あけましておめでとうございます。本年もモナ丼とよろしくお付き合いの程を。
正月休みは9日もあるんで、まとまったことをしようとアレコレ思い巡らせていたのですが、出てきませんねェ。たっぷりあるなぁと思っていた正月休も半分を過ぎました。今日まで結局、積読台から本を適当に選んで読んだくらい。今後予定が入っているのが2日ありますので、残るは実質2日ということです。で、とりあえず中間報告。
○ B.サイクス『イヴの7人の娘たち』ソニーマガジンズ
細胞のミトコンドリアにあるDNA(m−DNA)は、細胞核のDNAと異なり母方の遺伝子をそのまま受け継ぐ。そのうちの機能を発現しない領域に安定な所があって点突然変異を起こすが、丁度都合よく1万年単位の履歴として使える領域を見つけた。DNA抽出の技術とPCR(増幅技術)を組み合せてすれば、先史時代の出土した骨や歯茎からm−DNAを復元することもできる。これで現在の地球上の人類の系図が調べられるのだ。
「イヴ」とは、ネアンデルタールとクロマニヨンが分れた時の最初の母親のことだ。ミトコンドリア・イヴという。アフリカで進化したようだ。ヨーロッパ人はその子孫(現在31)の7つの型にはいってしまうという。面白いことにアフリカで10程度の分化が起き、ユーラシアに入ったm−DNA型の種族はたった1種しかない。ララと名付けられている。その他、ポリネシア人の移動順路などもm−DNA的に明瞭となった。
本は、これらの発見を時間順に物語として書く。ケノのいう所のストーリー型(発見の喜び分かち合い型)である。門外漢として乗り込んだ学会からの反発や、昔の宿敵が別の方法(Y遺伝子のDNA=父の系列)から同じテーマを検討した結果の発表など、ハラハラドキドキの場面も用意されている。確かに面白い。でも、根拠とする技術の説明が十分ではないという恨みがある。基礎技術は他に解説があるので省いて良いとしても、論旨の核となる部分が書き足りないのだ。すなわち、何故時間が計れるのか、何故進化の順番が分るのか、という点。
面白いから「こんな本読んだ」に紹介記事をのせようと思うのだが、A+B=CのBが出ないので放置しておく。
○ 護 雅夫『古代遊牧帝国』中公新書437 (昭51年7月発行の古本)
古代中国の背後にありながら実は東西の交渉に重要な役割を果たしていた突厥帝国の歴史を扱ったもの。五世紀後半、鉄と馬を武器に柔然を倒してモンゴル高原に覇を唱え、ササン朝ペルシヤや東ローマ帝国と交易する都市国家を支配して突厥帝国は栄えた。五胡十六国に分裂する中国を威圧するが、隋との戦いにやぶれて東西に分裂した。更に下って唐の支配に屈する時もあったが、西突厥帝国は再度力を持ち8世紀後半、ウイグルに滅ぼされるまで続いた。本は、国名(突厥=チュルク=トルコ)由来の論争やら突厥文字とソグド文字との関係など、やや理屈っぽいところはあり、またやや古風な言葉遣いだが、概して読みやすい。ただ本の題名と内容が違うし、東西交渉の重要性からすればチュルクよりソグド胡商の方を買ってるようで、どうもネ。
○ 宮崎 市定『大唐帝国』中公文庫M227-7(昭和63年9月発行の古本)
これもタイトルが違うが、こちらは内容のほうが広い。後漢の末期に始まり、三国、五胡十六国、隋、唐、五代を扱う。景気循環史観とでも言うべき捉え方で、好景気の漢と唐の狭間の長期的な不景気の時代を「中国の中世」と呼び、古代で安定であった制度が壊れ近世の新たな制度確立までの格闘の時代と見なす。始めのうちは詩を引いたり、三国志演義を抜粋したりとユッタリ始まるのだが、五胡十六国になってから殺す・殺す・殺す、誅殺・暗殺・毒殺・皆殺しの連続である。隋も唐もその延長上にあると言いたげだ。しかしイヤな感じはない。実は魔法をかけてあるからだ。三国志演義から、陣地の幕の内側で戦況を聞いて関羽が戦いに赴く場面を抜粋してある。これが効いている。現実を想像せず架空の物語のように人の死を思うよう誘導する配慮がしてあるのだ。宮崎市定は大歴史学者だが、それ以前に凄腕の筆の人のようだ。400頁強を一気に読ませてしまう。超お買い得な本だった。
多分、中公文庫の宮崎市定の本は全部読むことになるだろうなぁ、歴史に興味が湧くのが遅そ過ぎたみたい。今年の当面の課題がみえたような…早速、フランクリン・システム・モドキのミッッション・ステートメントの書き直しを検討しましょ。
