心のままに

「無事 脱出〜」

      「ぶじ だっしゅちゅ〜!」

子供達の歓声が上がった
長い長いトンネルを抜けて しばらくしてのことだった
宮崎のシーガイヤというリゾート地に 車で旅行したのは何年前の事であったろう

悪い事にトンネルに入る直前に 主人と運転を代わったのだ
親切という名のおせっかい という言葉があるが 今考えると 親切という名の大きな迷惑であった

通ったこともない、まだかまだかと延々と続くように感じる長く暗いトンネル
おまけに当時 そのトンネルは一車線の双方通行であった
暗闇の向こうから 黄色い目玉だけの怪物が 容赦なくこちらに飛ぶように向かってくる

 「ぎゃあああ」
  「怖い〜〜」
     「もう駄目〜!死ぬ〜〜」

閉所恐怖症という訳ではないのだが 逃げ場のない暗黒の世界は苦手である
第一 どこを見ていいのか解らなくなってしまうのだ
当然 前を向いて走っているのではあるが

「トンネルを抜けると そこは雪国だった」
有名な川端康成の雪国という作品があるが そんな流暢な言葉など頭の中には微塵もない
 「トンネルを抜けると そこは地獄だった」・・・だわ

バックミラーに目をやると 後ろからも たくさんの黄色い目玉が追いかけてくる

  「ぐぎゃあああ」
      「あ〜〜〜!もう終わりだあああ」


「あなた! 黙って座ってないで早く運転代わってよ!」
  「このまま死んでもいいの〜?」
 「だいたい運転するのは あなたの仕事でしょ!」
トンネルの中で代われる訳ないのは 頭では解っていた
 それに運転を代わりましょうと言ったのは 誰でもない私であった

 私は完全にパニック状態で それでも停まるわけにもいかず 大声を上げながら我慢して
 走り続けた
 実際はどのくらいの時間であったのかも解らないが 何時間 いや 
このまま永遠に続くと感じた時間は たかが何十分かの事であったのだろう

 暗闇の向こうから薄っすらとした光が見えた時には 
   助かった・・・
大袈裟ではあるが 正直な思いであった

 そして運転を代わってもらい しばらくして何事もなかったかのように
 後部座席の息子と甥っ子に話しかけた

 二人とも心なしか 白い顔をして黙ったままである
 そういえば しばらく二人のはしゃぎ声は聞こえなかったような気もする
もっとも 聞こえていたにしても 私の大声でかき消されていただろう

 「おにぎり食べる?」
   「疲れたのかな?」

 ・・・・・・・

 しばらくして二人が ぽつりと口を開いた
 「こわかった・・・」
   「ぼくも こわかった」

 「うんうん あのトンネル怖かったわね〜」
  「本当にあんなトンネル よく掘ったわよね」
 私はおにぎりをぱくつきながら言った

 「ちがう おかあさんがこわかった・・・」
  「おばちゃんのこえが こわかった」
 涙混じりに二人が言った

 「・・・」
 私の叫び声で そんなに恐ろしい状況下にあるのか 子供なりに心配したのだ
 余程 怖かったのだろう
 

 間もなく二人の笑顔が戻り はしゃぎ声に変わった
 「ぶじ だっしゅちゅ〜」
  「わ〜い だっしゅちゅ〜! おにぎりたべようぜ〜」

 私は急に恥ずかしくなり ぱくついていたおにぎりをそっと置いた
 そして 今度は私の沈黙の時間に変わった
 



人生にもトンネルがあるという
 人それぞれのトンネル
 短いものもあれば なかなか出られないでいる長い暗闇もある
 曲がりくねったトンネルもあるかもしれない
 多かれ少なかれ 誰もが通ることであろう

その度に大声で叫び騒いで パニックに陥ったら 一体どういう事になるのか
 自分の叫び声で 自分自身を更に追い込み ましてや周りを巻き込むなんて
 もっての他である
 出口のないトンネルはない
 
 暗い世界があってこそ 光がどのくらい明るいものか解るのだろう
 子供達に 偉そうには言えない私であるが 人生のトンネル 落ち着いてくぐって欲しい
 トンネルの中では その状況を素直に受け入れ 光に向かって前を向いて歩く以外に
 ないのだ
 私自身もそうでありたいと思うが 難しいことには違いない

 あのトンネルは嫌いであるが 私に何かを教えてくれたような気がする
 そして 私の叫び声が子供達に教えたものが 逆の意味であって欲しいと願う
 
 しかしながら あのトンネルはまだあるのだろうか
 今度 通ることがあったら(たぶん ないだろうが)叫び声が半分になっていれば
 上出来かもしれない

 
 先日 所要で出かけた時 短いトンネルを通った
 相変わらずトンネルは苦手ではあるが 
 叫ばなかった・・・と思う

 出口が見えた時に 私はこう叫んでみた


「無事 脱出〜!」

「ぶじ だっしゅちゅ〜!」

二人の笑顔があった

バックミラーを見ると

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長い人生にはなあ
どんなに避けようとしても
どうしても通らなければ
ならぬ道
というものがあるんだな
   
  そんなときはその道を
  だまって歩くことだな
  愚痴や弱音を吐かないでな

黙って歩くんだよ
ただ黙って
涙なんか見せちゃダメだぜ

 そしてなあその時なんだよ
 人間としてのいのちの
 根がふかくなるのは

            相田みつを