高瀬淳一HP

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ハイリゲンダム・サミットで試みられたもの
真の狙いは新興国取り込み
(時事トップ・コンフィデンシャル 2007年6月15日号)

 G8サミット(主要国首脳会議、以下「サミット」)ほど、誤解されてきた国際的メカニズムはないのではないか。「誤解」という言葉が言いすぎだとしても、その実力から考えると、明らかにサミットは過小評価されてきたように思える。

 そもそも多くの人は、サミットを年に一度、主要国の大統領や首相が集まる「話し合いの場」と見なしている。そして、三日間ほどの会議では、どうせたいしたことは決められないと高をくくっている。

 加えて、今回ドイツで開催されたハイリゲンダム・サミットは、環境問題をメインテーマにしたサミットだと思い込んでいる。また、途上国のかかえる問題を無視しているから、会場の外であれだけ大きな反サミットのデモが起きるのだなどと考える人までいる。

 これらの見方はいずれも完全に間違っているわけではない。だが、少なくともサミットの意義を十分に理解した上での発言とは言いがたい。

サミットの存在意義

 サミットが国際政治の意思決定メカニズムとして有効性を発揮しうる理由は、大きく分けて三つある。主要国が連帯することの現実妥当性、サミット・メカニズムの裾野の広がり、そして首脳を始めとする政治家の関与の三つである。

 有効性の第一の理由は、サミットが、いわゆるアメリカ一国主義と、国連総会の一国一票主義の中間的な決定メカニズムだからである。

 かりに、一つの覇権国による支配が望ましくなく、また二〇〇近い国の多数決が現実的でないとしよう。ならば、サミットのような「主要国」の会議は、唯一採りうる現実的な選択肢と言えるのではないのか。

 もちろん、「主要国」が何なのか、についてはいろいろと議論があるにちがいない。現在は、アメリカ、イギリス、イタリア、カナダ、ドイツ、日本、フランス、ロシアの八か国が「主要国」である。そして、サミットの首脳会議は、これら八か国の大統領や首相に、EU委員長を加えた九人(ないしEU議長国首脳も加えた一〇人)で行われている。

 これに、中国やインドなどを加えるべきだという意見は昔からある。今回明らかになったように、実際、サミットもそういう方向に向かっている(後述)。サミットは、少なくとも国連の安保理のような硬直化したメカニズムではない。冷戦崩壊後にいち早くロシアをゲストに招き、その後、正式メンバーに加えたように、国際社会の現実に柔軟に対応できる「政治メカニズム」なのである。

 有効性の第二の理由は、サミットが各政策分野で大臣や専門家が協議する場をもっているからである。

 今や、大統領や首相といった首脳が集まる三日間ほどの会議は、文字通り山頂(=サミット)にすぎない。政治的枠組みとしてのサミットは、すでに多くの大臣会議や専門家会議をもつ裾野の広い意思決定メカニズムに発展している。

 たとえば今年は、サミットの準備会議として、閣僚レベルだけでも六つの会議が開かれた。環境相会議(三月一五〜一七日)、開発担当相会議(三月二六〜二七日)、雇用相会議(五月六〜八日)、財務相会議(五月一八〜一九日)司法・内務相会議(五月二三〜二五日)、外相会議(五月三〇日)の六つである。これにサミットがつくったG7・財務相・中央銀行総裁会議も加えれば、サミットに結びついた大臣会議の数はさらに増えることになる。

 ちなみに、こうした大臣会議は、毎年、財務相会議と外相会議を除けば、どの大臣会合が開かれるかについて決まりはない。ロシアが議長を務めた昨年のサンクトペテルブルク・サミットでは、エネルギー相会議、保健相会議、科学技術相会議、教育相会議が開かれたが、環境相会議、雇用相会議、開発担当相会議はなかった。ようするに、必要に応じていくらでも八か国の枠組みで政治的協議が行われるようになっているのである。

 さらに、大臣会議以外にも、サミットは、組織犯罪、テロ対策、ITなどについての専門家会議を設置している。これらの中には、メンバーを八か国に限定していないものもあり、個々の課題についての国際的な協議の場になっている。

 言うまでもないことだが、首脳会議はもちろん、大臣会議や専門家会議の開催に当たっては、八か国の官僚たちの事前の打ち合わせが行われる。それゆえ、八か国の意見交換は、首脳会議の三日間どころか、むしろ毎日のように行われている。少なくとも、そう考えたほうが実態に近いはずである。

 首脳会議の三日間は、その一年間に八か国の枠組みで討議されてきたことのいわば最終確認の場だと言ったほうがよい。首脳会議で長文の公式文書が出されるのもそのためなのである。

