トーク・オフィスマツバラ フリーアナウンサー 松原 敬生
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2007年8月31日

1997年8月31日、10年前の今日、私は家族旅行をしていました。それだけは鮮明に覚えているのですが、どこへ行ったのかははっきり思い出せないのです。なぜならその日、イギリスのダイアナ元皇太子妃がパリ市内で悲劇的な交通事故死を遂げたというニュースに接したからです。
あれから10年、今年もロンドンで追悼式典が行われます。事故以来、毎年の様にとりあげられるニュースだけに、旅先で聞いたねと思い出話をするのですが、どうしてもダイアナ妃そのものの話題の方が多くなってしまいます。こうして旅の記憶が薄れてしまったのです。
同じ様に国民的歌手、藤山一郎さんの訃報に接したのも、旅先でした。(1993年8月21日)
でもどこに行っていたのでしょう。
旅先で特に有名人の訃報に接した時は、余りにも前後がなくて唐突すぎて現実感がともなわないものです。やはり脱・日常という行動をとっているせいかもしれません。
遂にいうならば、旅の効用はこんなところにもあるのでしょう。
明日から9月、秋は旅のシーズンですね。
将棋の駒 2007年8月30日

北島三郎さんの「歩」という曲が、歌謡曲の中で一番短いタイトルです。「歩のない将棋は負け将棋」と唄っていますが、自分の性格を将棋の駒に例える事もありそうですね。
一本気な性格の「香車」、攻守に実力を発揮する「角」、いや守りに強いので「金」、攻めに強いから「銀」だなどと自分を分析できそうです。
もちろん「王将」だと胸を張って言えればいいのですが・・・(笑)
普通よく言われるのは、攻めに強いのは「飛、角、銀、桂」で守りに強いのは「金、そして銀」だそうです。私自身は「飛車」という駒が好きですね。「王手、飛車取り!」なんていわれると思わず飛車を逃そうとする位です!
何故好きかというと、飛車=龍(ドラゴン)でもあるのです。「竜は敵陣、馬は自陣」という格言からでしょうか。但し高飛車といういやな言葉もあるんですがね。
ところで、この将棋の駒の中で一番割れやすいのは「飛車」だそうです。駒に彫った両方の字に太い縦線が通っているからなんですが、一本の恋(縦線)が通っただけで割れやすいとなると、少々宗旨替えをしなくてはならないようです。
余談ですが、対局前の礼儀作法「お願いします」、負けた場合は一礼して「負けました」というこの潔さは、どの世界でも学ばなければなりませんね。
内閣 2007年8月29日

安倍内閣が改造されて、本格始動しました。この新しい内閣の新聞表現は「第1次安倍改造内閣」となっています。
何故、第2次ではないのかなと思ったのですが、用語にはこんな風に書かれています。
今回は、昨年9月の安倍政権発足後、初の内閣改造なので第1次安倍改造内閣で、第2次となるのは、次の衆議院選を経て安倍首相が再び内閣を率いて発足した場合「第2次安倍内閣」となるのだそうです。
ちなみに小泉内閣の場合は、6回大臣の入れ替えがありましたが、最終内閣の呼び名は「第3次小泉改造内閣」でした。安倍首相は第2次まで内閣を率いる事が出来るのか、今回の改造内閣の働き如何でしょう。
ところで今回の内閣の顔ぶれをみてみますと、戦後の枠組みを築いた歴代の大物宰相、吉田茂、鳩山一郎、岸信介の三人の孫が、大臣、首相として政権の中枢に並んでいます。二世議員どころか戦後三世議員が活躍する時代になってきています。
そして何よりも、安倍首相が戦後レジームからの脱却をスローガンにかかげているわけですが、レジームを作り上げたそれぞれの祖父達はどんな思いでこの内閣の行方を見守っているのでしょうか。興味のあるところです。
携帯電話 2007年8月28日

慌てました。携帯電話を喫茶店に忘れかけて取りに戻った心境です。
今や携帯電話のない生活が想像できない時代になった典型的心理現象でしょう。会社の道具から多機能通信機へと進化した携帯電話。生活の隅々に入り込んでいます。
「俺は携帯電話は絶対に持たない」とうそぶいていた友人が、次にあった時には新しい携帯機能の自慢話をはじめている次第です。
「トイレーダー」 この言葉は、勤務時間中に会社のトイレにこもって、携帯電話で株を売り買いするトイレ・トレーダーをいいます。もちろん造語で、職場への持ち込みを禁止した企業が多くなったことも影響しているかもしれません。
携帯電話を失くしたらという不安や不自由さは、想像以上に大きいものがあります。私の年齢でさえこういした不安があるのですから、携帯電話の普及後に青春時代を過ごした若い人達は、携帯電話1つあれば常に誰かと結ばれているという生活の大半をおくってきたわけですから、我々以上に不安は強くなることでしょう。
「たかがケータイ、されどケータイ」なのでしょう。
2007年8月24日

