まいど。
今日、日曜日にケノは7時20分に家を出て、三呑屋へ跳んで行った。8時15分開演の映画『指輪物語2』を見るためである。空は晴れて、桜は八分咲。気温はやや低めで、ウォーキン’には最良なのだが、そんな回りの景色に見とれている場合じゃない。春休み最後の日曜だから、ガキ供が映画館を占領してしまう。急げぇー!だ。……映画館について気が抜けた。ガラガラである。見終わって外に出る。11時半過ぎの開演を待つ人も疎ら。地下街を歩いてもチラホラ。一体、どうなっているんだ。みんな花見にいってるのかなぁ。
◎ 映画『指輪物語2−二つの塔』
面白かったですよ。良くできていた。前作は、本を読んだ人を対象に作ったようで映画自体で十分に筋がつながっていなかったけど、今回は、3つのグループ+αの旅のショットを切り換えながらも、チャンと筋が説明できていました。ショットの切り換えは緊迫感を増して好都合でしたし。また、戦況を知るために地図を出して、ストーリーのおサライをさせる手も使っています。スメアゴル(ゴクリ)の葛藤も映像的に上手い処理がしてあるし、エオウィン(M.オットー)の目だけの演技も素晴らしかった。1万のオーク兵もそれらしいし(音にだまされたかなぁ)、ローハン国の王都は小さいながら実在感があった(CGじゃなくて 20 軒ほど建てたんじゃないかなぁ)。大満足です。難を言えば、(1) エント鬼はもっと古木の感じが欲しかった。(2) スメアゴルの表情、目や口もとの動きは良かったが、体全体が渇き過ぎ。スメアゴルの名に相応しく、もっとヌメヌメさせて欲しかった。(3) L.タイラーさんはシャンプーの宣伝に専念させてください。(4) モルドール国の入り口、ティリス砦の攻防は、映画『ジャンヌダルク』からパクリ過ぎですね。
◎ 本:速水侑, 『呪術宗教の世界』, 塙新書
鎮護国家の願いと個人的現世利益の望みに応えた日本密教が、どのような呪術を行ったかを綿密に調べその展開を追ったものである。学研の朱塗りの Boooks esoterica series は、おどろおどろしい世界を我々にみせて多いに驚かせてくれたが、速水氏の描く世界はそんな程度のモンじゃない。平安貴族は赤子の手を捻るように密教僧に籠絡されたのである。
奈良末期から鎮護国家の願いを叶える修法として雑蜜があったが、空海が恵果直伝の金胎両密を伝え朝廷のお抱えとなった。円仁の唐留学で天台宗も密教レベルを向上させる。旧南都六宗も密教を摂り入れ、仏教界は密教一色となった。当初は、護国のための修法であったが、藤原家の摂関政治が始まり旧勢力が没落を始めると、怨みや栄達など貴族の個人的な現世利益の追求のための壇法が始まった。さらに宿曜道が本命星や七曜占いを、陰陽師が方違えの思想を持ち込んだ。更に、怨霊と穢れ思想が起こり、種々の御払いは重要な生活となった。鎌倉武士も遅れただけで矢張り密教と星辰信仰に染まった。平安末期から南北朝時代まで、日本の権力周辺は呪術宗教の世界であったのだ。
先週末は、雨がちで、やや寒くて、元気が出ず、世界は灰色だった。今日は、確かに光に溢れて、ケノを外へと誘うのだが(映画を見に行ったが)、もうひとつ花見でも−という気になれない。それは急にこんな言葉を思い出したからだ。「お前はお不動さんの申し子だから」という亡くなった祖母の言葉。また、♪何でだろう…が始まったのだ。ケノは、変な星の下に生まれたに違いない。本命星は「武曲星」らしいが、この「曲」って「♪何でだろう」の曲ってこと、…ないよね。
ではまた。
どうもぅ。
雨は降りましたが、どんどん暖かくなって来てますね。ケノも会社で新人教育の資料作りでホットになっています。1週間で知らないことを教えなければならない。それもライフワークになりそうなくらいドでかい領域です。他の JOB も入りそうなんで、どうしてもアレを終えときたかった。アレって言うのは、♪何でだろう〜シリーズの「お前はお不動さんの申し子だから」という亡くなった祖母の言葉。まぁ、用語が出揃った程度ですが、まとめましたので読んでください。
◎ お前はお不動さんの申し子だから
私のお地蔵さんの思い出は、昔話の世界と生家近くの墓場にあった苔むした地蔵。小さくて紅い胸当てがされてカワイくて好きだった。でも、亡くなった祖母は「お前の守り神は、お不動さんだ」と言って、寺の山門にある「阿吽像」の前に連れて行った。スゴイ形相で恐かった。その寺は幼稚園も経営していて2年間そこへ通った。
「子は千手、丑寅どしは虚空蔵、辰巳は普賢、卯は文殊なり、午勢至、未と申は大日よ、酉は不動に、戌亥阿弥陀ぞ」という数え歌がある。十二支の生まれ年ごとに守り本尊(菩薩・明王)が決まっていると言う。「十二支占い」である。祖母の話はこれだったようだ。【つづき】
劣化ウランとモア・カッターで戦闘は終結したようですね。それを映したのでレポータが居た高級ホテルの15階が狙われたって噂が飛び交っています。で、後は羅蒸経屡徒が昔関与して作らせた大量破壊兵器か、又は捏造したその「証拠」を出せば、六木戸と唖螟戮は安泰です。たいしたもんだ。煽りを食らって、地方選挙の投票率は…。
さぁて、目の前のショボイ現実に戻らねば。ではまた。
ではまた。
まいど。
通勤路に沿って、もと小川だったコンクリに固められたV字溝があって、ここに宅地の溝や土手の水抜き穴が流れこんでいる。先週、その注ぎ込み口は、みんな一様にピンクの袴を形作っていた。雨で各所の桜の花びらが集められ、V字溝に流れ込む前にコンクリに止まって、乾いて花の標本となったわけだ。散っても桜、ということか。
◎ 中野 幡能, 『八幡信仰』, はなわ新書059
各地に八幡神社があるが、その発生と発展を追ったもの。八幡の神は、映画『千と千尋の神隠し』に出てくる「かおなし」に似て、次々と新しい神を飲みこんで、その神の声で語りかけるのであった。
