それは、曹丕に言われて今までずーーっと船の周りの水の中で待機していた張コウであった。
ずぶぬれの体からポタッ、ポタッ、と滴がしたたり落ち、寒さのあまり指先がこごえて「うらめしや」ポーズになっちゃっていた。
張コウ:う〜〜ら〜〜め〜〜し〜〜や〜〜
曹丕:ひぃぃぃぃ!で、でたーーーーー!!
李典:キャーーー!
楽進:ギャーーー!
夏侯淵:キャーー!
于禁:キャーーー!
荀ケ:誰だ!黄色い悲鳴をあげとるのは!
程c:ひょえうややぎょぎょーーーーっ!
荀ケ:誰だ!人外の悲鳴をあげとるのは!
荀攸:バカモン!ありゃ張コウじゃ!
張コウ:なーーーにが私に向いてる仕事ですか!あんな水の中で何時間も待たせるなんて!お肌に悪いじゃないですか!ブルブル。
荀ケ:というか、まだ合図しとらんぞ!
張コウ:合図もなにも、こんな状態で呼ばれたって、すぐに戦えるわけないでしょう。おまけに腹も減ってくるわ、楽しげな笑い声は聞こえるわ、もう悲しくなってきましたよ〜(グスン)
甘寧:もしもし。
夏侯淵:む?
甘寧:お取り込み中のところすまねえが、これ。なんとかしねえとまずくねえかい?
甘寧に言われて夏侯淵が船の床を見る。
夏侯淵:うお!惇兄!!
そこには夏侯惇が倒れていた。
夏侯淵:貴様!惇兄に何をしたぁ!?
甘寧:なんもしてねえって。そこの水びたしのやつがうらめしや〜ってでてきたときに泡ふいてぶっ倒れたんだ。
夏侯淵:な、なん・・・・!
あわれ夏侯惇。
この時のショックの余韻が、後に彼の命を奪おうとは誰が予想できたであろうか。(嘘だけど)
呂範:まあまあ、とにかくそんなずぶぬれじゃ寒かろう。こちらへきて暖まったらどうかね。
張コウ:ああ〜かたじけない。
陸遜:温かい酒でも飲んで暖まったら良いでしょう。
張コウ:遠慮なくいただきます。(ぺこり)
荀攸:・・・・オイオイ。
荀ケ:・・・・作戦大失敗の巻。
程c:チャンチャン。
荀攸:って、おい!どーするつもりだ!?
程c:どーもこーもならんだろう。こうなったら呉軍全員酔い潰して逃げるしかない。文謙、皆にそう伝えよ。
楽進:わかり申した!
李典:・・・まあ、いう迄もなく敵味方関係なく実行してますけどね・・・。
孫権:曹操殿、わしゃ〜もう飲めんぞ〜。
曹操:いやいや、まだまだ。
孫権:いやいや、あんまり飲むと叱られるのだ〜。
曹操:ほう!呉主を叱るとは無礼なやつ。どいつだ、それは。
孫権:それはな〜・・・ひ・み・つ!ぶははは!
曹操:そんなことをいわんと教えてくれい!
もう出来上がっている孫権の肩を叩く者がいた。
孫権:なんだ、徳謀か。何用だ?
程普:殿、そろそろ合図を。
孫権:合図?何の?
程普:伏兵の・・・でござる。
孫権:あー!そうだった。すっかり忘れておった!
張遼:・・・でな、儂は呂布に言ってやったのだ。
太史慈:ふむふむ。わかるぞ、その気持ち。
張遼:そうか!わかってくれるか。
太史慈:俺も劉ヨウのところでは随分不遇な目にあったからな。
張遼:おぬしも運がない男よのう。
太史慈:いや、そういう目にあっているからこそその後のご主君が光り輝いてみえてだな・・。
こちらの二人はいまだしんみりと飲んでいる。
許チョ:おーい、酒もってこ〜い。
呉の兵が樽から壺に入れて持ってくるのだが、それだと足りないらしい。
許チョ:え〜い、めんどうだ。樽ごと飲んでやるぅ〜
そう言って、許チョは酒樽の並ぶところへ行き、蓋をべりべりと開けて樽ごと持ち上げて飲み干そうとした。
許チョ:あぐっ!
于禁:ん?どうした?
許チョ:もぐもぐ・・・この酒な、なんか硬いもんが入ってるぞ〜
于禁:ん?うおおお!
于禁が見ると、許チョの口から人間が生えている。
それは当然朱然であった。
朱然:ぐわーーーーーっ!鯨が俺を飲み込むぅぅ!
許チョ:おえええええーーーっ
許チョの口から吐き出された朱然は空中でくるりと回転し、シュタッ!と甲板に着地した。
諸葛瑾:10点!
程普:甘い!8.7じゃ!
朱然:殿ー!おまたせしました!
