高瀬淳一HP

Home> G8サミット:北海道洞爺湖サミット 日本はホスト国の力量示せるか

「新方式」で臨む北海道洞爺湖サミット 
日本はホスト国の力量示せるか
(時事トップ・コンフィデンシャル 2008年6月13日号)

 北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)の開会まで、あと三週間余りとなった。地球環境問題の解決に向けて、何らかの進展が得られるか。世界からも大きな注目を集めるサミットになる。

 私が注目しているのは、日本政府がテーマに掲げた「環境」と「アフリカ支援」での成果ばかりではない。サミット研究者としては、新しいコンセプトによって充実した拡大会合(アウトリーチ)がうまく機能するのか。また、ホスト国の日本が十分にその役割を果たせるのか。そういった点も気になっている。

末広がり≠フ拡大会合

 主要八カ国と欧州連合(EU)代表で構成されるG8サミットは、もともと一九七五年に先進国の経済調整のメカニズムとして産声を上げた。そしてその後、八〇年代前半には、旧ソ連に対抗する西側諸国の政治的団結を示す場としても活用された。だが、二〇〇〇年代に入ってからは、途上国支援や地球環境対策など、国際社会全体にかかわる大きな問題について、大国の指導者たちが打開策を協議する舞台となっている。私は、近年、G8サミットは「グローバル・ガバナンスの司令塔」としての役割を強化しつつあるとみている。

 そうした傾向を反映してか、近年のG8サミットでは、新興国・途上国の首脳や国際機関のトップを加えた拡大会合の重要性が増している。この拡大会合は、二〇〇〇年の九州・沖縄サミットに始まり、今回の北海道洞爺湖サミットで一つの到達点に達しつつあると言ってよい。G8サミットのグローバル化に向けた構造改革は、実は日本がリードしてきたのである。

 メカニズムとしてのG8サミットが、今後も有効性を維持していくには、拡大会合の活用がカギになる。それ故、過去に例がないほど拡大会合の手を広げる今回のG8サミットは、新たなサミットの在り方を世に問う試金石にもなることだろう。

 アウトリーチ方式については、沖縄以前にも幾つかの模索はあった。一九八九年のアルシュ・サミットでは、議長であったフランスのミッテラン大統領(当時)がサミット前夜に途上国の首脳たちと個人的に会談した。九三年の東京サミットでは、非同盟諸国の代表という名目で、インドネシアのスハルト大統領がサミット前夜の夕食会に無理やり参加した。ただ、その後は外相会議への途上国代表の参加(九八年)や国際機関の長の招待(九六年と九八年)がせいぜいで、積極的に拡大会合が開かれることはなかった。

 ところが、九州・沖縄サミットの際には、G8首脳が非同盟諸国、アフリカ統一機構(OAU)、東南アジア諸国連合(ASEAN)などを代表する首脳たちと、開催前夜に東京で意見交換をしたのである。これを先駆として、途上国代表との協議は定例化する。さらに二〇〇三年には、いわゆる新興国の代表として、中国、インド、メキシコ、ブラジル、南アフリカ共和国の首脳が初めて招待された。〇四年のシーアイランド・サミットでは、議長国の米国の都合で中東政策が前面に掲げられた。それ故、招聘(しょうへい)された首脳も中東中心となったが、〇五年のグレンイーグルズ・サミットからは、前述の新興五か国の参加は当然視されるようになった。そして、それ以降、サミットはしばしば「G8+5」になったと指摘されるようになった。

 思うに、「G8+5」はなかなか良い枠組みである。国連安全保障理事会の常任理事国も、常任理事国入りを目指して協力してきたG4(日本、ドイツ、インド、ブラジル)も含まれている。また、先進国はもちろん、BRICsに代表される主要新興国も含まれている。要するに、政治的・経済的に実力のある国々が網羅されているのである。