ではまた。
まいど。
とうとう今日で正月休も終わりです。旅行もせず、ゆっくりできました。でも、あと1週間くらい休みが欲しいですね。年始の集まりへ行くついでに中央アジアの遊牧民国家についての本を2冊購入して、読み始めました。
○ 沢田 勲『匈奴-古代遊牧国家の興亡』東方選書31
○ 小谷 仲男『大月氏-中央アジアに謎の民族を尋ねて』東方選書34
あれ?アンマリ面白くないですね、何故? 宮崎市定と比べてスピード感がないんですね。歴史に興味が湧いたのではなくて、宮崎市定の文章が良かったんだって気付きました。で、方向転換しようと考えていたら正月休が足りないってわけです。
楽天に出ている EZ-SEEK という検索で古本を見つけて購入しました。1月2日に購入申しこみをしたら5日には届きました。
○ 井筒俊彦『神秘哲学(ギリシャの部)』光の書房(昭和24年)¥3,000
ホントは中央公論のが欲しかったのですが、これ一冊が検索にかかってきました。慶応大学文学部助教授時代の本ですよ。印刷はもちろん正字。會社・哲學・實體・對應關係なんて字面が並んでます。嬉しくなって即読み始めたんですが、即瞑想してしまいましたね。アハハ。と言うわけで、いよいよ
○ C.T.タート『覚醒のメカニズム』コスモス・ライブラリー
の精読に入ります。と、決意したは良いものの後で軽い本を読んだりするんだわ、ケノの事だから。
最終報告は次ぎの如し:宴会も含めて飲んだワイン5本、スパゲッティ6皿、泳いだ距離10km/3回、体重増減なし、HP更新3回、読破数5冊、最大減点=外出が少なかったこと、休日度総合評価:可。
ではまた。
どうもう。
マイKル・Sティが80%OFFセールをやるってんで、ケノもノコノコ行きました。あっ、プールのツイデですヨ。いつものように会社が引けて、Jムス山のSティにあるXAスに飛ばしていったら、道がムチャンコ混んでるんです。で、新聞で読んだことを思い出したんですが、もちろん先に泳ぎました。でも、気になって何時もより早目に上がって、Sティの雑貨売り場に行ってみたら、何と80%OFFとはワゴンの上の物だけ!夜8時頃には何にもありませんって。他は通常どおりの価格でした。衣類や食料品は見てません。
店内はやや混み合ってまして、アナウンスで駐車場から道路にでるまで30分から1時間かかると。9時閉店でしょ、こりゃ遅くなるとモット時間がかかるなぁと考えすぐ帰りました。でもね、まだSティに来る車がタクサン居るんです。あの人達が80%OFFはワゴンの上だけだと知って怒り、9時に一斉に帰ろうとして大渋滞となり、最後に暴動が起こるんじゃないかって心配でした。
何かあったというニュースは伝わってきませんので、それはそれで良かったとは思います。だけど、客はSティにスゴイ不信感を抱くでしょうね。全国紙1面中央の囲み記事でアレですから、公正取引委員会モノの不当表示に当たらないともいえないかも…。
プール目的のケノ!にとっては渋滞しただけ損な1日でした。10000円のA5サイズ・ダヴィンチが 2000円、2400円のワインが 480円だ、なんてヨダレなんか垂らしてませんよ。アァ〜ッ。
ではまた。
まいど。
木曜日の夕食が終わりかけた頃、TVを何気なく見ると料理番組がかかっていた。それが次ぎのトマト味雑炊のレシピ;
ケノは一度食事が終わったというのに作って食べました。オレガノがなかったのでバジリーコにしましたが、美味しかった。複雑な味のするピッザマルゲリータだけど、ご飯がサラサラって感じで口の中を通って行く。ときどき大根をサクサクと噛むことになるけど、多分これがなければ面白くない味かもしれない。…というわけで満腹になりましたよ。
で、ケノは余計なことを考えました。スパゲッティの具やピッザのトッピングで、スープに出来るものは全て雑炊にすることが可能ではないかと。ボンゴレは、ビアンコでもロッソでもアサリ雑炊にできることは直ぐ想像されます。また、チキンコンソメスープにご飯を放り込んでも多分OK。これはバリエーションが大きい。更に、バター味やミルク味とご飯とは意外と合いますから、カルボナーラ風味のミルク雑炊も可能ですね。ベーコンを鮭に変えると石狩鍋雑炊だわ。鶏に変えると明日香鍋雑炊。浮かぶ、浮かぶ!
