タレス(B.C.620前後?-B.C.560前後?)

生涯
 タレスは一般に西洋哲学史の最初に位置づけられていて、倫理の教科書にも載っていますから、哲学というマイナーな分野の中では比較的名前の売れている人物です。
 しかし、そんな名前の売れ具合とは反比例して、タレスという哲学者の具体的な人物像は全くといっていいほどわかっていません。
 要は、資料が残っていないということなんですが、生まれた年や死んだ年も上に示したように「?」ですし、生まれてから死ぬまでの間に具体的にどんなことをやったのかということもはっきりとはわかっていません。
 しかし、そんな曖昧な状況の中でも、現存する資料を見る限り以下にあげる三つの事柄に関しては、タレスが生前に行った事柄としておおよそ確実なものとみなされています。

1、日蝕の予言
2、軍隊の指揮
3、オリーブ搾り機を大量購入して大きな利益を上げた

 まず、一つ目の「日蝕の予言」についてですが、このエピソードはヘロドトス、クレメンス、エウセビオス、キケロ、プリニウスといった人たちによって伝えられていますが、それらの伝承によると、タレスはB.C.585年5月28日の日食を予言したとされています。
 現在のように正確な天文学的知識を持っていなかったタレスがなぜ正確に日食を予言できたかという点については、色々と説がありますが(バビロニアの学問的成果を利用したという説が有力)、いずれにせよ、当時のギリシア人たちは、日蝕を予言して実際に的中させたタレスの天文学的な学識の高さを褒め称えたそうです。
 次に、「軍隊の指揮」についてですが、このエピソードもヘロドトスが伝えています。
 ヘロドトスによると、リディアの王様クロイソスが軍を進めてハリュス川に差し掛かったとき、その川の流れがあまりに急だったので、この先どうやって軍勢を進めようか思案していたところ、タレスが王に進言して、川の流れを読み、被害が出ないような流れのゆるいところを選んで軍を動かし、無事にリディアの部隊を向こう岸までわたしたそうです。
 つまり、タレスは、川がどのように蛇行している場合に、どの部分の流れが強く、どの部分の流れが弱いかということを知っていたということですね。
 最後に、「オリーブ搾り機」のエピソードです。このエピソードは哲学史上の超大物であると同時に、ちょっとした厄介者でもあるアリストテレスが伝えています。
 あるとき、頭はいいのに非常に貧乏な生活を送っているタレスを見て、周囲の人々がその貧しさをはやし立てました。すると、タレスは何も言わずに冬の間に金を調達し、急いで大量のオリーブ搾り機を購入しました。年が明けて暖かくなってくると、その年はオリーブが大豊作で誰も彼もがオリーブ搾り機を求めてタレスのもとを訪れました。タレスはそんな人々から今で言うところのレンタル料を受け取り、大量に買っておいたオリーブ搾り機をドンドン貸し出して、あっという間に大金持ちになりました。
 つまり、タレスは気候を読んで、オリーブの豊作を確信し、商売の先手を打ったということです。
 また、余談ですが、このオリーブ搾り機の事業によって成功したタレスが、かつて自分を馬鹿にした人々に向かって、「哲学者は金持ちになれないのではない。ただなろうとしないだけだ」という一言を言い放ったというエピソードがありますが、この点に関しては、話半分に聞いておいたほうがいいでしょう。
 さて、ここにあげたこれら三つのエピソードは、タレスという人物を理解するにあたってどのような意味を持っているのでしょうか。
 タレスが行ったとされているこれら三つの事柄は、それぞれ、天文学、地学、気象学に関する知識があって初めて可能なことです。
 つまり、これらのエピソードは、タレスこれら自然に関する学問について、当時の人々の中でもずば抜けて高い能力を持っていたということを示しているんです。
 古代ギリシアにおいて、「哲学」は「愛知(ピロソピアー)」という名前で呼ばれていましたが、現代において「哲学者」という括りにまとめられているタレスがこれら自然学的な分野に対して高い学識を持っていたという事実は、当時の人々の「哲学」に対する考え方を垣間見ることのできる特徴的な事例の一つといえるでしょう。