大好きな歌謡曲の1つに「ラブ・ユー東京」があります。♪〜七色の虹が消えてしまったの〜♪とあります。虹の色は日本では七色といわれていますが、国によってさまざまです。イギリス、アメリカは藍色が消えて6色、フランス、中国が5色、イスラム圏では橙、藍、紫色が消えて4色といわれています。その文化によって神秘的とされる数に合わせて色数を設定したこともある様です。
日本では、ニュートンが太陽光を虹色の帯に分解した時に七色に数えたことから、明治の教科書で「太陽の光は七色」としたため、その認識がひろがった様です。
少し前に虹をみた時、数多くの人が同じ行為をしました。携帯電話を虹に向けて差し出したのです。つまり、携帯の写真におさめる人、その写真を友人に送る人などが一斉にシャッターを押したのです。まあそれだけ神秘的なもの、感動するものだということですね。
色といえば、太陽の絵を子供が描くときに、イギリスでは黄色、日本では赤色を使う様に、国によって様々です。
その国の文化の理解なしには、その国の人々をなかなか理解することが出来ないのも、こうした背景があり、通訳の皆さんの大変さもそこにある様な気がします。
「湯水のように使う」という言葉は、日本では「惜しげもなく使う」という意味ですが、アラブでは「大切に使う」という意味です。
この一つをあげても、言葉の理解がすれ違う事もありそうですネ。
馬鹿と煙 2007年8月23日

今朝のニュースで東京世田谷の送電用鉄塔(高さ約50メートル)に女性がしがみついて助けを求めたとありました。結局は、その女性は自力で降りてきたそうですが、何と最上部まで登っていたそうです。
昔から馬鹿と煙は高い所が好きだとよく言われます。「馬鹿と煙は高いところへ上る」というところから来ている言葉ですが、本当に馬鹿なんでしょうか。
最近の都市計画では続々と高層ビルが建設ラッシュとなっていますが、私なども高い所に登ると気が晴れることが多くあります。となれば私も馬鹿なんでしょうね。かつてはかかとの高い靴をはいてみると、視線が少し高くなり、ちょっと偉くなった様な気がしたものでした。
封建制度の時代、権力者はその国の一番高い建物から下を見下ろしています。(例えば天守閣) それだけに視線が上がることで偉くなったと錯覚を起こすのかもしれません。
ですから「馬鹿と煙」は時の権力者を批判するときに出来上がった言葉なのかもしれませんね。
もう一つ、愚人はおだてにのりやすく、舞い上がってしまうなんていう考え方もあるかもしれませんよ。
路上禁煙 2007年8月22日

愛知県の小牧市は、県内で名古屋に次いで2番目に市内で路上禁煙区域を定める考えを明らかにしました。この条例化の背景には、地域清掃活動グループの中学生が「たばこの吸殻が目につく」という意見を市長に届けたことがあります。
このところタクシー内の全面禁煙も全国的に加速化してきました。愛煙家には大変難しい状況になってきましたが、こうした動きを速めたのは、吸殻のポイ捨てにはじまるマナーの違反が目に余るものになってきた事にもありそうです。
煙草は、他人に迷惑をかけない事が前提の嗜好品であるべきなのです。
ところで地球温暖化の状況も悪化の一途です。京都議定書の約束(1990年のCO2の排出量を6%下げる)を守れるどころか上回っている位です。
その遠因に車社会の大型化があると思われますが、こんな話を聞きます。通勤の際に公共交通機関を利用出来るにもかかわらずマイカーを利用するのは、公共交通機関の電車、バスでは煙草を吸えないからだというのです。
これも笑えない事実の様です。
〜ハイ 2007年8月21日

