どうもぅ。
開花予想は27日でしたが、ケノの住むM谷の南側では30日に咲き始めたようです。例年とあまり変らない感じです。すると満開が5日頃で、入学式は花吹雪が祝ってくれそうです。で、ケノは1日と5日が宴会です。ガハハ。
ところで世界水泳は競泳になり面白くなりました。どうもシンクロとか、別CHですが、フィギュア・スケートとかの良さが分りません。それに比べて競争と言うのは極めて分りやすいですね。世界新がたくさん出て、なかでも、フェルプスとマナドゥが光ってます。それに 1500m での予想をしましたが、朴泰桓が 400m で取りました。で、コンナの見た後に泳ぐと、思わずトバしてしまいますネ。昨日も、波と泡だけ盛大に立ててなかなか進まない新顔の「世界水泳選手」がいました。ヤレヤレ…。
ところで、女子 1500m 決勝の上位3人は16分を切っています。これって 50m あたり 32 秒ということです。信じられないくらい速いのです。ケノは 50m だけ必死に泳いで 39 秒ですから、会社を辞めて3年くらいコーチについてトレーニングしてヤット 50m だけ到達できるかも知れないというスゴサです。男子は 15分を切らないと 1500m決勝には出られないのですから、コチラは 50m が 30 秒に相当し、ケノはどんなに努力しても 50m 瞬間風速ですら無理です。
とは言え、オリンピックを狙わないケノのTISは、ダイブ進化しています。3000m を泳ぐあいだコンスタントに 60 秒は行けてるでしょう。左手掻きのときはたまに加速感が出ない時がありますが、右手掻きのときはスケーティング(滑ってる感じ)になっています。この頃は更に、腰の捻りを加えて腕の負担を小さくするようにしています。後は、キックでもう一段の加速ができれば言うことはありません。あと少しですね。というわけで、今週の通勤読書は;
○和歌森 太郎, 神と仏の間, 講談社学術文庫1798
民衆の世界における宗教現象を古代から近世にかけて述べたもので、仏教史や神道史とは違った融通無碍で複雑な宗教文化の歴史が著わされている。そもそも日本列島の古代の民は、祖先の集合霊が守護してくれるという宗教観を持っており、祖神(おやがみ)として祀った。それは、歳神や田ノ神といった産業神でもあった。神々は一族の意識をまとめる働きをしており、たとえ外来の神が入ってきても、その機能を害することがなければ受容れたのである。この性格は一貫しており、ここに外来の宗教が積み重なって複雑な宗教文化を創った。
すなわち、諸族の祖神を統べるため、天孫族は祖神ニニギノ命を日神の天照大神の子孫とする天津神の神話を成した。各地の守護神は記紀神話の神々の係累となっていった。また、仏教も祖神を排除することなく教理を浸透させた。典型が菩提寺である。一方、山岳信仰に仏教が結びついた修験道は、その盛りをすぎても、山伏が地域の守護神の世話をするほど溶け込んでいた。菩薩であった地蔵も講を通じて民衆に定着し道祖神と習合した。「えーじゃないか」には、民俗宗教化した弥勒信仰と「おかげまいり」の伊勢信仰との影響が見える。彼岸やお盆も仏教行事とは言い切ることができない種々の要素が絡んでいる。
書いているうちに4月になりました。またまたヒロさんが重大な発言を取上げています。あの国は因縁を吹っかけて何する八九三みたいですね、全く。それを読んだ上に、昨日は一日中、強い南風が吹き付けていたので、外出する気力が湧きませんでした。今日も風は治まったものの、曇りで少し肌寒く花見という気分ではありませんが、体を解しに泳ぎましょう。そして夜は宴会じゃ〜! ガハハ。そうそう、クレグレもピッチを上げすぎないようにしましょう。泳ぎも酒もネ。
そうそう、もう一つ。思い立って万年筆休眠作戦に入りました。手持ちの万年筆が1ダースありますが、インクが詰まる事故が出始めました。まんべんなく使っている心算ですが、実は差があって使わない物が犠牲になるのです。特にインクの出が少ない物は、敬遠かちとなり、余計にインクが滞留する。で、今あるインクを使い切ったら、インクを入れずに洗って保管しようと決めました。3本は会社で常時使っていますので例外ですが、家で使うのは1本だけとしインクを使い切るまで他を使わないというルールで廻そうというのです。多分、コレクターの方はそういう使い方であろうと思います。でも、ケノはコレクターの仲間入りをしたわけでありません。お金がありませんからね。
ではまた。
まいど。
やっと花見の時季を迎えました。きょう日曜日は、雨が止んでウッスら雲っていますが光は十分に満ちていて、昨日までの地方選挙の煩さから解放されて実に静かです。鳩と鶯と犬の鳴声が聞こえるだけ。八部咲きの桜も雨で散ることもなく雪洞のように手招きをしています。誘われて出てゆきたいところですが、昨夜も遣ったところですし、泳ぎすぎて節々も痛いので、布団から出ずに本を読んですごしましょ。
昨年の春は西行の本をまとめて読みました。今年はどうしようかと思っているところに「花にもの思う春−白洲正子の新古今和歌集−」という本を見つけたので、手に取りました。そのおかげで、枕元あたりは本が散らばり、ノート取で万年筆のインクが減ってしまいましたね。そうそう、例の万年筆休眠作戦は既に4本完了です。ここまで来て家庭用は2本残そうかナァと考え始めました。タイトル用の黒も必要だと理由を付けてね。というわけで、今週の通勤読書は;
◎白洲正子, 花にもの思う春, 平凡社ライブラリイー
新古今和歌集に取られた詠み手8人の人となりを和歌を媒介として描いたものである。紹介する8人とは、後鳥羽院、摂政太政大臣良経、藤原俊成、藤原定家、式子内親王、源三位頼政、藤原家隆、西行である。その話の枕に新古今集の文学的な位置づけを述べてある。新古今時代の和歌は<無内容>だとの釈迢空の説を紹介するあたりから、白洲流の深い理解となってくる。【つづき】
そういえば、先週の日曜日は世界水泳の1500m男子決勝があったのですが、以前の予想とは全く違っていました。ハケットが不調で朴は決勝にいない。僅かにジェンセンが4位という結果でした。
1 マテウシュ・サヴリモヴィッチ POL 14:45.94
2 ユリ・プリルコフ RUS 14:47.29
3 デービッド・デービス GBR 14:51.21
4 ラーセン・ジェンセン USA 14:52.98
ソープの薬物疑惑からの邪推ですが、同じ豪州のハケットも本当の実力が現れたのかなぁとも思えます。大枚が動きますから、スポーツは闇の領域を含みますね。西部球団以外でも大昔は入団手付金は当たり前でしたし、大リーグでは筋肉増強剤は普通だと聞きます。一応、これらは今は止めようという動きです。しかし、光が当る舞台の袖には影が必ずできますから、近い将来、ゴリラの筋肉やマッコウクジラのへモグロビンのキメラ遺伝子配列を選手に導入することを禁止するスポーツ協約が結ばれることに成るかもしれません。アハハ。