スパゲッティの買い置きがなくなった時でも、ご飯があればイタリアン!なのだ。待てよ、これってニョッキスープやマカロニスープのパスタをご飯に変えるやり方だな。問題は、酸味の取扱いと、アンチョビ味ベースで匂いを香草でマスクしたようなスープが可能かどうかって事。これは想像できないので試して見るしかない。早速、今日のお昼ご飯から始めよう。上手く行ったらレポートします。
というわけで、急に料理研究家になるケノでした。ではまた。
【追加レポート】
お昼ご飯は、アサリがあったのでボンゴレ・ビアンコを作りました。ニンニク2カケのみじん切りで香り付けしたオリーブオイルにアサリを放り込み、白ワインをジャバジャバ入れて酒蒸にします。具を2つに分け、一方は普通にスパゲティーニとからめてボンゴレに、もう一方はチキンコンソメを薄めに溶いたスープを足して伸ばし、ご飯を入れて雑炊にしました。共にマジョラムを振って完成です。予想通り美味しく出来ましたよ。証人も2人居ますし。
どうも。
金曜日の飲み会もチャント終電には間に合い帰ってきました。土曜は朝から読書です。例の『覚醒のメカニズム』を読んでいるのですが、訳がヒドイですね。読みにくい読みにくい。特に第1・4・9・10章は誤訳だらけ。C.ウィルソン『ユング−地下の帝王』の安西某訳以来の代物ですね、これは。C.ウィルソンの場合、中村訳は読み易いのでチョットは救いがありましたが、タートとなると本の数が少ないので、タートの日本での評価に損ですね。
一番の迷惑を被るのはモチロン読者です。ニューエージ系の読者は本屋にナメられているのかも知れません。ほら、「自己○○セミナー」なんてのは、1回の受講料が数万円からするでしょ。その頭の弱い連中が本を買うに違いない、とマーケッティングしてるんだ、きっと。
で、ちょっと休憩を含めて BOOK_MARKET の古本から2冊を今日までに読了。
そうそう、ご飯さえあれば何でもイタリアン−プロジェクトは、気持ちだけ継続中です。ミルク雑炊へのチャレンジの決心がつかないでいます。というのも、ホワイトソースを完全マスターしていないから。というわけで、明日あたりは、茸とチキンのホワイトソース・スパあたりを再検討するのだ。
ではまた。
どうもぅ。
今日は車の免許更新に行ってきました。住所変更がないので写真もいらずコピーでOK。優良運転ナンタラのため手続きも早いものでした。反省点は、更新センターの無料駐車場に入れず、空車待ちを嫌い有料(500円)駐車場を使ったこと。5年後は9時前到着を心がけるべし!(←きっと忘れてるでしょうが)。
さて帰りはそのままプールへ直行です。上級者コースで泳いでいる爺さん婆さんを蹴散らしてノンストップで 4000m 泳ぎました。ズッとマイペースで泳いでいるので、練習−上達というサイクルとはもう無縁になったと思ってたんですが、あるんですね。前回、隣のコースを泳いでいたニーちゃんが、長距離型のユックリ・クロールながらキックターンをするのです。これがカッコ良くて、今日、その真似事をやってみたら、まぁ上手くできちゃった。まだ4・5回に1回はターンをミスしますが、1500m までなら息も苦しくありません。また水泳が面白くなってきましたよ。
練習は質の転換をもたらします。ケノはクロールのブレスは3回に1回づつ左右を入替えてやります。キックと腕のロールもブレス前にアクセントがありますので、言わば6拍子で泳いでいます。思い返すと、このスタイルになるまでは泳ぐのは大変キツイ運動でした。で、意識して練習し、今やブレスやキックを意識することはなくなりました。自動化したわけです。表現を変えると、身体感覚と運動感覚を大脳処理から小脳処理へと移管したのです。練習とは小脳の処理法を【更新】することに他ならないのです。もちろん筋肉も付きますが、そこは捨象します。
運動に限らず言動一般さらにはライフスタイルも【更新】できるでしょうねぇ…。半疑問文としたのは、運動が小脳という特定器官に限定できそうなのに対し、言動は大脳の多くの領域が絡む複雑な更新となるからで、脳機能の特性から訓練−上達を説明しにくいのです。仕事のやり方など或る年になるとナカナカ変えづらいものですが、それでも意識して変えようとすれば更新できるでしょうねぇ。
免許更新ということは、誕生日が迫っているということです。何か貰えるから待ち遠しいというのではなく(あっ、ケノは頂き物を拒否しません)、ケノの年中行事=今年の願いをしたためる時期となったわけです。年始以上に神聖なる時であります。ライフスタイルを良きものへと更新するために、心がけるべき点を書き出しましょう。昨年夏バイブルサイズ手帳にフランクリン・システム・モドキを設えての始めての更新ですから、何か心に残る儀式をすべきだと考えます。祭壇にお神酒をおいてお供え物をしましょう。そうそう、実用的なものが良いので、ワインとチーズにしましょう。ヲイヲイ、それじゃ毎日やってるじゃん、今年も大望は浮かばないみたいですね。
ではまた。
まいど。