冷房病というのでしょうか、なかなか咳が止まらず、しんどい思いをしています。幸いというか、あいにくというか、キャンペーンもなく久し振りの休日にしたところ、このありさまです。むしろ休みという気の緩みがこうさせているのかもしれません。
しまらないことおびただしいのですが、1日のしまりがないのはウォーキングを病気にかこつけて休んでしまったことで気分にけじめがつかないことにあります。
ランナーズハイという現象があります。ランニングを10分程続けていると気分がよくなってきていつまでも走り続けることが出来そうな気分になります。これをいうのですが、ウォーキングでも続けていると1日の充実感が全く違うのです。休んでしまうとハイという気分の高揚がないのです。
ところでヘルパーズハイという言葉もあります。他人の為に良いことをしていると、幸福感に満たされて気分が高揚してくる状態をいうようです。極端に人の為にではなくても、何かしら人知れずきちんとしたことが出来ると心の中が豊かになりそうです。
一冊の本を読み終える事などもその1つかもしれません。これを「ルーティンハイ」と私は名付けました。日記を続けることもその1つですね。
さあ、次は「コークハイ」でも楽しみましょうか?
お辞儀 2007年8月20日

韓流ドラマを見ていて、少し日本人と違うなと思うことがあります。それはお辞儀の仕方です。
つい先頃の選挙の際の候補者のお辞儀の仕方と雲泥の差があります。時には候補者の頭の下げ方が不自然すぎ、不快感を感じることさえあります。
日本人社会の中で「お辞儀の仕方」はなかなか厄介な存在です。ある先入観を持って接した人の「お辞儀の仕方」ひとつでイメージががらりと変わる事があります。丁寧なお辞儀の対極にあるのがわざとらしいお辞儀です。
韓流のお辞儀の仕方は、少しシャイな、はにかんだお辞儀だなと感じるのはドラマのストーリーのせいなのでしょうか。皆さんもちょっと気をつけて見て下さい。
さて、ある程度年齢がいった我々がお辞儀をするときに気をつけなければいけないのは、背中を丸めてお辞儀をしないことです。非常に老けた印象になってしまいます。
美しいお辞儀のポイントは背中をまっすぐにすることだといいます。背中が丸まっていないか確かめる方法は、長い定規を入れてお辞儀をしてみてください。定規が突っ張るようでしたら背中がまるまっているようです。
もう1つ注意することはお辞儀をしたあと、身体を戻す時に上目遣いにならない様にして下さい。
美しいお辞儀で貴方のいいイメージを相手の方に伝えて下さい。
上着 2007年8月19日

日本の気候風土は、まさにモンスーンである。という言葉がありますが、その言葉を裏付ける様な昨今の日本の気候です。モンスーンといわれる気候は耐えがたいほどの、湿潤と熱暑です。年間降水量は西欧諸国の二倍近い日本ですが、その一雨欲しいなぁというシャワーもこのところ余りありません。
さて、その猛暑の中でも出勤の際には上着を欠かす事はありません。とはいっても流石に炎天下では持ち歩いているのですが・・・。「上着は男のバッグ」といったデザイナーがいましたが、仕事場では何かと上着があった方が便利なのです。一ヶ所のマイデスクでの労働ならともかく、同じビル内で打ち合わせなどがある場合、携帯電話、手帳、筆記用具などは、バッグを持たなくても上着におさまりますから機能上大変ありがたいのが現実です。
スーツの本家といえばイギリス、そのイギリスでかつて(80年程前)通気性をよくする為に首回りなど、工夫を凝らす運動が行われましたが、結局今のスーツスタイルに落ち着いた様です。そのスーツの疑問ですが、上着の内側の左側のポケットには何故ボタンがついてないのでしょうか。(右側にはちゃんとついています)内ポケットに手帳を入れておいて、持ち方が悪いと落とす心配があるのです。まぁ、右側にそういうのを入れておけば問題ないのですが・・・。(笑)
とにかく早く、スーツの上着を平気ではおる気候にならないかなぁとも思っています。そうすればみっともない体型を少しはカバーできますから。
定点観測 2007年8月18日

昨日の日記の続きです。
定時観察、つまり朝風呂に入る直前に、毎日「ヘルスメーター」に乗っています。
「毎日、体重を量って記録する」と体重の管理がうまくできると言われ、実行しているのです。
いや、実行はしていないですネ。書き込む事はしていませんから。
本当は書き込む事によって数字が頭に焼き付き、それによって食事の内容や時間に気を使うそうですが・・・。私の場合は風呂(裸)にペン。この組み合わせが難しいんです。(笑)
さて、確かに数字によって自分のダメぶりを突きつけられることがあります。又、逆に成果を確認して、更に頑張ろうとなるのも数字です。但し、同じ時間(同じ条件)で記録しなければ何にもなりません。
話は変わりますが、毎日の散歩は同じ時間に同じコースを歩くことにしています。何故なら、2、3ヶ所定点観測の場を持っているからです。日の長さを電柱の影で知り、街路樹の葉の様子で四季の移り変わりを感じます。日射しの強弱も結構肌で感じるものですヨ。
そんな時、私の曲「おまえとともに」の「めぐりくる季節〜♪」と思わず口ずさんでいるのです。
朝湯 2007年8月17日

