心のままに

   百円の味

     そのお店のドアを開けると おばちゃんの笑顔がある

      「どげんしよったとね」
          「寒うなったね」

      にこにこしたおばちゃんの顔を
      白くするラーメンの湯気が温かい

      庶民の味であるラーメンは 今やグルメの域に達する
      全国各地のこだわりのあるお店が 紹介される
      それも 一つの楽しみであり 確かにそれなりの美味しさが
       話題性を持って 伝わっている

     そんな中 ある駅のガード下にある小さなラーメン屋さんが
     我が町 博多に今も変わらず残っている
      お店の中は 何十年もおばちゃんの人懐っこい笑顔が
      たくさんの人との触れ合いを重ねて 今も健在だ

     お店は 学生達が多く立ち寄る
     何せ お金のない腹ぺこの学生達のお腹を満たすには
     嬉しいものがあるからだ

     ラーメン一杯 百円。
     子供達が 百円を握り締めお店に来ることも多い
  
     おばちゃんは そんな学生達の悩み事を真剣に聞き
     時には失恋した子へ

      「ラーメン食べて はよ元気になりんしゃい」
       「そげな顔しとったら よか男が台無したいね あはは」

    そう言って そっと大盛りにしてくれたという

    ちょっぴり不良がかった子にも 同じである
     ある時

     暴走族に入ったある子には
       「命だけは 大切にしんしゃい」
          「命をくれた親を悲しませる事だけは したらいかん」
     いつもそう言っていたらしい

     その優しいおばちゃんが 一度大声で怒ったという
     それは ラーメンを食べたあとの丼に 煙草を捨てた時らしい

     「これでも 心を込めて毎日作っとるラーメンたい」
       「それを 百円やからって心ない事するなら もう来んでよかけんね」
     その凄まじい剣幕に 悪そうもたじたじであっただろう

     それにしても 今だに百円。
     何十年も同じ値段で 到底やっていける訳はない
     確かに おばちゃんも値段を上げる事も考えたという

     百円は今や小さいコインであり その価値を考えるにも及ばない
     
     しかし 百円の値段は変えたくないと 頑張ってきた彼女は
     一杯一杯に どれだけのお腹を満たし
     どれだけの 冷えそうになった心を 温めてきたのだろう

      聞いた話によると
      昔の学生達が 全国各地から博多に帰ってきた時に
      ラーメンを食べに来る
      というより おばちゃんに会いに来る
       そして 昔話に花を咲かせるという
      帰りには
  
     ご馳走さん・・・そう言って
     一万 二万と そっと置いて帰るそうだ
     当時 払えなかった時もいつも ただで食べさせてくれた
     おばちゃんに・・・

     いつも温かく話を聞いてくれた おばちゃんに・・・
   
     当時 やんちゃをやっていた学生達も
    三十歳 四十歳になっていて
    子供連れでやって来ることも多いらしい
    それは おばちゃんへの何よりのお土産であるに違いない

        百円の味は
     忘れられない味であろう
     どんな高級な味よりも。
        おばちゃんの笑顔がこもった 百円のラーメン。

              温かい百円の味。

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