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「次の内閣」とは何だったのか
(共同通信 2009年9月17日)

 政界の言葉遣いについてはこれまでもいろいろと違和感を覚えてきた。だが、それにしても今回は、「ネクスト」あるいは「次の」という言葉が、「政権交代の際の」ではなく、「政権交代までの」という意味であったことを知り、とても驚かされた。

 なにしろ「次の内閣」だの「ネクスト○○大臣」だのと誇らしげに名乗ってきたのだ。なのに、今回の鳩山内閣の顔ぶれは原口一博総務相と長妻昭厚労相以外は、「ネクスト」本来の言葉の意味を反映していなかった。「次の内閣」は政権公約ではないとはいえ、民主党が本気で政権交代の構えでいたのかどうか。改めて疑問に思った有権者も多かったにちがいない。

 そもそも、かりに顔ぶれを入れ替えるにしても、なぜもっと早く発表できなかったのだろうか。もう総選挙から半月以上、3党の連立合意ができてからにしても一週間がたっている。

 この半月は、問題なく政権移行を果たすためにも、新大臣を中心に各官庁に送り込まれる100人の政治家たちが行政を担う準備をする時間に使ってほしかった。少なくとも、一部の閣僚の名前だけを発表するという中途半端なことは止めたほうがよかった。

 ところで、今回の組閣では、参議院での審議・議決の円滑化という政局的思惑だけで、社民党と国民新党の党首が入閣することになった。政治の現実からすれば仕方ないことなのかもしれない。だが、野党時代に批判していたこの種の「数合わせ」を平然と進められたのでは、どうも釈然としない。

 社民党の福島瑞穂党首は消費者・少子化・男女共同参画担当相になった。福島大臣は「子ども手当」について「18歳まで月額1万円」という社民党の主張をすんなり修正し、民主党のマニフェストにある「中学卒業まで2万6000円」の実現に努力するのだろうか。

 連立内閣を維持するために、新内閣の中には「基本政策閣僚委員会」も作られるのだという。三党の党首クラスだけで重要政策についての意見調整を進める場である。

 私は、この「委員会」が内閣の実質的上位機関にならないことを願う。いくら「友愛」が大事であっても、小政党の拒否権行使を容認するようでは、多数決という「民主的価値」が失われてしまうからだ。


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