chapter3

八雲
八雲は酪農の町だ。いたる所にサイロが立っている。正樹は八雲に着くとまず安いアパートを探した。駅前にあった不動産屋の爺さんが紹介してくれた部屋は北国だというのにとても簡単な造りになっていた。安っぽい薄緑色のペンキで塗られた壁、壁といってもベニヤ板二枚を重ねただけのシンプルなもので、所々が擦り切れて白っぽくなっていた。昔の開拓時代の人々でもここよりはもっとましな小屋に住んでいたに違いない。それでも正樹は高校時代に住み込んでいた新聞屋のたこ部屋の二畳よりはまだましだとおもった。広さはいっきに倍以上の四畳半になるからだ。家賃も文句なく安かったし、正樹は迷うことなく爺さんに言った。
「お願いします。ここをお借りしたいのですが。」
「そうかね、で、いつからお入りになりたい。」
「出来れば今夜からお願いしたいのですが?」
「今夜かね。まあ、大家さんに聞いてみないと何とも言えないが、見たとおりのままだがそれでもいいのかね?」
「ええ、結構です。」
「それじゃあ、とにかく事務所に帰って大家に電話してみるかね。まあ、もう何年も借り手がなかった部屋だから、問題はないとはおもうけれどね。」
二人は駅前の机一つしかない爺さんの店に戻り、話を進めた。大家は前金で一年分払ってくれれば、保証人も敷金も要らないとのことだった。正樹は即決し、その場で全額を払い賃貸契約を交わした。
塒を確保した後、数えるほどしか店がない駅前の商店街を歩き、簡単な調理もできるコンロ型の石油ストーブを購入した。このストーブは本当に役に立つ優れ物でご飯を炊いたり、ラーメンを作ったり、鍋物も豪華に調理出来た。調理をしながら部屋も同時に暖まった。ヤカンをかけておけば部屋が乾燥することも防げた。安い部屋は隙間だらけ、しかしそれなりに利点はあった。窓を閉めたままで換気扇がなくても部屋の換気をする手間が省けた。北国の家はどこでもそうだが寒さを防ぐ為に窓は二重になっている。このぼろアパートの窓もすべて二重になっていた。正樹は窓と窓の間に食料品を置いて冷蔵庫代わりにした。風呂は近くに銭湯もあったが、少し離れたところに町民プールがあり、そこのシャワーを利用した。銭湯よりも安かったし、まだ新しく完成したばかりの町民プールはとてもきれいで気持ちが良かったから、正樹はそこを使う度に得をした気分になった。ただ、しっかりと頭の毛を乾かさないと大変であった。アパートに帰り着く前に髪の毛はバリバリに凍りついてしまうからだ。安アパートのトイレと流しはもちろん共同で夜間は水が出ない。管理人が夜になると水抜きをして水道の元栓を閉めてしまうからである。水道管が寒さで凍りつき破裂するのを防ぐ為だ。正樹は北海道に来て知ったことだが、洗濯機も水道と同じように夜は水抜きをしておかないと翌朝凍ってしまって使い物にならなくなってしまう。
アパートの名前は「緑風荘」である。壁は剥げ落ちた緑色のペンキ、あちらこちらから隙間風、まことに緑の風とはよく言ったものである。このアパートの半分以上の部屋を一つの家族が占領していた。子供が生まれる度に一部屋ずつ増やしていったらしい。たくさん子宝に恵まれた奥さんは少々太めだがとてもやさしい人で、おまけに少し美人だった。正樹はその奥さんと廊下ですれ違う度にこんな所に居てはいけない人だと心底そうおもった。正樹はその奥さんに秘かに憧れを抱いていたのかもしれないが、ただそれはそれだけのことで、その後も何も起こりはしなかった。しかし同じ屋根の下にその奥さんがいるだけで正樹は少し幸せだった。玄関のすぐ横の部屋にいる小指のないお爺さん、もう現役ではないとおもうのだが、長い間、任侠の世界を渡り歩いてきたお爺さんは歩き方が偉そうで反り返っている。風を切って歩くそのお爺さんが雪道で転ぶのを正樹は目撃してしまった。雪道はもっと重心を低い位置に置かないと危険なのである。