リボルバー
監督:ガイ・リッチー
出演:ジェイソン・ステイサム、レイ・リオッタ、ヴィンセント・パストーレ、アンドレ・ベンジャミン、マーク・ストロング
時間:1h55

 近所のミニシアターで観てきました。
 サンミュージックに所属するお笑い芸人「飛び石連休」の藤井宏和が、Blogのなかで本作『リボルバー』のことを酷評していました。
 Blogを見る限り、この藤井宏和という芸人さんは非常に優しい方のようで、自分がつまらなかったと思う映画でも、なにかしらよいところをみつけてフォローしているのですが、この『リボルバー』に関しては、そういったフォロー一切なしで、バッサリ切り捨てていました。
 そんなにひどい作品なのかと思い、ネットで検索して、色々とレビューを読んでみたんですが、やはり評価はいまいちのようで、「よかった!!」と激賞しているレビューには一つも出会えませんでした。
 また、私が行きつけにしているミニシアターでも本作の上映は一週間で打ち切りなので、ミニシアター側としてもあまりプッシュしていない作品ということなのでしょう。
 そんな世間の低評価をあらかじめ頭に入れたうえで、実際に本作を観てみたんですが、この映画、そんなに低く評価されるような作品ですか?
 ていうか、私的にはむしろ、「いいんじゃない、これ…」っていう感じなんですけど、どうなんでしょう?
 映画の評価は完全に個々人の好みの問題ですし、たまたま、本作のようなタイプの映画を好む人がネットで書き込みをしていなかったということも考えられるんですが、でも、それを考慮したとしても、もうちょっと評価されてもいい作品だと個人的には思います。
 ネットのレビューを見る限り、本作を「つまらない」と評価している方々はおおむねその理由として「無駄に難解だ」という点をあげていました。
 でも、わかりにくいものはわかりにくいものとしてそのわかりにくさを楽しむっていうのも、映画の一つの観方だと思うんですよね。
 そうじゃなかったら、デヴィット・リンチの『インランド・エンパイア』なんて観れたもんじゃないですからね…
 確かに、ストーリーとして辻褄のあわないところがあったり、主人公であるジェイクや悪役であるマカの自己対話が多分に挿入されていたりして、ややこしい箇所は多々あるんですけど、それでも、このレベルのややこしさは十分に許容可能なレベルのややこしさだと思います。
 実際、物語の基本線である「ジェイクのマカに対する復讐」という部分はそのやり方も含めてきっちりキープされていますし、メインどころの登場人物にはそれ相応にちゃんとした役割が与えられていますから、途中で投げ出さなければ、本作に対する「自分なりの解釈」みたいなものはそれなりに構築できると思うんですよ。
 こういう書き方をすると、「じゃあ、お前はどういうふうに解釈したんだ!!」っていう話になりますけど、私的には、台詞の中だけで登場するサム・ゴールドという存在がキーポイントだと思いますね(ここから先は実際にこの映画を観た方じゃないと分からない部分が多々出てきますが、その点はご了承ください)。
 劇中では「悪の帝王」みたいな感じで扱われているサム・ゴールドですが、同時に、本作の中には、このサム・ゴールドを表現するいくつかのフレーズが用意されています。

・最大の敵は思いがけない場所に隠れている
・彼(サム・ゴールド)は自分であると思い込ませることができるか…
・(サムゴールドは)どこにでもいて、どこにもいない

 おおよそ、この三つがサム・ゴールドを定義づけるフレーズですね。
 劇中でのサム・ゴールドの扱われ方は先にも書いたように「悪の帝王」であり、彼に目をつけられたら誰も逃れられないような恐ろしい存在なんですが、そのサム・ゴールドがここに上げた三つのフレーズで定義付けられていることを考えると、このサム・ゴールドとは実際に肉体を伴ってこの世界に存在している人間ではなく、自分自身の内側にいてその人自身を破滅へと向かわせる人間の負の側面とでもいうべき非物体的な要素だと考えることができるでしょう。
 そして、そんな恐ろしいサム・ゴールドがうごめいているのが、劇中、似通ったものとして提示されている「チェス」と「ペテン」というフィールドです。
 これら二つの要素はジェイクを助ける(?)二人組みとして象徴的に表されていますが、映画の舞台となっているのはその勝敗において「チェス」と類似関係を持っている「ペテン」というフィールドであり、そのプレイヤーはジェイクとマカです。
 そして、両者の駆け引きが「チェス」の必勝法とリンクしながら物語が進行していくんですね。

