心のままに

    根っこ

         私の家から見える一本の大きな木
              おそらく 記念樹となっているであろうその木を 
             毎日 何気なく眺めている
          その根元には 
           子供が幼い頃に タイムカプセルにした小さな缶々が
               埋まっている
            中身は がらくたばかり
                 (ケチな彼が 大切な物を入れるはずはないもの)

           すっかり忘れているであろう彼が タイムカプセルと
              いつか再会する事があるだろうか
            そして短いけれど我が家の家族となってくれた 小さな魂が眠る場所
            反抗して 「家出する」と言った息子が
             ダンボールを寝床に眠っていたのは 最近だ

           四季折々の大木の 微妙に変わる様子は 人生と似ている
             天気によって 風の向きによって そして見る人の気持ちで
                 変わってゆく
            空の色とのバランスを 優しくとりながら生きている
 
                今 秋風が優しく揺らしている木が見える
           そんな大きな木を支える根っこの事など 考えた事もなかった
 
 
                           
花を支える枝
                               枝を支える幹
                                     幹を支える根
                        根はみえねんだ
                           なあ      相田みつを


             大木の根っこ 想像してみただけですごい生命力だ
             台風にも 地震にも耐えた根っこだ

                  人にも根っこがあるという
                人それぞれに 何処に根を張って息をしているのだろう

           「根っこ」という言葉で思い出す事がある
            子供の学校に変わった先生がいた
            所謂 今の先生らしからぬ先生だ
          不器用で人がいいだけに見える 彼の姿は 
            一見  器用にこなす人達と比べて見劣りがする

                「新車で家庭訪問に来ましたっ!」
           そう言いながら 何故か首に巻いたタオルで汗を拭っている
           (クーラーもついてない新車なの?)
         しばらくの会話の後 玄関の外まで見送った私の目に入った新車は
          どう見ても中古の自転車にしか見えない

             悪いけれど 思わず子供に
                   「あの先生 大丈夫?」

        しかし それが覆されるのに時間はかからなかった
           ある登校拒否の子には 皆 見て見ぬふりであった
           皆が「さぼり君」と呼んでいた やす君

          やす君が何ヶ月か後に  一週間に一日 そして 二日 少しずつ登校して来る
           そして 毎日登校してくるようになった
              その裏で動いていたのは まさしく先生だった
            毎日 毎日 時間外に足を運び
            彼の目を見て いろんな話をしていた事
               後になって 母親から聞く機会があった
           時には 朝ご飯のいびつな形のおにぎりと共に
               ある夜には一緒に映画を観よう・・・と
         決して
            「学校に来い」とは言わずに
            自分の幼い頃の事 そして苦労話を面白可笑しく 聞かせたそうだ

         決して裕福ではなかった先生が
           田んぼで西瓜やトマトを盗んで食べたこと
                「もう時効だろ」
           そう言って出された西瓜にかぶりついていた夏の日

         幼い頃に母親を亡くして  やがて
           新しい母親に毎日反抗してばかりいた日々の事
          心を繋ぐはずのお弁当も食べずに 毎日捨ててはアンパンを買って
            食べていた小さな胸を痛ませた日々の話
                  彼の心に大きく残っている 小さな出来事

               「アンパンの方が食いたかったんだぁ」
                    やす君が 笑っていた
                 「そうだよ アンパンが毎日食いたかったんだ」

         おそらく毎日 楽しみに待っていたであろう やす君の心は
             少しずつ開いていったのだろう
          目に見えないくらいに ゆっくりではあったが

         先生は最初から教師では なかったらしい
      ある企業で仕事を持っていた彼は やはり不器用で
       人間関係もうまくいかずに 有名企業を退職
         その後 天職として教師の道を選んだそうだ

        参観日に出会う先生は 相変わらず大丈夫かと聞きたい雰囲気で
        汗を垂らしていた
           しかし 子供達は言った
            「先生!緊張すんな〜」
          微笑んだ先生は やはりタオルで汗を拭っていた

         子供達にいつも言っていた
              「人としての根っこを張れ」
                   「栄養を根っこに送れ」と

        人生の根を持っている先生の力強い言葉が 幼い心に残らないはずはない
              「あの先生 変だったけど 人間くさかったね」
                        「汗臭かったね」
         そう言って でっかくなった子供が 笑っている
            人としての根など 当時は解からなかったであろう小さな胸に
              しっかりと 存在し成長している事だろう

          人生 たまには悲しい事もある
              先日も落ち込んだ事があった
           傷つく事も多いが 私も根っこを張りたい
               しっかりした そして 優しい根っこを
            簡単には 抜けないからね!

          風采が上がらぬ先生の心の根っこ
            見えないけれど 見えた根っこ
 
                  「素敵な新車でしたよ!」

          いつもの大きな木に目をやりながら
                私は庭の草取りで首に巻いていたタオルで
                          汗を拭った

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