学説
1、アルケー(始源)
 「生涯」の項目で示したタレスのエピソードから、タレスは自然に関する学問(これを「自然学」といいます)についてずば抜けた力を持っていたことがわかりますが、そんな天才的な能力を持っていたタレスは、どのような学説を主張したのでしょうか。
 それについて検討する前に、タレスの場合は、ソクラテス以前の最初に位置するということもあって、タレス個人の学説にかかわる問題を検討する前に、ソクラテス以前の哲学者全体に共通する概念を2つほど説明しておく必要があります。
 ここでは、その2つの概念のうち、まずは「アルケー」というものについて概観していきます。
 アルケーには一般に「始源」という邦訳が当てられていますが(「始原」もしくは「始元」と表記される場合もあります)、まずは何にせよ以下にあげる資料を見て下さい。

DK11A12、アリストテレス(『形而上学』A3、983b6)抜粋
最初に哲学にたずさわった人たちの大部分は、もっぱら素材のかたちでのものだけを、万物の元のもの(始源)として考えた。すなわち、すべての存在する事物がそれから成り立っており、最初にそれから生じ、また最後にそれへと消滅していくところのもの―-その間、実体はそのまま存続するのに対して性状面ではいろいろ変化するのであるが――、その当のものを、存在する諸事物の基本要素であり、元のものである、と彼らは言っている。そして、そのために彼らは、いかなるものも生成もしなければ消滅することもないと考える。それはこのような自然本性的なものが絶えず保持されていくものと見なしてのことである。

 ここにあげた資料はアリストテレスの『形而上学』から引かれているものですが、恐らく、これがアルケーの概念を最も簡潔に表したものでしょう。
 つまり、アルケーとは、この自然世界に存在するありとあらゆるものがそこから生まれてそこへと滅んでいくもののことです。
 これだけだと非常に簡単な概念のように思えるんですが、注目すべきなのは、引用文中にある「実体はそのまま存続する」という点です。
 この一節は、アルケーと呼ばれるものは、あるものがそこから生成してそこへと帰っていくあいだの、「そのものが存在している期間」にも、その自然物のなかでずっと残っているということを意味します。
 つまり、アルケーというものは、そこから何が生まれ、存在し、再びそこへと滅んでこようとも、この一連の生成、存在、消滅の過程のなかで一貫してそのものの本質として残り続けるということです。
 論点先取になりますが、タレスは「水」をアルケーとみなしていました。
 この場合、すべてのものは「水」から生じ、「水」へと滅びていくということになりますが、生成して消滅するまでの間、つまり、様々な諸事物がそのものとして存在している間も、その諸事物のなかで「水」はずっと残り続けるんですね。
 もちろん、自然世界の事物には「火」や「石」など明らかに水っぽくないものも多数あります。
 しかし、このアルケーという考え方に立った場合、それら水とは真逆にありそうな様々な諸事物も、性質の変化した「水」ということになります。
 あまり適切な言い方ではないかもしれませんが、アルケーに基づいて自然世界万有を説明する立場に立った場合、この世のありとあらゆる存在はアルケーのあり方の変化によって説明されるということになります。
 以上が、「アルケー」というものの最も基本的な概念です。


2、生ける自然
 続いて、残されたもう一つの概念について検討していきましょう。
 もう一つの概念、それは「生ける自然」と呼ばれる概念です。
 この「生ける自然」もタレス一人に限定された考え方ではなく、ソクラテス以前の自然学者全体が共有していた考え方なので、他の部分は読まなくても、ここは必ずおさえるようにしてください。
 では、「生ける自然」とはどのような概念なのでしょうか?とりあえず、以下にあげる資料を見て下さい。

資料1、アリストテレス『魂について』A2、405a3-5
そして、それぞれの始源についての見解に一致する形で、彼らは魂についても説明するのである。実際、そのようなひとびとは、自然本性的に動きを引き起こしうるものが第一のもの[第一の始源]のうちに属すると考えたが、これはいわれなきことではない。

資料2、アリストテレス『魂について』A2、405b12-3
そしてこれらの(魂の)特質はそれぞれ,諸々の始源へと遡って説明される。

資料3、DK11A22(アリストテレス『魂について』A5、411a7)
またある人たちは、魂が宇宙全体に混在しているといっている。それを踏まえて、おそらくタレスもまた万物は神々に満ちていると考えたのであろう。

