やわらかい手
監督:サム・ガルバルスキ
出演:マリアンヌ・フェイスフル、ミキ・マノイロビッチ、ケヴィン・ビショップ、シボーン・ヒューレット
時間:1h43
近所のミニシアターでみてきました。
以前、TBS系で放送している『NEWS23』でオスギがこの映画を絶賛していました。
そんなオスギが、先日、『笑っていいとも』のオープニングで「私の彼は18才!!」と言っていました。
さて、この『やわらかい手』、ストーリー的には非常にシンプルですが、作品としての深みはなかなかのものがあります。
死病に冒された最愛の孫を助けるため、主人公であるマギーは手で男をイカせる風俗店で働き始める。最初こそ戸惑うマギーだが、彼女は自分でも気づかない“ゴッド・ハンド”の持ち主であり、いつしか、平凡な主婦だったマギーの前に新しい人生が開けていく。
大まかに書けばそんな感じのストーリーなんですが、この映画の見所をどこに持ってくるかっていうのは、人それぞれによってものすごく差が出るところだと思います。
単純に「愛」の映画としてみることもできるでしょうし、ちょっと普遍化して「目的と手段」なんていう観点から観ても面白いと思うんですが、私個人としては、どうしても「女の強さ」と「男の弱さ」という対比関係が目に付いてしまいます。
具体的には、孫を助けようと風俗店で働くマギーのあり方、マギーが風俗で稼いで渡したお金を迷うことなく息子の治療に使おうとするマギーの義理の娘のあり方、マギーが風俗店で働いていたという現実を受け止められずに散々取り乱すマギーの息子のあり方、この三者の対比関係に、「女」と「男」っていうものがものすごく象徴的に表されている感じがするんですね。
一人の男の子が死病に置かされて今すぐ治療を施さないと死んでしまう。そんな現状を前にしたとき、「女」という生き物は「手段の善し悪し」、「周囲の自分に対する評価」、「つまらない倫理観」といった瑣末なことがらを全てかなぐり捨てて「子供を救う」という目的を達成するために猪突猛進できるんですよね。
それに比べて、「男」という生き物は、「自分の息子が死ぬ」という状況にもかかわらず、「金の出所」、「金の稼ぎ方」、「周囲の評判」といったどうでもいいような倫理的問題に固執してしまうんです。
この感想を書いている私も男なんですが、これはねぇ、やっぱり、「男」と「女」の最大の違いですし、「男」が「女」を恐れる最大の理由だと思うんですよね。
極限状態に置かれたとき、「一瞬で全てを捨てられる」。
これは怖いですよ。
もちろん、極限状態に置かれるなんていう状況は実生活ではなかなか無いですけど、日常生活の中でも「女」がそれまでの文脈を全て一瞬で放棄する瞬間に出会うことってありますよね。
「ラーメン食べたいなぁ…」って言うからラーメン屋に入ったのに、いきなりエビチリとチャーハンを頼んだり、「エヴァが観たい」って言うから二人でDVDを借りたのにビデオ屋を出る頃にはもうほとんど冷めていて他のDVDを物色していたり、こういう些細なところにも、瞬間的にそれまでの文脈を完全に放棄するっていう「男」には理解できない「女」の思考パターンが見え隠れします。
話がちょっと逸れてしまいましたけど、この『やわらかい手』の中に描かれているマギーの行動の奥には、「男」が決して理解できない「女」のロジックが垣間見えます。
そんな「女」のロジックが秘められた映画を絶賛したオスギの心境を、私はどのように理解すればよいのでしょうか。