大もとは宇佐の地神だった。今の豊前市から中津市・宇佐市・豊後高田市あたりは「豊の国」である。古代、宇佐氏が国造として祭政を司った。ここに新羅の神が入ってくる。それが辛嶋氏の使える神。両神は共存して他にない文化を生んだ。「豊国奇巫(とよくにのあやしきかんなぎ)」という道術師である。次ぎに弥勒菩薩が入った。何やら花郎道との繋がりがありそうである。豊国奇巫の伝統と重なり「豊国法師」という新しいシャーマンが生まれる。雄略帝が病気の時、参内し祈祷して全快させた。呼んだのは物部氏であった。その後、大和新羅の両邦の緊張の時代に入る。朝廷は大神氏を宇佐に送りこんだ。そのときから応神天皇が神となった。「廟」としての神社の走りである。8世紀、「隼人等多く殺す報い」として毎年修法をするようになった。これが放生会の始まりとなった。弥勒禅院も建つ。神宮寺の始まりである。八幡神は、応神であり弥勒であり薬師であると名乗った。
朝廷は、東大寺を中心に国分寺を建てて仏教による祭政方針とした。宇佐では観音信仰が現れる。比売神の本地であるという。大神氏は去り宇佐氏が復活した。8世紀末、八幡神に「大菩薩」を奉った。空海は八幡大菩薩に注目して、東大寺鎮護に迎えた。太政大臣良房は九歳の惟仁を皇位につけようと八幡大菩薩の託宣を願い勅使をおくった。無事、清和天皇となるや、次ぎに南都大安寺の行教を宇佐に遣わし、山城の国に八幡宮の勧進の信託を受けさせたのである。830年頃、石清水に八幡大菩薩が分霊された。ここで八幡台菩薩は大きく完成する。
延喜式では、宇佐・筥崎は「宮」となり、鹿島・香取と序列が並ぶ。石清水は洩れた。しかし帝都に近い石清水は発展し宇佐は寂れた。承平の乱の後、石清水宮に幸行があり、その放生会も1070年に官祭となった。白川天皇は、石清水を国家鎮護ための国家の宗廟とした。伊勢に次ぐ地位を獲得したのである。鳥羽天皇の皇后は石清水の別当光清の娘が入った。石清水八幡宮は、荘園の寄進を受け国家的荘園領主となった。
源氏は清和源氏が盛んでなかった頃から八幡宮を氏神にしていた。応神・神功の武勲が注目され、武勇の守護であったからであろう。頼朝は、前九年の役が終わって鎌倉に社壇を設けた。後に、鶴丘に移して正式に八幡宮とする。別当を置き、石清水からの分霊も奉じた。足利氏は、石清水を中心に崇敬した。
ケノは、ここんとこ忙しいはずなんですが、そういう時に限ってイロイロ目が行くんです。試験を受けなきゃなんないし、親類の接待もある。新人研修の死霊じゃなかった資料準備だし、お役所や出張も控えてる。なのに、オマジナイもないでしょ。アハハ(←乾いた声で)。
ではまた。
まいど
前線が停滞して、まるで梅雨みたいな天気ですね。そうか「なたね梅雨」か!なんて思って Google やると、それは3月末の桜のシーズン前のことで、今は二十四節季の「穀雨」(4/20)、春の恵みの雨の時期を過ぎた頃だそうです。これを抜けるともう「立夏」です。でも、台風くずれの低気圧のおかげで、雨風は十分過ぎるくらいあったかな。
振りかえって見ると、通勤読書をはじめてチョウド1年です。偏りはありますが、良く本を読むようになりました。読みすぎて本の紹介が追っつかないくらいです。日本の中世以前に目が行き、ゴタゴタに習合した宗教に驚き、ネット注文を覚えて、本にヘバリ付くようになったお陰で、本棚の空きスペースと健康的な土日の外出を失いました。というわけで、今週の喪失の素は;
◎ 新谷 尚紀, 『なぜ日本人は賽銭を投げるのか』, 文春新書 303
先月のT京出張の際に、いつも帰りに寄るYSブックセンターでチョットした異変を見つけた。約10冊づつ平積みにされた新書のコーナーに穴ができていた。穴の底にこの本が一冊が残っていた。宗教民俗学のようなシブイ本が良く売れているのだ。「日本人」を入れたネーミング、歳時記を冒頭に配した構成、編集者の企画が当たったようである。因みに、平積みの最後の1冊を取ったので、次の人は何が売れていたのか分らなくなったわけだが…。【続き】
◎ いっぺん言うて見たかった 030425 RE:方角と色彩
どうもう、T<Bさん。お久しぶりです。
相撲の房の(東南西北)=(青赤白黒)は、陰陽道の五行説に基づいていると考えます。すなわち(東南西北央)=(青赤白黒黄)=(木火金水土)という対応があり、中央の「土」は「中間」という意味ですから、それが省略され「四神相応」となったと。配置は下のようになります。【続き】
ところで、本の紹介やそれをベースとした考察等を一同にリンクした頁を作れば、本屋さんはネット注文が増えると思うのだが、どうだろう。今の本屋の紹介記事は、出版社あたりのキャッチコピーを横流ししてあり、それじゃ買おうと言う気にならない。アマゾンも書キコを読めるが、偏っているし自己完結している。だから、本屋に行って手に取るか、ノイズの多い検索エンジンで書評を探し廻ることになる。その手間を本屋さんが負ってくれないかなぁ。新聞社の書評欄に出てくるよりはチョイと広めの本を選び、その本の紹介頁の中に書評のある頁をリンクするわけだ。当然、頁の取捨は本屋の権利である。が、ケノとしては酷評の頁も含むべきだと要望しておく。ケノは、この4カ月でもう10冊以上もネットで買った。ジュンクさん、考えてみない。
おっ晴れてきたぞ。いったい何なのだ、裏山の木の葉の輝きは。良く見ると葉2枚がクロスして、間からスペシウム光線が出ている。それが山全体から波長を変えながら放出されているのだ。部屋の中まで緑に光だした。あっ、目に光線が入った。イカン、これは外出誘惑光線だ! ……というわけで、プールに行ってきます。
ではまた。ショワッチ!
