230 美川圭 中公新書1867

院政


院政  院政は、上皇(太上天皇)が実権をにぎり政治を司る体制である。その上皇は、757年の『養老律令』儀制令に定められ、持統が最初に上皇呼ばれている。唐を参考にして「天皇」とほぼ同時期に定められたようである。いわゆる白川院政時期より前にも上皇は16人いて、奈良時代に5人、平安期に11人である。

 平安時代に上皇が多く出たのは「摂政」という制度に関わりがある。藤原良房が人臣最初の太政大臣となり更に9歳の清和天皇の摂政となった。彼は天皇の外祖父にあたる。その後、清和天皇が譲位して陽成天皇となり外伯父の基経が摂政となるが、ここで摂政と上皇が共存した。このように実権をもつ摂政或いは関白側の都合で天皇が譲位させられたので、上皇が多数生まれたのである。この摂関政治とは天皇の身内(外戚、父院、国母)などが権力の中枢を掌握する体制と言える。同時に政務自体が儀式化してゆく。

 道長には娘が多く殆どが王家に嫁いだので摂関政治の全盛を迎えたが、次の頼道の代から新勢力の閑院流藤原公成や村上源氏顕房がその娘の入内を果す。しかし国政の主要公卿に自流の占める割合が低いために政治の中枢は握れず、身内政治(摂関政治)はできなかった。そして170年ぶりに藤原氏を外戚としない後三条天皇が誕生した。その在位は4年であり白河天皇に譲位して上皇として5ヶ月あったが、著者はここに院政を敷いたとは見ていない。

 白河天皇が堀川天皇へ譲位して上皇なっても、直ぐに院政が始まったわけではない。堀川天皇が譲位し鳥羽天皇となったとき、その摂政の座を閑院流と争っていたい摂関家の忠実を白河上皇が指名したことで、上皇の権威が向上した。更に後三条天皇の末裔である輔仁勢力を呪詛事件で排除して、白河上皇は家父長権を確立した。その上皇(院)の権限とは、先ず天皇の選定権を持ち、さらに間接的に朝廷の人事権を握ったことである。その人事は「任人折紙」というメモを天皇や摂政に渡すことでなされ、私的な院御所の院司(職員)を公的な太政官とすることで朝廷組織を掌握した。この院司たちが「院近臣」、ブレーンであった。また、私的軍事力として院御所の北面衆、武士団を置いた。

 摂関政治の頃、寺社が荘園を拡大し、それを守るために僧兵が強化された。藤原氏が荘園集積に積極的になったのは摂関期が終った忠実の時代である。この荘園管理のため摂関家政所が充実し、荘園からの富は宇治の都市整備に使われた。これが白河法皇の反発を惹き起こし、忠実罷免へと繋がる。その少し前の堀川天皇時代に白河法皇が荘園を集積し始め、白河地区の六勝寺群の整備に使われた。院御所として鳥羽殿も整備した。このとき荘園集積に力を発揮した受領階級の末茂流藤原氏である顕季が台頭する。

 本は、後三条から白河−鳥羽−後白河院政にいたる時代の、複雑な姻戚関係やら権力闘争などを細かく書いている。ケノ的興味を引いたのは、「崇徳天皇=叔父子」説である。鳥羽の子である崇徳は実は祖父白河上皇の子であったという『古事談』の記載であるが(辻『西行花伝』は鵜呑み)、それは鳥羽天皇もある時期までそうは思っておらず、閑院流との権力争いの過程で、美福門院(得子)=摂関家忠通が流したデマだと著者は断じている。

 摂関家の内紛と王家の継承争いから発した保元の乱、その戦後処理をめぐっての平治の乱を経て平氏が権門として成長した。後白河法皇と平清盛とは暫く協調していたが、平滋子(建春門院)及びパイプ役であった平重盛の死により両者に亀裂が生じ、関白基実未亡人である盛子の知行国越前の取り扱いをめぐって決定的な対立が生じた。そして清盛は後白河上皇をあの鳥羽殿に幽閉し、院政を軍事的に停止させたのである。これによりいわゆる院政期は終る。

 本は、更に復活した後白河法王と後鳥羽上皇の院政へと筆は進む。鎌倉武士団との緊張やら後鳥羽上皇の文化政治の記述も面白いが、ここでは承久の変以降の形式的な「院政」をまとめよう。事変で後鳥羽と順徳の両上皇は隠岐の島へ流される。その後、院からの宣旨に効力がなくなり指揮権の発動は幕府が握る。更に皇位の選定権まで幕府の意向が働くようになっても院政は残ったのである。それは関東申次や院伝奏などにより幕府の制御された形式的な院政であった。面白いことにこの時代になって「治天の君」という言葉が生まれている。

 この「制度化された院政」も後醍醐親政と南北朝を経て、足利義満の時代になって、制度的に完全に院政が終ったことが、その公的文書の変遷により象徴的に示される。即ち、公文書と成った「院宣」−「リン旨」−「御教書」である。

 本は、院政の名を借りた中世政治史である。政治組織や文書様式などの朝廷政治の実体やら、20ほどの貴族の日記の引用やら、多数の家系図やらと、多角的な視点から中世権力の変遷を見せてくれる。本の帯にあるような「壮大なスケールで日本政治史を活写する」は大げさにしても、ボリュームのある内容に大いに満足できる本である。ケノの今年の収穫ベスト3に入る。オススメである。

[#230: 06.12.03]


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