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眠
ら
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な
い
夜
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回想時相語尾더を含む用法
 
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韓国語の[-더-]は、話し手が過去に直接見聞きしたり、経験して知った事実を、現在から過去を回想する意味を表す語尾である。
[-더-]は、用言の語幹、尊敬語尾[-(으)시]、時相語尾[-았/었][-겠]の後につき、更に後ろには、[-니]、[-ㄴ데]、[-ㄴ]、[-구나(군요)]、[라]などの語尾が接続する。  
この語尾は、前後に接続する語尾などによって、全体の意味が違ってくるし、また、それぞれに応じて用法にも制限があるので、外国人にはなかなかやっかいに感じる語尾である。そうかといって、一つずつ文法的に覚えようとしても、結構面倒なことであるから、例文を身に着けて自然に口から出てくるようになるのが一番よいのではないかと思う。  
このページでは、以下の各語尾について、簡単な解説と例文とを掲げて、整理しておきたいと思う。
例文は、可能な限り、韓国の文法書などから引用したものである。  
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| -더군요 と았/었더군요 |
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[-더군요]は回想時相語尾[-더-]と終結語尾[-군요]が結合した形で、用言の語幹、時相語尾について、過去に見聞きしたことを述懐・回想する表現法である。
日本語では、「~でしたよ」「~していましたよ」などと表現されるニュアンスをもつ。
主語は常に3人称である。  
[-더군요 で表現される場合]
 
[-더군요 ]は、前の動作が進行するのを見て、それを後に回想しながら話すときに使う表現である。
たとえば、[김 선생님이 오더군요.]は、話者が、キム先生が実際にこちらに来るために移動している状況を見ており、それを回想して言う言葉である。  
①이것은 비싼 책이더군요.
これは高価な本でしたよ。
 
②그는 노래를 꽤 잘 부르더군요.
彼は歌が相当上手でしたよ。
 
③제가 말씀 드리지도 않았는데 선생님께서 이미 알고 계시더군요.
私は何も言わなかったのに、先生は既にご存知でしたよ。
 
[-았/었더군요 で表現される場合]
 
[-았/었더군요 ]は、前の動作がすべて完了し、その完了した状態を話者が見て、後にそれを回想しながら話すときに使う表現である。
たとえば、[김 선생님이 왔더군요.]は、話者が、キム先生がすでにこちらに実際に来ているいる状況、つまりこちらに来るための移動の動作がすでに完了しているのを見て、それを回想して言う言葉である。  
④그 학생이 미국으로 돌아갔더군요.
その学生はアメリカに帰国していましたよ。
 
⑤아버지는 화가 많이 나셨더군요.
父はすごく怒っていましたよ。
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| -더니 と았/었더니 |
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[-더니 で表現される場合]
 
回想時相語尾[-더-]に連結語尾の[-니]が接続した形である。
前文では、話し手が、過去にある動作が進行するのを見たり感じたりしたことを回想して述べ、後文では現在や過去の動作の進行あるいは完了の状態を述べるという構造になっている。 前文の主語は3人称(非1人称)である。 後文には未来時制を使うことはできないし、また、叙述文に限られ、勧誘文や命令文では使われない。  
この用法の意味としては、(1)前文の行為の結果として後文の内容が生じたことを話す場合、(2)前文の内容と後文の内容とに差異があることを話す場合、との二つの用法がある。(1)の場合には、日本語で「~と思ったら」と表現し、(2)の場合には、「~したけれど」と表現するのがぴったりする。  
(1)前文の行為の結果として後文の内容が生じたことを話す場合
 
