エンペドクレス(B.C.490?-B.C.430?)
生涯
 これまで検討してきた哲学者の生涯を振り返ってみるだけでもなんとなくわかると思うんですが、哲学史に登場する人たちの中には奇人変人の類が腐るほどいます。
 そんな奇人変人オンパレードの中にあって、このエンペドクレスという人は、ヘラクレイトスと肩を並べるトップクラスの変わり者です。
 アクラガス(今で言うイタリアのアグリジェントです)で生まれ、同名の祖父は古代ギリシアで行われていたオリンピア祭(オリンピックの「原型」ですね)の馬術競技で優勝、エンペドクレス自身も徒競走で優勝したといわれており、頭でっかちではなく運動面でもものすごく優秀な人だったみたいです。
 また、どこまで本当かわかりませんが、宴会に招待されたとき、ホストの側に町のお偉いさんがいて、そのお偉いさんが招待客に、「手に持っているグラスの酒を一気飲みするか、それとも頭からかぶるか」を強要していたらしいんです。
 エンペドクレスもその酒席に招かれていたんですが、彼はそんなお偉いさんの態度が我慢できず、翌日、法廷に訴えて、このお偉いさんを死刑にしたそうです。
 権力に屈しないと言ってしまえばかっこいいですけど、その場のノリっていうのもあると思うので、何も死刑にすることないじゃないかという感じもしますが、まぁ、やってしまったらしいですね。そういうことを…
 それ以外にも、汚染された川の流域に住む住民の間で疫病が発生したとき、私財をなげうって隣にある川とその汚染された川を合流させることで、汚染源を中和し、住民達を救ったという話も伝えられています。
 ここら辺ぐらいまでだと、なんとなく英雄的な雰囲気も感じられる優れた人という感じなんですが、この人も死に様がすごかったんです。
 疫病(ペストだったらしいですね)を鎮めたとき、それまで苦しんでいた住民達は喜んで宴会をひらきました。
 当然そこにはゲストとしてエンペドクレスも招かれていたんですが、そこで、助けてもらった住人達がエンペドクレスのことを神様のように崇め奉ったらしいんです。
 自分達を救ってくれた人ですから、神様のように拝む住民達の気持ちはよくわかりますよね。
 ところがここで、エンペドクレスが、何を思ったか、住民達に自分が神であることを証明しようとしたらしいんです。
 ここら辺の思考パターンがいまいちよくわかりませんが、自分が神であることを証明しようとしたエンペドクレスは、その足でエトナ山という火山に登り、その頂上からマグマ沸き立つ火口めがけてダイブしちゃったんです。
 飛び込んだ本人は「自分は神様だから火山に飛び込んでも大丈夫」的なことをやりたかったらしいんですけどね。
 大丈夫なわけないじゃないですか。
 あわれ、エンペドクレスはそのまま帰らぬ人になってしまいました。
 このように壮絶な最期を迎えたエンペドクレスなんですが、その著作スタイルは通常の散文形式ではなく、クセノパネスやパルメニデスと同様に詩の形式を用いていました。
 今日では哲学関係の文章は100%散文形式(厳密には「論文形式」ですね)で書かれていますが、この当時は学問的な内容を詩で書くというのも比較的ポピュラーなことでした。


学説
 「生涯」という意味では非常にエキセントリックな印象のあるエンペドクレスですが、学説という点では後世の人たちから非常に高く評価されている完成度の高い主張を展開します。
 エンペドクレスの学説は大きく分けて自然学的主張と認識論的主張の二つに分けることができます。
 自然学的主張の基本的な性質としては、ミレトス派の人々が行ったアルケー探求の性格を本質的な部分で変化させること無く引き継ぎ、その完成度をさらに高めたような趣で、この時代の産物としては非常に高いクオリティを持っています。
 また、認識論的な主張は、エンペドクレスの前にクセノパネスが同様のテーマで独自の主張を展開していましたが、エンペドクレスはそれとはまた別の観点から、具体的には、人間が何ごとかを認識する際に機能しているメカニズムという観点から、独自の議論を展開します。
 ソクラテス以前の段階で、人間の認識のメカニズムに言及した人物はエンペドクレスが初めてですので、こちらの方も「初物」ということで自然学同様ある程度評価されている主張ですね。
 さて、エンペドクレスの学説を検討する際にはおおよそこれら二つの点がメインになるのですが、例によって、これらを一緒に扱うとゴチャゴチャするので、ここから先はこれらの学説を別々に検討していきます。

