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乱立新党
(東京新聞 2010年6月2日)

 民主・自民の「二大政党時代」の到来かと思いきや、夏の参院選はむしろ多党化状況のなかで争われる勢いとなってきた。この4月にも国会議員や自治体の長が次々と新党を立ち上げ、政界は一気に新党乱立の状況に陥っている。

 最近の新党誕生は、直接的には自民党の衰退や民主党政権のふがいなさを示唆しているが、そればかりではない。既存政党の政策は、内容的には異質ながらも、金銭的利益の分配を強調するという点では同根のバラマキ政治になっている。政界の著名人たちがあえていま新党結成に走るのは、そうした旧来型の政治手法に対するアンチ・テーゼの必要性を切実に感じたからに相違ない。

 ただ気になることがある。政治をなんとかしなければという感情がまさっているためか、新党の名前には国家の理想像を示すような主義主張の言葉がない。「みんな」で「たちあがって」何を「改革」し何を「創新」したいのか。こうした言葉は、私には政党名というよりも、その横に添える選挙スローガンにしか見えない。

 政界再編期の九〇年代にも、主義主張が不明瞭な「太陽党」や「フロム・ファイブ」といった政党があった。だから、暫定政党の名前などそんなものだと切り捨ててもよい。あるいは、「新党」など名乗るのは、政治家のご都合主義や個人主義の表れにすぎないのだから、党名に意味合いを求める必要などないという見方もあろう。事実、旧来の三つの新党(国民新党、新党日本、新党大地)にしても、今回の「新党改革」にしても、政治理念より政治家の個人的都合が先だって結成されている。

 それにしても、昨今の新党には政界のベテランが名を連ねているのである。せめてもう少し日本政治の新たな方向性を示す党名にできなかったのだろうか。

 民主、自民、社民、共産など「主義」が付く政党名になじんできたせいか、私は新党についても頭の中で「主義」の付く名称を考えてしまう。「みんなの党」は小さな政府と市場経済重視を掲げている点で「新自由党」と呼んで差し支えなかろう。「たちあがれ日本」は、ナショナリストと財政再建論者が国の存続への危機感から連携した点からすれば「憂国党」だろうが、「主義」を付けるとすればやはり「保守党」に落ち着くほかない。一方、地方政界から参戦してきた「日本創新党」は、道州制導入による地方の自立に力点があることから「連邦党」がふさわしい。これなら少しは、党名から国政の将来像がイメージできるのではないか。

 私は政治家が政治活動を続けるための便宜的手段として新党をつくることを否定はしない。だが、本来、政党は政治理念に基づく結社である。政党の名前というものは、せめてもう少し国家の未来を感じさせるものであってほしいと思う。有権者は党名を手がかりにせず、各党の主義主張にしっかりと耳を傾けるべきだろう。


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