このあたりが引退の潮時かなと思いました」　（大下剛史）

大下の運命を決めたゴロは投手・福士の右横１Ｍぐらいを抜くゴロだった。

瞬間、捕球できるとひらめいたが打球は大下の目の前５０cmを通過した。

「打球に追いつき捕球し振り返ってノーステップで一塁送球。

　これが私の見せ場であり生きがいでした。

　追いつけるはずの打球に追いつけない。

　私の目にはボールが笑ってるように見えましたね。

　その時の何分の１秒という時間で、もう引退だと思いました」

自宅の風呂にクビまでどっぷりつかりながら大下はどなったという。

「おーい、よう子。おれ今年で辞めるぞ」

よう子夫人は台所で夜食をつくりながら、一言だけ返事をした。