ニックス・ムービー 水上の稲妻
監督:ヴィム・ヴェンダース
出演:ニコラス・レイ, ヴィム・ヴェンダース
時間:1h26
ニコラス・レイという一人の老監督の死を、ドキュメンタリーとフィクションという二つの視点で撮影し、最終的に一つの作品として纏め上げた作品です。
小津安二郎を尊敬し、『東京画』『ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ』『ソウル・オブ・マン』などの優れたドキュメンタリー映画を製作しているヴィム・ヴェンダースですが、彼がカメラを通じて友人でもあるニコラス・レイの死を見つめる視線は、この上なく静かで穏やかです。
映画にしろ、小説にしろ、「死」を題材にした作品は概してその「死」を過剰演出してドラマティックに描きがちです。
倒れた彼女を抱きしめて「助けてくださ〜い!!!!!!」というのはその代表例ですが、そのように脚色された死ではない「ただの死」がこの映画の中には描かれています。
この映画の中に「生(なま)の目には希望があるが、カメラを通してみるとそれが消える」という台詞があります。
この台詞があらわしているように、レンズを通して撮影されたニコレス・レイの姿には死に対する「希望」という要素が全くありません。
そこに映し出されているのは、ただ日一日と衰弱していく一人の老人の姿です。
あまりにもありのままに「死」を映し出すヴェンダースの視線は、ある意味で、あまりにも冷酷なもののように感じられます。
ただ、この映画の中には、ニコラスの「死」と一緒に、映画を撮り続けるヴェンダース自身の中で次第に芽生えてくる自責の念も同時に描かれています。
ニコラス自身とこの作品を撮ろうと合意したはずなのに、この映画の撮影自体が他でもないニコラス自身にとって負担となっているのではないかという思い。
そんな思いを自責の念としてヴェンダース自身に抱かせるほど、撮影中のヴェンダースに対してニコラスの「死」が生々しく大きなものとしてのしかかってきます。
結局、ニコラス・レイは病によって亡くなります。
この映画はなんだったのか、この映画の背後にある意図はなんなのか、この映画が描き出そうとしている意味は何なのか、そういった類の問いはいくらでも立てることができます。
ただ、この映画に対してはそういった問いは「無意味」なのでしょう。
ニコラス・レイが死んだ。
ただそれだけなのだと思います。
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