もちろんそんなことはお爺さんに面と向かって忠告などは出来ない。誰も注意してあげないから、そのお爺さんはその後も何度も転んでいた。恐い顔をしているが気立てはとても良く、どんなに赤ん坊が夜中に泣いていても怒りはしなかった。ただ若者が深夜に掃除機をかけた時は大変だった。ドンドン、ドンドンと若者の扉はノックされ、アパート中に聞こえるくらいの大声で何度も若者をどやしつけた。まがったことが大嫌いなのである。隣の住人はスナックの雇われマスターだったが店がなくなると同時にいなくなった。深夜、何度か酔っ払って話をしに押しかけて来たが、あまりにも世界が違いすぎて話を合わすのが大変だった。マスターがいなくなって正樹はほっとした。その後に隣に越して来たのは女子大生らしき女の子だった。らしきと言ったのは近くに女子大がなかったからだ。列車で通うといっても何でわざわざ何時間もかけて通う必要があるのか理解が出来ない。でも、本人は短大に通ってますと引越しの挨拶に来た時にハッキリと言っていたので女子大生ということにしておこう。彼女が隣に越して来てからは正樹の唯一の娯楽機器であったラジオはイヤホンで聞くようにした。出来るだけ音をたてずに息を殺す生活が始まってしまった。おならも座布団をあてがって消音するようにした。なんだか住み難くなってしまった。ベニヤ板が二枚だけの壁は隣の部屋の様子が筒抜けで彼女が帰宅すると正樹はドキドキの状態になった。意識するなという方が無理な話で、大体、こんなアパートに若い女性が独りでいる方がおかしいのであって、聞き耳を立てるな想像するなと言う方が間違っている。思い出すのに苦労するくらい何の特徴もない顔立ちをした女の子だったが、常に気になる存在であったことには間違いなかった。正樹はまだ異性と面と向かって話が出来るほど成長していなかった。奥手だったのだ。だから、彼女がアパートを出て行くまで話をすることが出来なかった。
仕事は朝の暗いうちから牛たちの世話だ。もっとゆっくり寝てればいいものを何故か牛たちの朝は早い。基本的に餌を与えて、搾乳、掃除、夏場はサイロにデントコーンを砕いて入れる。それは漬物作りと同じだ。実際に食べてみると確かに漬物と同じ様な酸っぱい味がする。牛たちの大好物である。だからサイロを見たら大きな漬物の瓶だとおもえばいい。干草もたくさん牛舎の二階に貯えておかないと長い北海道の冬は越せない。農場の生活は実に単調な毎日であった。来る日も来る日も同じことの繰り返しだ。夕暮れ時に人も車もすれ違わない道をアパートに向かって歩いていると正直なところ寂しかった。どうしようもなく人が恋しくなってくる。何で自分は北海道にいるのだろうかと自分自身に問い質してしまう。でも体が疲れきっていて、その答えを出す前に眠ってしまうのだった。知り合いの農家から安く手に入る玉葱だけの味噌汁はとても甘くておいしかった。味噌汁の具は豆腐でもワカメでもなく金のかからない玉葱に定着してしまった。油が飛び散って後片付けが大変なジンギスカンを部屋の中でやる時は畳いっぱいに新聞紙を敷き詰める。しかし食べ終わった後でいつもおもうことだが、もう二度とジンギスカンは部屋の中ではやるまいとおもう。でもスーパーに買出しに行くと、前列に陳列されている丸く切りそろえたマトンの肉は牛肉や豚肉よりも安いのでまた買ってしまうことになった。深夜のNHKの連続ラジオドラマは真剣に聴いた。テレビがなかったからだ。そして作業を終えて農場で仲間と見る相撲中継は一番の楽しみだった。どれも些細なことだったけれども正樹にとってはなくてはならないことだった。農場の人たちもみんな親切で良い人たちばかりだった。何も文句があるわけではなかった。しかし、何故か正樹の心には寂しさが募っていった。吉田農場での仕事にもすっかり慣れ、素朴な人々に囲まれて正樹はとても幸せだったのだが、農場ではいつも隅っこにいた。