1、エンペドクレスの自然学
 エンペドクレスの自然学は、彼に独自の新しい要素を取り入れつつも、それ以前の成果を引き継ぐという仕方で形成されています。
 具体的に言うと、アルケー探究という意味では、エンペドクレスに先立つミレトス派の人々を引き継ぎ、アルケーが持つべき基本的な性質という意味では、「ある」に関する学説を展開したパルメニデスを引き継いでいます。
 先ずは、以下の資料を見て下さい。

Test.28アリストテレス
そして、エンペドクレスは、すでにあげられたもの[水、空気、火]の他に、第四のものとして土を付け加えることによって、四つのもの(四元)を原理とみなす。つまり、彼の考えでは、これらの四元はつねに存在しつづけるものであって、生成するということはない。ただそれらが結合しあって一なるものとなったり、一なるものから分離してきたりすることによって、数が多くなったり少なくなったりするだけだというのである。

Test.28シンプリキオス抜粋
エンペドクレスによれば、物体的な基本要素は火と空気と水と土の四つである。

Fr.6
まずは聞け、万物の四つの根を。
輝けるゼウス、生命はぐくむヘラ、またアイドネウス。
そして死すべき人の子らのもとなる泉をその涙によってうるおすネスティス。

 二つめにあげた資料で言われているように、エンペドクレスはミレトス派が探究した万物のアルケーとして、火、空気、水、土の四つを提示します。そして、これら四つのアルケーは一つ目にあげた資料で言われているように、「常に存在し」「生成することはない」ものです。
 最後二つの「常に存在する」と「生成することはない」という二つの性質はミレトス派ではなく、パルメニデスが開いたエレア派から引き継いだものですが、このように、エンペドクレスは自然万有はアルケーから生じたものであるとする点でミレトス派を引継ぎ、そのアルケーの性質にエレア派の主張を盛り込んだという点でエレア派を引き継いでいるんですね。
 ですから、ある意味で、エンペドクレスが示したアルケーとしての四元(「四根」という言い方もなされます)は、エンペドクレスに先立つ人々の折衷案とも言えるかもしれません。
 三つ目に引用した資料が伝えているように、エンペドクレスはこれらの四元を、ゼウス、ヘラ、アイドネウス、ネスティスといった神々の名前で呼ぶことがあります。
 このことは、エンペドクレスがこれらの四元を、我々人間が生きている世界よりも高いレベルに存在しているものと考えていた証拠と言えるでしょう。
 さて、ここまでの部分だけだと、エンペドクレスの自然学は過去の遺産を引き継いだだけでオリジナリティに欠けると思われるかもしれません。
 実際、示したアルケーの数こそ違いますが、ここまでの部分でエンペドクレスが主張していることはその基本的な部分で、ミレトス派の人々が行ったこととそれほど大きな変化はないように思えます。
 しかし、エンペドクレスの独自性が発揮されるのはここからです。
 以下にあげる資料を見て下さい。

Fr.17
  ここにわが語るは二重のこと――すなわち、あるときには多なるものから成長して
  ただ一つのものとなり、あるときには逆に一つのものから多くのものへと分裂した。
  死すべき者どもには二重の生成と二重の消滅とがある。
  すなわち一方では万物(四元)の結合がある種族を生んで滅ぼし、
5  他方では別の種族がものみな(四元)の再び分離するにつれはぐくまれてはまた飛散する。
  そしてこれら(四元)は永遠に交替しつづけてやむことがない――
  あるときには「愛」の力によりすべては結合して一つとなり、
  あるときには「争い」のもつ憎しみのために逆にそれぞれが離ればなれになりながら。
  <このように多なるものから一なるものになるのを慣いとし、>
10 また逆に一なるものが分かれて多となる限りでは、
  そのかぎりではそれらは生成しつつあるのであって永続する生をもってはいない。
  しかしそれらが永遠にやむことなく交替しつづけるかぎりでは、
  そのかぎりではそれらは円環(周期)をなしつつ常に不動のものとしてある。
  いざわが物語を聞け。学びは心をはぐくむがゆえに。
15 先にもわが物語の旨とするところを告げながら話したごとく、
  ここにわが語るは二重のこと――すなわち、あるときには多なるものから成長して
  ただ一つのものとなり、あるときには逆に一つのものから多くのものへと分裂した、
  ――火と水と土と空気の限りなき高さとが。
  またこれから別に離れてそのあらゆるところで重さの等しい呪われの「争い」が、
20 またこれらのもののただ中に長さも幅も相等しい「愛」が。
  この「愛」」を汝は心によって見よ、いたずらに呆然たる眼で坐ることなかれ。
  それはまた死すべき者どものからだにも生まれながらに宿るものと見なされていて、
  彼らに友愛の思いをいだかせ協調の業をなしとげさせる力。
  彼らこれを呼んでその名を「悦び」と言いまた「アプロディテ」と言う。
25 この「愛」がかのものどもの間にあって渦まきめぐるのを
  死すべき人間は誰も知らぬ。だが汝わが語る欺くことなき道行きを聞け。
  すなわちこれらのものはすべて互いに等しく齢も同じであるが、
  それぞれ司る権力は互いに相異なり、それぞれが自分の性格を備え、
  時のめぐり来るにつれてこもごもその力をふるう。
30 そしてこれらのほかには何一つ生じもせず、なくなりもしない。
  なぜならばもしたえまなく滅びつづけてきたとしたらもはやなかったことであろう。
  また何がこの万有を増大させようか?そのものはどこから来たというのか?
  さらにいかにして滅びて去りえようか?何ものもこれらなしにはないというのに。
  いな、あるのはただこれらのみ、ただ互いに互いを駆けぬけては
35 時によってこのものとなりまたかのものとなるが、つねにその性格は変わることがない。

