心のままに

 赤いブーツ

             ある大学の女子寮に 私はいた
             50人の姉妹
                青春のど真ん中・・・
                  賑やかな はじける笑顔の仲間 先輩達

             キリスト教の学校で 規律も厳しく 上下関係も大変であった
              それでも 青春を謳歌していた私達には
              そこが くつろげる家庭であったし 姉妹だった

             寮監には 滅多に笑わない 厳しい助教授が
             目を光らせて 規則を破ろうものなら 
               両手に 手厳しい罰の紙切れを ぶら下げている

             食事当番 お風呂当番 掃除当番は皆の交代での義務であり
             眠い目をこすりながらの 早朝の 点呼 礼拝 
              おまけに門限まで決まっていて 破ると家への外泊許可も出ず
              休みの日にも 寮から出ることも出来ない
                     ああ 何という事だろう・・・
                         箱入りは もう 勘弁してよ・・・

                 一人暮らしをさせてくれなかった親に 心で文句を言いながら
              しかし 親元を初めて離れての仲間達との生活も 楽しかった
             二人部屋の相手は 一つ先輩の優しい綺麗な人で
             寂しがり屋の私に 何も言わず いつも温かい紅茶を淹れてくれた
                 夜には ベッドのあちらとこちらで 眠くなるまで 恋の話
                   未来の夢 たくさん話をしたなあ

              その寮は 今 名前こそ同じであれ
                個室 シャワートイレ キッチン付きの 完璧なプライバシーがある
              現在では 当然で・・・

         ある日 
                私は 家からの送金の3万円を何気なく 机の引き出しにしまっていた
       そして 3日後
                 消えていた・・・

              その日の夜は 早速 寮会が開かれ 
               そのお金の行方を 話し合った
                       「警察に届けるべきです」
                       「外部からの進入はまずないでしょう」
                       「内部での犯行だとすれば 仲間の中にいる事です」
                       「いっそ 指紋を取ってもらいましょうよ」
                「いや 神様はご存知ですから」
                「その人の反省と心を 待ちましょう」
 
               結局は そっと返す仲間を信じよう・・・という事になった
                  どんな言葉も がっくりきている私には どうでも良かった
                  取り繕った言葉が 偽善に思えた

                     神も仏もあるもんか !
              楽しみに買おうと思っていた 赤いブーツだけが
              私の目の前を クルクル回っていた

                次の日 父が
                      「ブーツを買いなさい」 
                   また 送金してくれた
                         あのブーツが買える・・・♪
               父の心が嬉しかったというより お洒落なブーツを買えることが
                若かった私には 嬉しかったのかもしれない
                と 同時に消えたお金が 急に憎らしくなって
                 犯人が 寝食共にしている仲間だと思うと
                 悔しくて 悲しくて 仲間を見る目が私の中で変わっていった

               それでも単純な私は すぐにそんな事件を忘れ
                お気に入りのブーツを履いて はしゃぎ回っていたけれど・・
                そしてやはり 皆が仲間であり 家族だった

                             


                   卒業後 仕事 結婚とそれぞれの道が違っても
                   二年に一度の 同窓会に皆が集う
                  何年経っても すぐに あの頃の顔が集まり 
                あの可愛らしい(?) 賑やかな笑い声が 響く
                  ちょっぴり ふくよかになった笑顔達・・・
            ある会の帰り道 
                紙袋に入った懐かしい友達からのお土産の数々
                 その中に 挨拶状でしょうか
                  封筒が入っていた
               何気なく 見てみると
                綺麗な 流れる文字の手紙であった

                 「この前は ごめんなさい
                    あの時 お金を借りたのは 私です
                       黙って借りてしまって 
                    遅くなったけど お返しします」
              名前はなかったが
                あの3万円が そっと入っていた
                   この前?
                 ああ    この前の事だった
             すっかり忘れていたあの時の 赤いブーツが 蘇った

            その人が誰であったかも 知る由もないけれど 
              今まで彼女の心には 密かな重みがあったのだろう
              誰だかわからない貴女の 
                 今までの気持ちの
                    一粒 一粒が
                駅に向かうバスの外の 雨に混じっていった・・・
                 雨が優しく流してくれた

              そして 私は
                  今 別れたばかりの姉妹達の
                     ひとりひとりの顔に
                       また 会いたくなった・・・

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