資料4、DK11A22(アリストテレス『魂について』A2、405a19)
彼らが報告しているところからすると、タレスは「石(磁石)は鉄を動かすがゆえに魂を持っている」と言ったというからには、彼もまた魂を何か動かす力を持ったものと考えたようである。

資料5、DK11A23(アエティオス『学説誌』T7、11)
タレスによれば、神とは宇宙の知性であり、また万有は生きているとともに神霊に満ちている。そして、湿の本性をもつ要素体を通じて、宇宙を動かす神的な力が行き渡っている、という。

 まず、資料1をみてください。
 この資料1では「動きを引き起こしうるもの」と第一次的なもの、すなわち、始源との同一性が主張されています。
 続いて、資料2をみてみると、ここでは「魂」は始源によって説明されるとされています。
 この段階で、二つの資料を考え合わせてみると、「魂=始源=動きを引き起こしうるもの」という図式が成立します。
 資料4でも同様のことがいわれているんですが、それを踏まえて資料3をみてみると、そこでは、タレスが「万物は神々に満ちている」と主張したという事実を読み取ることができ、それと同時に、タレスがそのように主張した理由について、「魂が宇宙全体に混在している」と主張する人たちに習ったからであるということがいわれています。
 そしてさらに、資料5をみてみると、「万有は生きているとともに神霊に満ちている」といわれ、それと同時に「湿の本性をもつ要素体を通じて、宇宙を動かす神的な力が行き渡っている」とされています。
 この「湿の本性をもつ要素体」は、タレスの場合に限ってシンプルに「水」と考えても問題ないように思いますが、仮にそのように考えるならば、タレスは「水」を通じて万有に「宇宙を動かす神的な力」が行き渡っていると主張していることになります。
 そして、以上のことから、タレスにおいては、「魂=始源=水=動きを引き起こしうるもの=神的なもの」という図式が成立していたと考えることができるでしょう。
 ここでタレスが提示している図式は、タレスをはじめとした当時の人々の自然観を如実に表しています。
 今日、「魂」というと、それは「意識」や「心」もしくは「脳」を意味する概念として捉えられがちです。そして仮に「魂」をそのようなものとして捉えた場合、「魂」に関する議論の中心となるのは「対象をどのように捉えるのか」「人間は対象をどこまで知ることができるのか」といった認識論的問題や、「クオリア」という内的体験にまつわる問題が主なものとなります。
 しかし、古代ギリシアにおいて「魂(psyuche^)」というものが問題となった場合、そこでは認識論的な問題だけでなく、あるものが「生命」として成立している場合に関係する生物概念(「栄養摂取」や「生殖」など)にまつわる問題や、宇宙論や天体論とも関係する「動き」の概念にまつわる問題も大きな主題として扱われます。
 つまり、古代ギリシアにおいて、「魂」は「生命」や「運動」という要素と密接に関係した概念だったんですね。
 そして、タレスをはじめとしたソクラテス以前の人々においては、「生命」や「運動」の原理とみなされる「魂」が自然万有の源であるアルケーと同一視され、その意味で、自然万有に「魂」が行き渡っているという考え方が成立しているんです。
 「自然万有に生命原理でありかつ運動の原理である魂が行き渡っている」という考え方は「生ける自然」という言葉で表現されます。
 そして、タレスをはじめとした当時の人々は、この万有を動かしている「魂(psyuche^)」を「神的なもの(to theion)」とみなしていたんですね。
 このように、自然世界万有は「動きを引き起こすもの」としての「魂」を持っており、その「魂」を「始源」と同一視するような概念を「生ける自然」といいます。


3、水
 さて、ソクラテス以前の人々全体が共有する2つの概念を確認したところで、ここからはタレス個人の問題に移りましょう。
 これまでも「タレスは水をアルケーとした」ということをチラッと論点先取的に書いてきましたが、タレスはなぜ「水」をアルケーと見なしたのでしょうか。
 「タレス=水」という図式は高校の倫理の教科書などにも収録されていますから、「タレスは水をアルケーとした」という点については案外ひろく知られていると思います。しかし、「なぜ、タレスは水をアルケーとしたのか?」という点になるとあまり言及されていません。
 この問題について検討するに当たって、まずは以下の資料を見て下さい。