都会育ちの正樹にはやはり馴染めず、気がつくとひとりぼっちの自分がいた。背中がゾクゾク震えるような感動が正樹は欲しかったのだ。そんな暮らしが何ヶ月も続いた。正樹は次第に中山峠で会った留学生のボンボンの話を考えるようになっていた。ボンボンが見せてくれたあの一枚の写真、ボンボンの家族が写っている小さなスナップ写真は正樹の心の中で大きくクローズアップされてきていた。きっと家族を大切にする国民性があるのだろう。ボンボンはいつも遠く離れた家族のことを考えているようだった。正樹のまったく知らない何かあたたかい世界がそこには広がっているようだった。その写真の中の小柄で色白の中国系の顔立ちをした少女、スペインの血も混じっていそうな美しい少女のことがどんどん正樹の心を占領し始めていた。何度かボンボンとは手紙のやりとりがあったが、その少女が誰なのかを聞くことは出来なかった。ボンボンが中山峠で別れ際に言ったように誰しもが健康でより豊かに日々を過ごしたいと望んでいることは確かなことだ。それは障害を持った者も同じで、障害者と一緒に暮らせる農場を造るという目標は素晴らしいことだと正樹は考えている。と同時に正樹は医者にもなりたいという願望が再びふつふつと沸き起こってきていた。また一方で写真の少女にも会ってみたいという願いもどんどんと膨らんできていた。それはもう抑えきれない、何か、運命的なもののように正樹にはおもえてきた。もう運命だとか愛だのと考えるようになった者には周りの人間が何を言っても聞こえはしないものだ。そんな状態に正樹は日一日となりつつあった。
花子
八雲は雪が少ない所だが、その夜は何年かに一度の大雪だった。
「おーい、正樹。起きろや。」
突然、ぼろアパートの正樹の部屋のドアがノックされた。寝ているだけでは指のないお爺さんに叱られる訳がない。ドンドンと叩く音がまだ部屋中に響き渡っている。正樹は何の用があるのだろうかといぶかしく思いながらゆっくりとドアを開けてみると、吉田農場の玄さんが廊下に立っていた。玄さんはおとなしい人だ。毎日もくもくと吉田で牛たちの世話をしている。彼が怒ったところを正樹は今までに見たことがない。本当に牛たちを可愛がって飼育していた。その玄さんが呼吸を整えながら話し出した。汗びっしょりになった玄さんの額はただならぬ事態が起こっていることを正樹に感じさせた。
「生まれそうなんだよ、花子が、正樹、手伝ってくれや。」
吉田農場には出産予定の牛が何頭もいた。その中の花子が急に産気づいたらしい。予定日よりも大分遅れていたからみんなで心配していた牛だ。皆で交代で泊りこんで様子をみていたのだが、その夜はたまたま玄さんの番だった。
「先生に電話をしたんだが、出ないんだよ。留守かもしれんが、正樹、ちょっと行ってみてきてくれや。」
獣医の先生が留守らしいのだ。玄さんは正樹の返事を待たずに話を続けた。
「もし、先生がつかまらん時は二人でやるから、すぐ牛舎に戻って来いや。頼むぞ。」
玄さんはそれだけ言うと、すぐに向きを変えてアパートの玄関から出て行ってしまった。
窓から外を覗いてみると、積もりに積もった雪をかき分けるように玄さんが帰って行く姿が見えた。
雪道を走りながら正樹は興奮していた。牛の出産に立ち合うのはもちろん初めての経験である。玄さんは十年近く吉田農場にいる人で、ベテランである。その玄さんがあんなに慌てていたんだ、やはり、牛の花子の様子は深刻なのだろうか。普段なら獣医さんがいなくても玄さんは落ち着いている。さっきの玄さんの顔はいつもと違った。そんなことを考えながら正樹は走った。喘息持ちの正樹は少し走っただけでも息が切れた。何度も足を滑らせて転んだが、花子のことが心配ですぐ起き上がった。予想していた通り獣医の先生は診療所にはいなかった。何度も呼び鈴を鳴らしたが誰も中にいる気配はなかった。先生にすぐに吉田に来てくれるように置手紙を書き、風に飛ばされないように引き戸の間にしっかりと挿んだ。