高瀬淳一HP

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サミット外交の変容
(改革者 2008年5月号)

グローバル・ガバナンスの司令塔

 G8サミット(主要国首脳会議)は,今や地球規模の課題にかんする主要な意思決定機関である。たしかに,この国際メカニズムは,一九七五年に先進国の経済調整のメカニズムとして産声をあげた。そしてその後,一九八〇年代には,ソ連に対抗する西側諸国の政治的団結を示す場としても活用された。だが,今では途上国支援や地球環境問題など,国際社会全体にかかわる多種多様な問題について,その対応策を話し合う舞台となっている。それゆえ私は,サミットを「グローバル・ガバナンスの司令塔」と呼んでいる。

 そうした役割なら国際連合が果たすべきではないか,と言われるかもしれない。だが,時代状況の変化に合わせて自己改革ができない国連だけに依拠することには限界がある。国連を動かす両輪は,言うまでもなく総会と安全保障理事会であるが,このうち総会は,加盟国が国連発足当初の四倍に増えても,大国も小国も対等という理想のもとに一国一票で議決を続けており,しばしば非現実的な決定がなされることがある。一方,安保理は国際政治のリアリズムを反映すべく国連発足当初から「大国」が拒否権を握っており,しかもこの特権グループには六〇年以上も新規参入が認められていない。ようするに,今の「大国」がすべて参加しているとは言えない状況のまま放置されているのである。私は,サミットがこうした自己改革の遅れに伴う国連の機能低下を補っていると思っている。

 国連改革の遅ればかりが原因なのではない。一つの覇権国による支配が望ましくなく,また二〇〇近い国の多数決が現実的でないならば,「主要国」の会議は唯一採りうる有効な選択肢なのではないのか。「アメリカ一国主義」も国連的な「一国一票主義」もともに十全に機能しない以上,こうした中間的な意思決定メカニズムの重要性が高まるのは理の当然だと私は思う。

首脳の参加がもたらす有効性

 加えて,サミットの場合,参加するのは各国首脳である。内政と外交がリンクしている現在,外交専門の官僚ではなく,内政についても政治的判断ができる政治家が参加する国際会議の意義は増すばかりだと言ってよい。実際,国際会議での決定事項を国内で実施するときには,いろいろと反発が出るものである。だが,決定してきた人物が外交官ではなく政治家であれば,国内調整にも政治力を効かせやすい。そのために,今やどこもかしこも首脳会議で溢れている。

 政権を担当しているかぎり,サミット参加国の首脳たちは,毎年一度は顔を合わせる。そして,その議論の様子は世界の注目を集める。これがサミットにおける政治的約束を内政における選挙公約などよりも遵守させやすくする背景である。言うまでもなく,自国の大統領や首相のメンツがかかっている以上,官僚たちも入念に準備をし,多くの場合,前年の約束について何らかの前進を図ろうとするからである。

 個々のサミットではなく,毎年継続する会議メカニズムとしてサミットを見直せば,この舞台が「宿題の提出日」の様相を帯びていることに気づくはずだ。したがって,「サミットは三日間の政治的お祭りにすぎない」という批判は表層的すぎる。本当に「たんなるお祭り」だったら,三十三年間にもわたって多忙な首脳がわざわざ一同に会するはずはない。

サミットの裾野の広がり

 「七月七日から三日間,主要八か国の首脳による北海道洞爺湖サミットが開催されます」といった言い回しを耳にすることがある。もとより完全なまちがいではないが,こうした言い方は誤解を招きやすい。「三日間」と「主要八か国」という理解からは,サミットの真の姿は見通せないのである。

 第一に,今や大統領や首相といった首脳が集まる三日間ほどの会議は,文字通りG8メカニズムの山頂(=サミット)にすぎない。政治的枠組みとしてのサミットは,すでに多くの大臣会議や専門家会議を有する裾野の広い意思決定メカニズムに発展している。

 たとえば今年は,サミットにかかわる国際会議が,閣僚レベル以上のものだけでも,これだけ開かれる。

 言うまでもないことだが,首脳会議はもちろん,大臣会議や専門家会議の開催に当たっては,八か国の官僚たちの事前の打ち合わせが行われる。それゆえ,八か国の意見交換は,首脳会議の三日間どころか,むしろ毎日のように行われている。少なくとも,そう考えたほうが実態に近いはずだ。

 二〇〇八年一月1日から一年間,G8サミットのメカニズムは「議長国」である日本のリードのもとに動いていく。日本が旗振り役を務める二〇〇八年のサミット登山は,七月七日からの山頂(=サミット)での会議に向けて,もう出発したのである。

参加国の広がり

 第二に,「G8」と呼ばれているからといって,サミットを主要八か国のリーダーだけが参加する会議だと考えてはならない。もちろん,中軸となるのは主要八か国とEUの首脳による会議である。だが,最近のG8サミットは,その外側に「拡大サミット(アウトリーチ)」と呼ばれる会議メカニズムを持っている。三年ほど前からは,新興国から中国,インド,メキシコ,ブラジル,南アフリカ共和国の五か国の首脳が参加するのが通例となっており,またアフリカ諸国からも数人に首脳が意見交換にサミットに招かれている。国連事務総長など,国際機関からも数人のトップが駆けつける。サミットは,今や「先進国と振興国と途上国の代表が討議する舞台」としても機能しているのである。