 そして、〇八年、再び日本は拡大会合に新たな工夫を加えた。末広がり≠意識したわけではないだろうが、日本はG8サミットに主要国八・新興国八・アフリカ諸国八という新たな代表原理を持ち込んだのである(南アフリカ共和国が新興国とアフリカ諸国の両方の代表として参加。エジプトは出席を見送るため、実際の参加国数は二十二)。この、いわば「トリプル・エイト方式」の採用によって、G8サミットは「対等感」が増したことをアピールできるようになり、また「グローバル・ガバナンスのための開かれたメカニズム」に変貌(へんぼう)しつつあるとの印象を強めることになった。

 ちなみに、新たに新興国の枠に加えられたのは、韓国、インドネシア、オーストラリアである。良い選択だと思う。欧州二十七カ国がG8の正式メンバーであるEUによって代表されている以上、国内総生産(GDP)から見ても、新たに加えるべき経済力を持つ国は韓国とオーストラリアであってしかるべきだ。しかも、韓国の参加は東アジアの発言権拡大に寄与し、オーストラリアは太平洋地域の代表としての意味合いを持つ。これにインドネシアを加えれば、ASEAN諸国の意見も代表されることになる。しかも、インドネシアは世界最 大のイスラム教国である。

 サミットのスケジュールは、まず初日にアフリカ支援についてG8首脳とアフリカ七か国の首脳が話し合い、三日目に温暖化対策についてG8首脳と新興八か国首脳が話し合う。つまり、アフリカ支援と温暖化対策という洞爺湖サミットの二つの重要テーマに取り組むのは、拡大会合なのである。会議での意見対立は、恐らくG8の内部よりも、G8と新興国の間の方が大きいだろう。新たな拡大会合が有益な結果をもたらすためには、それに見合った政治力がホストとなるG8の側に必要となる。

中印の正式参加は時期尚早

G8サミットが実質的拡大を続ける中、そろそろ中国やインドを正式メンバーに迎えるべきではないか、という意見が英国やフランスなどから出ている。筆者も長期的には中国やインドが正式参加する方向にあることは間違いないと思う。だが、それが今かと言えば、そうは思わない。G8の仲間入りをする条件は経済成長だけではないからである。

 サミットは単なる首脳会議ではない。その下に多くの閣僚会合や専門家会合を置く一大メカニズムである。正式メンバーになれば、環境対策はもちろん、たとえば麻薬対策や金融安定政策などでも政策協調を進めていかなければならなくなる。これまでG8が積み上げてきた多種多様な政策協調を、果たして今の中国やインドは受け入れる準備ができているのだろうか。筆者にはどうも時期尚早にみえる。

 ロシアはまだ十分に政策協調ができない段階で加わったではないか、という反論があるかもしれない。だが、あの時は核兵器が拡散しないように、また冷戦構造を完全に破壊するために、ロシアを当時のG7に加える緊急の必要性があった。それでも、一九九一年に「G7+1」という枠組みをつくってから、「G8」という呼称が採用される九八年までには七年もかかっている。切迫した緊張状態を背景としていない中国やインドの参加は、仮に進めるにしても、もっと時間をかけてよいはずだ。

 それに、G8サミットには政党が競合しない政治体制の国は入っていない。そういう意味からも、中国の参加には困難が伴っている。もちろん人権擁護の問題もある。  なお、個人的希望を言えば、中国のG8サミット入りは日本の国連安保理の常任理事国入りとセットで実現してほしい。G8サミットではまだ準備ができていない中国とインドの正式加盟が許され、国連ではとっくに常任理事国入りの実力を備えている日本がその夢を果たせない。これでは、あまりにもやるせないではないか。

 こうしたことを考え合わせると、やはり今取るべきスタイルは拡大会合となるだろう。閣僚会議などには参加せず、首脳会議だけにゲストとして参加する。これが現段階ではG8にとっても、中国やインドなどの新興国にとっても、現実的かつ有益な参加の仕方なのだろうと思う。

歴史的評価決める「環境」

今回のサミットの中心テーマは、何といっても「環境」である。地球温暖化対策についての政治的成果の有無が、北海道洞爺湖サミットの歴史的評価を決めると言っても過言ではない。