まいど。
GW後半、晴れて気温も上がり、歩くと汗が出るくらい。イー気分。でも、悲劇はいつ現れるとも限らない。春はやっぱりモーツアルトでしょ、というわけでクラ5重奏曲をかけた途端、ブッ!と言って音が聞えなくなった。見ると、我がラックスL570 プリメインアンプのパワアーランプが点滅しているではないか。修理費用に幾らかかるか、どこに出すか…などが、頭の中を駆け巡った。考えただけでも疲れる。修理依頼しても相手も休みだからチョット置いておこうとその場は精神のバランスを取り戻した。
さて、プールに行った帰り、気分転換にと8代無線を覗く。口実は、通勤の際に英語のリスニング用のポータブル・テープデッキの購入。英語のソースはテープが幾らかあるが、旧ウォークマンが壊れて再生できないのだ。目的は直ぐに果たして、そういえば1年以上もパソコン以外の電気製品を見るつもりで販売店に入ったことがなかったなぁと余計な所に目が行く。
目を引いたのが、SP社の1ビットアンプだ。30万以上もするので見るだけだが、なんと横にあるポータブルMDデッキにも1ビットアンプ採用だと。MDにしては厚みのある良い音だ。うーん、困った。昨年、バラコン用のテープレコーダーが壊れて、テープにするか CDR にするか、結論がつかないまま今日まで来た。車にはテープデッキ と CDP が乗っているので、MDという選択肢はなかったのだが、ここに来てMDという選択肢が増えた。アンプの修理もある。またサイフと相談しながらの悩ましい日々が帰ってきたようだ。
というわけで、今日の悩み解消法は;
◎速水侑, 地蔵信仰, 塙新書
三蔵法師玄奘は、地蔵について書かれてある『十論経』を持ち帰った。地蔵は、古代インドのバラモン教の地の神=プリティヴァーが大乗仏教のもとで菩薩として組みこまれたものである。佛陀が滅し次ぎの弥勒菩薩が下生するまでの五濁悪世にあって、衆生の救済を佛から委ねられたとされる。その功徳は、日常的な多種多様の現世利益であり、六道輪廻する衆生の苦しみの救済である。六道とは、地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道であるが、とりわけ地獄は最悪であり、そこでの救済というのが地蔵菩薩の特色である。餓鬼・畜生・修羅の三道はケノもよく迷うところであるから、現世利益を含めて、是非にも功徳をお願いしたい。【つづき】
◎矢島文雄, 『知的冒険の旅』, 中公文庫
言語学者の1960〜80年代の旅行記。学術調査や学会のエクスカーションで行った先の、そこにまつわる古代〜中世の歴史を紹介してある。行く先は、ほぼ全世界にわたり、歴史の教科書にはあまり載らないような、その土地のある時期に花開いていた文化を拾い上げてあり、珍しい写真や古いスケッチの写を多く収めてあるので、時空を超えた歴史旅行に人を誘うのだ。元々の記事は本の紹介を企画とした物で、所々にある紹介のうち安価な本を探書手帳に書き写すことになった。あれば良いのだが…。以下に、興味を引いた内容をメモしておこう。全文検索で記憶の元に遡れるように。【つづき】
餓鬼道の第1弾が既に始まった。テープはイヤホンで聞くつもりであったが、1ビットMDを聞いたおかげで、ヘッドホンを予定外に買うことになった。英語を聞くはずなのに音質なんかソコソコで良いはず。モウ音楽を聞くという拡大解釈を始めている。金もないのに物欲が出てくるとは、神の計らい(カダル)にしても困ったものだ。何か元型が動き始めたようである。
動き始めたのは、例の白い集団である。掲示板で拾ってきた集団の出自や有名になった「スカラー波」についてもメモっておこうか。
世の中、もっとニュースにすべき事があるのにTVはどうなっているのだ。白い集団も奇異だが、アザラシの河棲いも珍しい。西岡秀雄『日本人の源流を探る』では、江戸時代にどこどこの岩場でアシカを見たという克明な画を多く残していたことが出てくる。新谷尚紀 『なぜ日本人は賽銭を投げるのか』は、フェテシズムというのは民俗信仰に重要な概念だと書く。客人(まれびと)は、珍しい話をもたらすので歓迎された。これらから敷衍するに、どうも日本列島弧の住民は<珍し>好きであるようだ。で、「世間」を覗き見するTVでは、<珍しさ>は一番の面白さの構成要素であるのだから、自然とそうなるのかもしれない(お前が一番、珍しい物好きじゃないか−との声が聞える。アハハ)。
ではまた。
まいど。
先週水曜日、東京出張。蒸し暑いこと!(翌木曜日から寒いぐらいの爽やかさ)。8Sブックセンターに寄ったが何も買わず。古書館で、長崎新聞新書なるもの1冊を購入した(実は、下の海獣葡萄鏡も前の出張の時に買っていたもので、古書館にはお世話になっている)。地方新聞の出版物が面白そうだったから。と言うのも最近、次ぎの頁を見つけたからだ。長崎つながりで目が行ったのだろう。
◎アートワークス?「シリーズ 誰も触れなかった真の長崎の姿を検証する」
「教科書で教えてくれない歴史」が将に書いてあって、気になっていた謎が何となく解けた−という記事があった。信長は、加賀一向一揆の鎮圧や延暦寺の焼き討ちで浄土教を弾圧したが、キリスト教には甘かった。しかし秀吉は、バテレン追放令を出して弾圧した。2人のキリスト教への評価が違ったのか?−いや、その時まで信長が生きておれば、やっぱり秀吉と同じことをしたであろう−と思うようになった。上記のNo.9だけでも目を通すべきだ。
◎浅野和生, イスタンブールの大聖堂, 中公新書1684