ご飯があればいつでもイタリアン−プロジェクト(第3弾)は、明日香鍋雑炊です。本物の明日香鍋(和風の合せダシ)より濃厚ですが、ムチャ簡単なのだ。先日、教育TV(20:00〜)で「ミルク・リゾット」というものをやってました。同じようなことを考える人はいるものですね。で、ケノの安易な作り方は;
鶏肉をレンジにかけるのは、油を落とすためと調理時間を短くするためです。オリーブ・オイルとバターを混ぜるのは、香りを付け且つ動物性脂肪の量を減らそうというコンタンですね。塩・胡椒の代わりにクレージー・ソルトを使うと風味が深くなります。やってませんが、パルメザン・チーズを入れると複雑な味になって、高級感?が出そうですね。で、結果はバカ美味! トマト味や海鮮風味以上にミルクはご飯と相性が良いみたいだわ。これケノの定番にしましょ。
コンソメは安易な旨味ツールですね。昨日は、すき焼きを作ったのですが、旨味ダレの生成に失敗しました。あっ、ダシを入れて食べるのは邪道です。具を入れる前に、軽く炒めた肉と砂糖と醤油を入れて蒸し焼きにして「旨味ダレ」を最初に自前で作るのが「正しい」すき焼きですよ。わざと難しく言うと、最初に肉汁や醤油からアミノ酸をだし、そのアミノ酸と糖によるメーラード反応でピラジン類やチアゾール類の香り成分を出させるのです。昨日は、それが十分に行ってない時に待ちきれず野菜などを入れて薄めてしまったのが失敗の原因です。で、ビーフ・コンソメを入れて旨味を強化しました。まぁ何とか食べられるモノにはなりましたが、トホホ。
こうして牛肉の消費に努めているのですが、それでも牛肉の消費が落ちているようですネ。関西では肉と言ったら牛肉を意味します。間違えないように「ブタ饅」と豚肉であることを明記します。いつもは「肉うどん」を食べているからです。一方、関東では肉とは豚肉のことで、いつもは「肉まん」を食べているので、牛肉を使った場合「牛丼」と誇らしげに記すことになります。要するに関西の方が牛肉の消費が多いので、その消費ダウンの影響もまた大きかった。で、雪印食品関西ミートセンターが安易な売上確保に走ることになる。オーストラリア肉を国産牛用の箱に詰め替え、狂牛病対策である国産肉の買い上げ制度を悪用するわけです。辻褄合せのため、新潟の同系会社からシールを入手し、また西宮冷蔵には在庫証明の偽造をさせるという組織的計画的な犯行です。嘘は安易な説得ツールですが、バレルと怖いことになりますね。
この手の説得ツール(嘘)の最も上手な使い手は、官僚や政治家でしょ。初日のアフガニスタンン復興NGO会議へのピースウィンズジャパン(PWJ)及びジャパンプラットフォーム(JPF)の参加へ横槍が入った事件なんか典型的です。両NGOの代表を務める大西健丞氏が外務省を批判する記事をどこかの新聞に載せたところ、1月19日、重家 外務省中東局長から大西氏に電話があって「鈴木宗夫議員が記事に怒っているので謝罪せよ」と。大西氏が会場に出向き復興会議への登録をしようとすると、宮原信孝 外務省中東2課長が「出るのをやめてくれ、課長より上位の決定だ」と伝えたと言う。この経緯の報告が21日に田中外相と野上事務次官の間で電話協議され、更に24日は外務大臣の朝ミーティング、国会での管議員への田中外相答弁、25日の自民党国対協議と続くわけです。鈴木−野上の「言わない」組 vs 田中の「言った」の対立をマスコミはクローズアップしてますが、2という対立を解決する安易なツールは第3の軸でしょう。大西氏、重家局長及び宮原課長(もう丸められたか?)が、第3の軸でしょうね。どうなりますことやら。
というわけで、ケノの安易な「今日の日記」はこれまで。じゃまた。
どうもぅ、1週間が経ちました。
会社でズゥーッとCRTを見つめる羽目になって、家に帰ってもまた画面を見るのはヤダなんて思っていたら、すぐだもんね。で、この1週間のご報告。
宮崎本はもう一冊買ってチョコチョコ読んでます。こちらはチト固いけど他よりはマシですね。そうそう、タートの本は訳が気に入らず中断です。ケノの心が内に向かず外を向いているようで、オモロイ事ばかりを追い求めていますね。
そう言えば、「ゲバゲバ」と集票して当選し何もせずに文句を言って「こんなモノいらない」人となったタレント議員がいましたね。ケノの看立てはハズレではなかった。一方、USO組みに噛みついた不手際外務大臣事件も三方一両損采配で終焉しそうです。小泉ミームの勢力が維持できるかも心配です。まあ、人気商売は泡沫(うたかた)ですから、そんなモンでしょ。世界観のディジタル化を推し進めると、事象は全て泡沫であると華厳経みたいなことを言い出すことになる。でも皆な税金で養っているのだから困ったものですね。
腹がへったので、このへんで。じゃ、また。
先週は暖かく春先みたいで東京出張も快調だった。モバギR550 を仕込んで行ったので報告書も帰りの新幹線の中でスイスイに書けた。移動中の受験生君に企業戦士の姿を見せつけてやったのである。だが…失敗だったのはキアンティをがぶ飲みして、本を読むより寝ている間のほうが長かったこと。受験生君は名古屋で降りてて良かった、ホッ=3。
