小さい頃、夢を見て不思議に思った。
 ストーリーはどうやって生まれるんだろう?
 自分にはこんなに細かいすごいストーリは思いつかない。
 見る映像はどうやって生まれるんだろう?
 自分にはこんなにこった映像は空想できない。



 小さい頃、夢から覚めて思った。
 夢の中で、いろんな体験をして、真剣によろこんだり泣いたりして、夢から覚める。

 これと同じように、今、現実という世界で過ごしているけど、いつかそこから目が覚めて、 『夢を見たよ』と、そばにいる母親か誰かに言うようなことが・・・
あるわけないな、と。



 覚めない夢・・・
 夢の中で、「自分は今夢を見ている」と気がついた。
 「起きたい。眼を開けよう。ん〜開かない。」

 「やっと開いた!」
 起きあがった。しかし、それも夢だった。



 動けない夢・・・
 眠っていた。しかし、意識がはっきりしている。
 布団の中から部屋を見ている。部屋の様子が見える。
 でも体が動かない。動こう、起きようとするが、動かない。
 大声で声を出そうとしいるが、声が出ない。「だれか起こして!」

 次第に部屋の様子が変わり、知らない人が・・・・・いつのまにか夢を見ていた。



 ほとんど正夢を見ない。ぼくは不思議なこと・神秘を好むが、実際には夢は夢でしかない。



 目が覚めているときには、ある程度の過去の記憶を持ち、今という現実という世界を見て、 物事を論理的に考え把握して、生活している。
 ところが、眠って夢を見ているときには、目覚めている時とは違う記憶を持ち、 現実をある程度忘れてしまい、間違った認識や判断をしてもそれが正しいと思い込む。
 そして、目が覚めたときになって、見ていた夢は現実とは違うもので、 夢の中で考えたり判断したことが本当は理論的には正しくないことに気づく。

 夢の中では、夢の中での登場人物や主人公になりきっていたり、 住んでいる場所や住んでいるところの様子が現実とは違うものだったり、、、これは 一種の記憶喪失状態や妄想状態、痴呆状態といってもいい。
 こういった意識の状態が、小さな子供や歳をとった年配にならなくても、 日常的に誰でも起こっているわけである。

 だから、個人個人が持っている、自分であるところの「意識」というものは、 記憶の状態に大きく左右されるし、脳の活動状態に大きく左右される、 ある意味頼りないものである。記憶がもしも何者かに入れ替えられてしまえば、 まったく別の過去を持つ別人になってしまうだろうし、 記憶をすりかえられてしまったことすら本人は気づかないかも知れない。
 記憶がすりかえられてしまった場合と同じように、その人の傾向性(癖)についても すりかえられてしまえば、その人の性格や人格も変わってしまうだろう。

 これを死後の世界に当てはめるとどうだろう?
「意識」を左右していた脳が、活動を止め、最後には肉体も存在しない状態になる。
 だから、自分自身であるところの「意識」自体もなくなるのであろうか?
 仮に死後も「意識」という自分があるとして考えてみる。 そして、肉体ではなく霊の体を持つものと仮定しよう。 そうすれば、「意識」は霊体の脳に左右されることになる。
 この霊体の脳が優れたものであれば、輪廻転生の記憶を「意識」に伝え、過去世を思い出すかもしれないし、 不要な感覚を「意識」に伝えないならば煩悩に煩わされることもなくなり悟ったような状態になるかもしれない。 安らかでハツラツな感覚を意識に伝えて苦痛を意識に伝えないならば極楽な気分になるかもしれない。
 逆に霊体の脳が劣ったものであれば、記憶喪失のような状態になるかもしれないし、 苦痛な感覚を意識に伝えるならば地獄のような気分になるだろう。
 また、同じ「記憶」をいろんな人が共有するならば、「むかしXXという名前で生きていた」 と主張する人が沢山存在するという混乱した状態が発生するだろう。 同じ「傾向性」(癖)をいろんな人が共有するならば、似た性格の人が沢山存在することになるだろう。
 まぁ、結局は仮定することはできても現時点で何がどうなのかはわからないことである。

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