長居は無用である。早く玄さんを手伝わなくてはならない。正樹は無我夢中で走った。出産は牛も人間も同じ生き物なのだからそんなには違わない。正樹は中学の時に妹が生まれたので出産の流れは一応は頭に入っていたし、酪農に関する本もたくさん読んでいる。それでも玄さんの手伝いが出来るのかどうか疑問だった。さっきアパートを出た時には止んでいた雪がまた激しく降りだしていた。吉田農場の入り口にある電柱の街灯に照らし出されて雪は音もなくしんしんと降り続いている。幻想的な光景だった。その夜は本当に大雪だった。正樹が牛舎に着いた時にはもう花子は横たわっていて、花子の周りの干草は破水した水でびしょびしょだった。玄さんが神妙な顔をして立っていた。正樹は花子から小さな足がのぞいているのを見つけた。
「玄さん、足が出ていますね。」
「ああ、そうだ。先生はいなかったのか?」
「ええ、留守でした。すぐ来てくださいと置手紙はしておきましたが。」
「そうか、すまんかったな。でも、もう間に合わんな。二人で子牛を引き出すぞ。正樹、そこにあるゴム手袋をはめてわしの横に来てくれ。」
「分かりました。弦さん、花子は逆子ですか?」
「ああ、そうだ。でも牛の場合は頭が先でも足が先でもどっちでもかまわん。ただ、花子の子供はへその尾が首にからまっているみたいだな。途中で引っかかってしまっている。」
「引っ張るぞ、正樹、このままだと花子も危ない。いくぞ。」
二人はおもいっきり子牛の足を引っ張った。
「せーの、せーの。もう一回、せーの。」
花子も玄さんもそして正樹も汗びっしょりだった。牛舎は湯気でムンムンしていた。何度も何度も引っ張ったが、現実はテレビドラマのようにはうまくいかなかった。二人の必死の願いも空しく引き出された花子の子供は死産だった。この夜の出来事は正樹にとっては悲しい思い出となって心にくっきりと残ってしまった。ベテランの玄さんは少しも動揺した様子を見せずに死んでしまった子牛の処理をさっさとしてしまった。一言も言い訳めいたことは言わずにただもくもくと後始末をしていた。後で聞いた話だが、その夜、玄さんは酒を浴びるほど飲んだそうだ。何も言わなかったが、玄さんの後ろ姿には花子の子供を救えなかった無念さがにじみ出ていたと皆が言っていた。やっぱり一番辛かったのは玄さんだったと正樹は思った。
北海道に来てからも正樹は勉強だけは続けていた。牛舎から安アパートに戻ると、テレビがなかったせいもあるが、何もすることがなかったので勉強を続けていた。それは同志館の仙波の影響も大きかったのかもしれない。仙波は現役で私大に入ってからも、第一志望だった広島の大学を三年間も合格するまで試験を受け続けた。そんな仙波がかっこ良く思えたからだ。パチンコや酒にもまったく興味がなかった。そして勉強を続けた一番大きな理由は正樹には友達が一人もいなかったということだ。そんな寂しい一人暮らしから早く抜け出す為に一生懸命に勉強をした。そして翌年、正樹は北海道にある大学に合格した。吉田農場の人たちはそんな正樹の成功を素直に驚き、喜んでくれた。ところが受験が終わってしばらくすると、正樹はまだ何かが物足りなかった。再び中山峠で出会った留学生のボンボンの言葉が頭の中で激しく回転し始めていた。
「正樹、そんなに医者になりたかったら、フィリピンに来なさい。フィリピンで医者になったらいいではありませんか。学費も安いし、試験だって簡単だよ。フィリピンで医者になってから、世界であなたを必要としている所に行けば良いではありませんか。フィリピンで医師の資格を取っても日本で医者になることは難しいかもしれない。でもアフリカやアメリカへ行く道は開けるとおもいますよ。正樹、世界は広いのですよ。」
そのボンボンの言葉が一時も頭から離れなかった。医者になりたいという正樹の願望はどんどんと大きくなっていった。