昨日は正午にプール。ユッタリ泳いで 15分程経ったときソイツが現れた。緑の帽子に赤いパンツおまけに緑の手袋なのだ。だいたいケバイ色の生物はヤバイのが多い。アマゾンのポイズンアローカエルやサンゴヘビだって、ズグロモリモズ(P.dichrous、『山海経』の鴆鳥か?)だって猛毒を持っている。孔雀はメスを惹きつけるために着飾っているが、目立つために猛禽や猛獣に狙われるかと言うとそうでもない。孔雀はスゴく強い猛禽でもあるのだ。で、ケバいソイツは、身体はデブッチョながら結構スピードがある。50m 60秒を切るくらいかなぁ。55秒なら勝負はしないが、チョット頑張ればついていける程度だったので、ケノもソイツのペースをあわせた。
1コースに2人だけ、コースの中央ですれ違う形の相い対マッチ。ここに来るスイマーは 500mも泳げばバテルのだが、ソイツは 15分を過ぎてもペースダウンをしない。ケノも腕はバテバテだったが、心肺には余裕があったので我慢して泳ぎ続けた。20分を過ぎたあたりソイツは急にピッチを上げたかと思うと泳ぐの止めてプールを上がり、首を振りながら出て行った。ケノの勝ちだ。そして凱旋よろしくペースを落としながら更に 30分くらい泳いだ。
ソイツは強敵だったが、力で泳いでいるようなフォームで、そのスピードの秘密は手袋にあった。ただ、それに頼り過ぎで心肺機能が弱かったのだ。道具は途中のステージまで我々を運んでくれるが、最後は自力でないとダメなのである。
道具と言えば、手帳と瞑想に同じ関係を見つけた。共に、人間の哀れな性質への異なった二つの対策なのだ。人間とは目の前の事物に応答するだけのマシンに過ぎない。一方、何事かを成そうとすると継続した努力の傾注が必要である。そのために常に目標を思い出させる必要がある。そこでメモを見るという道具を使うやり方が、ひとつの対策。もう一つは、応答機械である自分を見つめるもう一人の自分を育て、応答する癖を直し、目標を常に自分の中に見るようにする頭を作ること、である。その訓練法が瞑想なのだ。手帳は行動を変えてくれるが、応答マシン自体の改造をしてくれるわけでない。道具は道具に過ぎないのである。
昨日から風が出始め、今日は曇りで山陰からの山越えの雪が時々舞ってる寒い日となる。目の中まで虚ろになりそで、こんな日は読書も滅入る。それに本を持って腕を上げ続けていられず、いつもの仰向けスタイルでは本が読めない。若いモンと勝負なんかするんじゃなかったと反省はんせい。今回の勝負はケノの応答マシンがやったことだ。泳ぐのはリラックスと健康維持が目的だった。それを忘れたのだ。プールの中じゃ手帳なんか使えない。鍛えなければならないのは<頭>なのだ。
おっ、ちょっと晴れてきたかな…。ではまた。
どうも。
先週月曜日のプール行きの前から喉が痛かった。その後のプールだけは止めておいたが、エヘン虫にやられた、なんてカワユク構えて対策を執らなかったら、とうとう土曜日には気管の下のほうに炎症ができたみたいで、ゲホゲホ状態である。夜遊びもイケナかったかな? おまけにスギ花粉が飛び始めてクシャミまで出る。今日(日曜日)は、クシャン・ゲホゲホなのだ。
実はもう一つ音が加わった。それは鳥の声。正午にはカッコーと鳴くのだ。ELGIN というメーカーの壁掛け時計で、朝6時から夜9時まで時報の代わりに毎回違った鳥の鳴き声を再生する。以前から欲しいと思っていたが、出た当時は2万円もした。それが新聞の通販で暫く1万5千円だったところ、先々週に6千8百円と中途半端な価格まで落ちているのを見つけた。それを即買ったのが届いた。で、クシャン・ゲホゲホ・チチチピーなのだ。
隣の部屋から時々の鳥の声にご機嫌になりながら、本を読んで過ごすのは気分がイイ。今日の新聞を見ると別の ELGIN が宣伝してある。時報毎に電波によるオートコレクト機能がついて1万2千8百円だ。絵からの判断だが、時報の鳥の構成が違うみたい。急に値が下がったのはそう言う訳だったのだ。気分の良さが少し下がったのは残念。
PC上では色々ある。時報毎に鳥の声を聞きたければ、
鳥の声の時報
PCの内部時計を立ち上げ時にオートコレクトしたければ、
桜時計:SKRWATCH.EXE
読んだ本の話を書きたいところだが、微熱も出てきた。じゃ、ここいらで。
まいど。
先週・先々週は体調不良のため、プールや帰宅後のネット生活はモヒトツ。スイスイ水曜日に軽く 2000m 泳いで体重を計ると、9日ぶりにもかかわらず 1kg の増加だった。3kg 増量 5% お得な体を予想していたからチョット気が抜けた感じ。食事はいつもと変わらなかったので一体どこでエネルギーを使ってたんだろうと不思議に思うネ。会社でイロイロあったんで、それかな? トラブル処理に駆けずり回るのが一番のダイエットだなんてトホホ…ものだわ。
読み物も内容が濃い奴はイケナイね。ネット上でも行が詰まって黒々と見える頁も敬遠したくなる。でも金曜日のT京出張で取りかえしましたよ。また八S古書店(廃版2冊)と八Sブックセンターで計4冊買って帰りました。T京に何しに行ったんだろ?