①그는 아까 국수를 많이 먹더니 배탈이 났나봐요.
彼はさっき麺をたくさん食べたと思ったら、お腹を壊した見たいです。
 
②아들이 열심히 공부하더니 일류 대학교 합격했어요.
息子は一生懸命勉強していると思ったら、一流大学に合格しました。
 
(2)前文の内容と後文の内容とに差異があることを話す場合
 
③아까는 비가 오더니 지금은 눈이 온다.
さっきは雨が降っていたのに、今は雪が降っている。
 
④오제부터 머리가 아프더니 오늘 아침엔 일러날 수가 없어요.
昨日から頭が痛かったけれど、今朝は起きることができません。
 
[-았/었더니 で表現される場合]
 
過去の時相語尾[-았/었-]+回想時相語尾[-더-]+連結語尾[-니]の構造をもち、前文で過去の自分の行為を述べ、後文では、その結果としての状況や、更に引き続いて発生した出来事を説明する。
前文の主語は1人称であるが、後文の主語には制限がない。しかし、後文の主語によって、意味が異なる。 後文に未来時制を使うことはできない。  
この用法の意味は、(3)振り返ってみたら自分の過去の行為が現在の状況の原因になっていることを説明する場合、(4)自分の過去の行為に引き続いて起きた出来事を回想して説明する場合、との二つの用法がある。(3)の場合には、後文の主語は1人称で、前文と主語が一致する。日本語で「~したので」と表現でき、[-아/어서]と置き換えが可能である。 (4)の場合には、後文の主語は3人称(非1人称)で、前文とは主語の不一致が見られる。日本語で「~したら」と表現でき、[-(으)니까]と置き換えが可能である。  
(3)振り返ってみたら自分の過去の行為が現在の状況の原因になっていることを説明する場合
 
⑤약을 먹었더니 다 나았어요.
薬を飲んだので、すっかりよくなりました。
 
⑥컴퓨터를 오래 봤더니 눈이 피로해요.
パソコンを長時間見ていたので、目が疲れます。
 
(4)自分の過去の行為に引き続いて起きた出来事を回想して説明する場合
 
⑦내가 늦게 들어갔더니 아내가 화를 내더군요.
私が遅く帰ったら、妻が怒っていました。
 
⑧벨이 울려서 내가 나가 보았더니 아무도 없었어요.
ベルが鳴ったので出て見たら、誰もいませんでした。
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| -더라도 |
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回想時制語尾[-더-]と終結語尾[-라]、それに連結語尾[-(아)도]が結合した構造であり、前文のように仮定したとしても、後文では前文の仮定と相反するようになったことを表す。
日本語の意味は、「~であっても」「~しても」などとなる。  
①화가 나더라도 참으세요.
腹が立ったとしても我慢してください。
 
②그 사람을 만나더라도 얘기는 안 할 거예요.
その人に会ったとしても、話はしない積もりです。
 
この用法は、連結語尾の[-(아/어)도]と似ている。しかし、両者の違いは、[-더라도]の用法の方が、より仮定的であって、実現の可能性が低いというニュアンスをもっている点にある。
上の二つの例文について、比較考察してみる。  
①’화가 나도 참으세요.
腹が立っても我慢してください。
 
②’그 사람을 만나도 얘기는 안 했어요.
その人に会っても、話はしませんでした。
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| -던と았/었던 |
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[過去回想連体形-던]
 
[던]は過去回想連体形語尾で、過去回想の時相語尾[-더-]に連体形語尾[-ㄴ]が結合したものである。
二つの使い方があり、(1)話し手が過去の動作の習慣的反復行為や動作の継続的進行を回想して話す場合、(2)途中で中断された過去の未完了の事柄を話す場合、がある。 日本語では、「(よく)~していた」という意味合いをもつ表現法である。  
(1)過去の動作の習慣的反復行為や動作の継続的進行を回想して話す場合
 
①옛날에 어머니가 자주 만들어 주시던 볶음밥이 생각나요.
昔母がよく作ってくれたチャーハンが思い出されます。
 
②이것은 내가 쓰던 방입니다.
これは私が使っていた部屋です。
 
(2)途中で中断された過去の未完了の事柄を話す場合
 
③어제 읽던 책을 읽고 있어요.
昨日読んでいた本を引き続き読んでいます。
 
④아까 하던 이야기 계속할까요?
さっき話していた話を続けましょうか?
 
