信がついたことも認めている。しかし河村隆一のナチュラルな笑顔を見て”俺には無理”と諦める。自分の中での大衆音楽と、実際の受け入れ方のズレも分かった。なので2作目「Sexbeat」はメイク復活。永年の在籍で慣れあい過ぎていたことに疑問を感じてビクターを離れてエイベックスに移籍。ちょうどその頃、レディオヘッドのOKコンピュータに刺激を受けて音楽性に変化が出る。デジタルを導入して、必ずしもギターは要らないという考えに。しかしまたバンドの良さを改めて実感。サポートメンバーに手伝ってもらい、バンドらしい作曲方法で「SUPPER CREEPS」を作る。手ごたえを得るも、あくまで仕事のうえのパートナーということで、新たなメンバー探し。それがBUG。ソロ活動が長かったのは「3度のデビューで、ファンやスタッフをもう裏切れない」という想いがあったそうだ。
 ライブやアルバムのサポートには、80〜90年代に名を残した個性派有名ミュージシャンが豪華に多数参加しました。そのままバンド組んでも不思議じゃない面子だった。ざっと紹介。44MAGNUMのJIMMY、DEAD ENDのCRAZY COOL JOE、DER ZEBETのHAL、GRASS VALLEYの上領亘、BAD MESSIAHの佐野昌樹、FRICTIONの佐藤稔、JUSTY-NASTYの辻剛、等々。これだけのメンバーを従えられるkyoを改めて称賛したい。
シングル
1994/09/21 月と太陽
1994/10/05 浪漫者(Romanticist)
1996/04/24 月も笑ってる
1996/09/21 Sha-la-ra
1996/12/16 ANGEL AT MY HEART
1997/04/23 ROSES
1998/03/25  Listen To Me
1998/06/17 BLUE
1998/10/21 赤イハナガヒトツ咲イタ
1999/04/09 Junkydance
1999/07/23 Wonderful Days, Wonderful life.
1999/11/10 LA Di DA
2000/08/30 TOMORROW
2000/11/15 SWEET
2001/04/11 抱擁

アルバム
1994/10/21 異邦人〈ALIEN〉
1996/05/22 strip
1997/05/21 Sexbeat
1998/03/25 LISTEN to ME
1998/11/18 ZOO
1999/11/26 Happy??Junky!!
2001/01/24 LISTEM!!
2001/05/23 SUPPER CREEPS

ビデオ
1994/10/21 private ALIEN
1996/07/24 kyo in Sha-la-la
1998/06/17 CAPSUEL BLUE
2000/03/08 Speak LOUD!!

DVD
2003/03/05 CLIPS
2005/06/29 CHRONICLES



BUG
Vo.磯野宏=KYO=狂 ラナウェイ・ボーイズ(Gu)→ジェイル・ブレイク→デッド・ワイヤー→横須賀SAVER TIGER→Ba-Rra→D'ERLANGER→DIE IN CRIES→ソロ→BUG→D'ERLANGER
Gu.室姫 深=SHIN=小島実=minoru BERRIE→THE MAD CAPSULE MARKET'S→OPTIC NERVE→DIE IN CRIES→BLOODY IMITATION SOCIETY→BUG→SPIN→Creatur Creaturメインサポート
Gu.ASAKI GUNIW TOOL→Age of PUNK→BUG
Ba.金内 孝史=TAKASHI THE ACE→DIE IN CRIES→FAME→HybriD→BUG
Dr.大古殿宗大=FURUTON Panino→THE SPACE COWBOYS→analers→OBLIVION DUST→BUG→Blade→nil→西麻布アウトサイダーズ→HYDEサポート
Dr.Takeshi ValentineD.C→秘密楽団マボロシ→BUG
 このバンドの唯一の約束は「やかましい」こと。だけど、単純に荒々しい音を目指しているわけではないらしい。何故か初期のシングルは店舗限定や通販限定でした。デビューメンバーはDIE IN CRIESの3人が揃っていた(ドラムが違う)ので驚きました。そのせいで「ロック色を強めたDIE IN CRIES」的な音になっている曲もあります。そうとう「DIE IN CRIESだ!」と言われていたらしく、酒が入るとムキになって否定していたそうです(笑)。僕の大好きなギタリスト・室姫深が、名前を小島実から戻して気合い感じた。楽曲的に申し分なく、かなりお気に入りで毎日2回聞いていたが、室姫はアルバム1枚であっさり脱退。超ショックでした。ASAKIはGUNIW TOOL時代から好きじゃないので、受けつけられず…。矯正しようと努力してるけど無理ポ…。やっぱ室姫深はスゲエ格好良いな。結成メンバーはベースのTAKASHI以外の3人だけど、大古殿宗大も脱退して、現在はkyoのみとなってしまいましたね。
 kyoはアグレッシブを持続。「幸あれ」って歌詞はムックのパクリでは…
シングル
2001/12/30 New World
2002/01/27 So CRAZY
2002/05/22 New World
2003/05/23 JESUS CHRIST I LOVE YOU

アルバム
2002/06/26 BUGMANIA
2002/12/18 FREAK e.p.
2003/06/18 BZM♯0021
2004/04/02 BUGNOID
2004/11/02 IMPOSSIBLE IS NOTHING
2005/06/08 BUGHAUS
2005/11/16 BIORED
2006/10/04 Seele Blume

DVD
2003/03/05 CLIPS(本来はKYOのソロPV集だが、BUGのNew Worldを最後に収録)
2005/04/01 SEX ON THE MOVIE( 通信販売と店頭販売で一部違いがあり)
公式ページ:http://www.e-sidewalk.net/bug_index.html



D'ERLANGER

その他の活動

1993年夏にソロでビジュアルイメージブックを出してます。コンクリートの石柱に埋められたKYO。

1996/03/28 僕がうたう理由
ソロ活動の第一弾として、それまでに発表した詞を集めたもの。いわゆるアーティスト本です。

1996/09/04 a tribute to JAPAN
ビジュアル系に多大な影響を与えたと言われるJAPANを好きに弾かせたトリビュートアルバム。LIFE IN TOKYOでバックバンドと共に参加。

1999/05/01 SPIRITS hide tribute
横須賀サーベルタイガーで一緒にバンドを組んでいたよしみでTETSUと参加。曲はTELL ME。