韓国の中高生が読む近代小説

장마(長雨)

   

「장마」(長雨」は、20世紀後半で韓国を代表する作家のひとり、尹興吉(윤흥길)の作品である。1942年、전라북도(全羅北道)に生まれる。そして、幼少時に、いわゆる”朝鮮戦争”が勃発し、母方の叔父(외삼촌)が戦死したことで、幼なかった彼の中に、”朝鮮戦争”がはっきりと残ることになった。

「장마」(長雨」は、その少年の心に残った、拭いがたい悲劇の心を、少年「ぼく」を主人公にして描いた短編小説である。戦争を、独特な観点で描いており、彼の代表作となったばかりでなく、韓国文学界にしっかりと根ざす契機となった作品である。

小説は朝鮮戦争下の韓国全羅南道、小さな山村の村に住んでいる「ぼく」の家が舞台である。
ソウルにいた母方の祖母(외할머니)と、母の妹である叔母(이모)が、疎開して少年の家に逃げ込んできた。その結果、父方の家族と、母方の家族の二家族が同居することになった。
物語に登場してくる人物の全体の系図を示すと、下の図の通りである。


構図は、父方と母方が、まったく対照形ではある。
しかし、実は、二人の叔父が、それぞれ、軍に入るのだが、母の弟である外叔父(외삼촌)は、韓国側の国軍に入り、一方、父の弟である叔父(삼촌)は、北朝鮮の人民軍に入ってしまうのである。
そのため、父方の祖母と母方の外祖母とは、激しく反目することになり、物語展開の要諦になっている。

ある日の夜、突然、外叔父の戦死が伝えられた。外祖母は、たった一人の息子を亡くし、悲嘆にくれるあまり、父方の祖母とは、何かと、激しくやり合う。そしてある日、この日も言い争った後、とうとう、言ってはならない言葉を口にしてしまうのだ。

"나갈란다! 그러잖아도 드럽고 챙피시러서 나갈란다! 길가티서 굶어죽는 게 낮지 이런 집서는 더 있으라도 안 있을란다! 이런 뿔갱이 집・・・・・"
(「出て行ってやるよ! そうでなくとも、汚くて、恥ずかしくて、出て行ってやるよ! 道端で飢え死にした方がましだ。 こんな家なんか、いくら、いてくれ、と言われても、もういるつもりはないよ! こんな”アカの家”・・・・」)

この”이런 뿔갱이 집・・・・・”(こんなアカの家・・・)の一言で、外祖母と叔母(이모)とは、離れの部屋に隔離され、断絶状態の生活を送ることになる。
一方、祖母は息子の帰りを待ちわび、占い師を紹介してもらって、息子の帰宅する日時のお告げを得て、これを信じ込む。
だが、その運命の夜、恐ろしいほどの静寂だけが、ただ時を刻むのみであった。
その翌日から、祖母は、病の床に伏してしまう。

家の庭に、大蛇が現れる。外祖母は、それを、叔父の身代わりだと考え、うまく、山の中に導いた。病の床の祖母は、それを聞いて、涙を流して、外祖母に感謝して手を握る。 この瞬間、かつて、あの一言で、断絶した二人の関係は修復され、物語の終結を迎える。
その後、1週間、祖母は、食べることも飲むこともできなくなり、やがて、蝋燭の火が消えるように、そっと、目を閉じた。
否、食べることも飲むこともせず、ひたすら、息子の帰りを待ちわびた、短くて、最高に幸せな、誇らしい時間であったに違いないであろう、と書かれている。

この小説を韓国語で読むのは、いささか難解である。何と言っても、出てくる韓国語の会話文は、老人の言葉であり、方言であり、小学館の朝鮮語事典くらいでは、手に負えない。
相当に覚悟をしてでも、ぜひ、韓国語の原文を読破されるよう、お薦めしたい。
なお蛇足であるが、東京新聞出版局から、姜舜(강순)の翻訳で、日本語の「長雨」が出版されている。しかし、もう、とうに絶版になっており、現在は、手にいれることができない。図書館などで探して参考にするのはよいが、翻訳は、かなりぎこちない。