ではまた。
どうもぅ。
金曜夜は飲み会があり1次会で帰り、駅から深夜の道を歩きました。梅雨ほどではないのですが、湿った空気です。雨で半分散った桜の並木を通ると、クマリンの甘さ、ヨノンの粉っぽさ、それに樹脂の重い香りがします。こんなに桜の木の香りを感じるのは始めてかも知れません。木は、昼に炭酸ガスを吸って酸素を吐き出し、夜は酸素を吸って炭酸ガスを出します。だから、夜は桜の吐息を嗅いでいるのです。
明けて土曜日は曇りがちながら晴れ。裏の林の入り口の木が若葉で輝いています。いい季節になりました。このままズーッとこの時季が続いてほしいと思いますネ。
よい時季というのが政治にもあるのか、4月8日の地方選挙が済んだのを見計らって、国民投票法案が衆議院で可決し参議院へ送られました。法案は、選挙権のない18−19歳にも投票権があり、最低投票数(率)の制限がありません。選挙の投票率の低さから推量すると、有権者の20%で「過半数」になることも予想されます。これで3年後に憲法が変る可能性がでてきたのです。て、ことは……今から重工・重機の時代が再来するかも知れませんヨ。
先週は、新古今和歌集の春歌で憂さを紛らわせていましたが、今週はその『花にもの思う春』の詠み手、式子内親王の本を探して読んでみました。多分、15年ほどを経ての二度読みですから、初めてと同じです。読むほどに、悲劇を身近で見て時代から取り残されてゆく姿に溜め息がでて、読むんじゃなかったと思いつつ読みおえました。そして、まとめや感想も書きようもなく、結局、歌を写すことに始終しました。というわけで今週の通勤読書は;
○馬場あき子, 式子内親王, 講談社文庫
式子内親王の生涯と歌を紹介したものである。1153年頃に後白河の三女として生まる。1156年には保元ノ乱が起る。1159年に式子は斎院に選ばる。同年平治ノ乱。1169年病気を理由に斎院を退き「小斎院」と称す(16〜17才)。1172年妹の前斎宮休子薨ず(15才)。同年頃「前小斎院百首」。1179年後白河上皇鳥羽院に幽閉さる。1180年内親王の長兄以仁王や源頼政の挙兵不発。1181年定家式子邸に上がる「薫物馨香芬馥」。1185年平氏滅ぶ。1188年後見人経房関東申次となる。1192年後白河法皇崩ず。1194年「式子百首」。1196年橘兼仲妻の妖言事件に巻込まる。同年大炊邸へ移住。1198年後鳥羽譲位。1200年後鳥羽院への「初度百首」。1201式子薨ず(48〜9才)。「詠め」の人。
「今日までもさずがにいかで過ぎぬらむあらましかばと人を云いつつ」「山深くやがて閉じにし松の戸にただ有明の月やもりけむ」「恋ひ恋ひてそなたに靡く煙あらば云いし契りの果てとながめよ」「始なき夢を夢とも知らずしてこの終わりにや覚め果てぬべき」(前小斎院百首)。妹の死、閉じこもる心、激しい忍ぶ恋。以仁王反乱の衝撃は、一生をつきまとう心の忌日となって、五月そのものの意味をかえたにちがいなく、「河舟のうきて過ぎ行く波の上にあづまのことぞ知られ馴れぬる」。白河法皇崩ず、「行方もしらぬ」とまとめる以外なく、「にほひをば衣にとめつ梅の花ゆくへも知らぬ春風のいろ」。もう落飾後か「声はして雲路にむせぶ時鳥涙やそそぐ宵の村雨」、「桐の葉も踏み分けがたくなりにけりかならず人を待つとなけれど」。式子の見極めた50年の終局の思い、「花は散りてその色となく詠むればむなしき空に春雨ぞ降る」「ながめつる今日は昔になりぬとも軒端の梅よ我を忘るな」。
とまぁ、平穏に休みが始まったと云うのに、プールに入る前に、ゲッ!何だこの体重は!!と叫んでしまった。思い起こせば、水曜日夕飯のカレーは2杯だったし、会社で中華丼はライス大目にしたし、何より金曜日の飲み会で焼き鳥をたらふく食ったワナ。で、いつもよりガンガン泳いでサウナでも汗を十分かいて、さぁどうだと。でも何時もより1キロ増。帰り着いて、クタクタのため昼寝が夜まで。何時もどおりに食べて直ぐ寝て、翌日曜日もプールへ。同じくガンガン泳いで、やっと何時もより0.5キロ増に抑えてヤレヤレと撫で下ろして、また昼寝です。平和といえば平和、いつまでこんな小ボケ生活ができるのでしょう? 地動(地震)と妖星(彗星)は乱期の予兆です。ご注意ご注意。
ではまた。
まいど。
春歌は下の巻に入りました。林の奥にある皇女様がお出ましになります。まだ五分咲きですが、既にあたりの新芽の木々を従えるような風格があります。以前、この木に「若」の篆書や金文を見たのですが、今日は何となく、Villa Lobs の Bachianas Brasileras が連想されました。早速、YouTube を探すと、沢山出てきます。Marilia Vargas は貫禄があって山桜に相応しいですね。チェロが啼いて、これもすばらしい。Salome Sandoval のハミングもイイ。このバッカータ・チームも面白い。こうしてみると、無料のオンデマンドTVを見ているようです。ゴチャゴチャした課金システムなんかなくても、泡沫の娯楽は YouTube のようなもので十分ですね。
ところで、拳什乱射のニュースが経て続いています。恨国人学生による無差別殺傷事件、N崎市長の殺害事件、T京町打市立てこもり事件などなど。YouTube もそればっか。什器が出回って、管理能力がなく捻じ曲がった精神の輩まで所持できる程になっているということでしょう。米国の事件と日本のそれとは、方や堅気、方や八九三という違いがあることに気づきます。日本は非合法ですが、米国では合法的に入手できるということを意味します。
その昔、LAで暴動が起きて東洋人街が襲撃された時、恨国人商店主が短什で応戦している映像が流れていました。多分、米国で小売店などで商売する者は、護身のために什器を所持することが常識になっていると想像します。子は親がするように什器を手に入れただけ、ただ間違った使い方をしてしまった。治安が悪ければ良く売れる、売れると更に治安が悪くなるのですから、什器を売っている方はホクソ笑んでいるかもしれません。市民を食い物にする将に死の商人です。国家規模の軍事産業も同じ構造です。まぁ、とんでもない方向へ進んでいる国です。どこかで書きましたが、あそこは未だ20世紀の国なのですヨ。というわけで、話に脈絡はないのですが、先週の木の呼吸つながりということで今週の通勤読書は;
○林純一,ミトコンドリア・ミステリー, 講談社ブルーバックスB1391