アヤ・ソフィア大聖堂を巡る千年の歴史を綴ったもの。建物の画期的な構造も面白いが、それ以上に興味を引くのは、建物内部に埋め込まれたモザイク画から覗き見される聖と俗との歴史である。聖は東方教会のイコンに対する考え方の変遷、俗は不安定な皇帝権をめぐる争い。この両者の均衡がモザイクの絵柄に反映したというのである。更にイスラム教下での画の封印(寛大にも漆喰で固めただけ)とブルーモスクの建設。2つの建物は、双子のように似ているが千年の時の隔たりがある。その間に第4次十字軍による侵略とオスマントルコによる征服を経験しているのだ。
ただ本は、正確を期すためか、推理を楽しむためか、モザイク画の作成年代の推定についての諸仮説の紹介や検討作業を新書の中に持ちこんでおり、やや煩雑な印象がある。寧ろ、聖俗の背景についてもう少し詳しい説明が欲しかった。誰もビザンチン王朝の交替の歴史など知らないだろう。渡辺金一『コンスタンチノープル千年』岩波新書304 もスッキリしない本だし…なぁ。
◎稲田 智宏, 『鳥居』, 光文社新書 067
早い者勝ち−ということかな。確かに「鳥居」とは不思議な存在で、その起源を知りたいと多くの者が思い、首を突っ込んでみる。しかし良く分らない。多分こんなところだろう。ここ20年ほど本が出ていなかったのではないか? そこにこの本が割りこんだ。
本の前半は、各地の鳥居の紹介と分類。後半が鳥居のルーツを探る内容である。前半は変り鳥居などを混ぜて興味深く仕上がっているが、後半は特に際立った主張となっていない。結界であること・柱に霊性が宿ること・鳥を神聖視したことを言っているに過ぎない。何より旧説の紹介に、(1)川口謙二ら, 『鳥居 百説百話』, 東京美術、(2)根岸榮隆, 『鳥居の研究』, 厚生閣−の2書を落としているのはどうかと思う。また、記紀・風土記の読み直しが悪いとは言わないが、新たに本を出すなら、遺伝子学、考古学、言語学及びコンピュータ・サイエンスが長足の進歩をしているのだから、それらを摂り込んだルーツ探しになる筈−とケノは希望する。上品に評をすれば「良質な入門書である」と。
◎森 豊, 『海獣葡萄鏡』, 中公新書 324
1972年、唐代の鏡が高松塚古墳から出た。その裏面のデザインから海獣葡萄鏡と呼ばれている。似た鏡は法隆寺や正倉院にもある。ここで、海獣とは獅子=浚猊(共に獣偏)のことである。葡萄とは、葡萄の唐草文様である。本は、山海経をつついて中国になかった動植物であるから、当然ながら、シルクロードへ探索の旅に出るのであった。
葡萄の探索の旅は、イランの女神アナヒータの泉に生える二種の聖樹ハオマに行きついた。天空の白いハオマと地上の黄金の樹である。前者を石榴、後者を葡萄ではないかと推論している。獅子を求める旅は、孔雀と同行になった。獅子は、ウル・シュメール・アッシリア・エジプトなどオリエントでは普遍的に力の象徴として描かれた。西に進んで、グリフォンやスフィンクスとなり、東はバクトラ、シルクロード経由で伝わったと。
単に通商だけでデザインが伝わるのかどうか。宗教はどうだったのか。宝物等のデザイン画として上2者がドコドコにあったというのでは、30年後の今ではチョット寂しい。
と、親類から貰った中国山西省のワインをヤリながら読んだ。シャルドネと書いてあり確かに酸味とコクはそのようだが、カラメル様の香がして何か大雑把な印象がある。木陰で乾いた風に当たり、汗と砂が干からんでいく皮膚感覚がした。
今日、プールの上がりぎわ体重計に乗って、思わずガーン!と声が出てしまった。一進一退を繰り返しながら、とうとう2回連続で大台を超えたのだ。昨年から職場が変り、ズッと座っていることが多く、また週3回のプールは2回に減った。食事量は変っていないので、わずかの運動量の差が1年間蓄積して+5%の体重象…パオーン!…ではなく体重増になったわけである。こりゃあ本気で減量しなければイケナイようだ。で、名前が気に入ったので;
ではまた。
まいど。
梅雨前の不安定な天気で、体がダルイですね。昔だったら、泳ぎ過ぎと雷のポーズによる筋肉痛が原因だというのが「定説」になっていると言うところを、今なら、「ダル痛ビーム」か「スカラー波攻撃」を受けたに違いないと言うのでしょうか。こういうイージーな説明概念を発明し、それで人を納得させてしまうところが面白いですね。ヒトは、宗教を受け入れる生物学上の機能を持っているに違いない。だけど生存のために社会生活とのバランスを取ることを優先する。そうでない人もいる−ということでしょ。
ケノは古代や中世の宗教現象を調べて遊んでますが、TVの中の教祖様はバランスを崩した人を弄んでいるし、メディアはソレに集かり煽っています。宗教は今も昔も変らないのですが、メディアは形態を変えて行きます。TVはクール・メディアである−では済ませられないと考えるようになりました。TVは新しい宗教だと思うのです。人はTVを見て、自分と見比べて安心することで、同時にTVへの依存性を強くするのです。なぜならTVは結果的に安心感を与えてくれたのですから。TVは、仏壇や神棚と変らないということですね。今後2〜300年ほど経って歴史の本に、数世紀前の人類はTVなどの影像メディア情報教の信徒だった−なんて書かれることになるかも。
というわけで、今週の御供えは;
◎ A. ニューバーグら, 『脳はいかにして<神>を見るか』, PHP研究所
なかなか刺激的な「唯脳論」である。宗教の発生をヒトの脳の機能として見ようとする仮説の書である。脳は、神経学的構造の上に各領域の連合により特定の機能を発揮する。本では認識機能(オペレータ)の主だったものを紹介して、これを宗教や神秘体験の説明原理に用いている。しかし構造から機能への十分な説明がなされていないし、更に、科学解説でありながら具体的データは大雑把な脳の活動部位の比較図だけである。この点は多いに不満であるが、易しい解説書を目指したとも言えるので目を瞑ろうか、…おっと、瞑想しているところではなかった。本の内容の表面を撫でておこう。【つづき】
