護衛兵たちの宴会〜魏軍兵〜


 

今日は戦勝祝いで宴会だ。
俺達護衛兵も無礼講だってんで宴会に参加した。
気が付くと、周りは他の隊の護衛兵ばっかりになっていた。
それで酒がまわるうちにいつの間にか愚痴大会になったんだ。

「うちの殿、小さいからいつも探すんだよな〜敵に囲まれちゃうともうどこにいるんだかわかんねえんだ」
俺の隣で飲んでるヤツは曹操様の護衛兵らしい。
「あの人大将のくせにちょこまかと走り回るんだよな〜勘弁してほしいぜ」
そいつがやれやれ、というジェスチャーをしていると、
「俺の仲間の護衛兵は樊城攻めで全員溺死したんだぞ・・・それも敵と戦う前に・・・」
その隣でしんみりと話すヤツがいた。徐晃将軍の護衛兵らしい。
「ああ〜わかるわかる!あそこは鬼門だよな〜。ご主人守ってる場合じゃねえっての」
別の護衛兵が同意する。
「水攻めはいやだな〜・・・・ご主人が走るの速くないとヤバイよな」
俺は頷いた。
「うちのご主人にくらべたらマシだろ。俺走ってるといつもご主人追い越しちまうんだ」
そいつは曹操様の親衛隊長の許チョさんとこのヤツだった。
「そりゃ、あんたんとこの主人はあんなでっけえ武器担いでえっちらおっちらやってっからだろ〜」
俺はそう言ってやった。
「しかもこないだ敵と一緒にぶっ飛ばされた・・・みてくれよ、このアザ」
そいつは哀しげに言って鎧をめくった。でっかい青タンができていた。
同情するぜ・・・。
「ま、うちも似たようなもんだな・・・。ご主人の趣味で全員戟持たされてっから死ぬ死ぬ。俺なんかもう40番目の護衛兵だぜ」
頷きながらそう言うのは典韋さんとこのヤツだ。
「じゃあ、うちはまだまともだな。張遼将軍は部下に優しいぜ」
元気よく言ったそいつは張遼将軍の部下だった。
「ただ・・・こないだあの派手な帽子を赤壁でちょとだけ焦がしちゃったみたいでな〜すんげえ落ち込んでんの」
張遼将軍のあの帽子、相当お気に入りだったんだな・・・。
「いいな・・・部下思いのご主人は・・・うちの前の夏侯淵閣下なんか定軍山で、あの人がよけた矢があたった護衛兵が死んだってのに見向きもしなかったぜ。あのあとちょっとした騒動になったんだよな・・」
「ちょっとした騒動ってなんだ?」
俺たちは興味津々で訊いた。
「俺達護衛兵の間でそりゃないだろ、ってことになってさ、護衛兵全員で仕事ボイコットしちゃったんだ」
「うそ!マジ!?」
「ホント、ホント。走ってる間にちょっと横道で道草食ったりしてな。で、結果的に夏侯淵閣下は定軍山で亡くなっちゃったわけで・・・俺達全員処分されちゃったわけ」
「で、どうしたんだ?」
「俺達の仲間半分くらい逃走しちゃったんだけどな、俺とあと何人かは残って処分を待ってたんだ。そしたら夏侯惇将軍がだな、死ぬなら戦で、俺のために死ね、って言ってくれてさ〜」
「へえ〜かぁっこいいなあ〜!」
「だろ?で、今は夏侯惇将軍の親衛隊やってんだ」
そいつはちょっと得意そうに鼻を鳴らした。
いいよなあ、夏侯惇将軍。渋いんだよなあ、あの隻眼が。
今度は別の護衛兵がちょっと嬉しそうに話し出した。
「うちは大変だぜ。先をあらそってご主人の前にでようとみんな必死だからな!」
「あん?なんでだ?」
「うちのご主人の甄姫様のあの蹴りを正面から見たくて」
・・・俺はちょっと羨ましくなった。いいな・・
「あの脚で蹴られたらそりゃあ天国行くってもんだろ?なあ」
くそ〜そりゃあそうだろうよ!
俺だって行きてえよ!そんな天国。
だがそいつは他の護衛兵の嫉妬を買ったらしく、肘でこづかれたり鼻をつままれたりしていじめられていた。
ざまあみろ。
「・・・それにしてもこのまえの合肥新城はしんどかったなあ・・・」
だれかがポツリとつぶやいた。
それに一同うなづく。
「そんなに大変だったのか?」
そう訊いたのは、合肥新城には出撃していなかった夏侯惇将軍の護衛兵だった。
「ああ、もう〜た〜いへん!あとからあとから敵がでてきてさあ」
合肥新城に出撃していた護衛兵らは全員口をそろえていった。
「俺、敵のあの甘寧ってヤツに無双乱舞食らって死にかけた・・・」
「俺も俺も」
「俺の同僚なんか周瑜ってやつに延々空中に浮かされっぱなしでやられたぞ」
「みんな大変だったんだなあ・・・」
なんだかしんみりしてしまう。
「うちのご主人、あんな扇で戦おうってんだからもう、こっちがヒヤヒヤしたよ」
そう言っているのは軍師・司馬懿の護衛兵だった。
「司馬懿将軍て靴に何か仕込んでる?」
俺はそれとなく訊いてみた。
「?いや。特になにも。どうして?」
司馬懿の護衛兵は不思議そうな顔で俺を見た。
本当にわからないんだろうか?あんな不自然な動きをする人なのに。
「そうそう、訊こうと思ってたんだ、あの扇何でできてるんだ?」
ついでに俺は前からずっと疑問に思っていたことを口にした。
「そうそう、すげーよなあ、こないだはあの蜀の趙雲将軍の槍と鍔迫り合いやってたもんなあ」
誰かがそうつっこんだ。
「・・・そ、それは・・・とても俺の口からは言えない・・・」
司馬懿の護衛兵は青くなって口をつぐんだ。
「・・・???」
なにか人にいえない秘密があるのか?あの扇には・・・。
 

「ところでおまえは誰の護衛兵なんだ?」
他の奴らが一斉に、俺に話を振ってきた。
「俺か、俺はだな・・・これをみてくれ」
俺は鎧を脱いでみせた。
そこにいた全員が絶句して、哀れむような目で俺を見た。

「ああ・・・・そうだったのか・・・気の毒に」
「がんばれよ!くじけるなよ!」
「おまえに比べたら俺はまだマシか・・・」
「知らぬこととはいえ、すまん・・・元気を出せよ」
皆が口々に俺を励ます。

俺は鎧の下、裸の胸に真っ赤な薔薇のイレズミをしていた。
そしてその薔薇の花の上に「張コウ命」と刻まれていた。
そう、俺はあの張コウ将軍の護衛兵なのだった。

張コウ将軍の護衛兵は皆厳しい面接の後、このイレズミをしなければならないのだ。
おまけに言葉遣いから仕草まできちっと指導されるんだ。
槍はかっこうわるいから全員剣を使えとか、鎧はいつもぴかぴかに磨いとかなくちゃいけないとか、ドタドタ走るなとか。
練武のなかに剣舞なんてのがあるのはうちくらいなもんだろ。
なんたって「華麗に戦いなさい」だもんな。

だが俺はみんなが言うほど実はイヤじゃないんだ。
だって面白いから。
こんな戦ばっかやってると楽しみなくなるだろ?
あの人は見てるだけで楽しくなるしな(笑)
 
 
 

(終)