韓国現代作家の小説

그 넘저네 집(その男の家)

   

小説「그 남자네 집」(その男の家)は、韓国を代表する女流作家박완서(朴婉緖)の作品である。
박완서(朴婉緖)(パク・ワンソ)は、1931年、韓国경기도(京畿道)の生まれ、1950年にソウル大学に入学するが、その直後6・25(韓国戦争)が勃発する。
この戦争で、兄をはじめ、叔父・叔母を失い、彼女の人生に大きな影響を与える。そればかりでなく、生まれ故郷は、北朝鮮に取り込まれることとなってしまった。
1953年結婚し、5人の子供に恵まれ、幸せな家庭をもつが、子供に手がかからなくなるに従って、何か空虚な気持ちを抱くようになる。
そういうとき、1970年、「여성동아」に応募した小説「나목」(裸木)が当選して、文壇に認められ、遅咲きのデビューを果たした。
以降、2011年に没するまで、精力的な執筆活動を続け、韓国女流作家として、第一人者の地位を確たるものとした。

小説「그 남자네 집」(その男の家)は、ある種、自伝の長編小説である。
だが、どこか創作かも知れない、と感じさせるような、判然としない部分もあり、やはり、小説として、読んだ方がよさそうである。
小説は、作者、初老の主人公が、たまたまソウル돈암동(敦岩洞)の後輩の家を訪問して、かすかな記憶に残っていた”その男の家”を思い出しながら、古を辿るところからはじまる。
돈암동(敦岩洞)は、主人公が50年前の少女時代に住んでいたところだ。昔の彼女の家は、なくなっていた。だが、記憶の底に沈んでいた”あの男の家”は、長い歳月に耐えて、超然と残っていた。

主人公が家族のために米軍部隊で働いていた時代に、偶然に、その男’현보’と出会った。
6・25戦争の最中である。
彼は、一つ年下の大学生であり、どこか気品にあふれ、文学と音楽とを愛する好青年であった。
がらんとしたソウルの町で、若い二人は、お互いにもたれ合いながら、愛を育て、厳しい現実を耐え忍んでいた。

やがて戦争が終わる。
母は、若い娘が、もはや米軍部隊に働いていることは恥ずべきことと辞めさせ、また、未だ生活力のない”その男”との交際も反対した。 その男と、どんなに幸せな充実した時間を過ごしていても、現実の生活の問題を考えると、どうすることもできなかったのである。
結局、私は、妥協して、銀行員の男、”민호”と、急ぎ結婚してしまった。

だが、結婚した彼女の生活は、平凡で退屈で倦怠の日々であった。
そうしたある日、彼女は、偶然に、あの男현보の姉に会い、彼の近況を聞いた。彼が現実に適応できずにいるので、一度、会ってやってほしい、と言う。
一方で、夫との安定した生活を享受しながら、一方では현보との愛を再燃させ、毎日のように逢瀬を楽しみ、彼女は、利己的ではあるが宝石のような女に変身していく。

ある日、彼は、二人で郊外に旅行しようと提案する。主人公である彼女は、それを受け入れた。
しかし、約束の日、約束の場所に、彼は、現れなかった。
家に帰った彼女は、床に伏してしまうが、しかし、二人の逸脱した計画は、闇に埋もれて消えた。

どのくらいかして、その男현보が脳手術を受けたとの話を聞いた彼女は、急ぎ、病院に彼を見舞った。
その男は、命拾いはしたが、しかし、眼は光を失ってしまったことを知った。
その原因は、”寄生虫”が脳内に入り込んだため、ということだ。
彼の姉の説明によると、その男현보の、ある種狂気じみた、さまざまな行動は、その寄生虫が原因であった、とのこである。彼女への執着も、そうであったのだ。
彼の母親がなくなったとき、それが、二人が会った最後の日であった。二人は、最後の抱擁の後、それぞれの道を歩き始めたのである。