朱桓:あっ!義封殿!でられたんですね!
許チョ:こ〜いつ〜まずいぞぉ〜
于禁:ムムッ!さては伏兵か!
孫権:あっ、義封!おまえ、なんでそんなとこに!まだ合図してないだろ!
朱然:え〜そうでした?伏兵っていわれたんでドキドキしちゃいましたー
呂範:バカ!
荀攸:何っ!伏兵だと!?
夏侯淵:やはり!
甘寧:何いってんだよ・・・伏兵なわけねーだろ!そんなちっこいの一人で。
楽進:うーむ。それもそうだ。
張コウ:そうです!伏兵というのは私のような者のことを言うのですよ!
荀攸:・・・バカ。
程普:なんと!やはり伏兵がおったか!
急にお互いざわめきたち、甲板でにらみ合いが始まった。
魯粛:こうなったら皆!曹操を抑えよ!
呂蒙:おう!
荀ケ:孫権を抑えよ!
夏侯淵:おう!
怒濤のように孫権と曹操へ兵たちが詰めかける。
仲良く二人で飲んでいた曹操&孫権は突然のことにパニックになった。
孫権:よせ!くるなあーー!
曹操:よるな!あっちいけ!男は嫌いじゃああ!
もう何がなにやらわからない状態になった。
しかも大半が酔っ払っている。
そして次の瞬間
孫権・曹操:うわあぁぁぁぁぁぁぁ
ばっしゃーーーん!
曹休:ん?
夏侯淵:おっ
曹丕:父上!?
程普:むっ
蒋欽:あれれ?
周泰:殿!?
甘寧:殿が消えた!?
朱桓:え?マジックショー?
あまりに大勢が一点に集中したので床板が破れ、二人は船底に落ちたのであった。
大きくあいた穴から全員が覗く。
曹丕:父上ーーー大丈夫ですかーーー?
楽進:殿ーーーー!
周泰:殿!ご無事ですかーー!?
朱然:殿ぅ〜〜〜〜!
見ると、船底にもたくさんの酒樽があり、二人は見事に一人ずつその樽のなかに落ちたのであった。
曹操:うほっ!酒だーーー!
孫権:酒の風呂だーー!
二人はちゃぷんちゃぷん、と波を立て、樽の中でゴキゲンだった。
魯粛:それにしても・・・
甘寧:なんて有様だ。
船底には伏兵がいるはずが、なんと全員酔いつぶれているではないか。
程普は朱然を隅っこに連れていき、詰問した。
程普:これはどういうことだ!おぬしが殿から伏兵を命じられていたのであろう?
朱然:そうなんですけどね〜徳謀殿。殿が言うには、呼ぶまで船底で酒でも飲んで待ってろ、って。で、私は樽から酒を出して飲んでるうちに、樽の中に落ちてしまってですね・・・。
甘寧:バカか!てめえは!
朱桓:酒樽の中にはいってたのはそういうワケだったんですね・・・。
程普:この、バカもんが!
朱然:うわ〜ん。
夏侯惇:う〜〜ん。
夏侯淵:お、惇兄、気が付いたか。
夏侯惇:ああ・・・なにやら悪い夢をみていたような・・・。
夏侯淵:う・・・。ま、まあいいさね。もうそろそろお開きみたいだし・・・。
夏侯惇:ん?伏兵はどうした?
夏侯淵:・・・・。
夏侯惇:儁艾のやつは?
夏侯淵:向こうで化粧直ししとる・・・。
荀ケ:・・・どうするかな。
程c:このままでは悔しいのう。
荀攸:とりあえず許チョ、おまえ、殿をお運びしろ。
許チョ:あいよ〜
魯粛:どうする?
諸葛瑾:このままでは悔しいのう。
甘寧:まだ暴れたりねえぜ。
陸遜:とにかく、殿をあそこからお出ししないと。
そして、それぞれが船底で自分の主君を樽から出していると、
甲板の方から怒声が聞こえてきた。
孫権:ん・・・?
呂範:お。あの声は・・・・。
程普:いや、そんなはずは。
その声の主は甲板から開いた穴から顔を覗かせた。
孫権:こっこっこっ・・
呂蒙:こっこっこっこ?
蒋欽:鶏でもいるの?
周泰:ばか、あれをみろ。
穴から覗く秀麗な顔。
孫権:こーーーきぃぃん!
周瑜:殿。そんなところで何をなさっておられる。
やけに冷静な声であった。
それもそのはず、真の伏兵とは周瑜公瑾、彼のことだったのである。
周瑜:いつまでたってもお呼びがかからないのでこうして出向いてみたが・・・いらぬ手間だったようですね。もう船はとっくに岸についていますよ。
曹操:なに!あれが周瑜か!
荀攸:ちょ、ちょっと殿!
曹操は部下たちを押しのけて天上を見上げる。
曹操:おお!聞きしにまさる美貌じゃ!欲しい!欲しいぞ!あの子が欲しいーーーー!