初めはミトコンドリアの生物学上の説明だが、いつの間にやらミトコンドリアの機能低下が老化の原因だとする仮説とか、ミトコンドリアDNAの異常が癌の原因出だとする仮説を実験的に否定証明する論争の手柄話になってしまう。何せ著者としてはその論争が面白くてたまらないのだから。どうも、他研究者が持っていない材料・ツールを整備しておき、考え付いたら即実験するという体制をとることが大事のようである。とはいえ、高度で最先端の成果を分りやすく解説してある。また、初めの部分にある、L.マーギュリスのパラサイト仮説やらミトコンドリアの中にDNAを持つが一部であり、ミトコンドリア小胞の蛋白合成のDNAを核の中に持つこと、一つのミトコンドリアが少々異常を起こしたところで、細胞内の複数のミトコンドリア同士が物質交換して全体として正常ミトコンドリアと変わることなく酸素処理能を維持していることなど、少々古い知識の方がケノには嬉のである。
またまた脈絡はないのですが、机の中から古い万年筆がでてきました。当然、ビンテージ物ではありません。中学か高校生の頃に日記を書くために使っていたものだと思います(今やってる事とよく似てますね)。パイロットのカートリッジは径が変っていないようで、キッチリ差し込めました。でも、インクが出てきません。で、一晩、水につけて中を洗いましたが、ダメです。そこで、ニブのスリットにカッターをいれて隙間を広げてみました。すると十分出てくるようになりました。まぁ、ガサつくし書ける角度が狭いので、気持ちよく書けるという物ではないのですが、しばらく付き合ってみようと思います。月初めに宣言した万年筆休眠作戦はここに来て順延と言うところです。
ではまた。
どうもぅ。
今日からチョイ旅行します。朝から準備ですが、何故か万年筆を洗って手帳のリフィルを詰め替えてと、旅の空き時間の過ごし方の準備ばかりですね。更新は、帰ってからを予定しています。あっ、あとは本だわ。
では、よい休日を。
まいど。
4月中は晴れていて小旅行で顔が日焼けした程でした。今日は寒冷前線が通過して一転して寒くなり、旅行での筋肉痛も加わって、部屋でごろごろと「安静」にしています。旅行では1冊半しか読めず、今日中にあと1冊上げようと頑張ったのですが、ダメのようです。それでも、先週の読書分の要約は布団の中でできました。というわけで、早々に今週の通勤読書は;
◎中野正志, 万世一系のまぼろし, 朝日新聞社
悠仁親王誕生で小泉内閣時代の有識者会議の結論が棚上げされた。これで皇室に対する本質的な関心が薄れてしまった。一方で、男系論者は時を得たかのごとく温存された。これはひとつの危機である。… 本は多くの材料が示され、且つコラージュ風に配してあるので、よくよく読まないと著者の本心が見えてこない。各所で論じられ否定・排他の末に出てくるのは、…。【つづき】
どうも21世紀は閉塞の世紀になるような気がします。20世紀後半に資源の有限性が示され、さらにガイア仮説等から地球環境の人工的悪化が言われだし、21世紀は下世話な政治家までが地球温暖化を言い始めました。技術にしたところで、根源的進歩ではなく、応用技術・水平展開です。ネットの世界は水平技術の最たるものです(それでも革新的ですが)。政治や宗教も相互理解よりも対立が表に出ています。経済の世界だけがグローバルになって逆に不均衡が目立ちます。何か、こう、天井を突き破るような画期的な変化が望めない、そういった閉塞感です。こういう時は何を思えばよいのか? 未来に投企できないのですから、過去へ内へ進むことになります。新中世とでも呼びましょうか。
とは言え、近頃、スゴい発見が続いているようです。先ず、ダイヤモンドより硬い物質が合成されたこと。ReB3(三ホウ化レニウム)という金属化合物で、室温ででき、ダイヤモンドに傷を付けることができると。もう一つが、重力の秘密が分ってきたとの話。重力は質量重力と慣性重力がありますが、ここでは後者のほうです。素粒子より小さいクオークは重量がないとされています。それを減速させることができる力が重力に相当しますが、それを何かスゴいシミユレーション計算をやって証明できたとありました。何かよく分かりませんのでコウしか書けませんが、アハハ。21世紀の世の中になって、応用技術ばかりで便利にはなっても世界観が変るような発見はなくなったと思っていましたが、科学技術の世界だけは、まだ捨てたモンジャないようですね。
ではまた。
どうもぅ。
とうとう連休も終わりになりました。3日の旅行、中休み、4連続のプール、そして今日の安息日です。収穫は、本の読了が2冊、購入が4冊、それにデルタのドルチェ・ビータ万年筆のパチ物を送料込みで2千円でゲットしたことです。
ヤフオクの購入だけなら登録のみ(無料)で可能になったので、「万年筆」と打って様子を覗ったところ、定価一万六千円でソックリさんが出ていました。その名も「甘い生活 南イタリアの太陽レジン」、希望価格5千円、初値千円でした。業者は萬佳サンです。以前、セーファーの鉄ペンを買い、なかなか良かったので15分前に¥1200 入れたところ8分前に他から¥1350 が入りました。で、5分前に¥1400 をいれ、¥1500 が付いたら止める心算でしたが、結局¥1400 で落ちました。税・送料・ヤフ手数料を込みで¥2000 ですから、まぁどんな物がきてもOKです。
翌日には物が来ました。デルタのそれによく似ていますが、オレンジは若干くすんでいて、キャップの頂に象嵌がなく、リングの模様もちがいます。ニブには細かい引っかき傷がありますが、一応ドイツ製のロジウムでした。軸とニブ切割りのラインが通ってなかったので、力ずくで合わせました。クインクの青黒を入れ書いてみると、当りは硬めで、滑らかに書ける角度に制限はありますが、フローは十分でナカナカいけます。Mとありましたが、中細ぐらいです。これを中国製と割り切ってしまえば、良い買い物をしたと思います。
他にしたことはないのかと思い返せば、そうそう読書ノートの合本をしました。読書ノートはイロイロなA5綴じノートを試したのですが、玉子製紙の Apica 千年紙ノートが一番使いやすいのです。肌触りはフールス紙に劣りますが、やや厚く再生紙であっても万年筆での書き味は大差ありません。わざわざ円善まで行かなくても、近所のDIYで格安で買えます。気にいらない点は 50枚のノートしかないこと。燕ノートは 100枚があります。で、本棚での保管がしやすいように、3冊を合冊製本して単行本並みの厚さにしました。表紙を1センチ残して切りホチキスで止めます。背を製本テープで止めて背表紙を貼って出来上がりです。厚さが 18mmあるので、本棚への収まりが良いですね。
GW初にまとめた『万世一系…』に次本がでてきて、どんな天皇論が出てくるかと期待したのですが、まぁ「ベ平連」どまりでした。しかし、初夏の爽やかな風のような読み物でしたね。というわけで、連休の成果は;
◎鶴見俊輔, アメノウズメ伝, 平凡社(1992)