・「最も効率のいい上達法は強者との勝負」…獄中でジェイクが経験する両隣の独房にいた人物(出所後にジェイクを助ける二人と同一人物)とのやり取り。
・「戦争の回避は相手を利するだけ」…マカから送られてくる刺客に対応するだけではなく、麻薬の強奪といった手段をこちらから仕掛けていく。
・「わざと自分の駒をとらせて相手に『自分は有能だ』と思い込ませる」…自分は優れていると相手に思い込ませながらこちらの罠にはめ、最終的に、相手を敗北に導く。

 このように、チェスの格言(二つ目はマキャベリが提示する人生訓)とリンクする仕方でストーリが進行するわけですが、この最後に出てきた格言に含まれる「『自分は有能だ』と思い込ませる」という部分に、劇中最も恐ろしい人物として語られるサム・ゴールドを読み込むことは不可能ではないでしょう。
 つまり、本作においては、サム・ゴールドを形容するフレーズの二つ目に出てきた「彼(サム・ゴールド)は自分であると思い込ませることができるか…」という一節と、「『自分は有能だ』と思い込ませる」というフレーズとを同一視することが可能だということです。
 このサム・ゴールドは先にも示したように、「彼に目をつけられたら誰も逃れられないような恐ろしい存在」でありかつ「自分自身の内側にいてその人自身を破滅へと向かわせる人間の負の側面」でした。
 そして、「自分は有能である」と思い込んでいるマカは、いつしかジェイク達が仕掛けた罠にはまり込んでドンドン追い詰められていきます。
 しかし、「ペテン」というフィールドでプレイヤーとしてマカと戦っているジェイクにも、マカと同じようにサム・ゴールドの誘惑は訪れます。
 自分は有能であると思い込み、反対にマカの手玉に取られてしまうという可能性が生じるんです。
 しかし、ジェイクは、そんな自分の中のサム・ゴールドを、停止したエレベーターの中でなされる自己対話によって振り払います。
 そして、この段階で、ジェイクとマカの違いは決定的なものになります。
 停止したエレベーターがふたたび動き出し、ドアが開いたところでマカはジェイクに銃を突きつけ、Fear me!!(俺を恐れろ!!)と絶叫します。
 自分を有能であると思い続け、みずからの内にいるサム・ゴールドに取り込まれたマカは、最も恐ろしい存在であるはずの自分自身を恐怖するようジェイクに要求するんです。
 しかし、サム・ゴールドの呪縛を振り切ったジェイクにとって、サム・ゴールドに取り込まれたマカはもはや恐怖の対象ではありません。
 冷静な眼でマカを見据えたジェイクは、銃を構えるマカの横を何もせずにスタスタと通り過ぎます。
 本作の最後のシーンで、マカから奪い取った麻薬を持ってきたジェイクの前で、マカは最後の切り札としてとっておいたジェイクの姪に銃口を向けます。
 しかし、みずからの内なるサム・ゴールドに取り込まれたマカは、彼をただ黙って見据えているジェイクを前に、その視線に耐え切れず銃口を自分の頭に向けてみずからを打ち抜きます。

 一応、これが本作に対する私自身の解釈です。
 マカに敵対する中国マフィアの存在や、ジェイクと共に行動する二人組みの振る舞いなど、不十分なところは多々ありますが、この手の映画は、わからないなりにも自分独自の解釈を作り上げることができるあたりにおもしろさがあると思いますね。

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