マイ・アーキテクト ルイス・カーンを探して
監督:ナサニエル・カーン
出演:ナサニエル・カーン、フィリップ・ジョンソン、ヴィンセント・スカーリー
時間:1h56

 「あの人はどんな人なのかよくわからない」
 我々は日常でこんな言葉をちょくちょく耳にしますし、自分自身で使ったりもしますよね。
 でも、この場合の「よくわからない人」って、具体的にはどういう人のことをいうのでしょうか。
 そのひとつの回答として、「その人が求めているものに持続性、および、一貫性がない人」ということが言えるかもしれません。つまり、ずっとラーメンが食べたいといっているから中華料理屋に入ったのに、いざ注文という段になって、いきなり天津丼を注文するような人です。
 以前、テレビで、長嶋茂雄がある人物と蕎麦屋に行ったとき、その人物にずっと「この店はねー、蕎麦が美味いんだよ、蕎麦が!」と言っていたにもかかわらず、店に着くなり「カツ丼!!」と言ったことがあるというエピソードを聞いたことがありますが、これもまた同様のケースでしょう。
 この『マイ・アーキテクト』は、二十世紀を代表する建築家の一人でありながら身元不明のまま駅のトイレで死亡したルイス・カーンという人物がどのような人であったのか、彼の死後にその息子が人物像を探るというドキュメンタリー映画です。映画の中では、実際に彼が作った建築を紹介しながら彼の人となりに関する調査が行われるんですが、その調査が進めば進むほど、このルイス・カーンという人物の不可思議さは増すばかりです。
 普通、ある人物の人となりというのは、その人物が人生においてどのようなことを為したのかという云わば「状況証拠」を増やすことで、その人物が持つ志向の一貫性が特定されて、おおよその見当がつくものです。
 しかし、本作で取り上げられるルイス・カーンはその手の人物ではありません。
 あるときには、きわめて実用的で温かみのある建物を設計したかと思えば、また別のときには、この上なく使いづらく暗い雰囲気の建物を設計します。三つも家庭を持っている割には、どの家庭においても家族との生身の関係を感じさせず、自らもユダヤ人であり、ユダヤ教の寺院の設計を請け負ったという点で宗教色の強い人物かと思えば、友人たちからは「独自の超越的な視線を持っていた」という仕方で形容されます。
 映画の中で示される彼の友人たちによる証言を聞く限り、このルイス・カーンという人物は「何がしたいのか」、「何に従っているのか」、「どこに向かおうとしているのか」といった部分に一切の一貫性が感じられません。
 この映画の最後に、このドキュメンタリーの製作者であり、ルイス・カーンの実子でもあるナサニエル・カーンは、父親の人生とその人となりについて「なんとなく理解できたような気がする」といった内容の発言をします。しかし、映画を見ているこちら側の人間にとっては(少なくとも私にとっては)、このルイス・カーンという人物は未だに謎のままです。
 映画を見終わった後も、「ひょっとしたら、本当にその場その場の雰囲気だけで生きていた人なのではないか?」そんな推測を見ている側に抱かせるほど、この映画が描き出すルイス・カーンは不可思議で読めない人物でした。

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