 ちなみに,G8に新興五か国を加えた十三か国,すなわち「G8+5」という枠組みには,国連安保理の常任理事国も,それをめざして協力してきたG4(日本,ドイツ,インド,ブラジル)も含まれている。また,いわゆるBRICs諸国もすべて含まれている。ようするに政治的・経済的に実力のある国々が網羅されているのである。

 北海道洞爺湖サミットの場合,新興国からは上記の五か国に加えて,韓国,インドネシア,オーストラリアが参加する。アフリカ諸国からは八人の首脳が参加する予定である。具体的には,まず初日に環境問題についてG8と新興八か国が話し合い,三日目にアフリカ支援についてG8とアフリカ八か国が話し合うというかたちのようだ。末広がりを意識したわけではないだろうが,日本はサミットに8・8・8という新たな代表原理を持ち込もうとしている。これはこれで画期的なことである(実際は,南アフリカ共和国が振興国とアフリカ諸国の両方の代表として参加するので,参加国数は二十三)。

 なお,これらの国々のいくつかを早々に正式メンバーにせよとの意見もあるが,現時点ではそう簡単ではないと私は考えている。すでに述べたように,サミットはすでに大きなメカニズムとして発達してきている。G8は,各閣僚会議や専門家会議で,たとえば知的財産権や麻薬対策などについての政策協調を進めてきたのである。G8に加われば政策上の制約も担わなければならない。ならば,現段階では,今までのように「首脳会議の拡大会合」だけに参加するというのが,G8にとっても新興五か国にとっても現実的な選択であるように思う。

 いずれにしても,サミットは八か国の首脳が中心的アクターであっても,八か国首脳だけが話し合う場ではない。しかも,サミット開催期間中のイベントとして,G8首脳は子どもやNGOとの懇談の機会も持つ。サミットに向け,経済団体も労働組合も学術団体もG8の枠組みで会議を開き提言をまとめる。サミットは多種多様なアクターが陰に陽に関与する国際政治の一大集約点になっているのである。

主要テーマである「環境」の意味

 北海道洞爺湖サミットで話し合われる主要テーマの第一は「環境」である。これは,別段,日本が「環境立国」を目指しているから選ばれたテーマではない。サミットの地球温暖化対策は,二〇〇五年にイギリスで開かれたグレンイーグルズ・サミットにおいて創られたG20(気候変動,クリーンエネルギー及び持続可能な開発に関する閣僚対話)という枠組みで練られている。その発足に当たって,成果を二〇〇八年のサミットで報告させ,首脳たちで検証することが決まっているのである。福田首相や安倍前首相の意向にかかわらず,日本で開かれるサミットの主要テーマに環境が含まれるであろうことは三年前から決まっていたのだ。

 ちなみに,昨年ドイツで開かれたハイリゲンダム・サミットのテーマは,「投資・技術革新・持続可能な成長」と「アフリカ」の二つであった。「環境」は大きな争点ではあったが,じつはそれは世界経済を論議する「投資・技術革新・持続可能な成長」との関連で論じられたにすぎなかった。

 たしかに昨年のハイリゲンダム・サミットでは,地球温暖化対策について「一歩前進」が見られた。温室効果ガスの排出量を「二〇五〇年までに少なくとも半減させる」との提案について「真剣に検討」することで合意できたからである。EU,カナダ,日本の提案にアメリカが譲歩した格好だが,そもそもこの種の問題でアメリカの譲歩を引き出すことはそう簡単ではない。サミットという場だからこその一歩前進であったのだろうと私は思っている。

 とはいえ,昨年のサミットで注目すべきは,G8諸国と新興五か国が知的財産権の保護などについて話し合う「ハイリゲンダム・プロセス」の創設の決定だったのではないか。最近のサミットは「自分たちが作ってきた国際ルールへの新興国の取り込み」という大きな課題を抱えている。地球温暖化対策にしても,アメリカのわがままのみならず,中国やインドにどうやって責任を負わせるかが大きな課題となっている。ようするに,環境というテーマの背景には,世界経済のルールをめぐるより大きな政治的駆け引きが控えているのである。

アフリカ支援と北朝鮮問題

 日本国民はサミットが開かれるたびに北朝鮮の拉致問題がどう取り上げられたかを問題にする。日本にとってこの問題解決の優先順位が高いことは言うまでもないが,かといってサミットを北朝鮮にたいする政治的圧力の場に変えようとすることは,国際社会からは必ずしも高い評価をえられないおそれもある。

 その点,北海道洞爺湖サミットの主要テーマの第二に「アフリカ支援」を掲げることは適切と言ってよい。サミットは今世紀に入ってからアフリカ支援を大きなテーマとしてきた。日本とアフリカの距離は地理的のみならず心理的にも遠い。その日本で開かれるサミットでアフリカ問題を大きく取り上げ,この地域への有効な支援をまとめられれば,日本の政治力にたいする国際的評価も高まるにちがいない。

 もちろん,すべては議長を務める日本の首相の国際政治的手腕にかかっている。


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