アメノウズメという魅力的な女性の系譜を現代にまで線引きしたものである。副題に「神話からのびてくる道」とある。12の章立てだが、その題もなかなか中身を想像しにくい。論理より連想が立った本である。…いわば、仕掛けの凝ったラヴレターなのだ。無粋を承知でケノ的にコンプレス版を作ろう。【つづき】
中国と言えば、時計やバッグなどの工芸品のパチ物を思い浮かべますが、国営のニセ・ディズ二ーランド石景山遊園地には笑いました。カワユクないミッキーの他にも、ヤーさん傷のあるキティちゃん、シャモジのようなドラエモンも映っていました。考えてみれば、ケノの小さい頃の日本もパチ物だらけだったような気がします。騙されるほうが悪いのです。それを知って成長したのですが、仕掛けている方を悪意の塊だとは考えませんでした。製法やビジネスモデルの習作であったり、コストの制限からであったりと、それなりの事情というかイイワケが理解できました。そうそう MSDOS の頃はコピー・ソフト屋さんがソコココにあり個人使用ではお世話になりましたヨ。だから、中国のパチ物には目クジラは立ちませんね。まぁ、不利益を被っていないからでしょうが。オリンピック前後で変化がありそうにも思いえますね。
ではまた。
まいど。
今のところ腑抜け状態です。GW連休明けのリハビリの心算で会社に行ったのに、どんどんジョブがやって来るのです。バタバタと処理して、金曜日の夕方には耳鳴りがする始末でした。で、いつもより遅いながら、リラックスしようと泳ぎに行ったら、水の透明度の悪さにストレスを感じて帰ってきました。その翌日だから、腑抜け状態です。あッ、泳ぎは快調で、耳鳴りは治まりましたヨ。
腑抜けと言えば、先週書いた「石景山遊園地」ですが、キャラクターを撤去したようですね。あれだけネットで知れ渡ってしまい、WTOにも加盟したし北京五輪もあるしで、急遽対応したというところでしょう。でも、屁理屈でもよいから反論して一応の正当性を言った上で止む無く撤去したというポーズをとる位のことをしてもよかったのじゃないかなぁ。こうなるのは分りそうなものなのに、ソコに仕込みを入れていないなんて、パチ物屋さんの風上にも置けない。腑抜けですね、ってケノがいう話でもないのですが…。
腑抜けつながりで言うと、眠主党も参議院での「国民投票法案」への対応がなっていないですね。委員会採決が終ってから「対決色を強める」と言ったところで始まらないじゃないですか。4月はいったい何をやっていたのか? もっと街頭宣伝などしてもよかったのでは。2つの首長選挙に挟まれて国会どころじゃなかった、なんて、自眠−公謎の狙い通りに運んだってことでしょ。腑抜け政党ですネ。
ところで、内容を無視すれば、国民投票という制度を立ち上げたこと自体はスゴイ進歩です。本人確認や投票内容など真正性証明の問題があるので、暫くは投票所での紙による投票が続くでしょうが、やがてケータイやパソコンで国民投票するようになります。そして憲法改正から法律一般へと対象が拡がる。するとアンケート感覚で法の是非が問われることになります。これと並行して、法の是非について如何に上手に国民へ解説するかが政党の仕事になります。勿論、感覚による誘導も「解説」の要素になります。こうなると政治が見通し良くなってよいかも知れません。一方、これらの解説に乗せられて、オバカな投票をする国民が多数できて、腑抜け国家になるかもね。
腑抜け国家といえば、『国家の貧格』などで知られる富士原正彦という数学者が、13日の朝のTV番組で、教育について「なぐれ」「国語をやれ」と息巻いていました。日本人は江戸時代に「読み書きソロバン」と言うように教育の本質を掴んでいたのに、明治・戦後・バブル崩壊という3回の変動で忘れてしまったのだと。面白かったのは、小学校からPC導入するとPCを作る人がいなくなる、株をさせると金以外に価値を見出せなくなると言った後で、90年代のバブル崩壊で日本人はオロオロしてしまって精神文化のよい所を失ってしまったが、そう騒ぐことでもなかった、「たかが経済」だと。
隣にいた中曽寝元首相は目を瞑ったまま。たぶん「されど経済」と呟いていたでしょうね。その後、何を思ったか、昔の先生は偉かったと思い出話。大人はもうダメだから自ら本に手を伸ばす子供を育てて託すしかないと富士原氏が言っているのに、ボケた竹邑某は「だからどうすればよいのでしょうね」と高みから口を出していました。この画面は緊張感があって久しぶりに面白いTVだったワ。残念ながら、下の2つのVTRの直後なんですが…。どなたか、続きを見つけてください。
最初に伏線を置いてあるのでお分かりでしょうが、今週の通勤読書はナシです。GWに読み散らかしていて、先週の1週間で何れも読了できませんでした。こんなこと初めてです。読んでもマトまらないということはあっても、読了はできていました。腑抜け状態で、YouTube と水泳と万年筆「甘い生活」に時間を取られすぎたこともあります。要は受身の生活になってしまった。そこで想像するんですが、OnDemandTV 時代が来ると、コンテンツのない腑抜け人が増えるでしょうね。富士原正彦氏の発言は正論だわ。
ではまた。
どうもぅ。
なんだか寒気団がやってきたとかで、実に爽やかな風です。天気は快晴で、南は加太の瀬戸、淡路島の西には四国の讃岐山脈まで見通せます。モヤが晴れるというのは実に気持ちよいものです。気象だけではなくTISの泳ぎ方にも起きました。それは後段で掻きましょう、じゃなかった書きましょう。
この気候のせいか、先週の腑抜け状態から脱出できて、本がよく読めます。会社の事務所にコーヒーサーバー(棒だらけだ)が入って昼食後の読書と珈琲の組み合わせも快適になり、眠気を催さず30分強の読書時間が確保できました。というわけで、早々に今週の通勤読書は;
◎五来重, 石の宗教, 講談社学術文庫1809
実に興味深い本である。古代人はすばらしい自然観察者だったに違いない。そこからアニミズムが生まれた。本書は、石への信仰がベースにあって、仏教も神道もこの民衆の古い信仰の上に乗っているに過ぎないことを、実に分りやすく書いている。石仏という物証があることも強みだ。…近頃、首が伸びた(長野日報)とかで再び注目を集めている「万次の石仏」が本の表紙となっている。長野県下諏訪町東山田の「浮島の阿弥陀仏」である。最近の写真をネットで拾って比べたがそうは見えないが…。【つづく】
以前にTISの泳ぎ方において、「月丘で抱き寄せる」という掻き始めの極意が分ったと書きました。しかしコレは道の始まりだったのかもしれません。確かに掻くことで頭が浮くことがなくなり、体は水平かやや前傾を保つことができます。スピードも出るし悪くはないのですが、疲れが早く来るという難点があります。