◎ 脇田晴子, 『室町時代』, 中公新書776
室町時代は、いちばん変化の激しい時代だった。明との勘合貿易による宋銭の大量流入、商品経済の拡大、土地の封建的支配から私的所有への移行、都市の発生と村の再編、2次産業の発生拡大、座による独占、被差別民の発生、芸能の開花、……。一言で言えば、カネで動いた時代だった。そこを、農業生産の余剰がどう動いて集められ、高利貸し(土倉)が生まれて都市が農村部を支配して行き、「座」という産業組合による独占の様はどうか、座・町内会・村の自治組織や規律がどうか、領主と結んだ新座と本座の確執やらを、それらの証文類を資料に読み解いて行くのである。慣れないので付合い辛いが、それで見開かれた室町時代像に驚く。カネ・商品経済が、中世社会を壊して行くのである。
一方、巫女の末裔・神人(じにん)・勧進聖は、そう単純ではなかった。農村からも都市からも排除され移動し興行したが、芸能の中に古代の宗教を孕らんでそれを極めたのだ。これも座を組んでビジネスモデルを独占した。本の最終第4章第4節は別世界をなしている。ここが、『鬼が作った国』の入り口らしい。
真夜中、枕元でゴトッと大きな音がして飛び起きた。本棚の横板が落ちたのである。合板の竪板にピン穴をあけて、ピンを刺してその上に横板を置く作りになっているが、竪板は紙のように弱い。その棚には音楽とワインとスパゲッティに関する本が前後2列、7〜80冊入っているが、グラビア誌は重いようだ。95年の地震の時はこの本棚はなかった。6段あるのにもうイッパイである。途中で処分をしたが、年平均60冊のスピードで本が増えているらしい。数は大したことはないが、部屋の壁2面は埋まっているので数年で置き場所に困ることになる。
本棚は壁に裏をつけて置いてある。言いかえると平行に置いてある。これを垂直にすると、置ける本棚の数も増えて収納量が増す。いわば、マザーボードにCPUがソケットタイプで入るか、スロットタイプで入るか−という位置関係である(知らない人は余計分り難いか?)。横一列に並べるためには同じ種類の本棚に揃えるべきだ。倒れないように天に横木を通すか? 待てよ、この床は重量に耐えられのか。ウーン、目が冴えて寝つけなくなってしまった。トホホ…。
ではまた。
まいど。
先週の水曜日、プール上がりに恐る恐る体重計に乗る。やったぁー!大台を切りました。雷のポーズが効いたのでしょうか。それともエネルギーの出入りのバランスだけの問題なんでしょうか。ご飯よりワインが多かったからかなぁ? …いずれにせよ、よかった、ヨカッタ。で、面白い本イッパイ読んでるけど、まとまんないワケ。とうのも;
弥生時代が500年も前倒しになったってニュースがありました。これが、学問的にどの程度の影響なのか想像できませんが、稲作が始まった背景が変ってくることは分ります。そのまま日本の国の成り立ちにも及ぶだろうなぁ−とまで愚考できます。毎日新聞は、中国の年代と並列した新旧両説の日本の弥生時代前後の年代を図示していました。日本の弥生期の始まりが、従来説では春秋期の終りであったのに対し、新説では殷周革命(BC1027年)直後にあたることが見て取れます。従来説では、呉や越からの難民が稲の持ち込み者ということでしたが、新説はそうではないことを示しています。
で、ケノ的トンデモ古代学の知識からこんなスペキュレーションがでてきます。殷の遺臣である箕氏が、周の武王の要請を受けて朝鮮へ赴いたが、陸路ではなく越の海人と共に海路により封土に入った。そのルートは多分、山東省の連雲港−文登−朝鮮の仁川あたり。この一族が半島を南下し、九州や山陰に達した。彼らが稲作の持ちこみ者であったのだ−という可能性です。当然、ケノの場合、越の海人は閤明族(コウメイ族=シュメレンクル)でなければなりません。彼らが後に出雲王国を作るという分けです。ワッハッハ。
これにて、米(コーメィ)つながりの3題話終了。ではまた。
まいど。
5月だと言うのに台風がやってきました。日本も亜熱帯になったんでしょうか。するとマラリアなんかが流行りますよね。これは特に変だってことはないんです。瘧(おこり)の名で大宝律令に出てくるし、平安文学には「わらわやみ」はよく出てきます。平清盛もこれで死んだ。もう、お分かりですね。SARS の話をしようというわけです。
TVである人が、今まで中華料理は良く炒めていたのにハクビシンのしゃぶしゃぶが流行ったからだ−と言ってました。当りかも知れません。別のところでは、慨して中国人は排泄物に無頓着であることが問題だと言う人も。日本に入ってこないでいるのは奇跡である。清潔好きだからだ−と楽天的な発言もあります。でも年内には入ってくるでしょう。AIDS も BSE も通常の検疫体制では止められない。冬には「インフルエンザで良かった」って会話がされるという妙な予測もあります。
伝染病は、都市化が始まると起こります。強烈な病原体がいても次々に伝染しなと流行らないわけです。ペスト・コレラ・天然痘がその典型です。 STD に入る梅毒や AIDS も都市化に付随する伝染病でしょう。また都市化とは人間を自然から切り離すことでもあり、脱自然した人間が自然と再接触することで、病原体が入るわけです。都市化の果てに医学の進歩があり、医学は病原体を見つけそれに対する抗生物質を開発してきました。しかしウイルスは厄介です。生物と無生物の中間的存在ですから(そうそう狂牛病のプリオンも)。というわけで、今週のケノの流行り病は;
