ペルセポリス

監督:マルジャン・サトラピ
出演:キアラ・マストロヤンニ、カトリーヌ・ドヌーブ、ダニエル・ダリュー
時間:1h35

 近所のミニシアターでみてきました。
 本作はイラン出身の女性監督であるマルジャン・サトラピの反省をアニメ映画にしたものなんですが、やっぱり、そんな内容のせいか、私が観にいった回は圧倒的に女性客が多かったですね。
 現在、私の年齢は二十代後半なんですけど、私ぐらいの年齢の人にとって、「イラン」っていうとかなり物騒なイメージがありますよね。
 子供のころは、テレビをつけるとニュース番組で必ずといっていいほど「イランイラク戦争」に関する話題が取り上げられていましたし、ある程度物心がついてきたころには、パパブッシュが湾岸戦争を仕掛けて、それが大々的に報道されましたから、自分のなかで「イラン」っていう国名が「平和」っていう言葉と結びついた経験がないんですよ。
 この映画のなかで主人公のマルジが生きるイランも、私達がテレビで知っているいわゆる「物騒な」イランです。
 幼い頃には抑圧的な王制を経験し、その後の政治体制も国民に厳しい生活を強います。
 隣人の密告や町をうろつく憲兵隊、それに加えて、極端な男尊女卑の風習が残るなかでも、マルジはたくましく成長します。
 ていうか、子供って、そういう土地に生まれるとそれなりに順応して生きていくんですよね。
 本作のマルジも、叔父さんの逮捕・拘束といったつらいことを経験しながらも、決して笑いを絶やさずに、いわゆる子供らしく生きていきます。
 それでも、ある程度成長して自我がめざめてくると、そうもいってられなくなるじゃないですか。
 好きな音楽を聴きたい、好きな服を着たい、自由に恋愛したい、などなど、普段私たちが普通にやっていることが大きく制限されている社会体制のなかで、マルジの不満はドンドン蓄積されていきます。
 結局、両親の意向や自分と世の中との不釣合いを理由に、マルジはイランからドイツのウィーンに留学するんですが、そこでもいまいちなじめずに結局イランへと戻ります。
 最終的に、このマルジは一旦帰還したイランでも、離婚やら女性差別やらを経験して再びヨーロッパに戻るんですが、やっぱり、イランみたいに宗教的な戒律やら政治的な抑圧やらで国民に対する束縛が強い国は、ある程度自由なものの考え方をする人にとっては住みづらいですよね。
 ていうか、この映画を観ていると、イランで生きている人たちの考え方自体が、あんまり、自由を求めていないように見えるんですよね。
 この映画の中に、叔父さんが子供の頃のマルジに、「いつかきっとプロレタリアが支配する時代が来るから…」見たいなことをいうシーンがあるんですよ。
 プロレタリアとか共産主義とか、そういう硬い話はよくわかんなんですけど、イランの人たちにとって、現体制を打倒して最終的に望んでいる世界が「支配のある世界」なんですよね。
 もちろん、「支配」の無い世界があるのかっていう話になると、まぁ、そういう世界は無いと思うんですけど、それでも、「何々が支配する時代が来るから」っていう仕方で、何者かによる支配が明確に打ち出されているあり方を理想系として望んでいるっていう時点で、なんか、もう、ねぇ…
 もちろん、ここでいう「いつかきっとプロレタリアが支配する時代が来るから…」っていう台詞は、共産主義的な思想を持つ人達が主権を握る時代が来るからっていう意味だと思うんですけど、そういう意味のことを表現しようとして、「プロレタリアが支配する時代が来るから」っていう言葉が出てくるのはちょっとおかしいですよね。
 日本とかヨーロッパだと、まちがっても「何々が支配する国を目指す!!」とは言わないですよね。
 やっぱり、「何々が主権をもつ国を目指す!!」って言うと思うんですよ。
 細かいことなんですけど、そういう言葉使いのちょっとしたところに、その国に生きている人の本質が表れるような気がするんです。
 まぁ、もちろん、私は字幕で見てますから、映画の中で使われているフランス語がそういう意味の言葉かどうかはちょっとわかんなんですけどね…
 さて、こういうふうに書いてくると、なんか、この映画、ものすごく暗くてダークなアニメみたいに思われてしまうかもしれませんが、実際には、あれですよ、扱っている内容は結構暗いですけど、作風はムチャクチャ明るいコメディなので、軽い気持ちで見ることができます。
 海外のアニメ映画って、当たりハズレがデカかったりしますけど、本作は「当たり」の部類に入りますね。

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