TISのよいところは抵抗を減らして少しの力で滑るように進むところですから、そのためには反対の手が前方に延びきったときに掻く、すなわちフィニッシュ直前に力が入るというのが理想です。月丘で抱く泳ぎを忘れて、フィニッシュに注力しました。そこでは手首は反らしたほうが上手く力が伝わります。要は、手首を少し内に曲げて月丘で抱いて胸下まで腕をもってきて、次に今度は手首を反らしてフィニッシュに移って行く、その力加減とタイミングなのだと考えました。でも、この泳ぎでも 30分もするとやはりバテます。
5月の連休中に見出したのは、月丘で抱いて胸下まで腕をもって来るときも手首を反らせておくということでした。これで 15分の余力ができました。先々週の水曜日、一時間ノンストップのノルマを果たしキックをして腕を休めていたら、プールがガラ空きになり、上がるのも勿体ないので、脱力で泳ぎだしました。すると腕に力を入れていないのに進むのです。進行方向を軸として体が回転し、そこにラセン状に腕が巻き付くことで進んでいるようです。とりあえず、ラセンスクリュー泳法と名付けました。
実は、先週の土日からこのラセンスクリュー泳法の再現に注力したことが腑抜け状態の大きな原因でした。先ず、手首は反らし、掻くことを意識しないこと。体を上手く回転させること。腕の位置と回転のタイミング、腰で回転するのか、肩で回転するのか等々、ノルマの 3km の中で色々試すのですが、腕に力を入れずに進むという感覚にはなれませんでした。
そして本日、やっと肝が掴めました。再び象徴的な表現ですが、「鎖骨を水に食込ませる」という極意です。体の回転ばかりを注意していましたが、肩の水平動の方が大事であることが分りました。水中で肩は一瞬にして20cmを動かせますが、腕はそうは行きません。力を入れすぎると脱臼してしまいます(一回やりました)。伸ばした腕の肩を 10cm 前に突き出すと首肩は斜めになり水の抵抗が減ります。と同時に掻き腕の肩は 10cm 下がり、そのまま推力となります。ここが掻き腕に意識がなくとも進むことの原理です。更に、肩を入れると腰が自動的に回転して、例のラセンスクリューの動きができます。ただ、肩肩と意識すると上体が回転しすぎるので、鎖骨を意識するのです。
TISジャパンの WebPage にある泳法の解説を読むと、月丘も鎖骨も出てきませんが、気になる表現があります。「ヘソが横を向く」です。キックを回転と推力にするための呪文のようなんですが、これが未だ解けません。いやー、まだまだTISは奥が深そうです。
ではまた。
まいど。
最近、困ったことになっています。また体重が増え始めました。チャント週二回は泳ぎに行ってるのに、TIS の泳ぎが上手くなったのか、カロリーが消費されないからでしょう。そこで夜のウォーキングを再開しました。1kg のサンドバッグを足首に巻いて、夜9時前から50分間の早歩。例の「樽歩」の早歩き版です。汗がドバドバ出て、帰ってからのビールが美味い、ってこれが一番困ったことじゃないですか! というわけで、早めの今週の通勤読書は;
○岡崎武志, 読書の腕前, 光文社新書294
本好きによる本の世界への招待状である。ただただ面白い本を数多く読むこと、これが価値である。多くの本の紹介がされている、いわゆる「本の本」である。読書家と呼ばれるなら紹介した本のうち読んだ本の数が指標になるという意味での「読書の腕前」であって、本の読み方を指南しているわけではない。とは言え、読書をするための生活の知恵は出ている。また「余は如何にして本好きとなりし乎」が一番書きたいことだったようにも見える。因みに八SBKセンター4階へ出張帰りに立ち寄ったが、紹介された目ぼしい新書文庫は、すべて品切れであった。本好きには影響力が強い本なんだろう。
○小森陽一, 心脳コントロール社会, ちくま新書
濃墨劇場と呼ばれた前政権の高人気の秘密、911以降に侵略戦争へと突き進んだ超大国の異常な国民心理などが明らかにされている。1歳半くらいの口唇期の乳児における「快」と「不快」の二分割の心理状況下に陥った国民から政治的了解を取り付けていたのである。その方法は、父藪元大統領の肝いりで研究された「脳科学」にあった。
マスメディアが大きく報道した事件は、ある種のメッセージ、社会的集合意識を持っている。これを連想するような刺激(キュー)を与えると、人は無意識にそのメッセージを思い出してしまう。これと更に連想が続く内容を準備して「二択」を積み重ねることで、思い通りの結論へ導くのである。二択が成立するのは、記憶なり将来予想なりをある枠の中に囲い込んで他を考えなくさせているからである(フレーミング)。無意識の連想をするのは、人が言葉を使うからである。言葉を覚えるとき物語を介して憶える。だから特定の刺激(言葉・映像等)を受けると、物語モードの連想をしてしまうのである。そこに二択の一方が連想の延長上のものであったり「快」と感じるように仕込んでおく。人は自分で判断していると思っているが、決められた道を歩かされているにすぎないのだ。消費も政治もこの心脳コントロールの網の中にある。消費は嗜好で決まる。政治は多数決で決まる。困ったことに某超大国のアンケート結果では、戦争は「快」なのだ。貧乏な独裁国家よりも恐ろしいかも知れない。
さて、この二分法マトリックス世界から脱け出すためのキーワードは「なぜ」である。正月に読んだ仲正昌樹『「分りやすさ」の罠』が哲学的二分法批判であるとすれば、本書は心理学的二分法批判である。二分法自身のマヤカシを暴き、現実を二分法世界と見なさず、第3の解決の道を探るのである。先々で異常な選択をしないためにも、仕込みの秘密を知っておくべきだろう。装甲車のような自家用車を購入したり、壺三に騙されたり、国民投票で誤った選択をしないために。
小森氏の本の冒頭に、近代になって都市機能が発達して人は「体力が低下」し、更に最近ではIT革命により「脳を使わなくて良い社会」になって「脳力が低下」していると書いています。ゲーム機で早押しクイズをしたり、TVでお笑いタレントが幼稚な問題に大騒ぎして解答する番組が増えていることも、その現われでしょう。
10年以上も前、桃井カヲリが「世の中バカが増えたからね」と言うCFがあって、クレームが付いて直ぐ「オリコウさんが増えたからね」に差し替えられたことを思い出しました。また、GSナビ付き子供用ケータイで「親ばか」を捩って「親カバ」を登場させたのに、それすらクレームが付いて「カバ」の歌詞がでないCFも連想します。裸の王様は指摘されるのが怖いのです。真綿で包んでおいて、消費社会を維持する他に生きる道がないのかもしれません。それをオタク学者は見通し失望したので、落語に血道を上げているのでしょうね。これって、「体重」からのケノ的連想なのですけど、分ります?
