心のままに

   風の色

      みぞれが降る中 外出するべきじゃなかったと後悔しながら
       冷たい足を炬燵に突っ込むと 先客の襲撃に合った
      がぶりと噛み付かれた私は 寒いのと突然の襲撃で機嫌は益々悪くなっていった
       思わずその辺にあった新聞を丸めて 先客のお尻を思い切り、叩いてしまった
           (急に冷たい足突っ込まれて 驚いたのであろう)
 
        我が家には二匹の 昔、ホームレス 今ではお姫様気分の猫が同居している
       元々 猫好きという訳でもなかった私であるが 
       それは同じ生き物としての出会いだったのだ
        「命」と「命」とが顔を合わせた
       その一匹の猫との出会いである

      その日 私は台風接近に備え 食糧調達のための買い物に出かけた
             (缶詰と和菓子も買っておこう)
     言葉は悪いが 何故か大雪、台風となると 心なしかワクワクしている自分がいる
     窓の外を見ながら
           「もっと積もらないかなぁ」
                    「今、絶対に台風の目の中だ」
      それも 頭の中では 決して被害がない事を前提にしているのだから勝手ね
      もっとも 大地震以来 私はこういう不謹慎な考えは捨てたが・・・


      散歩がてら歩いて行く途中で見かけた光景に 私は背筋が凍った
       9月の残暑に滲む汗が 一瞬にして凍った瞬間

      閑静な住宅地の ある家の車庫で 綺麗な婦人が大声を上げ 
        手には竹刀のような物を振り上げていた
      まだ小さな野良猫の子等を 殴りつけていたのだ
      腰が砕けたような子猫が それでも小さな抵抗をしていた
        綺麗な姿をした鬼から 必死で逃げようとする 小さな汚れた生き物達

          (自分の頭を殴ってみたら?)
             (竹刀は私も握った事あるから 得意ですが?)
                (その竹刀の威力を 貴女の体で試してみます?)

     可哀想な光景だったが 私はその女性に何も言えず 立ち去った
      そして 助けてやれなかった自分を責めながら 急いで来たるべき台風に備えての
       食べ物へと思いを移すべく 小走りに過ぎ去る事で誤魔化した
             (念のためにラーメンも買っておこうかな・・・)

       帰り道 そっと覗いた車庫は何事もなかったような静けさだ
       高級車の下を覗き込んでみる
       手を突っ込んでみて 小さな温かさに触れた
           動かない  いや、動けない塊に触れた
       私は思わず 手に触れた物を引きずり出した

      小さなうつろな目で 小さく「ミュー」と泣いた
       その「命」を掴んで 走りながら 一緒に泣いたような気がする
          猫なんて好きでもないのに
                 走らなくてもいいのに

      それは一つの出会いであった
     人との出会いがそうであるように 出会いは偶然に そして
      必然的にやってくるのかもしれない
 
       私が覗き込まなければ 何もなかった
       台風が接近しなければ 買い物にも行かなかった
         偶然   そういう言葉ではない何かを感じた
             出会い  出会うべくして出会った

       ある時のある瞬間があって 何かの出会いは必ず存在する
        何か意味があるから 出会ったたくさんの人達、命
         そして その微妙な時間差で 出会わなかった心達、物
         これから出会う全てが 楽しみだ
 
      家に持って帰ると まさしく持って帰るという表現がぴったりで
       血で汚れた体は小刻みに震えている
           (明日はきっと冷たくなっているだろう)
      それでもジャコ入りのおじやを入れた 大きく見える小さいお皿に
       頭を突っ込んで吸い付くように舐めている
       離乳もまだ完全ではないのだと思われる
 
      他の子猫は どうしたろう
     体が温まったのか タオルの中で死んだように しかし規則的な小さな寝息は
       確かに生きている時間を刻んでいる


      次の日は期待通り 朝から大荒れの台風が襲ってきた
     15年前に九州を襲った 所謂 風台風と言われた 台風19号である
      風の猛威は思った以上で 少しでも窓を開けようものなら 
        硝子の花瓶が瞬間に 棚から落ちてきた
             (台風情報 大当たり〜!)
       突風で看板が飛んできて 綺麗なあの婦人のお尻に直撃・・・
         女性はお尻 打撲で入院・・・
            そんなニュースを期待していた
        不謹慎ではあるが 私は本当に そう願った

     この嵐だもの 他の弱った子猫はもう動けないだろう
     台風が収まったらこの子の里親を探してみよう

     名前は 台風に因み そして 優しい色の風が吹いてくる気がして
       「風(かぜ)」とつけた
     そして 妹分の猫に「ふ〜」と威嚇してるから やはりぴったりだと
      ネーミングを誇っている私
      息子は
               「洒落かよ〜?」

    以来 里親も見つからず 我が家で威風堂々と風のように 
     静かに そして 我が家の歴史を知る存在として 年を積み重ねてきた
    今年15歳で 動物病院から長寿猫の表彰状をいただけるとか
     猫に小判、猫に表彰状ではあるが 一緒にいた時間をふと 考える

     彼女は 私の表情を見事に判断するのが得意だ
      反抗期の息子を怒鳴りつけている間には 不思議と姿はない
      竹刀を持って追いかける私の姿に 怯えてるのだと息子は笑う
     彼は 赤ちゃんだったから 風が来た事も覚えていないし
      私の話の中で想像しているのが 悔しいところではあるが

           「鬼ばばぁ」
    更に私は逃げる息子に 愛の竹刀を振り回す
     形相は確かに鬼であろう私から 避難している風
           (あの女性と一緒にしないでね)

     何も言わないけれど もしかしたら 私の事を全て見ているのかと思う

    風の色って見えないけれど 優しく静かな透明に近い色かもしれない
      そんな風の色を彼女は知っているような気がしてならない

     助けてあげたのではない
       彼女と出合っただけである
      誰にも見せたくない涙を 彼女を抱いて何度も流したけれど
         何も言わず欠伸をしていたっけ
     そんな知らん顔の たかが一匹の猫に救われた事 


      炬燵は占領しないでね
       今日は 大好きな? ジャコ入りおじやにするわ
          だってキャットフード買うの忘れてた
       あれ以来食べていないおじやを 不思議そうに匂うだろうか

        炬燵の隅でいいから 足を入れさせてね
         (なんで 私が遠慮しないといけないの?)
           私は邪魔にならないように そっと冷たい足を入れ直した

         温もりを足と足とで共有しよう

             風の色は見えない 
                       いつも見えない

                 ただ静かな風の匂いがした

エッセイトップへ