私の生まれる頃に36−10の全国白紙ダイヤ改正が行われてから,
国鉄や経済の発展に伴い,ほぼ3年に1度の割で大改正が行われ
ました。ニュースなどの記憶では47−3から,時刻表が「読め」る
ようになってからは50−3が,そして撮影活動を始めてからは,この
53−10が初めてのダイヤ大改正となりました。皮肉なことに,この
改正が国鉄最後の「プラス」方向の改正だったように思います。
1978 9.23 早岐
この改正は,・全国的には上り下りの特急の号名がそれぞれ偶数・奇数になった,
・みどりの窓口の予約が1ヶ月前からできるようになった,・東北線系統の特急が
スピードダウンした(過密ダイヤの正常化のため),・特急の愛称標にイラストが
使われ始めた,でした。ちなみに,改正初日は10月2日でした。
佐世保線では,「あかつき」の二段寝台化のために14系15形が早岐に新製配置
されるという,画期的(?!)トピックがありました。
上画像は,改正1週間前の早岐です。新製配置とあってすでに15形が留置しています。
この時期は,「さくら」・「あかつき(付属編成)」「あかつき(基本編成)」「急行 西海」の
14系3編成と15形の編成の姿を見ることができました。(↓下画像参照↓)
1978 9.23 早岐
1978 9.30 早岐
当時の私としては,新製配置の15形以上に「あかつき」の基本編成が佐世保から
消えることに関心が向いており,オロネを惜しむ気持ちが強かったです。
上画像は,佐世保発最後の「あかつき2号」編成です。30日は1号が15形になり
2号は1日から使用開始と,それぞれ1日ずれていたように記憶しています。
もう佐世保には来ないと思ったオロネでしたが,16年後に「さくら」基本編成で
オシを連れて佐世保に帰ってくることになります。
1978 8.29 早岐〜大塔 あかつき2号
1978 9.30 早岐
新製「あかつき」新大阪行です。
左:大塔(回送) 右;佐世保(営業)
翌1日の列車が改正列車となるので,
この30日列車はこの日だけの,「新大阪」行
あかつき「1号」15形となります。
1978 10.15 早岐
改正から2週間が経った早岐客車区。左側は予備編成です。
「あかつき」は2編成とも15形に変わり,14系は「さくら」のみとなりました。
これから約2年間隔で国鉄はダイヤ改正を行いましたが,減量改正が続き,
この時から8年後の61−11改正で国鉄最後の改正を迎えることになりました。
(了)