ところで今年の冬の暖かさは異常だ。車のフロントガラスの凍結は2日しかなかった。2回行ったT京出張では、2回とも関が原に雪がなかった(去年は2回とも徐行運転だった)。統計的には「3回が3回とも」なんて殆ど意味がない検定ではあるけど、いずれ気象庁から然るべき発表があるように思う。太陽活動は、2000年の極大期を過ぎて今世紀始めての極小期に向かいつつある。ガスによる温暖化効果の方が効いてるのかな? 景気刺激効果は気温より太陽風の高エネルギー粒子だといわれているから、暖冬は景気の先行指標にはならない。暖かさでボケた締りのない決算書にならなければ良いが…。
あっ、カッコウが鳴いてる。プールに行ってきます。ではまた。
どうもう。
すっかり週1の「日々是口実」が定着しました。定着と言えば、鳥の声で時刻を告げる時計もそうですね。ただ、鳥の声が聞こえると、ELGIN には数字が書いていないので、どうしても腕時計を見てしまうのは困ったものです。さっきもウグイスの声が聞こえたので時刻を見ると 8:40 。あっ、本物だったんだ。まだ、ケキョケキョという発声練習のようでした。
先週はO坂出張やK戸市内の移動が多く、電車内で本を読む時間が取れました。で、孫子の兵法がらみを2冊。
というわけで、騎馬戦の本にはナカナカぶち当たらない。物理的戦闘力の話はおいといて、来週は、精神的戦闘力の話に目を転じようっと。
そうそう、冬季オリンピックが終わったけど、ケノは「聖火」を不思議だと思い始めた。1936年のベルリン・オリンピックから始められたようだが、【火を絶やさず持って来る】ってのはズイブン拝火教的じゃない? でも、チョット調べたくらいでは、繋がらないんだね。困ったなぁ、また放浪の旅が始まっちゃうよ。
じゃまた。
まいど。
ズイブン春っぽい陽光となりました。こういう時は、モーツアルトのK136〜8ですね。何んかこうウキウキするのだ。…とか、能天気なことを言いながらも、春の人事はどうなるのだろ?という不安も過ぎったりで、落ちつきませんワ。移動も少なく本も進みませんでした。で、下の1冊だけ。
井上順孝 『宗教社会学のすすめ』 丸善ライブラリー
9.11事件などで宗教への関心が高まり、そのためかイスラムや宗教解説の本が売れているようだ。本書もそのミニブームに乗った形だが、趣はやや異なる。宗教社会学の解説入門書である。宗教がどのように発生し、成長・維持されるのか、また社会はどのようにかかわるのか−について、デュルケーム、M.ウェーバーに始まる宗教社会学がどのように説明してきたかを解説する。宗教の具体的な略史もある。なお、宗教社会学という学問のスタンスや研究方法について新書のページ数に似つかわしくないほど頁を割いている。オ○ム真離教事件に関連してマスコミに叩かれた優秀な某宗教学者の轍をふまぬようとの配慮かも知れない。加えて、インターネットHPを調査対象とするときの注意事項も当然ながら書いてある(以前、失敗例を2つ紹介した)。
著者の関心は現代の宗教事情にあり、宗教が権力機構の一部であった頃の話は出てこない。この点に関しては、宗教史が絡むと複雑となるので解説はさけ、ベラーが「宗教の進化」と呼んだ5段階の発展段階説を紹介するに止めている。その他、カリスマ論、カルト問題、法輪功、原理主義など現代社会にかかわる宗教の問題に付いて簡単ながら触れている。参考書は一般的な(あるいは自分が関与した)本が少しあるだけで、一部の変人に対する配慮に欠けているようだ。不満は残るが、概して良質の入門書と見えた。
そうそう例の「聖火」、オリンピック組織委員会の頁も読んでみたのですが、事実だけが書いてあり、背景の説明はないですね。でも、1936年のベルリンは、聖火リレーを最初に行った大会であり、その以前の 1928年のアムステルダム大会の時にマラトン塔が建てられ聖火が期間中に掲げられていたという記事を見つけました。発案者は、Theodore Lewald と Karl Diem という2名で、当時の組織委員会の重鎮だったようです。彼らの頭の中にゾロアスター教があったのか?という問題になるとヤヤコシいですね。連綿と続くグノーシスの末裔かも知れません。で、未だまとまりません。
というわけで、午睡と読書の休日の続きを…と。じゃぁまた。
どうも。
久しぶりに「こんな本読んだ」をアップしました。この頁の自由さに慣れたんで、従来のフォームにならなかった。でも、広がりはあるよ。見てね。
どうもう。
近頃、やたら眠い。先週末は飲み会のためプールは土曜日となる。外出ついでに食事と買い物を済まして帰宅。さぁ本でも読もうとしたらイツの間にか暗くなっている。寝てしまったのだ。きょう日曜日も昼食(イカナゴ入りトマトソースのスパだよ)後、本を読み始めた。… Elgin 時計がウグイスの鳴き声で 15 時を告げる。また寝てたのだ。どうも寝ころんで読むのが問題のようで、この季節は椅子に座るべきだ。春眠不覚暁は生理的な真実であるから、反生物的な精神活動をするためには自衛する必要がある。