資料6、DK11A12(アリストテレス『形而上学』A3.983b6)抜粋
このような哲学の創始者たるタレスは、水がそれであると言っている(大地が水の上に浮かんでいると主張したのも、そのためである)。彼がこうした見解を取ったのは、おそらく、あらゆるものの栄養となるものが湿り気を持っていること、熱そのものさえ湿り気を持ったものから生じ、それによって生きることを観察した結果であろう(ものがそれから生ずる当のもの、それが万物の元のものに他ならない)。彼の見解は、こうした事柄によるとともに、またあらゆるものの種子が湿った本性をもっていることによるものでもあろう。水こそが、湿り気を持ったものにとって、その本性の元のものに他ならないのである。

資料7、DK11A13(シンプリキオス『アリストテレス「自然学」注解』23、21)
例えばミレトスの人でエクサミュエスを父とするタレスや、無心論者としても知られているヒッポンは、感覚的な諸事象から導いた結論として、水が元のものであると語った。熱いものも湿ったものによって生き、屍体となったものは乾き干からび、またあらゆるものの種子は湿っており、すべての栄養物は水気を含んでいる、といった事態があるからである。それぞれのものがそれからできているところの当のものによって、事物はまた養われもするのが本来である。しかるに、水は湿りという本性の元のものであり、すべてのものにとって必須のものである。したがって、彼らは、水が万物の元のものであると考え、そこから、大地が水の上に浮かんでいるとも主張したのである。

 これら二つの資料はタレスが水をアルケーとみなす過程を示したものです。
 これらの資料をみてみると、タレスは「種子」「屍体」「栄養物」といった世界の中の様々な諸事物を観察した上で、その観察の結果として、「水」をアルケーとみなしたということが見て取れます。
 しかし、これらの資料をみる上で注目すべきは、タレスが自然界の様々な事物の観察から「アルケーは水である」と主張するに至った過程です。
 あらかじめ結論をいうと、タレスがアルケーとして水を導出する際に用いた方法は「帰納法」です。
 ソクラテス以前は資料的な制約があるので、どうしても推測に頼らざるを得ないところはあるのですが、これらの資料から読みとれる情報から推測するに、おそらくタレスは「屍体」などの「生」とは逆方向にある事物を観察し、「生とは逆の事物A=乾燥している」「生とは逆の事物B=乾燥している」「生とは逆の事物C=乾燥している」…といった具合に観察結果を列挙し、この個別的な事例の集積から「生とは逆の事物=乾燥している」という一般的定義を引き出したと考えることができます。
 そしてそれと同時に、これと同様の仕方で「種子」や「栄養物」という「生の方向をもつもの」をいくつも列挙して、それらの個別的な事例の集積から「生の方向をもつもの=湿っている」という一般的定義を引き出したんですね。
 つまり、「生」と「死」の両方に属する個別的な事例を個々に検討し、そこから導き出された個々の結論を帰納的にまとめ上げて、「アルケーは水である」という主張を自然万有に適応させる普遍的な定義として提示しているんです。
 このように、タレスは自然界に対する「観察」とその観察結果に対する「論理的考察」によって、「水」をアルケーとみなしたわけです。

 さて、以上でタレスに関する記述は終了です。
 タレス個人に関する言及は、その「生涯」と「水」に関するものだけでしたが、「アルケー」と「生ける自然」という概念も、タレス以後のソクラテス以前の自然哲学に密接に関係してくる概念ですからきっちりおさえておいてください。
 ところで、話は少し変わりますが、「アルケー」の邦訳である「始源」という言葉をWordで変換しようとしても絶対に一発では出てきません。
 ですから、Wordで「始源」と書きたいときは、一回「しげん」と入力して、それを「始原」に変換し、「原」の字を消して「源」を書き加えるという面倒な作業が必要になります。
 テツガクという分野がもっと世間的にメジャーであれば「始源」ぐらいは入力されていてもよかったと思うのですが、現にマイナーですし、一発変換されなくても世の中的には全く困らないという現状があるので、これもまた仕方のないことですね。

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