 環境問題は、八五年からサミットの議題に登場し、八九年には主要議題になった。その後もたびたび大きく取り上げられたが、テロ対策が重視された二〇〇〇年代前半、環境はむしろ脇役であった。そうした中で、当時の小泉純一郎首相が首脳会合で「3R」や「もったいない」を紹介し、環境についての議論をリードしたことは評価してよい。

 京都議定書が発効した〇五年、英国のブレア首相(当時)が議長を務めたグレンイーグルズ・サミットは「気候変動」をメーンテーマに掲げた。この時以来、G8サミットは「京都後」を見据えた議論を展開する舞台となっていく。

 「気候変動・クリーンエネルギーおよび持続可能な開発に関する閣僚対話(G 20対話)」が設置されたのも、この時である。そして、その報告は〇八年に日本で開かれるサミットで受けることとなった。つまり、北海道洞爺湖サミットが「環境サミット」になることは、〇五年に既に決まっていたのである。

 〇七年にドイツで開かれたハイリゲンダム・サミットでは「美しい星へのいざない」を携えて登場した安倍晋三首相(当時)が、環境問題では消極姿勢が目立った米国のブッシュ大統領に譲歩を促し、議論の取りまとめに大きく貢献した。その結果、温室効果ガスの排出量を「五〇年までに少なくとも半減させる」との提案を「真剣に検討すること」で、G8のコンセンサスが得られた。小さな一歩なのかもしれないが、G8サミットが渋る米国を説得する重要な場であることがこれで確認された。

 北海道洞爺湖では、福田首相が「クールアース推進構想」を高らかに掲げて、G8の議論の先導役を務めることになる。構想に盛り込まれた内容のうち、日本が百億j規模の新たな資金メカニズム(=クールアース・パートナーシップ)を構築することや、日本の石炭火力発電効率を各国に普及させるといった「国際環境協力」は、いわばG8サミットへの手土産であり、各国から問題なく歓迎されることになるだろう。だが、焦点となる「ポスト京都フレームワーク」については、削減負担の公平さを強調しただけで米国、中国、インドなどがすんなりと国別目標の策定等に同意するとは思えない。EU諸国や日本など削減に積極的な国との間で、議論が平行線のまま終わる懸念もぬぐい切れない。

 新たな削減枠組みを決める期限は、昨年、G8サミットにおいても国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)においても、〇九年末とすることが確認されている。従って、いくら環境をめぐる政策協力に時間がかかるとしても、〇八年中には基本的考え方についてのコンセンサスが得られていなければならないことになる。

議論のリード役不在

 そうした背景を考えれば、主要国を代表する首脳が一堂に会するG8サミットに期待が寄せられるのは当然である。言い換えれば、G8サミットが「新たな一歩」を明 示的に示せなければ、その存在意義にもかかわる大失態となるであろう。

 問題は議論のリード役の不在である。議長となる福田首相はサミット初参加の上に、この種の国際会議の経験が少ない。まとめ役としての力量ならば官房長官時代に定評があったとはいえ、並み居る主要国のトップを議論で屈服させるだけの迫力には欠けると言わざるを得ない。しかも、福田首相同様、英国、ロシアの首脳も初参加であり、一方、今回が最後のサミットとなるブッシュ米大統領の発言力は低下している。これでは、たとえ福田首相を中心にG8首脳が手を携えて立ち向かったとしても、中国やインドなど新興国の首脳たちに押し切られることになりはしないか。筆者には一抹の不安がよぎる。

 日本の政治的判断でアウトリーチを拡大した以上、多数な参加者の意見をまとめて、成果を出すことは、日本の当然の責務である。洞爺湖は夏にはよく霧に覆われるという。G8サミットの議論が五里霧中に陥らないことを切に祈りたい。


Copyright © by Junichi Takase(高瀬淳一) 無断転載はご遠慮ください。