100万ドルのホームランボール 捕った!盗られた!訴えた!
監督:マイケル・ラノヴィックス
出演:アレックス・ポポフ、パトリック・ハヤシ、バリー・ボンズ
時間:1h28
近所のミニシアターでみてきました。
バリー・ボンズが放った73本目のホームランボール。
競売にかければ100万ドルはくだらないとされるこのボールをめぐって、「俺が捕った!!」、「いいや俺だ!!」と大の大人がてんやわんやの大騒動を繰り広げ、遂には裁判沙汰になります。
この裁判、二年以上続いたのですが、その裁判の顛末を半分以上小ばかにしながらコミカルに描いたのが、本作『100万ドルのホームランボール〜捕った!盗られた!訴えた!〜』です。
まあ、確かに、額が額ですから、裁判沙汰にする気持ちもわからなくはないですが、それでもねぇ…
やっぱりこういうことで本気の裁判が行われるあたりに、「アメリカだなぁ…」っていう感じを抱かざるを得ませんよね。
終始コミカルな作りになっているので、基本的には、登場人物の一挙手一投足、どれ一つとってもどこか間抜けな雰囲気が漂っているのですが、そんな映像の中にもアメリカ人の本質的な部分が見え隠れするときはありますよね。
そんな本質が見え隠れする一例として、裁判に無関係の人々と裁判に少しでも関係のある人達との温度差があげられると思います。
本作で描かれている人々は、基本的に、何らかの仕方でこの裁判、もしくはホームランボール事件に関係のある人たちなのですが、それ以外にも、裁判とは無関係の人達の意見もちらほらと挿入されているんです。
裁判に関係している人たちは、まさに猪突猛進といった感じで、己がしていることの滑稽さも忘れて、当事者は勝利目指して突っ走り、わずかでもその現場を目撃した人は、「私はみた、私はこう思う、ボールの所有権はあいつにある!!!!!!」と、口角泡を飛ばしてその時の状況を必死に訴えます。他方、それと無関係の人たちは哀れな人達を見下すような目線で「どうでもいいのにねぇ…」的な態度をとります。
この温度差にアメリカ人の本質が浮き出ているような気がしませんか?
つまり、自分が関係のないことであれば、普段通りその事態に対して冷静に客観視できるのに、ひとたび、ほんのわずかでもそれと関係を持ってしまったら最後、冷静さも客観もなく、ただひたすら「私が!!私が!!!!」と前に出まくる。
あたかも、「私はヒーローになりたい!!私ならヒーローになれる!!私こそがヒーローに相応しいんだ!!!」といっているようでなんとも「………」といった感じです。
別に頼まれてもいないのに、「世界の警察」を自認しているアメリカの精神構造を少しだけ垣間見れたような、そんな思いを抱かせてくれるドキュメンタリーでした。