中国の植物学者の娘たち
監督:ダイ・シージエ
出演:ミレーヌ・ジャンパノワ、リー・シャオラン、リン・トンフー
時間:1h38

 土曜日に近所のミニシアターでみてきました。
 それほど大々的に宣伝していたわけでもないのに、休日ということもあってか、なかなかの客の入りでしたね。
 さて、内容についてですが、この作品、いわゆる「レズもの」です。
 『バッドエデュケーション』にしろ『モンスター』にしろ、同性愛系の映画ってあんまりはずれがないですよね。
 今まで何作か観てきましたけど、つまらなかった記憶がないですね。
 90年代の中国、人里はなれた植物園でチェン・アンという娘と共に暮らす植物学者のもとに、ある日、研修生としてリー・ミンという若い女性がやってきます。幼い頃に母親を亡くし、強権的な父親のもとで、助手のような生活をしてきたチェン・アンは、自分と同じように幼くして母親をなくしたリー・ミンにいつしか特別な感情を抱くようになります。未だに古い考え方が根強く残る中国社会のなかで、二人の愛情は決して受け入れられることはなく、いつしか、二人は破滅的な最後に向かって収束していきます。
 大まかに言うとこんな感じのストーリーなんですが、この映画って、たぶん、二通りの解釈ができると思うんですよ。
 一つ目は、谷崎潤一郎の『卍』のように、非常に耽美的な純文学的作品として解釈するやり方。
 そして二つ目は、90年代にしていまだ閉鎖的な雰囲気を堅固に維持している中国の社会的な閉塞性に対する批判として解釈するやり方です。
 私がみているときも、最初は、主役を演じている二人の女優さんの美しさや植物園に独特のしっとりした雰囲気にみせられて、シンプルな文芸作品なのかなと思っていたんですが、やっぱり、ところどころに挿入される「男性優位」的な表現がすごく印象的に刺さってくるんですよね。
 チェン・アンとずっと一緒にいるためにアンの兄と結婚したミンが、新婚旅行の初夜に、アンの兄から「お前、処女じゃないな!!」というとんでもない理由で攻め立てられ、DV的な仕打ちを受けるところや、アンが父親に召使のように扱われているシーンなど、そういうシーンを見るたびに、なんか、ちょっと、「う〜ん…」みたいな感じになっちゃうんですよね。
 90年代っていうと、日本でいえば、ジュリアナとかが流行っていて、ボディコン系の露出の多い服を着た女の人が、自分のファッションの過激さを人前で競うように踊り狂っていた時代だと思うんですが、海を一つ越えた隣の国では、未だに昭和初期のような倫理観がガッツリ生きていたと思うと、やっぱり、ものすごく「異文化」を感じてしまいます。
 しかも、この映画のラストで、この二人、アンの父親を殺してしまったという罪で死刑にされてしまうんですが、そのとき、死刑判決が下される大きな原因となった部分に二人が「同性愛者」だったっていうところがあるんですね。
 確かにね、「殺人」はダメですけど、なんかねぇ、映画を最初から最後まで観てくると、この「死刑判決」は、本当に、やるせない気分になります。
 結局、「愛」に重きを置くか「形式」に重きを置くかの違いだと思うんですけど、感情が作り出した「愛」ではなく、社会が作り出した「形式」に重きが置かれているあたりに、90年代当時の中国の非啓蒙性というか、融通の気かなさみたいなところを感じますね。
 この映画、中国では公開されたんでしょうか?
 先にも書いたように、観ようによってはすごく社会的な映画とも取れますし、仮に、社会的な映画として解釈した場合には、けっこう強烈な中国批判を展開している映画と取られても仕方ないと思うんですけどどうなんでしょう。
 仮に、こういう映画がオープンに公開されているとしたならば、中国の社会的な気風もだいぶ変わってきたと考えることができるかもしれないですけどね。

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