ではまた。
どうもぅ。
もう6月です。世間ではクールビズ期間に入りましたが、朝夕は半袖ではまだ寒いですね。真昼にプールへ向かう時は太陽の暑さに夏を感じ、15時過ぎに車を飛ばして帰宅する頃には気温も下がり爽やかな風となって、その中をいつまでも走らせていたいと思います。帰ったら昼間から一杯やるか?などお気楽なことを考えながら帰り着きましたが、そうそう、Web Page の庚申、じゃなかった更新をしなきゃいけない。で、また熱くなるのでした。
先週、出張帰りに八SBKセンター4階に寄って目的の本は買えませんでしたが、「追悼」とか「記念碑的作品」という帯が目立つ本が平積みなっている所に行き当たりました。奥付けを見ると半年以上も前に出ており、近頃置いたのではなさそうですが、「目に飛び込んでくる」ということは、読もうとするケノにとって新鮮ということですから、迷わずに買いました。というわけで、今週の通勤読書は;
◎阿部謹也, ハーメルンの笛吹き男, ちくま文庫
グリム童話でも有名な「ハーメルンの笛吹き男」という物語の成立の秘密を追ったものであるが、中世の都市の成立、支配者の変遷、都市の住民の構成、中世の身分制度、特に定住しない者の扱いなど、広い観点から見ている。それは、1284年6月26日の夏至に起こったとされる。しかし単純な事件ではない。中世はキリスト教が支配的な宗教ではあったが、その背後にゲルマンの異教信仰があり、これが物語と係わっているようなのだ。【つづき】
大臣と元特殊法人副理事が共に自殺するという前代未聞の事件が起きました。死ななきゃいけない程の悪さを裏でしていたと想像しますが、死は封印でもあるわけで、盛大な葬式が執り行なわれて事件は終ってしまった感があり、贈収賄の解明などできないまま、疑獄事件という前に♪チャンチャンです。次に何が起きるか。まず、緑資源何とかの解体論議がでますね、不正を隠すために。次に、米牛肉の輸入が加速されます。鬼籍大臣は地元優先の農政をしてたので輸入には厳しく当たっていたでしょうから(4月ニューデリー、5月ワシントン)、その壁が壊れると当然、輸入促進へと動きますね。確か合同調査団の結論は6月上旬に出るはずでしたね。BSE牛の輸入許可枠が20ヶ月以下から拡大されます、多分数ヶ月のうちに。
ハーメルンの笛吹き男には、後日談バージョンがあって、もう一度笛吹き男は帰ってきて「もっと恐ろしいことが起こるぞ」と捨て台詞を吐いて消えたそうです。
ではまた。
まいどぅ。
僅かの額のうえに増えた税金のため吹けば飛ぶようなボウナスをもらいボケナスと罵られている今日この頃ですが、皆様にはいかがお過ごしでしょうか。先日聞いた話ですが、ロト6で6億円が当たると聞いて宝くじ売り場に駆けつけた主婦がいたとか。笑い話をした後に、サマジャンボを買い忘れて3億円損したと嘆いていたとも。イヤー、同感です。
金金金です、世の中。記帳忘れ、天下り、同系列への譲渡。冗談でもよいからコチラにもお零れが回って来れば良いのにと、TVに手を合わせたくなります。平安末から鎌倉時代に貴族や寺社が荘園を作って公領が食われていきましたが、その頃から財力が価値となってきたわけで、室町時代に爆発的に広まり、戸倉という金融業がのさばります。こういった騒ぎについて行けない人もいるわけで、貴族は出家したのです。寺社へ貴族の子弟を送り込んだのは寺社を支配しようという意図があったわけで、出家した後にもう一度の出家(出寺)をすることもありました。彼はキンピカの仏像を拝みはしなかったのです。というわけでもありませんが、今週の通勤読書は;
◎白洲正子, 明恵上人, 講談社文芸文庫
鎌倉時代の僧、明恵の生涯を描いたものである。しかし、そこは白洲正子のこと、仏画の世界に入り込み、縁の寺や修行の山へと出向く。明恵は名僧であったが、道元・親鸞・一遍・空也・日蓮などの後に宗派の祖となった僧とも、歌人の西行などとも似ていない。明恵が、現代までにつながりを持つことといえば、栂尾高山寺と「夢ノ記」である。後者は19歳から40年間書き続けられたが、13世紀において夢の記録と分析を行ったことは驚くべきことだ。【つづき】
会社に万年筆を持って行くぐらい好きですが、ついぞ習字なんて考えたことはなかったのです。でも、下のカリグラフィーなんかを見てると、やってみようかと思ってしまいます。ただ、使っているペンのニブが特殊な物です。ミュージックかスタブのようです。少なくともカリグラフィーの世界では、弘法筆を選ばずではなさそうですね。金もないのに新しい「病気」が始まらなければ良いのですが。
ではまた。
どうもぅ。
今日も朝から爽やかな天気です。たしか木曜日(6/14)に入梅宣言が管区気象台から出たと思ったのですが、快晴ですね。予報によれば、明後日から雨だそうですが、ラ・ニーニャのため梅雨明けも早いと。晴れないのは政治と行政だけのようです。
以前、たったの \1400 でドルチェビータのパチ物を入手して、なかなか良かったので、又ぞろ面白いものはないかとヤフオクを覗いてみると、初値 \3000 からの良さそうな万年筆ピカソが出ていました。希望価格が \3500 ですから、\3000 を入れると即決のような気もしましたが、〆日まで4日あるので入れておいたところ、案ノ上、ケノ一人の入札となり落ちました。