福島民謡の「会津磐梯山」の一節に「小原庄助さん、なんで身上つぶした。朝寝朝酒朝湯が大好きで、それで身上つぶした。あぁもっともだぁ、もっともだぁ♪」とあります。
朝湯が身上をつぶすかどうか納得は出来ませんが、最近私は朝湯、朝風呂を利用する事が多くなりました。もちろん夜風呂も入るのですが。
これだけ暑いので、寝汗をものすごくかくからではなく、朝の1時間ちょっとの散歩の後に入る様にしているのです。シャワーではなく、湯舟に入っての入浴です。リラックスしながら目を閉じて浸っていると、疲れのとれ具合が全然違いますから。
江戸の昔から、子供を風呂に入れる際、「肩まで入って10数えなさい」と出来るだけゆっくり湯に浸からせてきた日本式の入浴は、シャワーでは味わえない、気分をゆったりとさせます。
ただ最近はシャワーの利用が増えているようですが、どうでしょうか。シャワーでは気分までゆったりさせることは出来ない様な気がするのですが。私は、単に洗濯機の中に身体を投げ入れただけという感じに思えるのです。
特に風呂に入る習慣のかなり乏しい西洋の人達は、お湯につかって疲れを癒す感覚は持っていないでしょう。
とはいっても嬉しい事に、日本の若い人達にも温泉ブームがひそやかに受け継がれている様ですから、日本の風呂文化はまだまだ捨てたものではないのかもしれません。
2007年8月16日

熱風がすっぽり覆っている様な毎日です。秋風、涼風という言葉が懐かしくなっています。
日常生活の会話の成り立ちで〜風という表現は大変多く使われます。不景気風、なんていやな言葉もありますね。
つい先頃は逆風が自民党に吹き荒れましたし、春風はじめ季節にはそれぞれの風が吹きます。
風の種類はどれ位あるのでしょうか?
そういえば、歌謡界でも秋川雅史さんの「千の風になって」がミリオンセラーを記録しました。
そんな中で少しばかり衰弱していると思うのが、風情を感じ取る力です。例えば、猛暑の癒し方にしても、打ち水や風鈴など先人の工夫が隅に押しやられ、即クーラーという行為に走ります。
先日ラジオからお年寄の投書が読まれていました。「このお盆に孫達が帰って来ましたが、最初にせがんだのは『蚊帳をつって寝たい』ということでした。孫達は蚊帳の中に何かを感じたのでしょう。」という投書でした。
この夏休み、秋風が立つ前に、子供達に夏の風物詩を充分に味わってもらいたいものです。
記念日 2007年8月15日

1945年8月15日、満州事変に始まり、15年の長きに渡った太平洋戦争が終結しました。
昭和天皇の詔勅がラジオで流れ、国民に日本の無条件降伏が知らされました。この日を終戦記念日といいます。中には敗戦記念日という人もあります。8月15日、忘れ得ぬ日の1つです。
さて、国民全部が忘れ得ぬ記念日もありますが、各個人の記念日も数多くあります。誕生日はもちろん、結婚記念日、命日などがあります。
ところで、自分だけの記念日を作る事が出来るそうです。それは「日本記念日協会」の登録制度で、多少の費用はかかりますが、記念日の名称、日付、由来などを申請すれば、自分の記念日が持てるそうです。もちろん「政治的、宗教的、反社会的」などは、審査に通らないそうです。
特に企業の記念日は、外に向けてのアピールや、知名度アップに利用できます。
また誕生日や結婚記念日などを登録する人も多くあるようです。私の誕生日の8月5日は「タクシーの日」になっていますが、私自身と特に関連はありませんので、何か自分の記念日を作ってみたいと思っているのですが・・・。
例えば「85(はい)」という挨拶の日はどうでしょうかね。
隣りの芝生 2007年8月14日