 さて、長々と引用しましたが、この引用文中にこそエンペドクレスのオリジナリティがつまっています。
 先にエンペドクレスは「四元」と呼ばれる四つのもの、すなわち、火、水、土、空気をアルケーとして示したということを確認しましたよね。
 この長い資料の中にも「四元」は出てきますが、その四元以外にも特徴的な言葉が使われていることにお気づきになったでしょうか。
 その言葉とは「愛」と「争い」です。
 何の説明もしていないので狐につままれた感じがするかもしれませんが、この二つこそが、エンペドクレスの自然学における最大のオリジナリティです。
 ミレトス派の人々の主張を思い出してもらいたいのですが、彼らはアルケーがなんであるかは主張しましたが、それがどういう仕組みで、どういう過程を経て万物を生み出していくのか、また、万物がどういう過程を踏んで、どういう仕組みで再びアルケーに戻っていくのか、そういったことに関する部分については全くのノータッチでした。
 ここでいわれる「どういう仕組みで」とか「どういう過程を経て」とか、そういった諸事物に何らかの変化を生じさせる原因のことを、哲学の文脈では一般に「動因」といったりしますが、エンペドクレスはこの「動因」に関する様々な問題を「愛」と「争い」という二つの原理によって説明しようとしたんですね。
 さて、この「愛」と「争い」の二つがどのような仕方で動因として機能して四元をまとめあげたり、それらを分散させたりするのかということがこの長い引用文に書かれているんですが、あいかわらず、この時代の資料はこのままだとちょっとわかりにくいですよね。
 本来であれば、これをサクサクッと要約できればかっこいいんですが、エンペドクレスの示す「愛」と「争い」のあり方は、本当にちょっとややこしいんですよ。
 一応、基本的なところとしては「愛」によって四つのものはくっつき、「争い」によって四つのものは離れるんですが、これが「くっつく」=「生成」「分離」=「消滅」ではないというところにエンペドクレスのややこしさがあります。
 ちょっと以下の図を見て下さい(丸の大きさが違うとか、左右非対称だとか、矢印の太さや長さが違うとかそういったことは大目に見て下さい)。

「愛」と「争い」の周期図

 さて、エンペドクレスにおいて、万有(「宇宙」と言い換えてもいいでしょう)はこの図に示した「愛」と「争い」の周期に従って変化しています。
 「スタートはどこ?」と聞かれたらちょっと困りますし、そもそもエンペドクレスは「始まり」というものをそれほど問題にしていなかった可能性もありますが、それはともかく、先ずは「愛」と「争い」お互いの極点である「愛100%」と「争い100%」に注目してください。
 さっきも書いたように、「愛」は四元をくっつける原理であり、「争い」は四元を分離させる原理ですから、「愛100%」のところでは四元は全て一体となって融合し、「争い100%」のところでは四元は完全に分離した状態になっています。
 そして、この二つの極、すなわち、「愛100%」と「争い100%」のところでは我々が普段眼にしているような世界は全く存在していません。
 というのも、「愛100%」のところではアルケーである四元が四つとも完全に融合しているので、そこで存在しているのはその融合状態一つだけであり、互いに違いを持ったものというのは一切存在しないことになります。
 また、「争い100%」のところでは四元が完全分離しているので、その状態で存在しているのはそれぞれに完全に独立を保った純粋状態の火、水、土、空気だけです。
 つまり、我々が普段眼にしているような世界、すなわち、自然万有は「愛100%」から「争い100%」へ至る過程か、もしくは逆の、「争い100%」から「愛100%」へ至る過程の状態において存在しているということになります。
 しかし、ここで気をつけてもらいたいのは、この世界に存在する自然万有全てがある一時に、例えば「愛99.9%、争い0.1%」の時に一斉に生じてきたのではないということです。
 AさんとBさん、二人の誕生日が違うなんていうのはあまりにもありふれたことですが、それぞれの事物によって生じるタイミングが違うように、この世界に存在している諸事物も「愛100%」から「争い100%」へ至る過程、もしくは、「争い100%」から「愛100%」へ至る過程において、それぞれに違うタイミングで生じては滅んでいくんです。
 エンペドクレスにおいてこういう表現をしていいのかどうかわかりませんが、具体的な言い方をすると、例えば、Aさんは「愛90%、争い10%」の状態において生まれ「愛88%、争い12%」の時に死んだけれども、Bさんは「愛60%、争い40%」の状態の時に生まれ「愛57%、争い43%」の時に死んだといった具合に、それぞれの個体は四元が「愛」と「争い」という二つの原理によって融合と分離を繰り返している中で、それぞれのタイミングで生じ、また、消滅しているんです。
 どうでしょう?ちょっとややこしいですけどおわかりいただけたでしょうか?
 これがエンペドクレスが示した自然学の骨組みです。
 少し前にも書きましたが、エンペドクレス以前の人々はこの「動因」に関する部分にノータッチでした。
 しかし、エンペドクレスはこの「動因」に関する部分に着目し、自分なりに整合性が取れると考えた仕方で万有の生成と消滅を説明することによって、それ以前にはない、非常にドラマチックな自然学を打ち立てたんですね。