官僚へのインセンティブ

 さて、サミットが有効性をもつ第三の理由は、中心的担い手が政治家だからである。

 内政と外交が密接にリンクしている現在、いわゆる政治的判断ができる人物が協議することの意義は大きい。国際会議での決定事項を国内で実施するときには、いろいろと反発が出るものである。だが、決定してきた人物が外交官ではなく政治家であれば、国内調整にも政治力を効かせやすい。それが大統領や首相であれば、国際会議での約束は国内でも重みをもって受けとめられるはずである。

 しかも、首脳会議に参加する大統領や首相は、一国を代表する象徴的存在でもある。当然、官僚たちは自国のリーダーに恥をかかせないように準備を進める。主役の座につけようとして積極的な提言を用意するばかりではない。自国のリーダーが袋だたきに遭わないように、非難されそうなテーマが議題に上がったときには、なんとか前向きな姿勢だけでも示しておこうというインセンティブが働くのである。

 事実、今回のハイリゲンダム・サミットは、環境政策における「前向きな姿勢」のアピール合戦になった。日本政府は「美しい星へのいざない」という環境政策パッケージを用意し、積極的に温暖化対策に取り組む姿勢を示した。新興国の代表としてサミットに招かれた中国すら、環境問題での消極性を非難されないようにと、会議の直前に新たな環境政策を発表した。そして、環境対策については独自路線を採るアメリカも、ブッシュ大統領一人を悪者にさせるわけにはいかないという配慮からか、最終的にはサミットでの長期目標の設定に歩み寄った。

 一部の国に都合の悪いテーマでも、なんらかの政治的前進をはかれるのは、サミットがひとえに首脳が参加する会議だからである。しかも、かれらは翌年も同じような顔ぶれでまた議論を続ける。前年の約束をある程度守っていなければ、かれら自身、他のリーダーたちの前で格好がつかない。これもまた、サミットが有効性を発揮しやすい理由である。

ハイリゲンダム・プロセス

 昨年のサンクトペテルブルク・サミットの主要議題は、「エネルギー安全保障」、「感染症」、「教育」であった。今年、議長国ドイツのメルケル首相が掲げた主要議題は、「投資・技術革新・持続可能な成長」と「アフリカ」の二つであった。「環境」は大きな争点ではあったが、じつはそれはハイリゲンダム・サミットの壮大な試みの一部にすぎなかった、と私は考えている。

 最初の議題である「投資・技術革新・持続可能な成長」で目指されたのは、サミットが作ってきた国際ルールへの新興国の取り込みである。私は、これこそが今回のサミットの真の狙いであったと思う。

 新興国の代表として中国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカ共和国の首脳を招いて、最終日に「拡大サミット」の会合が開かれるようになって、すでに四年が経過している。もちろん、それ以前にも、これらの国々は途上国の代表として不定期にサミットに招待されてきた。だが最近では、「途上国」ではなく「新興国」として、これらの五か国は、毎年のサミットで主要八か国と対話するようになっている。その明確な制度化の模索が、ハイリゲンダムで始まったのである。

 今回のサミットの公式文書の一つである「世界経済における成長と責任」を見ると、ハイリゲンダム・サミットの意図がよくわかる。そこには、サミット八か国の責任だけでなく、新興国の果たす役割が随所に盛り込まれている。項目で言えば、経常収支黒字と為替レート、投資環境、知的財産権の保護などについてである。もう責任ある立場なのだから相応の振る舞いをしてくれ、と言わんばかりの文言が、新興国につきつけられている。

 加えて、同文書では、サミット八か国と新興国が、OECD(経済協力開発機構)を舞台に、今後二年間、イノベーション、投資、開発、エネルギー効率の四テーマで対話を進めることが表明された。そして、この協議は「ハイリゲンダム・プロセス」と呼ばれることになった。メルケル首相は、今回のサミットが、主要国と新興国との経済協議の場を設置したサミットとして記憶されることを望んだのである。

 新興国は、裾野の広いサミット・メカニズムに完全参加するまでの成熟をまだ示していない。内政面での法整備が一定レベルに達しないと、大臣会議や専門家会議に参加するのは実際上無理である。だから新興国は、首脳会議には参加できても、サミットの正式なメンバーにはまだなれないのである。

 とはいえ、新興国の成長ぶりを考えると、今後のサミットが八か国+五か国の首脳会議への徐々に移行せざるをえないことは明らかだろう。メルケル首相はこの方向性を意識して、今年のサミットをリードした。その上で、新たな制度構築まで実現させたのである。