帰省ラッシュ時は、ハイウェイの各サービスエリアのレストランは、家族連れでにぎわいます。
隣のテーブルからも、子供達の明るい声が届いてきます。お父さん、お母さんは知らず知らず我が子と隣りのテーブルの子供とを比較していませんか?
そして何となく隣りの芝生的感覚で我が子を眺めていませんか?極端な見方でいえば、隣りの子は慎重な性格に見えても、我が子は優柔不断に見えてしまいます。隣りの子は積極性に富んだ子に見えても、我が子はでしゃばりに見えてしまいます。
結構、そんな程度の事だと思っても、親の方はなかなか気付きません。これが隣りの芝生的感覚なのですね。
チルチルミチルの青い鳥は、実は我が家にいたという話があります。折角の夏休み、子供と接触する機会が多いだけに、我が子の芝生の青い部分を探す夏休みにしたいものです。
「お父さんの通知表」を作りませんか。子供のいいところばかりを箇条書きにして新学期を迎える際に子供に渡してみましょう。
改めていえば、隣りの芝生は青く見えるといいます。遂にいえば、他人から見れば我が家の芝生は青く見えるわけですねぇ。
約束 2007年8月13日

何やら、世の中から凛とした態度で責任感を持って敢然と行動する気概のある人が少なくなった様な気がします。
それと同じ様に、日本固有の伝統文化に対する理解度にも変化が生じています。昨今の朝青龍問題を取り上げるコメンテーターの中にも、歴史が育んできた伝統に対して軽蔑の言葉を吐く人さえも登場する位です。
しかし今、その凛とした態度を醸成するにはと考えると、日本固有の文化の成り立ちをもう一度よく理解する事から始めなければならないでしょう。
例えば、武士の世界では金打(きんちょう)といって、約束を交わす際に、それぞれが己の刀をツバや小刀で打ちあわせる行為をとり、誓いや約束を破れば斬られても仕方ないという暗黙の了解を求めました。これ程に己の身は己で処す気持ちが強くあったのです。ところが今を見てみると、社会全体で、いわゆる約束を破っても平気な人達が増えています。特に正当な言い訳があれば約束を破っても平気だとばかり、出来ない約束をする傾向にあります。
携帯メールの普及がそれに拍車をかけます。(メール自体を否定するものではありません)メールひとつ打って約束を反故にしてしまうのです。こうしておけば相手の不満や怒りの声を直接聞くというリスクをおかさずに事が済んだと思えるのです。これを便利と捉えているのが現状です。
小さな約束をきちんと守ること。守れない約束をしないこと。これから再スタートをはじめようではありませんか。
コウノトリ 2007年8月11日

今年のうれしいニュースの一つに「国内の自然界で43年ぶりに誕生したコウノトリの幼鳥1羽がコウノトリの郷公園の人工巣塔から巣立ちして飛び立つ」がありました。
この国の特別天然記念物のコウノトリが自然に戻っていくハードルを1つ越えたニュースは、自然が人の手によって加工されている現状の歯止めになればという気がします。
このコウノトリで思い出すのが、コウノトリゆりかご(赤ちゃんポスト)です。今年の2月に設置が認可された赤ちゃんポストは賛否両論がありますが、アメリカでは50州のうち最近のハワイ州をはじめ48州で「安全な避難場所の法案」(safe haven law)が実施されて、数多くの赤ちゃんが保護されています。育児放棄を助長するといわれる思惑をよそに、この制度が定着している背景には、アメリカ人の養子意識の高まりがありそうです。
子供のいない夫婦が赤ちゃんポストで保護された多くの赤ちゃんを養子としてむかえ、幸せな人生を共に歩んでいますが、アメリカ人の精神構造の中に血のつながりよりも、人生を共有する中に愛を育むという想いが多くあるからでしょう。
とかく日本人は「血族」などと血のつながりを重んじるところがあるだけに、熊本慈恵病院で預った赤ちゃんのその後の人生が特に気になるのですが・・・。
コウノトリは赤ちゃんを運んで来てくれますが、優しい親御さんを運んでくれるコウノトリを期待したいですネ。
名古屋城 2007年8月10日

今日から19日まで名古屋城宵まつりが始まりました。
私も12日に東海ラジオの公開録音「演歌スペシャル」に司会者として出演します。
この名古屋城は以前の夏祭り以降、仕事で数え切れないほど訪れていますので、雑学を頭の中に随分といれたものです。
その1は、名古屋城の前進、那古屋城で織田信長が誕生したこと。
その2は、名古屋城築上に関して、堀を掘り、石垣を築く迄の普請(土木工事)は外様大名が行い、作事(建築工事)は幕府親藩が行ったこと。
その3は、城内の石垣には多種多様の記号を刻んだ石がありますが、これは築造を命じた諸大名が自分の運んだ石だと示す為に刻んだこと。
その4は、名古屋城は別名も多く、金の鯱鉾にちなんだ金城、金鱗城、金鯱城といったものがあること。そして天守閣の金鯱、雄(北側)雌(南側)の金の鱗の枚数は、雄が194枚、雌が236枚と女性の方が多いこと。
これらのトリビアは思わず歴史のロマンを感じさせてくれますが、特に雌の方がゴールドにまとわれる事が多いのは、何とも面白い現象ではないでしょうか。
名古屋城から名古屋嬢へと歴史は動いていきます(?)
ザンギリ頭 2007年8月9日