◎ 大和岩雄, 日本にあった朝鮮王国, 白水社
前に中野『八幡信仰』を読んだ。そこで宇佐の地に豊国奇巫のような大和朝廷も注目する宗派がなぜ生まれたか−が気になっていた。インターネットで検索するうちにこの本を見つけた。その答に近づいたようだ。すなわち古代の豊国は、秦王国と呼ばれた先進地域だったのだ。【つづく】
○ 山崎正和, 室町記, 朝日選書62
連休明けに読んだ脇田『室町時代』の延長。商品経済の拡大より室町はヤッパ芸能でしょ。一方で戦争の緊張を孕みながら、他方で活発な商品経済の発展を背景に、文化・芸術が開花した時期が室町である。その豊潤な文化を捉えた本。1973年に書かれ、1976年に選書に再収された。「月も雲間のなきはいやにて候」とは、わび茶お創始者、村田珠光の言葉である。煌煌たる月もダメ、勿論、雲ばかりもダメ−という美意識。室町の初期は、商品経済を背景に「婆娑羅」とよばれた豪華で人を圧倒的する美があった。そこに「臭み」を感じて早くも室町中期には微妙な陰りを伴った美に到達したのである。北山と東山の違い。【つづき】
最近、やたらに本を買います。ネットでポン!、プール上がりに本屋でポン!、出張先でも重くなるのにポン!…なんです。本を読んで、メモを書きます。他の人はどうだろう?って Google やるでしょ。すると関連する本が分ってくる。どうしても読まなきゃって気持ちになって、どこかでポン!です。でも、廃版が結構あります。これも2重に困ります。読みたいのに読めないだけではなく、本屋に行って関係ない本を買わせてしまうのです。そうすると、新しい領域に興味が湧いて、もっと読みたくなる。一種の中毒です。人格的、あるいは人生設計的にはどうでも良いのですが、本棚のキャパからして本年中に問題が発生しそうです。これが一番、頭がいたい。
ではまた。
26インチの神棚はイーかげんなもので、あれだけ騒いだ白い集団も SARS も出てこなくなった。白い集団は騒ぐべきではなかったし、SARS は今からももっと長くウォッチすべきだ。感染力と死亡率からして恐ろしい伝染病である。警戒は必要だもんね。最後のSはスポーツ番組。髪型を変えただの、コルクをいれただの、まぁ1回やれば良いような話を何回も出している。作り手の意図もあるだろうが、視聴率のフィードバックが掛るので、ほぼ自動的に視聴者の関心にあわせて放映時間が決まると考えて良いだろう。逆に見ると、その長短が平均的な国民の関心や欲求の割合を現わしているわけだ。するとイー加減なのは、神棚を拝む側の問題である。水母なす漂える姿が見えてくるんだね。というわけで、ケノの海月なす関心の行くへは;
◎鳥越憲三郎, 古代朝鮮と倭族, 中公新書1085
古代中国、越との戦いに敗れた呉の難民が、朝鮮半島南部や西日本に入りこんで古代国家の元を作ったという。彼らを「倭族」と名付ける。半島の先住民は、モンゴル人と混血したツングース族で、貊(パク)や シ歳(ワイ)と呼ばれた。後に、高句麗国や渤海国を作った民族である。倭族は、半島南部の海岸部から入りこみ、先住民を北へ追いやった。そして辰国を作るが、これが三韓に分裂した。その一つの馬韓をモンゴル系遊牧民族の扶余族が襲って百済を建てた。こうして古代極東国家群が成立した。
この倭族仮説の足固めのため、本は古代の各建国神話を検討する。扶余族の東扶余国の卵生神話はソックリ百済にあった。 シ歳族が建てた高句麗にもその修飾した話があり、扶余族の権威を利用するものであった。一方、辰韓は朴・昔・金3氏による三国連合であったが、金氏が統一して新羅となった。それぞれに卵生神話があって、扶余族の神話と骨格は似ている。このうち昔氏の神話は改作が少ないようだ。それは海が舞台で、しかも金官国(伽耶〜任那)に上陸しようとしてできなかったという内容を含んでいる。伽耶の神話は、新羅の朴・金両氏の神話に似て昔氏の神話を省略し、中国の神仙思想で脚色されたものであった。
実は、卵生神話の元は、漢王朝時代に東夷とよばれた中の徐国にもあった。これはもっと古い周の時代にあって、稲作の北上と共に周の北にあった燕国を通じて東北地方に神話が入り、後に扶余族がこの地へ進出した時に自国の神話として取り入れたものと考えられる。もう一方の新羅−伽耶系の卵生神話は、徐国と同じであり、鳥越氏はそれが民族の出自を示すものと考えた。
耽羅国(済州島)の神話を見ても、当時の政治権力の意向を反映していることが分かり、そのまま鵜呑みにできるものではない。物証が欲しいところだ。調べると、道祖神や鳥居の元祖のようなものが、中国西南部(雲南省)から朝鮮半島南部にあることが分った(写真で見るのが一番。よって省略)。沖縄の御嶽、韓国や済州島の堂、日本の神社の磐座(いわくら)も共通である。すなわち宗教的にもつながっているのであり、それは磐座や大木を聖域とする蛇神信仰が底流としていたと考えられるのである。
○内海邦彦, 入門白山信仰, 批評社
いやー面白かったというか、騙されたというか、2000円の本をT京出張の新幹線車中で読んじゃった。ナンカ、南宋の白文の幽霊譚を読んでるみたいなんだ(*)。白山信仰にかかわる調査と旅行記なんだけど、アチコチ話が飛ぶ。書いている時点/旅行中の観察/文献調査や歴史上の話が2つ3つ。これらが並行して進んで行く。一言であっという間に別世界に入ってしまうので、そう感じたんだ。加えて、『今昔物語』や三好清行の子浄蔵による『秦澄和尚伝記』から神通力や身代り観音の話も引いて奇想天外。他に、菊理姫やらホツマツタエやら、果てはユダヤ人渡来説やら出てくるが、研究と言うより調査記録といったところかな。