さて机に向かって本を読もうとすると、もう一つの問題が待っていることに気づく。机の上は狭いのだ。チューナー・イヤースピーカーアンプ・PC・液晶DP・キーボード・辞書・年表・手帳等が、新たな侵入者を拒否している。で、その解決策を見出した。大きな面積を占めるキーボードを液晶DPに立掛ければ良い。そのためのアングルをクリーニング屋の針金ハンガーで作った。と言うわけで読書時間はドンドン短くなるのであった。
中野好夫『世界史の十二の出来事』ちくま文庫
八S古書店の絶版コーナーで入手。92年版の中古なのに当時の定価と同じ売価(\700)だった。世界史上に特筆すべき業をなしながら奇行・愚行のあった12人を描いてある。パリ・コンミューンでのダントンとの内紛と独裁後のロベスピエール、アラビアのロレンスの後年、エカテリーナ二世を中心にしたロマノフ朝の退廃、独立間もない米国で奴隷解放を叫んで蜂起したジョン・ブラウン、スコット大佐の南極遭難などなど、隠れた歴史をえぐり出すのだ。極めつけは、15世紀末のフィレンチェで起きた修道士サヴォナローラの処刑、ならびに同じ頃スペインでのユダヤ(コンベルソ)狩りを指揮した異端大審問官トマス・デ・トルケマーダの話だ。責め具の解説など澁澤龍彦よりも恐ろしい。中野好夫は生臭いのがお好きだったようだ。
丁度、ラキ火山噴火とフランス革命の関係についての別の本を読んだ直度だったので、この話に目が行く。フランス革命の際に暦を大変更して、春分までは風月(ヴァントーズ)、過ぐると芽月(ジエルミナル)と呼んだ。昔、学校で歴史を習った時のテルミドールやブリュメールも耳に残っているが、このジエルミナルと言うのは季節感があり快く感じる(尤も東フランスと近畿では1月位の季節の違いがあるが)。オーザルム・シトアイアン!と叫んで市民が一体となったコンミューンは、一面では「進歩」だったが、ギロチンの歴史でもあるのだ。歴史を大河に喩えることがある。底ではヘドロが蠢いているわけだ。M夫やK籐などチョットした濁りに過ぎないようだ。
夜来風雨声、花落知多少。ではまた。
桜の開花の声を聞く。今朝、自分のクシャミで目が醒めた。以後クシャミは止まらず鼻と目から水分が出っぱなしである。ひどい花粉症だ。ケノは下々の者とは違って、杉より檜との相性が良い。高級にできており、優雅に花見をしながら花粉症を楽しむのだ。というわけで、先週の成果はモヒトツ;
福井幸男『知の統計学2』, 共立出版, \1800
統計学の教科書ではなく、その時代にその偉人がどう悩んだかが書かれている。発想はあってるのだが、今から見ると間違った結論に至っている場合もある。しかし、それでイーのだ。著者は、はしがきに「統計学=数学はまちがっている。統計学の守備範囲はもっと広い。語学と同じく、統計学の文法だけを学んでも統計学の醍醐味は理解できない」という。歴史的地域的に様々の題材をもとめ、視野を広げようとする。我々を古代ギリシャから近代まで「統計的に」問題解決を図った偉人の悩みに付合わせるのだ。肩は凝らないが、少し寒気を感じるようになる。今まで余り考えることのなかった己の姿が見えてくるからだ。項目だけ挙げておこう。
0. 統計学の歴史は人間のドラマ/1. プラトンと知の不確実性/2. 世界最古の複式簿記の著者−パチョーリの確率論/3. 地球はどの程度の楕円体なのか−ボスコビッチの統計計算/4. 19世紀、社会物理学を提唱したケトレー/5. 回帰分析の父−ゴールトン/6. ロイズ保険組合の歴史/7. ケインズの確率論/8. 統計の先達としてのナイチンゲール/9. 杉 享二と日本初の人口統計調査/10. 森 鴎外と統計訳字論争・脚気病研究
上記の本題の他に関連人物のエピソードのコラムが入って、丁度、学校の授業におけるセンセの脱線の役目を果たしている。
新学習指導要領実施を控え、TVは「教える内容が簡単過ぎる」との報道する。塾の重要度が増すとか、アホが増えるとかの話に収斂する。でも算数なんか四則ができれば生活できる。台形の面積を求められなくても大した害はない。ケノが心配するのは、面白い本が出にくくなるのではないか、ということだ。実は、本を読む能力は習ったものではない。学校の国語だけではなく、あらゆる科目の教科書を強制的に読まされることによって身について行くものなのだ。小学生の机を思い浮かべて欲しい、文字を多く含む媒体が何であるかを。この過程を経て次ぎに小説なんかを読み始め、その能力を高めて行くのである。従って教科書が薄くなると、本を読む能力が低い人口が増える。本を読む能力が落ちると本を読まなくなるので、結果的に本が売れなくなり本を作れなくなるという連鎖に陥るのだ。
で、ケノは唐突に、講談社への国庫補助を提案するのである。講談社学術文庫ならびにブルーバックスへ、過去の学術書・専門書で採算のあわない良書、廃刊となった名著を収載するのである。例えば上記の本なんかもブルーバックス入りだ。そして版権も逆鞘も国庫補助で解消する。銀行に突っ込んだり、箱物や熊しか通らない道路を作って金を捨てるより、10年後・20年後の貢献度合いは大きいものに違いない。本への投資は人への投資である。そしてケノもそのオコボレに預かれるという寸法なわけだ。