「今日は何の日」を検索すると、明治4年(1871年)の8月9日に、長い間続いたチョンマゲから自由なヘアースタイルにしてもいいということで、太政官布告として「斬髪勝手たるべき事」が出されました。
この断髪令が出る前に流行したのが「ザンギリ頭をたたいてみれば文明開化の音がする」という俗謡でした。しかしこれは一部で、全部は「半髪頭をたたいてみれば因循姑息の声がする。総髪頭をたたいてみれば王政復古の音がする。斬切頭(ザンギリ頭)をたたいてみれば、文明開化の音がする」です。
この半髪頭がチョンマゲ頭で、惣髪頭は髪をすべて同じ様にのばして頭頂か後頭部で束ねたもの。又、斬切頭は散切り頭とも書き、髪をのばして結ばずにそのままにしておくものです。
会津の若い武士達が鶴ヶ城に籠城(ろうじょう)した際、頭にシラミがわいて髪をすくことが出来ないので、仕方なく髪を切って散切りにしたというエピソードもあるそうです。
何はともあれ、ザンギリ頭に帽子をかぶって牛肉を食べるのが文明開化の象徴だった様ですが、こうした流行は新聞によって拡まったそうですから、メディアの力はすごいものがあります。
形を変えることから意識まで変えていこうという手法は、その後もよく使われますが、この事がそのスタートだったかもしれません。
追伸。 「胸ドッグ 写真を見れば 健康体の音がする」   松原 (安心!)
縁起のいい数字 2007年8月8日

北京五輪開催まで丁度あと1年となりました。来年2008年の8月8日午後8時(日本との時差1時間)に開会式を迎えます。数字を並べてみてわかる様に8888です。中国ではこの「八」という数字が最も縁起がいいとされ、あえてこの日を選んだようです。
易経八掛の国、中国は、吉数は「儒教は偶数」「道教は奇数」と分けられますが、そのどちらにも入っているのが「八」です。
「則天文字」の中に「国」と表わす文字「圀」があり、八方であるとしています。
日本語でも、古代日本語においても「八」が聖なる数とされ「めでたい」とか「多い」「豊か」「縁起が良い」という意味もあるようです。
そういえば以前香港へ出掛けた際に、珍しい案内をしてもらったことがあります。
ある住宅のガレージの前で、「あの車のバックナンバーをごらん下さい」と「8888」ナンバーの高級車を見せられました。この数字を取得する為に相当のお金がかかったようですと説明を受けた事があります。それ以来、名古屋でも「8888」のナンバーを見つけると「あっ!お金持ち」と心の中で叫んでしまうくせがついてしまいました。
さて今日は名古屋の市章にちなんで、マル八(○の中に八)の日でもあります。
原爆記念日 2007年8月6日

1945年8月6日午後8時15分、広島市に原爆が投下され、またたく間に20万余の人命が奪われ、また被爆者数もおよそ36万人にのぼりました。
広島では犠牲者の霊を慰め、世界の平和を祈念する式典が行われました。
あれから62年が経過するにもかかわらず、一向に核廃絶や核軍縮に向けた動きが加速していません。そもそも既得するとやらで核を保有している国(アメリカ、イギリス、ロシア、フランス、中国)が非核保有国には包括的核実験禁止条約で厳しい制約を課しているのに対し、自分達の核保有、核兵器の高度化には何ら制限しないという、きわめて不平等な状態が現存している事が問題です。また非核三原則をとなえる日本ですらアメリカの核の傘の中にいるのですから矛盾だらけの現状です。
今できること、情報発信です。これ程までに悲惨な出来事を唯一経験している日本がその恐ろしさを伝えることが出来なければ、誰が伝えるのかということでしょう。
決して遠い昔話ではなく、おじいさん、おばあさんの生きてきた時代のことです。
「過去の歴史」、生活の道を不可抗力のうちに奪われてしまった「戦争の悲劇」を伝えることで「現在の平和」の尊さを知ることが出来るのです。
誕生日 2007年8月5日