思ったより細身でしたが、かなり重く色目もネットより濃く初期印象以上に高く見えます。パーカーソネットのルビーの横に置いても遜色ありませんネ。国産品であると、\8000 〜 \10000 にはなりそうに思います。21金のMニブで、ややフローが細かったので、切り割りにカッターを入れて心持ちコジ拡げたところ、潤沢に出てきました。1週間ほど日記や読書ノートに使ったら、滑らかさが出てきました。大当りです。こうして見ると、一流品といわれる万年筆が価格を吹っ掛けていることが分りますネ。人件費や販促費が乗っているのでしょうか? もちろんコレクター向けの限定品は考慮外です。
中世の政治や宗教の本を読んでいるのですが、その一次資料も少しは覗いてみよう、怖いもの見たさのつもりで愚管抄に手を出しました。美川『院政』で、「殿暦」「小右記」「古事談」「春記」「春秋記」「台記」等の日記が大活躍しているのですが、その一部でも垣間見えたらよいかなぁと。偶然目に付いたのが、「愚管抄」でした。慈円という天台宗の座主ですから、和歌だけじゃなくてオドロオドロした話も書いてはいないかと思って手にしました。というわけで、今週の通勤読書は;
○大隈和雄, 愚管抄を読む, 講談社学術文庫1381
慈円『愚管抄』の内容紹介から更に踏み込んで、保元の乱以降に貴族の世界が滅び武者(ムサ)の時代が到来したことを慈円がどう了解したのかを著す。愚管抄は、1220年(永久二)源実朝が暗殺された後に書き始められ、後鳥羽上皇が崩じ、1224年(天仁元)承久の乱の直前に終っている。本書の初は原文とその現代語訳であるが、抜粋であり食い足りないのは残念。すぐに解説となる。
慈円は「道理」という言葉を使って歴史の駆動力を考察し、普遍的な道理として、国王は皇室から必ず立つこと、藤原氏が天皇政治を補佐する役目であること、これらは神代の約束であることを確認するのである。慈円は「ナニ事ニモ サダメナキ道理」と書く。この最高道理が何故現実では変容したのか。神代から慈円の時代までの各時代を画する駆動力に聖徳太子・藤原鎌足・菅原道真・慈恵大師を置く。彼らは観音菩薩の化身であるという。万能の天皇がいたが、やがて補佐が必要となり、その補佐は藤原でなけらばならず、更に摂関家に絞られるのである。そう変るのがまた道理なのだと言う。それは、慈円が摂関家の一つの九条家の出であることに由る自己正当化であったが、同時に保元の乱の生き残りの老貴族から聞取り調査を行うという客観的分析の結果でもあった。歴史は現実の力というより「冥」領域の力により動かされていると慈円は考えたのである。この冥領域には怨霊・天狗・狐などもいる。慈円は、天台座主、大僧都という政治僧であるとともに、霊界の人でもあった。怨霊を排除する呪法による国家庇護という役目であることの自負もあったと。
本は同時代の鴨長明『方丈記』と北畠親房『神皇正統記』とを比較に上げて、愚管抄の政治性と客観性を際立たせている。なお、長明が不思議の原因として「さるべきものヽさとしか などぞ疑い侍りし」と書くのを「さるべきもの」と「さとし」に分けて何だろう?と大隅氏は書くが、これは「さるべき物恠」、物怪(モノノサトシ、もののけ)であろう。慈円が事件の原因に「怨霊」を置くのと大差はない。「さるべき」は人名をだすことを憚ったのだ。著者は読み違えたようである。勿論、本書の筋には影響しないが。まぁ、正直言って余り面白い本ではなかった。
ではまた。
まいど。
やっと梅雨らしく雨が降りはじめましたが、気温がそれほど上がりませんね。晴れていればそこそこ夏日ですが、曇り雨ならそうでもありません。ラ・ニーニャは小笠原気団が強くなるってのが定説と聞いています。でも今年は大陸の寒気団も残っています。雨が止んで晴れた朝は、爽やかですがすがしいですね。
すがすがしくないのが、この頃の事件です。まず、ミートホース(!)の牛肉偽装事件。牛肉に豚クズ肉を混ぜて牛肉として売ったのですが、社長自ら指示したことを会見で白状してしまった。イジリ易い性格なのでしょうね。TVに美味しいわけです。ところで、彼はかって均一混合技術で何かの賞を取ったとも報じられていますので、「術に溺れた」とも言えます。ゴッツ悪いという感じもしない。被害の規模や範囲は小さい。ただ嘘をついたのはコンプライアンス違反だってとこです(後から出てきましたが、ラビットちゃんを入れたりとか、長期間に及んだとか、ヤッパリ悪い奴です。でも、)社保のミスの方が被害ははるかに大きいのです。忘れていませんよね。
要は食品表示法の表示違反ですから、食品の安全性を脅かすような賞味期限に係わる雪徴牛乳や富士屋の件とも違います。TVが大騒ぎすることもないわけです。(2回目の訂正:雨水で肉を解凍するとは、言語道断です。食品の安全性を脅かします。無茶苦茶ですワ。とは言え、)騒ぎ方が面妖です(3回目の追加:初めから何か出ることが分っていたような騒ぎ方でした)。「合挽き肉」をわざわざ作りますね? 匂さえ良ければ牛の甘みと豚のコク味があって美味しさが増すのですから、混ぜるのは本質的に悪い(安全を脅かすも)のではない。なのにTVが妙に騒いだ。勘ぐってみれば、TVを見て「牛肉が足りない」と騒ぐのを誘うようなニュースです。米牛肉を全面解禁するための下準備のようにも思えます。ケノは米牛肉は臭いから嫌いですので食べたくありませんけどネ(3回目の追加:国会審議の目眩ましの感じもします。いつの間にか重要法案が通っちゃた)。
魚がイチバンですが、高くなった。森が消えて、近海の鯨が増えすぎて、魚が減ってきたのです。ところで、食えるかどうかは分りませんが、こんな「漁法」もあるのです。労せず大漁でしたと。
Fishing:
というわけで、今週の通勤読書は、大漁というわけには行きませんでしたが;
○平泉洸訳注, 明恵上人伝記, 講談社学術文庫526
