心のままに

    万華鏡とバスケットシューズ

         床に座り込んで 幼い息子が小さな丸い穴を覗きこんでいる
         私は小さな筒を思わず彼の手から取り上げ くるくると回してみた



          
私は いつまでも母の足元にしがみ付きながら 冷たい床に寝転がっていた
             片手には別のものをしっかりと握って

             床に寝っ転がりながらも 人の足元を観察している私
               (あの子のピンクの靴 可愛いなぁ・・・)
                     (あの汚いバスケットシューズは 大嫌い!)
          見覚えのあるシューズは 紛れもない兄の靴だ

             母の足にぶら下がり 泣き叫んでみたら買ってくれるかもしれない
                 (負けるもんか!)
          そう思いながらの必死の格闘も 徒労に化した

          あの綺麗で不思議な 自分だけがこっそり覗けるであろう世界
                 (あれが欲しい・・・)

              「我がままも 言いかげんにしなさい」
                 (負けるもんか!)
          そんな後姿で どんどんと遠くへ消えて行く母

          私は仕方なくその宝ものと別れ 母の後ろ姿を追いかけざるを得なかった
             付いて帰るのに必死だった
                 (お兄ちゃんは どうしたのだろう)

          それでも 私がこっそり いなくなったら心配するかもしれない母に
              期待しながら・・・
          流れる鼻水も気にせずに 電柱の後ろに 公園の木の陰に隠れながら・・・
          そして 家が見えてきたら乾きかけた涙と共に 公園のブランコに揺れていた

            後ろから近づいてきた靴音は 聞き覚えのある汚いシューズの音だった
                そして ゆっくりとその靴音は 家の方へと消えて行った
                 (私の後ろにも 忍者がいたんだ)

          欲しかったフランス人形を やっと買ってもらったばかりだ
           やっと それを思い出したが それでもあの不思議な小さな窓から見える
              万もあるという模様が欲しかった

           自分が仕切れそうな 小さな窓だった
           それは 少年が昆虫に夢中になる世界と 似ていたのかもしれない
              幼いながらの 征服欲・・・大げさかもしれないが・・・

           確かに兄は 食用蛙を捕まえてきては
              私の名前を付けて 命令したり 可愛がったり
                 「もうすぐ 食ってやるからな」

             それでも ある日 その不気味な生き物をそっと池に返していたっけ
                「もうつかまるなよー」

             私の名前と同じ蛙が 気持ち良さそうにぴょんと飛んで行った
              一瞬 その生き物がこちらを振り返ったような気がした

           年の離れた兄が巧妙に私のおやつを 奪ってる事も私は知っていた
              自分だけが見える世界は 甘美な秘密めいた魅力があった 
                   母は買ってくれなかったけれど


             小さな息子の目も こぼれるように光っていたけれど
                  買わなかったあの日



        
先日 あるデパートでの京都展に足を運び
            ふと見つけてしまった「万華鏡」

         私は 彼のキラキラした目を楽しみに それを買って帰った
             それを手渡すと彼は 一瞥して
                 「それより 腹減った」
         そう言って 憮然として汗臭いユニフォームを脱ぎ捨てた

        汚れたバスケットシューズが私のお気に入りの ピンクのサンダルの上に
              偉そうに乗っかっている

           私はシューズを 思わず 思いっきり蹴っ飛ばし
              ちょっぴり安心しながら  そして苦笑しながら
                ひと時の世界を覗いている・・・
         私と母と忍者との そして息子との時間の 懐かしい形の模様が見えた


                  万華鏡
             やっと 私だけの小さな宝物になった

               人生の万華鏡  
           私は まだ 万も見ていないけれど・・・

         両目で見ても なかなか見えてこないものもある
           両目で見ているのに見えなくて 流す涙がある
             涙模様が広がる万華鏡も 綺麗な模様に繋がるだろうか

             万もの華を咲かせなくてもいい

           私の人生の万華鏡は いくつの模様を残すのかな
              中には形にならない模様が いくつもあるのだろう
              (綺麗な模様が出来る日も きっとあるよね)
           万には及ばずとも たくさんの形を刻んでいこう・・・


          片目で覗き込みながら 満悦の私

              大声が 私だけの恍惚とした世界を遮った
                「バッシュー 洗っておいてねー」

                   汚いバスケットシューズは 昔から
                        大嫌いよ!

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