322 樺山紘一 中央公論社

ルネサンスと地中海


ルネサンスと地中海  ルネサンスというとJ.ミシェルが「文化の更生」の意味で学術用語とし、ブルクハルトが「文化の復古再生」と再定義して「近代の出発点」として位置づけたが、今では様々の反論が出ている。(1)中世から欧州で様々の文化運動はあったし、(2)欧州にはなかったが地中海世界には古代が継承されていたし、(3)何よりルネサンスの知性の核心は占星術と錬金術であり、(4)ルネサンスと近世とは近いものではない、ということである。これらの反論に沿うように樺山氏は、ルネサンスの春・夏・秋を綴っている。

 中世からの文化運動として、ノルマン公国によるナポリとアマルフィでのイスラム国と交易、第四次十字軍により成ったラテン帝国とヴェネチアとの交易、竜骨などの航海技術進歩と中世商業革命、イスラム技術導入による窯業・商業・金融業の進歩、都市の成長と近隣農業支配などを挙げる。このように古代文化の継承者の一つはイスラム教国家であった。こうして文化の成熟に向うが、1347年に欧州を黒死病・ペストが襲い人口の 1/4から1/3 を失うに到り、フィレンチェに春が訪れるまで二十年以上待たなければならなかった。

 もう一つの古代文明の継承者はビザンチン帝国であった。オスマントルコ侵入の脅威が迫る中、ビザンチン皇帝は欧州に救援を求める使節団を送る。中にベングリオンが居てイタリアにギリシャ語学習熱が起こり多くの古代ギリシャ文献がラテン語に翻訳された。フィレンチェにはプラトン学院が設立された。やがて2回目の使節の一員であったG.プレトンにより新プラトン主義哲学が講演されるや、宇宙(マクロコスモス)と人体(ミクロコスモス)との照応関係を根拠に種々の魔術が最新技術として注目されたのである。話は込み入るが、ギリシャ語文献として流入した物の中にヘルメス文書あった。これをプラトン学院長フィチーノが新プラトン主義哲学の真髄であると誤解した。こうして占星術と錬金術が大いに広がったのである。

 ルネサンスの三大発明は活版印刷・火薬・羅針盤といわれるが、何れもルネサンスそのものの技術ではない。活版印刷はドイツの合金職人グーテンベルグが開発した。合金技術はイスラム科学たるアルケミに基づく。火薬はモンゴルからイスラム経由でイタリアに伝わった。羅針盤もイスラムからの技術である。とはいえ、火薬を利用して火縄銃を作り更に大砲を開発した。これら都市のアルテという組合に所属する職人の手によってなされた。13世紀には航海技術が進歩してポルトラーノ海図が描かれていたが、同じ頃コンスタンチノープルで再発見された2世紀頃のプトレマイス世界図が15世紀初頭に復元写本としてイタリアに入ったことが切欠となって種々の地図法が試みられ、15世紀半ばには地球儀まで登場するほど地理学が進んだ。

 絵画も建築も都市の職人組合の職人が製作した。中にはパトロンに雇われて組合から独立できた天才もあった。いずれにせよ、これら文化を支えるパトロンがいて、それはルネサンス期の教皇であり都市のシニョレであった。イタリアは10ほどの小国があって、共和国・公国・教皇領・ナポリ王国と独自の体制をとり対立があったが、対トルコの点で一致し1454年にローディの和がなった。しかしシニョレ制に似た強力な王権国家がイタリアの周囲に誕生し、覇を争うようになった。イタリア戦争で1527年にカール5世がローマに侵入し「芸術作品としての国家」が掠奪されたのである。ルネサンスはドイツ・フランス・スペインへと拡散した。面白い指摘は、イングランドでは何故か新プラトン主義に興味が持たれたという点である。オカルトが流行る共通点があるとまでは言っていないが。

 その後、本書は16世紀後半、レパント沖の会戦でトルコから制海権を奪還し、地理上の発見と相まって欧州が大西洋に出て行く様を描く。イタリア商人は金融業に活路を求め、スペインを追い出されたユダヤ商人がヴェネチアに集まった。宗教改革と対抗宗教改革が起こって、とうとうルネサンスは埋葬される。1600年に新プラトン主義者J.ブルーノが処刑された。こうしてルネサンスは過去のものとなったのである。

 ルネサンスをもって近代の始まりとするのは如何にも図式化がすぎるが、そう習ってきたし、幾つかの反例を知りながらも分り易さの点から図式を変えようとは思わなかった。しかし上記のように前後にかなりのスパンがあったのである。ルネサンスを地中海世界の中で位置づけると見えてきたという次第。最後に、宮崎定市の文明伝播に関する枠組み假説(ケノ的には「世界は"ヘ"である」)が参考になったと書いている。

 20年前の本書がブルクハルトの図式が間違っていることを指摘している。翻って自己の頭を覗く。世界の見方を変えなければならないことに目を覚まされた思いである。一昨年の夏に思い立った「海の日のために海の本を読む」という読書領域拡大方針が実を結んだようだ。更に、連休にはハードカバーを読め、という一般則の妥当性も示された。とは言え、本書は文庫本となった。定番になったわけで、普通の読書人の常識となっていることを意味する。「俺は20年遅れかな?」と心配の向きは読む必要があるかもしれない。

[モナ丼 #:322: 2012.01.21]



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