父と周瑜と俺と





外から帰ってきた孫策は、父の部屋に行こうとして部屋の前で立ち止まった。
「あれ・・・?誰か来てるのか?」
中から話し声がした。
「父上、策です。入ってよろしいですか」
「おお、いいとも。入ってこい」いつもの調子で返事があった。
中に入ると、そこには孫策の良く知った顔があった。
「あれ・・・・公瑾?」
「伯符。お帰りなさい」
「なんでおまえがここにいるんだ?」
孫策の父、孫堅が座っている前に周瑜がいた。
「太守さまに孫子の兵法についてお話を伺っていたのです」
「兵法?」
「策よ。おまえもぐずぐずしていると瑜において行かれるぞ。瑜は賢いな、本当に」
父の言いぐさに、孫策は唇を突き出して不愉快さを全身で表した。
「ちぇっ。別に・・・・俺は机の前にいるより戦場に出て戦をする方が得意なんです」
「これからの戦は頭でするものだ。謀がなければ生き残っていけぬぞ」
孫策は父の言葉にますます不機嫌になっていった。
そしておもむろに周瑜の腕を掴んで言った。
「おい公瑾。来い!剣の稽古をつけてやる!」
「はいはい」
周瑜は孫堅に礼を言って、孫策と二人部屋を出ていった。


それからも孫策は何度か父と周瑜が一緒にいるところを見かけた。
そのたびに、孫策は不機嫌になっていた。
なんとなくそんな日が続いて、周瑜のところへは足が遠のいていた。
孫策が父の部屋に行こうとしたとき、たまたま部屋の扉が少し開いていた。
覗くつもりはなかったのだが、つい、声をかけそびれてその扉の隙間から中をうかがった。
孫堅は周瑜を自分の右隣において、書物を片手になにやら話しこんでいた。
周瑜は真剣なまなざしで孫堅の方を見ていた。
(あっ・・・・)
孫策はあやうく声を出しそうになった。
孫堅が周瑜の肩を抱き寄せたのだ。
周瑜の顔が少し歪むのを見た。
そして服の袷を開いて服を脱がし、周瑜の白い肩を剥き出しにした。
その様子を見ていた孫策は、かあっとなって、いきなり扉を開けた。
「ち、父上っ!何をなさっているのですっ?!」
息を弾ませて突然飛び込んできた息子に少々面食らいながら孫堅は言った。
「なんだ、いきなり。声くらいかけろ」
すでに周瑜は孫堅の腕から離れていて、脱がされかけた衣服を元どおり正そうとしていた。
「父上は公瑾に、何をしていたんです」
「何を・・・って」
「伯符、なんでもありません」孫堅の言葉を遮って周瑜が言う。
孫堅は息子がなにか勘違いをしているのだと、やっと気がついた。
そして笑った。
「馬鹿め、いくら瑜が美しくても男に手を出すほど不自由はしておらんぞ。おまえとちがって、な」
「なっ・・・・!!」孫策は顔を真っ赤にした。
「な、何を言い出すんです、父上!」
「瑜よ、こちらへ来い」
孫堅は再び周瑜を呼び、自分の隣に座らせ、せっかく元に戻した衣服をまた脱がせた。
「父上、なにを・・」
「見ろ、策。これを」
「・・・・・・!」
孫堅が無理矢理露出させた周瑜の白い肩にはどす黒い痣ができていた。
「さっき肩に触れたら痛そうな顔をしたんでな、怪我をしてるのだろうと問うた。だが否定するので、みせてみろと言ったんだ」
「これ・・・・あのときの・・・俺が・・・?」
孫策は数日前、自分の機嫌の悪いときに周瑜に剣の稽古をつきあわせ、そのときに誤って周瑜の肩に木刀の先を当ててしまったのだ。
孫策は心配したが、周瑜はなんともなかったふりをしたので、そのままにし、気にもとめなかった。
「すまん・・・・公瑾。俺、気がついてやれなかった」
周瑜の前にすとん、と座りうなだれる。
「いいえ、伯符。私が未熟だっただけです。大したことはありませんから気にしないでください」
周瑜は再び衣服を正した。
「・・・・それにしても、瑜は色が白いな。策が迷うのも無理はない。父としては少々心配なくらいだ」
そういって孫堅は含みのある笑いをした。
「は・・・?」
周瑜は首をかしげていたが、その隣で真っ赤になった顔を見せないように背けながら、孫策は周瑜の腕を掴んで立ち上がった。
「来い、手当してやる」
「あっ、伯符・・・」
周瑜はふりむいて孫堅に会釈をし、そのまま孫策に連れ去られた。


孫策の部屋で、周瑜は再び上半身を脱がされ、手当を受けていた。
「この薬草をすりつぶしたものをつけとくと、痛みが早く取れるんだ」
そういって、小さく切った布に薬草を塗り混み、それを周瑜の肩に当てる。
「ありがとう、伯符」
「いいって。もともと俺が悪かったんだし」
「・・・・なんだかここのところ、伯符は機嫌がよくなかったみたいですね。どうかしたんですか?」
「あ・・・・」
そういわれて、ついさっきまで重くのしかかっていた自分のなかの不機嫌の虫がすっかりなくなっているのに気がついた。
「伯符?」
孫策は目の前の周瑜の顔をじっと見つめた。
(原因は、こいつか)
「おまえさ、俺の父上のこと、どう思う?」
「立派な方だと思います。なんというか・・そう人を惹きつける力がお有りですね」
周瑜はにこにこしながら言った。
「・・おまえも?」
「そうですね」
孫策はなんとなくまた胸につかえるものを感じて、無意識に胸を押さえた。
「そういうところは伯符と似ていますね」
「そうかな・・・おまえは父上に仕えたいと思うか?」
「さあ、私は武人ではありませんから。・・それがなにか?」
「いや、いいんだ」
周瑜の肩に包帯を巻き終わって、結ぶ。
「さ、終わった」
「ありがとう・・・すみません、手間をかけさせて」
周瑜は服を肩に引き上げた。

「・・・・伯符」
「ん?」
「あまり変なことを考えすぎないようにしてください」
それだけいうと、周瑜はさっさと立ちあがって去ろうとする。
「あ、おい!なんだよそれ」
「お父上と私の間柄を変な風に疑ったでしょう。それ、失礼ですよ」
引き留める孫策の声に振り向き、じろっと一別する。
「・・・・・・・は・・わりぃ。だけど、おまえもおまえだ。あんまり父上にべったりするから・・」
「お父上を取られたようで、私に嫉妬してたんですか?」
冷たい言われようだった。
「ちがう!逆だ・・・・」
「えっ・・・・」
「やっと、わかった。この重苦しい気持ちがなんなのか。・・・俺、おまえを父上に取られそうで、父上に嫉妬してたんだ」
「伯符・・・・」
周瑜は意外そうな顔をした。
「おかしいだろ?父上に嫉妬してるなんて。自分でも変だとは思うんだ。だけど・・・」
「いいえ、伯符。私としては・・・うれしいです」
「・・・・・・・ほんとか?」
「ええ」
「そっか」
急に孫策はにこにこし始めた。
そして怪我をしていない方の周瑜の肩を抱いて言った。
「父上が俺の年には女が何人もいたんだってさ。・・・けど俺はいいや」
「伯符・・・それ問題発言ですよ」
「いいんだよ。おまえがいればそれで」
周瑜は少し複雑な表情をしたが、強い力で肩を抱かれたままその身を任せることにした。




(終)