コウしなければならない経済原則がある。CD方式が採れないのだ。CDは下らない曲がミリオンセラーになり、そのお陰で不採算のクラシックスCDもやっと発売できる。ジャンルははどうであれCD売上は増えているが、それはCD購買人口が増えているからだ。しかし本は違う。トータルとして購買人口は増えているわけではなく、雑誌やマンガへのシフトというパイの取り合いとなっているのだ。だから学術書・専門書は減るか高価になる。こんな時は政府による保護政策が必要であると結論されるのである。
植えて育てて初めて花は楽しめるのだ。ケノの鼻は、トホホ…。
薄いピンクが誘惑する季節になりました。始まりの前に移ろいがあります。バタバタと異動するわけです。ケノが勤めてるとこは今年は異例の遅い人事発表。まぁ、JOB は JOB と割りきって、ケノはプールと本とワインがあれば心乱れることはありませんよ。
佐伯 快勝,『仏像を読む』学研M文庫
和辻哲郎の『古寺巡礼』(岩波文庫、青144-1)が、雨の降り始めにあるホコリの匂いの奥にペルシャへの長い道のりの砂漠の熱風を感じさせるとすれば、本書は、抹香で消そうとしても中で仏教を説く坊主の生臭さが残るのようなものだ。南北の釈迦−弥勒のラインと東西の薬師−阿弥陀のラインの二つの線からなる仏像配置に注目することで、背景の思想を解きほぐそうとしている。配置へ注目させてくれたことは成果であるが、それで十分整理することには成功していない。配置とは関係のない、仏教とそれに習合した神道の「理論」の解説だけが書かれているのだ。記述も歴史的な思想変遷の重層性を無視したように平坦である。梅原猛ら『仏像−心とかたち』( NHKブックス)から剽窃したような記述も目に付く。われわれは、対位法のムジカ・サクラを聴きたいのだ。
本の内容を外れるが、注目すべきことがある。大和書房から 1984 年に出された本が、学研M文庫に入っているということだ。一流とは言いがたいながら、仏教大のセンセかどこかの筆の立つご住職の書いたものが、版権を受け継がれている。出版界もまだ捨てたもんじゃないなぁ。
齋藤 孝,『三色ボールペンで読む日本語』角川書店
本は色ボールペンで線を引きながら読めという。青は「(客観的に)まあ大事」、赤は「(客観的に)スゴク大事」、緑は「(主観的に)おもしろい」という区別を着けながら線を引くのである。中山 庸子のポストイットの色区別とも違う発想。身銭を切って本を買う。これに「とりかえしのきかない」ボールペンで線を引きながら読む。主観と客観を区別しなければならない。ノックの音が頭の切換えを助けてくれるが、線引き自体は緊張を強いるのだ。眠気も飛ぶかもしれない。客観的に重要な記載部分を抑えることができれば、要約が書けたも同然である。要約能力の訓練になるのだ。緑の部分は、主題とは関係のない自分のテーマなり関心がある部分や表現が面白いと思う箇所に引くことになる。これは自分探しになったり、読書会で人の性格が分かったりする副作用がある。実に面白い読書法の紹介である。練習問題もあり「とりかえしのきかない」ことをする快感を体験してしまうのだ、著者の作戦通りに。
ひとつ厄介なことがある。本を立ち読みして赤青緑の三色ボールペンを買おうと文具屋に立ち寄ったが、ないのである。複色のボールペンには必ず「黒」が入っており、緑を入れようとすると四色ボールペンになる。緑をシャーペンで代用しようとしても赤青の二色ボールペンはないので、黒入りの三色ボールペンということになる。アイデア倒れかなぁと思いながら、帰宅して本を取り出したら、Pilot 製 赤青緑の三色ボールペン( Feed-GP シリーズ)が添付されいるではないか!
この本の装丁は外箱付になっている。特製ボールペンを入れるためだ。内容的には 700 〜 800 円の新書相当だが、ボールペン 300 円と外箱代?円がオンされて 1500 円になっている。『声に出して読む日本語』や『身体感覚を取り戻す』で売れてる著者だからイケるか、それとも割高感があり企画倒れか、危ういところだ。でも、グリコのオマケみたいな特製赤青緑の三色ボールペンを欲しがる文具フリークには、見逃せない本である(ケノはチャウもん)。
相乗り商法というのがあって、この本が売れれば赤青緑の三色ボールペンをゼブラ・サクラ・セラーなどが出すだろう。でもケノの欲しいのは、赤青の二色ボールペン+シャーペンの三色なのだ。黒ボールペンは他に溢れているのでいらない。自分の関心で引く「緑」も見にくいのでいらない。コメントまで本の空スペースに書きこむのでシャーペンが良い。どこかのメーカーでケノ仕様のミックスペンを作ってくれないかなぁ? そうそう、A4版で切り外しできるケノ仕様のノートはヤッパリ見かけませんね。ケノの頁は遠吠えなんだねェ。追加:4色ボールペン記念撮影
というわけで、ではまた。