2、エンペドクレスの認識論
 さて、エンペドクレスの学説の中で最も重要なのは先に示した自然学に関する議論ですが、ここでもう一つ、それ以前の人々の思想の中には見られなかった要素について紹介します。
 エンペドクレス以前の人々の主張を思い出していただきたいのですが、エンペドクレス以前の人たちって、アルケーを探究したり、自然界の原理を探究したりすることはしていましたが、何かを認識するという自分達人間の活動に対してはほとんど何も語ってきませんでしたよね。
 唯一、パルメニデスが、「ある」と「知る」の関係を問題にしましたが、そのやり方は良くも悪くも極めて哲学的でなんとなく普段の我々の考え方とは縁遠い感じでした。
 しかし、エンペドクレスは人間が何ごとかを知る、より具体的には、感覚器官を通じて何ごとかを知るということについて、哲学的なやりかたではなく、ある意味では解剖学的なやり方で説明を試みたんです。
 例によって下に挙げる資料を見て下さい。

Test.86抜粋
エンペドクレスは、全ての感覚について同様の仕方で語り、個別の感覚の通孔に対して[何かが]適合することによって感覚が成立すると言っている。それゆえにまた、彼によれば、ある感覚が他の感覚に属するものを識別することはできない。なぜなら、特定の感覚物と対応している通孔は、それが出会うものに応じていくぶん広すぎたり、狭すぎたりするために、あるものは接触することなく通孔を通り抜けるが、あるものはまったく通孔に入っていくことができないからだというのである。

Test.87アリストテレス抜粋
 さて、ある人々の考えによると、個々のものが作用を受けるのは、最終的な、すなわちもっとも厳密な意味での作用者がある種の通孔を通って入り込んでくるときである。そして、このような仕方でわれわれは見たり、聞いたり、その他すべての感覚をはたらかせるとかれらは主張する。

 ここで引用した二つの資料には共通して「通孔」という言葉が出てきますが、エンペドクレスはこの「通孔」の概念を使って、人間の感覚のメカニズムを説明しようとしたんです。
 これらの資料の主張を要約すると、人間の感覚器官にはそれぞれに「通孔」と呼ばれる通路のような穴が備わっており、そこに何らかのものが適合すると感覚が成立するということです。
 つまり、目の通孔の大きさにちょうど適合するぐらいの大きさの何かが入ってきた時に、視覚による認識が成立し、鼻の通孔の大きさにちょうど適合するぐらいの大きさの何かが入ってきた時に、嗅覚による認識が成立するということですね。
 この場合、もちろん、その通孔を通過する何かが通孔の直径よりも大きいのであれば、その何かは通孔に適しないので感覚は成立しませんし、その何かが通孔の直径よりも小さすぎた場合にも感覚は成立しません。
 このようにして、エンペドクレスは五感それぞれの独自性を維持しながら、感覚のメカニズムを説明しようとしたんです。
 この通孔のニュアンスはある種の「管」のようなものだと思えばなんとなくイメージできますが、残念ながら、エンペドクレスはこの通孔を通る「何か」についてはそれほど詳しく語っていなかったようです。
 それゆえ、エンペドクレスが主張する感覚のメカニズムはかなり中途半端なものとなってしまいます。
 しかし、最終的に中途半端なものになってしまったにせよ、それ以前にこのような観点から感覚認識に対する検討がなされていなかったことを考えると、これはこれで極めて大きな進歩ということができるでしょう。

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