白洲正子の『明恵上人』を読んで、エピソードの原形を知りたくなっていたところに、本書が復刊になった。原文、現代語訳及び簡単な語句解説からなる。幼少期に縁から落ちたり、火箸を頬に当てようとしたり、野犬に身を晒したり、耳をそぎ落としたり、鳥を襲う蛇を遠隔透視したり、「島殿」へ手紙を書いたりという話は、そのまま出ている。ところで、伝記の後半は抹香臭くなる。後の執権北条泰時との対話や仏教教理の話などからなり、弟子喜海の筆とされるが後人の手による作為がありありと感じられる。白洲と同じように伝記を忠実に描いたものに水木しげる『神秘家列伝(其ノ壱)』があり、概説としてはこれで十分だ。なお脱線もあるが、そこは漫画だから目を瞑ろう。なお、近畿地方の地図か「ちず丸」が必要である。次はいよいよ『夢記』に挑戦となるが、その前に河合隼雄を読んでおくべきだろうなぁ。
面妖と言えば、潮觧総連の建物を元拘安調査庁長官の弁護士がペーパー会社を通じて購入しようとしたという事件です。更に、総連側代理人が元月弁連会長の老弁護士だったとも。後者は元左系でその実タカリみたいな人物ですから、驚くには当らないのですが、前者は広島剣察庁長官も歴任した人で、なぜビル差押えの妨害までして潮觧総連を守らなければならないのかが分らない。剣察庁退官の際に便宜をはかってもらって借りができたか取り込まれたかで、エージェントになったって所でしょう。本貫説も考えたけど、ネットで出ないところをみると全くなさそうですネ。で、検察庁の動きも早い。電磁的公正証書原本不実記録同供用、何じゃそりゃ? 嘘を書いたって、ミートホース事件と同じ扱いをするつもりなんでしょうか。これも面妖ですね……。TVじゃ何にも分らない。見ると洗脳されるし、ならば日本語版 YouTube ですね(←ヲイヲイ)。
ではまた。
どうもぅ。
先週は、ミートホース報道に惑わされてコケました。情報が少ない時点では、予想をするのはよそう(←ヲイヲイ)。昨日の通り雨で空気が変りました、って天候のことです。これまで梅雨とは言え、なんとなく乾いていたのですが、今や湿っけて何でもべたべたします。キーボを打つと手首、座わるとオシリ、胡坐をかくと膝の裏、電車から降りて気づくシャツがへばり付いた背中。まるで♪ワンノートサンバかジョビンの小石ですネ(←そんなエーモンじゃないワィ)。
これまで汗をかかなかったのですが、さすがに金曜は朝の通勤では出ました。この頃、面白いのは地下鉄です。路線の半ばを過ぎると地上に上がり、西北西に郊外へと延びていて、最後の3駅くらいで緩やかにやや北向きに進んで行きます。すると減ってきてた乗客は進行方向左側の椅子へ移動を始めます。右側席では朝日が首に当るからです。せっかく車両の冷房で汗が引いたのに、また出始めることになります。それでも平気でスーツを着たまま新聞を読む人もいますが、あれはどうなっているのでしょう? 新陳代謝していないのでしょうか。ドロイドでもなさそうだし。というわけで、今週の通勤読書は;
○今谷 明, 近江から日本史を読み直す, 講談社現代新書1892
近江を舞台とした継体王朝から明治時代の大津事件までの歴史とそれに因んだ遺跡・建物等が書かれている。いわば、スケールの大きな地域史であるが、日本史上の重要なイベントには近江の地に何らかの関連がある。そこを、遺跡建物の紹介を織り交ぜながら、上手に紹介している。古代−中古−中世−安土桃山−近世近代と時代順に記載は並んでいて、古代では遺跡と歴史上の人物の本貫、中古では寺社等、中世以降は戦場や建物等が近江と関連付けて語られている。
大津京を詠んだ高市黒人の万葉歌「さざ波の国つみかみのうらさびて荒れたる都みればかなしも」を引いて、近江を「さざ波の国」「湖国」などと呼び、新聞連載のさいには本書を「時空散歩」とシャレて呼んだ。下手に遺跡めぐりや寺社めぐりをすると時代が前後してそれこそ時空はグチャグチャとなるものだが、本は時代軸を立て且つ社会まで見えてくる記述に支えられているので、その時空散歩はスッキリとしている。
以前、白洲正子の『近江山河抄』を読んでおり、それとの比較で言えば、『抄』が歴史というさざ波のうちにどうしても湖底を見ようとするのに対し、この本は、波の生起と波紋に目を凝らしている。湖底とは心や民俗宗教ぐらいの謂いだが、今谷氏は、例えば寺社領の聖地が崩れ行く様とか、比叡=日吉の巨怪さとか、時代の波のうねりを表現する。
どの時代も読んで面白いが、室町末期から戦国時代の記載はさすがに濃密である。佐々貴氏が六角と京極に分れて相見える皮肉など将に歴史である。とは言え、信長の野望が天皇に取り込まれて萎んで行くところなどは『戦国大名と天皇』のほうが丁寧である。また一層楽しむためには氏族系図と歴史地図を用意したが良い。なお、帯の「湖国が秘めた日本史の核心」とか本の題名にある「読み直す」という名付けは、講談社の作戦だから気にすることはない(網野を引いている程度だ)。読者は、ただ湖面に映る時代の流れを眺めればよいのである。
面白い現象をもうひとつ。昨年か一昨年から、通勤時に若い女性の日傘が普通の光景になりました。ジーンズとTシャツに日傘です。上腕までの黒い手袋をした人もいます。地球の両極でオゾンホールができるくらいだから、地球全体でも紫外線の地上到達率は上がっているので、対策が必要なことは分ります。そして傍目も気にせず、そうする人が増えたということです。中年オバサンのような黒い手袋を奇異とは感じなくなった。いや「傍目」という視点を持たなくなったということでしょうか。で、次に出てくるのは男性の日傘ですね。今年のうちに? 太陽はスッカリ嫌われていますネ。
ではまた。