 考えてみれば、主要八か国と新興五か国が組めば、経済的にも、政治的にも、かなり強い国際的影響力を発揮できる。

 経済的に見れば、この一三か国は、いわゆる経済大国はもちろん、新興国の代名詞であるBRICs諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)をすべて網羅している。政治的には、国連安保理の常任理事国五か国(米ロ英仏中)に加え、常任理事国入りを模索した「G4グループ」、すなわち日本、ドイツ、インド、ブラジルを含んでいる。八+五の制度化は、先進国と新興国の経済的・政治的対立を避け、グローバル化した国際環境を整えるためには、不可避の方向性なのである。

 もちろん、これでは途上国支援がおろそかになる、との懸念が出ても不思議ではない。そこで、ドイツ政府は、ハイリゲンダム・サミットの第二の主要議題として「アフリカ」を掲げたのだろうと私は考えている。

 サミットは、一九七五年の発足時以来、一貫して途上国支援を取り上げてきた。冷戦崩壊後の混乱が一段落し、ロシアがサミットのメカニズムに無事に組み込まれた一九九〇年代末からは、途上国支援は議題の中枢に置かれるようになっていった。

 サミットは、ときには重債務貧困国やアフリカ諸国に絞り込んだ対策を出し、ときには感染症対策や教育といった具体的政策についての支援を打ち出してきた。すでに、アフリカから数人の代表がサミット最終日の拡大会合に参加することも定例化している。テロ対策が目立った二〇〇〇年代前半のサミットにおいても、途上国支援に向けた取り組みだけは決して無視されることはなかった。

 ハイリゲンダム・サミットは「アフリカ」を掲げることで、この流れが続いていくことを明示した。かりに、今後の国際政治経済が主要国と新興国との駆け引きで動くにしても、途上国を置き去りにしないことをはっきりと示しておきたかったのかもしれない。そのためか、今回打ち出されたアフリカ支援策は、マラリア対策のための蚊帳の配布にまで言及するほど、多岐に及ぶものとなった。

環境問題での成果

 ハイリゲンダム・サミットは、地球温暖化対策においても一定の成果を得た。二〇五〇年までの温暖化ガスの排出量の半減を「真剣に検討する」ことが、アメリカのブッシュ大統領の賛同も得て、公式文書に盛り込まれたのである。

 長期的目標をずいぶん曖昧に決めただけではないか、と非難することは簡単だろう。しかし、温暖化対策をめぐる国際協調は、これまでもトントン拍子に進んできたわけではない。

 思い返してほしい。温暖化防止条約の締結は一九九二年のことであった。そして、その具体的目標を定めた京都議定書の採択は、五年後の一九九七年であった。しかも、この京都議定書の批准手続きが完了して発効したのは、二年前の二〇〇五年のことなのである。

 辛くも「真剣な検討」で合意できた今回のサミットは、環境問題における合意形成の難しさを考えると、やはり「成果があった」としなければならない。しかも、あのアメリカが譲歩したのである。

 この環境問題での合意について、安倍首相は、自身の役割が大きかったことを記者会見で強調して見せた。欧州諸国とアメリカが対立する中、軸になったのは日本の提案であり、自分は合意形成に大いに貢献できて満足だと語ったのである。

 自分が議論をとりまとめたような言い方は、議長と務めたメルケル首相の奮闘ぶりを見ると、おそらく手前味噌というものだろう。ただ、それでも日本政府と安倍首相が合意形成に向けて積極的に動いたことは事実である。この点は大いに評価してよい。

 うがった見方をする人は、サミットでの安倍首相の積極的振る舞いは、低迷する内閣支持率を意識したものだと言う。だが、安倍首相は、来年の北海道洞爺湖サミットでは、「環境」が主要議題になることを前々から明らかにしている。ならば、今年から「一歩でも前に進んでおきたい」と意気込むのも当然だろう。

 小泉前首相は、「3R(リデュース、リユース、リサイクル)」の考え方をサミットに持ち込み、「3R」推進のためのG8会合までセットした。「美しい星」を掲げてハイリゲンダムに乗り込んだ安倍首相には、もしかすると小泉前首相に負けまいとする気概もあったかもしれない。

洞爺湖サミットへの期待

 いずれにしても、日本は今後一年かけて、温暖化対策で国際的な合意を形成するという難題に取り組むことになる。今回のサミットで決まった温暖化対策の長期目標は基準年もなにも示していない。これに具体性をもたらし、しかもアメリカを説得して八か国の合意を得た上で、中国やインドなど新興五か国を同じ枠組みに取り込まなければならないのである。ハードルはかなり高い。

日本の首相は、国際会議の仕切役をする機会にあまり恵まれていない。そもそも日本の首相の在任期間は平均ではかなり短いので、国際的な舞台に慣れる前にその座を去ってしまうのである。 

 来年、日本の首相が見事な采配ぶりを見せてくれることを切に願いたい。


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