書き手が小説家だけに話が上手い。例えば、本のツカミも泉鏡花の奇癖や奥さんの話だし、今昔物語をアレンジして房中話にしてみたり、極めつけは、命連という修行僧が托鉢用の鉄鉢を念力で宙に飛ばせるのだがこれが40頁に渡って飛んだままだ。始めは解決は未だかと気になってたけど、そのうち忘れてしまう。すると「先に述べた…話を思い出していただきたい」と来る。と突然、鉄鉢が宙に浮いてる時間の長さを感じてしまうという仕掛けだ。
その昔、白山に登ることを禅定に喩えた。すると登頂は禅頂となる。白山の開祖秦澄の生立ちのところでチラっと出てくるのだが、最後には79歳での白山禅頂の自慢話で落ちになる。読ませてしまうのだ。言葉は悪いが、なかなかやり手の爺である。とは言っても 1994年末に亡くなった。享年84歳。阪神淡路大震災に遭わなかったは、白山妙理権現の霊験かも知れない。合掌。
(*) 田中貢太郎, 『支那怪談集』, 桃源社 あたりだね。
○谷有二, 山の名前で読み解く日本史, 青春出版 PlayBooks
名付けるとは人の思い入れの反映であるから、その時のガイストが漂っているものである。本は、山の名前から日本史を読み解こうと言う。そのためには、文字ではなく音を重要視し、似た名前は書き並べることで何かが浮かび上がることを待ち、さらに方法論はないが言葉遊びのような暗号解読を試みるしかない。厄介なことに、その名前に音を借りて漢字を当てると、漢字の意味から本来の名付けとは異なる物語ができてしまうからだ。
安達太良山の名からからタタラ(製鉄)の歴史が見える。多々良・竜良・鈑戸など全国にタタラ山がある。みな鉱山や製鉄場があったことを示している。金草は金糞(鉱石ガラ)から来ている。佐奈・佐那は鉄のこと。「草薙の剣」は鉄製と言っているわけだ。伊吹や伊福部も火を吹くことに係る。ヒョットコのお面も実は火を吹いている。火男である。製鉄場の近くには片目男の伝説が付きまとう。炉の温度を火の色で見るために目を潰してしまうのだ。フイゴを足で踏む役は「番子」。足をいためないよう左右の足を変える。代わり番子という。桃太郎伝説は、製鉄にかかわるキーワードに満ちている。
また、山の名からは山岳信仰・修験道の歴史が見えてくる。柳田国男は「大同二年及び大同年間(806-809AD)は、神社仏閣の創建に非常に人気の高い年号である」と言った。特に天変地異が多かったわけではない。理由は…内緒にしておこう。金峰・蔵王・雲取山など、修験道や密教に係る名前だ。…なんと白山の話は入ってなかった、残念。
東北や北海道に行くと、当然、アイヌ語の漢字当て名ばかりだ。ここには興味はない。更に、マオリ語で…なんて話にはなっていない。まぁ、興奮中級度の境界領域本である。
今週のキーワードは、白山になった。先週の本『日本にあった朝鮮王国』からネットを辿って、Mansonge さんの頁に行くと、別の参考本として鳥越『古代朝鮮と倭族』があった。また、検索でかかった白山信仰の本は唯一『入門白山信仰』。不満がつのって山の本を調べたら、『山の名前で読み解く日本史』が出てきた。こうしてケノは、本にうずもれて生活するのであった。
ではまた。
まいど。
先週は、飲んだくれておりました。ヴェロネーゼ(バジルソースの)スパゲッティが上手くできまして、冷やしたソアーヴェ(白)が良く合います。雨がちでしたが、ご機嫌でした。で、午睡…。翌日曜日も買い物のあと、パルメジャーノ・チーズとモンテプルチアーノ(赤)で個人的に宴会。仕事はソコソコとのスタンスだし人とは交わらないので、ストレスなんか在りそうもないのですが、酒量が増えましたネ。本を読むのが悪いのでしょうか? ……ウ〜ン。
で、その本。パカパカ買うので現在20冊ぐらい未読の本がある。これも読書のうちで「積ン読」と言う。読まなくてもタイトルを眺めていると内容が頭に入る…ワケはないが、愛着が湧くので読み始めの抵抗が減る−という心理的な解釈もある。また、本はあるうちに買っておかないと消えてしまうので将来の担保とする−という生命保険屋的解釈もされる。もっとも「買ってて良かった」という掛け金回収の喜びを味わった覚えは一度もない。しかも、逆にあの時買っておけば…という悔しい思いは何度となくあった。ちなみに、今月の悔やまれるベスト3冊は、海津一朗『神風と悪党の世紀』講談社現代新書、『渤海国の謎』講談社現代新書、古田武彦『九州王朝』角川文庫である。
本への将来の担保行為は満足されず、買いそびれを悔やまれることが多いというのは、実は同じメカニズムに由る。それは、同じ関心を維持することが少ないからだ。一方、記憶は意外と長期にわたっており、過去のある時点でその本を手に取り興味ないワと置いたことを何時までも思い出す。しかも今読みたいのに読めないし将来も読めない−という喪失感とナイ交ぜになって、過去を思い出すのである。仕事であればイロイロ手を尽くすところ、成果の必要のない趣味の読書であるから、ネットで探す程度だろう。で、未整理の感情だけが残ることになる。要するに、本購入保険業が成り立たないのは、記憶の量が関心の量より必ず大きいことに由来するのである。まぁ、悔やむことを防ぎたいとのリスク管理というか強迫観念から、目に付いた本は買ってしまうのが正解。これがパカパカ購入のケノ的アポロジアである。
そんなわけで、今週の強迫観念の産物は;
◎窪田蔵郎, 鉄から読む日本の歴史, 講談社学術文庫1588
タタラを中心とした鉄産業にまつわる歴史の本である。帯びには「鉄を制する者が天下を制す」などと書いてあるが、政治に偏った話というわけではない。尤も、重厚長大産業の出現の以前から鉄は権力を維持する上で重要な存在だったので、鉄を語ることは権力を語ることであるには違いない。3つの品物でそれが代表できるだろう。刀、農具、鉄砲である。刀は武具であると同時に古代では権力の象徴であったし、中世から近代では美術品であった。鉄器具は、器などの祭具から本当の農具・工具へと役割の変遷があった。鉄砲や大砲は始めから武具であり、製鉄と鉄加工の一つの終点であった。【つづき】
