心のままに

   いのち満点 その4

        「まきさん お花見に行こう」

      
それは 満開の桜がちらりほらりと散りかけた
           雨上がりの日曜日・・・
         迎えに行くと お気に入りの例のバッグを覗き込んでは
         にんまりとしている姿があった

         口紅は何色がいいかと悩んでいるから 全くね
         誰も 100歳越えた年寄りの口紅まで 見ないって・・・
         そう思いながらも
          「そうね 桜と同じピンク色は?」
         満足そうに
          「そうじゃろ そうじゃろ 桜の下で顔が綺麗に見えるじゃろ」

         隣りのベッドのみやさんに 小さなお花見弁当をお裾分けすると
         留守番の友人に 気が引けるのか
          「孫がこんな年寄りを 無理矢理連れ出してなあ」
         。。。。。もう!

         車イスを借りて やっとの思いで車に乗せた
         桜の名所に着くと
         見事な桜並木が迎えてくれる

          日曜日で 花見客の賑やかな宴会
          若者達のどんちゃん騒ぎ
          不似合いな車椅子

          遠慮しながら それでも同じ空の下の同じ桜を楽しむべく
          私は 堂々と車椅子をゆっくりと押して歩く
           ふわ〜り ふわわと散る花びらが
          優しく祖母に舞い落ちる

          大きな桜の木の下で お弁当を広げると
          目を輝かせ 美味しそうにぱくついている姿に
          ほっとした
          「牛肉の甘辛煮も入ってるでしょ」
          「うんうん  あの病院ケチでなあ  魚しか・・・」
            またまた 始まったわ

          103年間 桜の季節をくぐって来た祖母
          その命と一緒に 過ごしてきたことになる

          ふと彼女に目をやると
          小さな花びらをせっせとビニール袋に集めている
          「みやさんにお花見させにゃぁ」

          私は当然来年も桜に出会えると思っている自分と
          彼女の差を感じた
          一瞬 つんとくる気持ちを抑えて
          小さな花びら集めを手伝う事で ごまかした

          帰ったら 茶目っ気ある彼女の事
          きっと みやさんの頭に桜を降らせ
          きゃっきゃというまきさんを想像した

          それから一週間後 彼女からの手紙が来た
          便箋には 押し花にした小さな桜のはなびらが
          5枚はさんであった
          「来年は ヒレカツも入れておくれ」

         まきさん 来年も
           「お花見行こう!」
         小さな花びらのピンク色が
           まきさんの口紅の色に 似ていた

                    いのち 満点

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