なお、過去回想連体形[-던]は、過去連体形語尾[-(으)ㄴ]と似たところがあって、間違い易い。
しかし、両者には動作の過程に根本的な違いがある。つまり、[-던]は過去に経験した動作の「進行状態」を報告するものであるのに対して、[-(으)ㄴ]は過去の動作の「完了状態」を報告するものである。 [아까 울던 아이가 누구에요? ]は、「さっき泣いていた子は誰ですか?」という意味で、話し手は過去子供が泣いているのを見ていて、それを回想して話している。 一方、[아까 운 아이가 누구에요? ]といえば、「さっき泣いた子は誰ですか?」という意味で、単に「泣く」行為を完了した過去の状態を話しているに過ぎない。  
[過去回想連体形-았/었던]
 
[-았/었던]も過去回想連体形語尾で、過去時相語尾[-았/었-]に回想時相語尾[-더-]と連体形語尾[-ㄴ]が結合したものである。
この語尾の意味は、過去のある時間に完了した事柄や1回限りの出来事について、話し手が回想して話す場合に使われる。 日本語では、「~した」「~していた」などのニュアンスである。  
⑤지난달에 읽었던 책 중에서 이 책이 가장 감동적이었어요.
先月読んだ(読み終わった)本の中で、この本が一番感動的でした。
 
⑥우리가 갔던 산은 아주 높았어요.
私たちが行った山は、とても高い山でした。
 
[-았/었던]は、[자주]のような副詞と共に用いられると、反復・継続を表す[-던]と置き換えることができる。
たとえば、次の二つの表現は、どちらも同じ意味である。  
*고등학교 때 자주 갔던 분식집.
*고등학교 때 자주 가던 분식집.
高校時代によく行っていた食堂
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| -던데と았/었던데 |
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[-던데]は、回想時相語尾[-더-]に婉曲な言い回しの[-ㄴ데]が結合したものである。話し手が直接見聞きした事柄を、過去を振り返って、婉曲、感嘆、反論、不審などの気持ちを込めて相手に伝えるときに使う。
意味合いとしては、話し手が経験した前文の経験が、後文の背景や状況になっている。 日本語では、「~でしたよ」「~でしたが」などの意味に理解することができる。 話し手はあくまで見たり聞いたりする立場なので、基本的には、1人称が主語になることはない。  
[-던데]
[-던데]は、話し手が見聞きした時点で、行為や事柄が「進行中」であった場合に使われる。
したがって、話し手は進行中の行為や事柄を直接見聞きしていることを意味する。  
①어제 회식에서 사람들이 술을 정말 많이 마시던데요.
昨日の会食では、みなさんお酒を本当にたくさん飲んでいましたよ。(飲んでいるのを見ましたよ)
 
②이 과장은 아까 1층에서 손님을 만나던데요.
李課長はさっき1階でお客さんと会っていましたが。(会っているのを見ました)
 
[-았/었던데]
[-았/었던데]は、話し手が見聞きした時点で、行為や事柄が「既に完了していた」状態を表現する場合に用いられる。
話し手は現場に行ったけれど、そこに到着した時点では、すでに行為や事柄は終わっていたことを意味する。 完了した事柄を表しているので、[이미](もう)、[벌써](すでに)などの副詞が一緒に用いられることが多い。  
③제가 갔을 때는 이미 회식이 끝났던데요.
私が行ったときには、もう会食は終わっていましたよ。(会食が終わったところに行った)
 
④새 차를 사셨던데 나 좀 태워 주세요.
新車を買ったようだけれど、ちょっと、私を乗せてください。(すでに新車を買ったようだ)
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韓国のことわざ
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| 発行 : 韓国文化研究所 |
| (発行:2013-10-01) |
| (改訂:2013-10-13) |