今日は私の○○才の誕生日です。ずいぶん年を重ねたものです。
この8月5日は、最近では柴咲コウさんが誕生日と聞いていますし、昭和37年には、あのマリリン・モンローが亡くなっています。この様に日本人は、何かと共通項を探したくなる民族であるようです。血液型にはじまって、星座、十二支、誕生日etc.一つでも同じものがあると急に垣根がなくなる間柄になれそうです。特に同じ故郷、同じ学校の絆は強いものがあります。これからはじまる、夏の高校野球の応援などはその故郷意識の発露でもありましょう。
良くも悪くも日本人の横並び意識はこんなところから芽生えているのかもしれません。そういえば人と同じなら安心という気持ちが誰にもありますねぇ。
ところがアメリカなど外国の人達は、自分と違うところがあると目を輝かせるといいます。会話の中でも、違いを探すことに終始している様です。単なるお国柄と片付けるのは簡単ですが、これからは異質なものに理解を寄せる必要がありそうです。
グローバルの時代、他人を認める、違いを認めることからはじめてみましょう。
それにしても、私の好きな日本語に同胞(はらから)というのがあるのですが・・・。
○○友 2007年8月4日

早朝は人間が素直になれる空間かも知れません。
散歩をしていると見知らぬ人、特に犬連れの人がすれ違い様、私に「おはようございます」と声を掛けてくれます。犬を散歩させている人同士はよく会話しているので、コミュニケーションのとり方が上手なのかもしれません。私も「おはようございます」と返事をするのですが、最近は最初の頃より、声も大きく出る様になったようです。
犬を連れている人同士を犬友というのかどうかわかりませんが、犬自体に癒されることよりも、こうした犬友の会話が貴重なのかもしれません。
そういえば、最近は情報交換の貴重な存在に「煙友」があるようです。煙草を吸う場が限られている会社では、その一ヶ所に色んな課の人達が集まり、知らず知らず情報交換が行われているのです。派閥横断的な情報が仕事に役立ち、煙友様々という声を聞くこともあります。
さて、「花友」という言葉をご存知ですか?漢字だけを眺めていると、とてもきれいな言葉にも思えるのですが、その意味は「盛んなときだけ見にくる人」つまり、一旦その人が落魄(らくはく)したら見向きもしない人の事をいいます。
花友という存在だけにはならない。私の座右の銘の一つでもあります。
大食い 2007年8月3日

最近、特にうらやましい表現に「痩せの大食い」があります。
「俺ってさ、どれだけ食べても太らないんだよ」なんて言いながら健タン振りをみせられると、もの凄く腹が立ち、ナグってやろうかと思う位です。(笑)
というのも血液検査をするたびに、ほれ中性脂肪だ、ほれコレステロールだメタボリックだと、食事制限のプレッシャーがかかります。それだけに今の私にとって、揚げものや、肉類を腹一杯食べるなんて思いもよらない事なんです。
家人から「外で何を食べているかわからないので、体調管理の責任は持ちません」と宣告されているだけに、昼食には特に気を使います。
知りあいの医師から「ザルそば」が一番いいよと言われた事があり、あの店この店と「ザルそば」巡りをしているのですが、やはり毎日ともなると飽きてきます。ときにはかき揚げをつけようか、と甘え心が芽生えますが、ぐっと我慢をしている次第です。
「松原さん!焼肉に連れてって下さい」と後輩に誘われても、聞こえない振りをしています。
しかし、これでは余りにも淋しい余生(?)になると、この大食いを目指してまたまたウォーキング(1時間)をはじめました。
かつて毎日1時間のウォーキングを無休で1年近く続けたことがあり、その時は血液検査の結果もパーフェクトだっただけにその再現を目指そうと決意しました。
やはり美味しいものを美味しくいただく、これが最高!
駅弁 2007年8月2日

