心のままに

     いのち満点 その3


                     「まきさん 元気? 
                   牛肉の甘辛煮作って 来週行きますよ
                    貴女の ひ孫と一緒にね」

                   ポストに入れた手紙が 祖母の手に届いた瞬間の
                    笑顔が見える
                   またあのバッグにしまい込んで 
                    ひっぱり出しては 誰かれとなく見せびらかしている
                    貴女が今から 見えるよ

                        手紙が好きな彼女

                   箱にごちゃごちゃと手紙の数々をしまい込んで 
                  何かあれば 出して読んでいる
                    すっかり忘れていた 私が幼い頃 書いたという手紙というのも
                     ぼろぼろになって残っている
                     遠い昔に貰ったという 恋文(?)までもが
                       色あせながら大切に残っている
                   半分は破れているのに ちゃんと最後まで恋文を読めるのは
                          どうして?

                   「手紙はなぁ その人の思いががいつまでも残っとる」
                  「相手の笑顔も 泣き顔も紙切れ一枚にちゃんと 残るじゃろが」
                    何度も何度も読み返す楽しみが また楽しみなのかもしれない


                   大好きなお肉を心待ちにしているであろう
                   交通事情で約束の時間に遅れ 臍を曲げているか心配しているか
                      それでも 小走りに駆けつける
                  案の定 中庭にいる祖母を見つけたら
                     私からの手紙を片手に 誰かをつかまえて
                      大声で読んで聞かせている
 
                   恋文なんて またもや病院内では有名なのだろうなあ
                        ああ  まだまだ有名人になるつもり?
 
                    今の世の中 手紙という手段はだんだんと減少傾向にある
                    ネットという便利で迅速 かつ 正確な手段に変わっているのも
                     当然であろう
                     手紙なんて まどろっこしいものは若い者は 苦手になっている
 
                        祖母は 達筆で返事をくれる
                   長い文章こそ最近は書かないが 思いを封筒に入れているのだ
                     だから私も手紙は面倒だと思いながらも 返事を出す
                     だが 彼女は一辺倒の手紙だと すぐわかるらしく
                    相手の心が入っていないのを 目ざとく見つけるのが得意だ

                  若い頃 女学校の先生をしていたという彼女は
                 きっと ビシバシと厳しい先生であったろう
                  そして 人としての思いにも 厳しかったに違いない

                   祖母は私に いろんな人からのぼろぼろの手紙を
                      読んでくれる
                     目が悪いのに 破けてしまっている一通一通の手紙を
                      何故か最初から読んでくれる
 
                   その中には やんちゃをしていた 貧乏早稲田の学生からの
                     手紙があって 
                       「しっかりと勉学に勤しんでいます ・・・・・・・・」
                          「正月には帰省しますが・・・・・・・」

                   真面目に思える手紙を大笑いしながら読んで
                    「これは 金足りない 送れという手紙じゃ」

                         「お前のお父ちゃんからのな」
 ・・・
                  私が知らない父の若い頃が そこにある
                  不思議とほのぼのとする瞬間だ

                   恋文の相手は とっくに亡くなった祖父からのものだ
                   内容は硬くて 私にはどこがラブレターなのか解らないが
                  本人は 求婚の手紙だと言って譲らない
                         本当は まきさんが惚れてたんじゃないの?


                   しかし 新しい日本の基礎となった明治から
                    大正 昭和と 踏ん張って生き抜いてきた中には
                       悲しい知らせの手紙 涙で滲んだ手紙も
                       たくさん あったであろう

                    思い出したが

                         「死ぬる迄恋女房に惚れ候」

                    これは 二・二六事件で叛乱罪に問われた
                   丹生誠忠(にうよしただ)中尉が 死を目前にして
                    走り書きしたものである
                   走り書きではあるが ここまでの思いを
                  この短い文に残せるものは 素晴らしいものがある
                   熱い思いが いつまでも残っている
                   死の直前まで 生きていた心が ある


                    「やっぱり魚よりお肉が美味いのぉ」
                    そう言って笑顔をほころばせている彼女
                    半分は 夕食に皆に配るはずだ
                         「孫がな 作ったんじゃ」
  
                    まきさん  
                     また帰ったら手紙出すね
                       明治女からの手紙も 待ってるよ
                         思いを封筒に入れてね

                  明治から平成に繋がっている 命
                     人としての思いを 
                          繋いでいる 命
   
                              いのち 満点

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