例の3色ボールペン読書法のおかげで、とうとう青だけがなくなったので、換え芯を買いに行った。ついでに本屋を覗く。前回の『山の名前で読み解く日本史』にタタラの話があり興味が出て来たのだろう、パッと目に入ったのが『鉄から読む日本の歴史』。
読むのは速かったが、まとめるのに手間取った。切り口が、スポンジケーキをチェーンソーで切ったみたいになるんだネ。それに3色ボールペン読書法をしやすい書き手としにくい書き手がいることも分かってきた。3色ボールペン読書法も万能じゃない。本のまとめができるのは、最終的には内容を記憶して頭の中で話が再現できる段階なんだ。その前段階の一手順として3色ボールペン読書法があるわけで、前にも書いたけどメモが重要になる。やっぱり手を動かさないと頭に入らないようだ。……ウ〜ン、飲み過ぎの原因はこれだったのか? ……飲みながら考えよう。
ではまた
夏になるといろんな楽しみが待っている。梅雨真っ只中というのに待ちきれず、手をだしてしまった。
ケノ的には第一が食べ物で、それはトマト冷スパ。作り方は簡単だ。
ワインを飲みながら、トマト冷スパをいただく。夏がやってくるのだ。
夏休みの工作も楽しみである。大人になって出来なくなると、代わりに日曜大工をしたり、PCを組みたてたり、それもママならなければ、ケノ的には文具なんかを工夫して遊ぶ。ケノが通勤に使っている超A4サイズの黒い鞄はケブラー地のソフトな奴なので、購入草々に固いプラ板をサイドに入れてA4紙が折れ曲がらないように工夫した。本体には本、手帳、NヨCのモバギR550 他(例えばソムリエナイフ)を入れていたんだけど、近頃、モバギの代わりにカセットコーダー(Sону, Clear Voice)と折畳みできるヘッドホーン( Auδio τechnica )を入れるようになってスペースが空き、手帳や本が倒れるようになったのだ。いろいろ試した挙句、ポリプロ製の 45x150x150 で天が空いている箱を見つけた。なんと CD-Folder のケースである。これにサザBの皮製B6ブックカバーに包まれた新書本と Knocks のスリム手帳とがスッポリと入る。取り出しは楽だし、もう倒れることはない。工作にはならなかったが、花丸がもらえそうな工夫であった。
で、その鞄に入れて1週間を過ごした本は;
◎近藤喜博, 稲荷信仰, 塙新書052
稲荷山は、雷神に対抗する霊所であった。山に鏡を2枚置いて目となし、悪さをする雷神を睨み返すのである。雷神は、己が蛇であるから、鏡の目をみるとその大きさの目を持つ別の大蛇(神竜頭太)を想像し、恐れて近づかないのだ。この置目の鏡を置く役である巫女が雷神に狙われるかもしれない。そこで呪術的に保護する方策をとった。それが稲である。鋭い穂先の植物は魔よけの効果があった。また米は小目(コメ)であり、置目の大目と対応関係があった。これが稲荷信仰のスタートである。
置目の鏡のかわりに鏡餅や弓の的も同じ効果があった。端午の節句に拭く菖蒲を取りに行く時も笠をかぶった。片目でも大目であった。その菖蒲や萱も、稲穂と同じ longifolia の魔除け効果がある。それが後に杉へと移って行った。近藤は書いていないが、柊の葉の刺も同じ部類であろう。コメは何も米に限らず粟や稗も古代はそう呼ばれていたようだが、稲の米に落ちつく。2個の籾を目の形に置いてみると良い。宇宙人のグレイそっくりで、如何にも魔除けの力がありそうである。ニニギの尊も高千穂に降臨したではないか。また、妊婦の部屋に籾を撒いたり束稲を置いたとある。これは殷の風習から来ているらしい。なおケノ的には、束稲は、白川『中国古代の文化』に出てくる満蒙にあるオボ(土示)を想起するのだが…。
稲荷山に巫女が居たことは、後の文学に証拠が残っている。稲荷詣でにはナンパの話が付き物であるし、祭神の豊宇加之売神は飯盛(いいもり)の役をなすからである。しかし奉る者は奉られるようになる。昔から狐の狡猾さは知られていて、説話では、人と雷神のハーフに対し人と狐のハーフの方が力は負けるが智恵で勝っていた。愛宕山と稲荷山の争いに相当する。狐は、キツネ命婦の話が伝わる如く、化ける時は女に化ける。稲荷山の巫女の記憶がそうさせるのかもしれない。稲荷山の神の一つは、大神(狼)だったかもしれないが、やがて狼を天敵とする狐に座を奪われた。更に稲荷山に密教僧が入り、稲荷信仰は複雑な呪術の枝を伸ばして行くのだった。
本は、稲荷信仰をめぐる文学的宗教史とでも形容したくなる薫り高いものである。こうして要約すると活性炭で濾過したコーヒーのようになってしまう。ソーマのようにバラモンの体を通して濾過すべき話なのである。
裏山の林から水蒸気が立ち昇るのが見える。トレビアーノ・ディ・ロマーニャの微妙に緑が入った薄黄色の液体がときどき視界をさえぎる。今日は海も空も見えないので、頭は神代の世界に飛んでいくのだ。雷電は、荒ぶる天神が降りて来ることである。しばらく川か森に潜んでおり、やがて虹が立つと天空に帰って行くらしい。大きな柱を立てると、それも神の帰天の手がかりになる。「立つ」とは「発つ」であり「竜」であると言うことかもしれない。すると目の前の水蒸気も「雲立つ」と表現するから、これも天神の砕けた分霊が天空に帰ることに違いない。雨も天神の分霊が降臨することであった。帰り行く分霊に感謝しながら、緑色の猿酒をもう1杯飲むとしよう。天神に乾杯。
ではまた。