夏休みといえば、その思い出は勉強ではなく、アルバイトに行きついてしまいます。
恥かしながら、三日坊主で終わってしまったアルバイトがあります。昭和40年代のはじめ、鉄道○○会の募集に応じて参加したのですが、その職種はプラットホームでの弁当などの売り子でした。「弁当っ!弁当っ!冷えたミカンはいかがですか?」と在来線が入線してくる度に、肩からかけた思い箱をゆすって、あちこちのプラットホームを行ったり来たりするのです。
先輩達は要領よく、この時間のこの列車は何番線に入り、何号車あたりがよく売れるというデータを駆使して走り回るのですが、慣れない新米の私は肩にくい込んでくる重さに耐えながら、ただ右往左往するばかり。ましてや短い停車時間におつりのやりとりを含めて商売をするのですから、せいぜい1人がやっと。それでも初めて売れた時はうれしかったんですが・・・。
しかし、暑さと肩の痛さでとうとう三日でダウン!なんとも情けないバイトでした。
ところで、今やこのプラットホームの景色もずい分変化してきました。
新幹線中心のダイヤ編成が進み、在来線特急が次々と姿を消しました。一両編成や二両編成の鈍行しか止まらなくなると、駅弁商売は苦しくなります。この10年間で100を超えるJRの駅から駅弁が消えたそうですが、と同時にのどかな情緒も消えてゆきます。
のんびり旅の1つ、車窓を上にあげて、プラットホームの売り子さんと笑顔をかわしたあのシーンが何とも懐かしいものです。
優しさ 2007年8月1日

今日から8月、一年中で最も暑い季節の到来です。
今日も真夏のいやになる程厳しい日射しが注ぎました。春先のあの優しい日射し、そう!すすんでその日射しに身をゆだねたくなるあの太陽と同じ太陽なんだろうかと思う日射しでした。
こうした中では、戸外で自然の優しさに触れる余裕がどうしても生まれません。
例えば道端に生えている雑草を抜いてじっくり眺める事や、四つ葉のクローバーを探してみるなどという好奇心すらわいてきません。
こうなれば室内での人とのコミュニケーションから優しさを得るに限ります。
特に、貴方が人とのやりとりで失敗を指摘する立場に立った時でも、相手に優しさを与える事を考えてみて下さい。それは指摘した事柄の後には、ほめる言葉を最後につけ加えるのです。
「今日の人参は少し固いネ、でもスープや他の野菜はすごくうまいね」 こうしてほめる言葉が最後にくると、同じ意味でも受けとめ方が少し違ってきます。失敗から優しさに触れる瞬間です。
こうしたやりとりは、相手のいいところをいつも見つめている姿勢が大切で、人生を丁寧に生きている証しではないでしょうか?
惹句(じゃっく) 2007年7月31日

「政界大波乱」「衝撃」「混迷」「自民惨敗」「戦犯直撃」
これらは、今朝のテレビ覧から抜き出した民放テレビ番組の惹句です。本来、惹句というのは宣伝用のあおりのコピー、例えば「ア然!仰天!」「激白」などが多いのですが、今回の参議院選挙結果をとりあげた各局の惹句は、殆ど違和感を持たない程の自民党の敗退でした。
つまり決して実態から離れた大仰な言葉ではないのです。
『過ちを改むるに自ら過ったとさえ思い付かば、夫れにて善し、其の事をば棄て、顧みず直に一歩、踏み出す可し』
この言葉は西郷隆盛の「南州翁遺訓」の中に書かれています。間違いを犯した事を自覚したら直ちに(・・・)良い方へ一歩踏み出す事が大事であるという意味ですが、安倍さんの会見では、即、内閣改造、あるいははっきりとした政治スケジュールを示すことがなかったのは本当に残念です。
あの会見で新内閣の発表があったらと思ったのは私だけでしょうか・・・。
余談ですが、西郷さんは薩摩で、安倍さんは長州でしたネ。(関係ありませんネ・笑)
マイナスイオン 2007年7月23日

マイナスという言葉を和訳すると「負債、不足、欠損、赤字」「陰極、陰電気」「ためにならないこと 不利」「陰性」などと、およそ気が滅いる言葉が連なります。
ところが「マイナスイオン」は身体を癒す作用があると言われ、誰もが取り入れようとするもので、マイナスイオンが発生する扇風機からヘアードライヤーなど、数多くの製品も誕生しています。
人間の血液は疲労すると酸性化し、プラスイオンが増加します。マイナスイオンは、プラスイオンを中和し、さらに身体の表面から吸収される血液などを健康な状態である弱アルカリにしてくれるそうです。
自然の中で、このマイナスイオンを体感する場所があります。それは「滝」なんです。
滝を間近で見ていると、気分がすっきりしませんか?水の飛沫(ひまつ)にはマイナスイオンが含まれているので、知らず知らずプラスイオンを中和してくれるのです。
普段の生活の中ではストレスが原因でプラスイオンが身体の中に貯まってきます。
滝の近くでこの飛沫をうけてみるのも、ストレス解消の一つの方法かもしれませんね。
私もこの一週間の激動ぶりから、ふと滝のしぶきをあびに行きたくなっています。
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