夏侯惇:やれやれ、また悪い癖がでたな。
孫権:だめだめ!公瑾は俺のだーー!やらん!やらーーん!
駄々っ子大会の様相を呈してきた船倉を見て、周瑜は溜息をついた。
しかし、その一方が曹操と知ると、顔つきが一変した。
周瑜:むっ!曹操か!これは好機。その首、今は亡き討逆将軍に捧げてやる!
周瑜が持っていた槍を船倉へと向ける。
張コウ:お待ちなさい!あなたの相手は私です!
周瑜:・・・おぬしは?
張コウ:私は張儁艾。美の使いです!
周瑜:魏の使いの間違いでは?
張コウ:美です、美!あなたも美周郎とまで言われた方ならば、わかるはず!
周瑜:なんだかわからんが、邪魔をするならば容赦はしない。
甲板の上で張コウと周瑜が美の戦いをしている頃、その下ではいそいそと退却の準備をはじめていた魏軍であった。
曹操:あの子が欲しい〜〜〜
夏侯惇:あきらめろ!あれは無理だ。
荀ケ:許チョ!船底に穴を開けよ!逃げるぞ!
許チョ:あいよ〜
許チョがその巨体で何度か船の底板を攻撃するとバリバリ、と板がはがれ、穴があいた。
そこから次々と魏軍の兵たちが逃亡する。
甘寧:なんて無茶しやがる!
陸遜:浸水してきてますよ!はやく脱出を!
董襲:殿!こちらへ!
孫権:うわーん公瑾〜〜!
董襲:ちょっとちょっと殿、暴れないでください!あぶないって!
甲板にいた連中も異変に気づき、すぐさま下船した。
張コウ:なかなかやりますね・・・!
周瑜:おぬしこそ。さすが三度死んだ男。
張コウ:ん?何のことです?
周瑜:気にするな。惜しいがここは一旦引くぞ!
ゴゴゴゴ・・・・
巨大な楼船が沈む。
潘璋:ああ〜もったいない・・・酒・・・。
蒋欽:そっちかよ!
周泰:船一隻だぞ。酒どころじゃない。朱然のやつ・・・・。
凌統:本当だ!俺の部下もいっぱい沈んだぞ!
朱桓:いや待ってください、朱義封殿は伏兵じゃなかったってことじゃ?
陸遜:伏兵の伏兵が周公瑾殿だったのですよ。
甘寧:そもそもなんで伏兵の伏兵なんてもんが必要だったんだ?
陸遜:・・・・さあ?
諸葛瑾:ああ〜〜私の準備した船が〜〜食糧が〜〜酒がぁぁ〜
朱桓:ところで周公瑾殿はどこへ?
魯粛:何度もいうようだが、この「三国志」という本によると・・・
甘寧:(魯粛から本を奪ってビリビリと破く)
陸遜:野暮なことはいいっこなし、ですよね?
程普:やつらはどこだ?
呂範:とっくに逃げましたよ。
甘寧:おや?あれは?
沈み行く船の舳先に人影が二つ。
魯粛:・・・太史慈と張遼だな、あれは。
丁奉:まだ飲んでたのか!すごい神経だ!
甘寧:そっとしとこうぜ、あれは。それより殿は?
潘璋:あっちで董襲が助けようとして溺れかけてます。
凌統:殿!ご無事ですか!
董襲:ハアハア、ゼイゼイ。お、俺いつか死ぬ・・・・。
孫権はもうすっかりうたた寝状態であった。
遠くで曹操の声が聞こえた気がした。
曹操:あの子が欲しい〜〜〜〜!
濡須口の戦いはこうして終わった。
(オイオイ)
太史慈:・・・なにやら騒がしかったようだが・・・
張遼:そのようだな。まあ我らには関係ないことだ。
太史慈:ああ、良い月がでておる。
張遼:一時でもこうして酒が酌み交わせる好敵がいるのは良いものだなあ。
太史慈:そうだな。・・・どうでもいいが俺達沈んでいるようだぞ。
張遼:そのようだな。まあ、なるようになるさ。
太史慈:そうだな・・・。おぬしのその懐の深さ、気に入った。
張遼:はっはっは。そうか。だが一つだけ気になることがある。
太史慈:何だ?
張遼:俺は泳げないんだ。
太史慈:・・・・そうか。
しばらくの沈黙の後。
なにかが、自分たちの前を横切る。
張遼:・・・あれは何かな。
太史慈:・・・あれは・・・酒樽の船に乗った朱然という者だな。
張遼:ほお・・・なかなかに興味深い。
太史慈:樽ならここに二つばかりあるぞ。ほとんど中は空だが。
船はどんどん沈んでいく。
その後、月明かりの中、奇妙な酒樽が二つ、船から離脱した。
(了)