セイシュンのかたち


 

それはまだ、孫策が東呉学園に通っていた頃の事である。

同じクラスの周瑜公瑾は学年でもトップの秀才で、しかも絶世の美人である。
東呉学園は小等部からエスカレータ式になっている学園都市であるが、周瑜は他の小学校から中等部へ入学してきた。
その当時からもすでにただならぬ片鱗を見せていた。

中等部のころから孫策は運動部からスカウトがくるほどの運動神経の持ち主で、また父親が東呉商事の社長ということもあって学園内でも有名人であった。
女子にも当然人気があったが、孫策はまるで興味がなかった。
そんな孫策が、周瑜の隣の席になった。
最初はきれいな娘だな、と思っていただけだったのだがノートを忘れたりして周瑜にくっついて見せてもらったりしているうちになんとはなしに気にかかる存在になった。
これまで運動部やら男友達らとさわいでいる方が断然楽しかったという孫策にしてみれば晴天の霹靂というものであった。

決定的だったのは、剣道部の稽古の時、足を捻挫したまま稽古に出ていてそのうちひどく腫れてきてしまったときのことであった。
武道場から戻るとき、入り口のところに周瑜が孫策の鞄を持って立っていた。
片脚が痛むのでびっこをひいて歩いて行くと、
「やっぱり、無理してたんですね。はい。鞄持ってきたから、肩を貸しますよ」と言って孫策の肩を担いだ。
孫策は驚いた。
誰にも知られていなかった怪我のはずだったのに。
「なんでおまえ・・・」
「私、隣に座ってるんですよ?それくらいわかります。あんまり無理しちゃだめですよ」
他の女子たちは自分の部活するところを見てきゃあきゃあ騒いでいただけなのに。
「・・・まいったな・・」
「そういう捻挫は癖になりますから、きちんと直さないといけませんよ。帰りに大学の医局に寄っていきましょう」
周瑜は孫策の肩を担ぎながらにっこりと笑って言った。
「・・・わかったよ。すまないが肩を借りる」
肩を借りる、というけど、背の高さが違いすぎて、これではまるで周瑜の肩を抱いてるみたいな気もする。
ふわっ、と周瑜の髪の良い香りがした。
(うわ・・・すげ〜イイ香り・・・)
孫策はドキドキした。
いままで生きてきてこんな想いは初めてだった。
一旦意識しだしたら、もうマトモに周瑜の顔を見ることが出来ない。

大学の医局で治療してもらっている間もずっと周瑜を意識していた。
ここの大学には孫策の叔父の呉景が通っていたため、彼が孫策を迎えに来て車で送ることになった。
呉景は周瑜を見て、礼を言い、続いて孫策に耳打ちした。
「おい、綺麗な子だな!おまえのGFか?」
孫策は真っ赤になって「そ、そんなんじゃないよっ!」と叫んだ。
周瑜はなにかわからず不思議そうにしていたが、「じゃあ、私はこれで」といって踵を返した。
「あ・・・あっ・・そ、それじゃ、また明日な!今日はありがと!」
孫策はそう言って手を振ったがあきらかに狼狽していた。
呉景はそれをみてくすくす笑った。

もうその日以来、孫策は一途に周瑜を想い始めていたが、どうしてもそれを伝えることができなかった。
なにか言おうとすると、 その微笑の前にいつもドキマギしてしまって固まってしまう。

バスケット部の試合のときは応援の女子に囲まれているところをばっちり目撃されて 、話しかけようとすると相手にされず、
「モテていいですね」
と、とどめの一撃を食らった。
そのときは2、3日ど〜んと沈み込んでしまったものだ。

またあるときは、学校の裏庭の隅で周瑜が別の男子に告白されているところを盗み見した。
彼女の机の中に手紙を入れた男子を偶然目撃してしまったのだ。
それで放課後こっそり周瑜の後をつけたのだ。
孫策はドキドキしていた。
告白した男子は孫策の知らない男だったがなかなかの美男子だった。
「ごめんなさい」
周瑜は断った。
孫策は喜んだ。
そうしてあわてて教室に戻ってきたとき、その直後にもどってきた周瑜がじろっと見て言った。
「さっき盗み見していたでしょう。感心しませんね」
そう言ってぷい、とどこかへ行ってしまった。
そのあと、ちゃんと謝ったのだが、周瑜の機嫌は直らなかった。

追い掛けていって、周瑜の前に立ちはだかり一息に言った。

「気になったからっ・・・!俺、おまえが好きだから、気になったんだ!」

周瑜はびっくりした顔で振り向いた。

「嘘でしょう・・・?」
「本当だ」

「・・・・・」
「おまえは、どうだ?俺のこと・・・」
周瑜は孫策の方をちらりと見た。
ものすごく不安そうな顔をしている。
その顔が見慣れていなくて、おかしくて、周瑜はつい笑ってしまった。
「な、なんだよ・・・!?」
「あはは、ごめんごめん。あんまり孫くんが真面目な顔してるから・・・」
「俺は真面目だよ!こんなこと、生まれて初めて口にしたんだから」
孫策は少しふくれっつらになった。
「好きですよ」

一瞬だったから、ふいをつかれた。
「えっ?!」

周瑜は笑って歩いていってしまった。
「おい、ちょっと!もう一回!」
「二度も言えません」
 

それが二人の交際のきっかけだった。
 

それから二人は高等部に進学した。

高等部に入るとさらにまた余所からの入学者が増えた。
周瑜にはいつのまにか東呉の「薔薇の君」とかいうあだ名がついていて、上級生からも下級生からも絶大な人気があった。
ちなみにバスケ、ラグビー、サッカー、剣道、陸上の運動部掛け持ちで、しかも喧嘩っ早い孫策のあだ名は東呉学園の「暴れん坊将軍」だった。
 

ある朝、周瑜が朝登校してきたとき、後ろに孫策もいた。
周瑜がロッカーを開けると、ラッピングされた箱やら手紙やらが滑り出てきた。
「・・・・」
「おい、なんだそりゃ・・・おまえ今日誕生日かなんかだっけ?」
「いいえ。伯符、実はこの前の吹奏楽の大会で優勝してからずっとこうなんです」
「はあ?」

周瑜は吹奏楽部に入っており、先日のコンクールではソロ部門で優勝していた。
実はその様子がテレビで放映されていたのだった。
孫策には内緒だったが芸能プロからいくつかスカウトもあったのだ。

孫策は目を見開いて、周瑜のロッカーから落ちた手紙を拾い上げた。
封筒をあけて中身を見てみると・・・

「あなたの笛になりたい」

とだけ書かれていた。
孫策はその手紙をその場で破って捨てた。

一辺で朝から不機嫌になった孫策は、むすっとした顔で授業中も周瑜の方をじっと見つめていた。
(あいつが俺の彼女だって知りながらあんな手紙を?・・・まさかな)
思いつつ、孫策はあることに思い至った。
(そうか、知らないんだ、公瑾が俺とつきあってるって事を)
突然、授業中だというのに孫策が立ち上がった。
「公瑾!」
「えっっ?はい?」
孫策はつかつかと歩いていって、周瑜の腕を掴んだ。
「いくぞ!」
「え?あの、どこへ・・?」

何度も言うが授業中、である。

「こら、孫策伯符!何をやっとる!授業中だぞ!」

「センセイ、俺達これから結婚してくっから」
「は〜〜っ???」
「行こう」
「ちょ、ちょっと伯符、結婚って・・・!」
孫策は周瑜の腕をひっぱって教室から消えた。

「た、大変だ〜〜!!孫策くんと周瑜さんが結婚するって!!!!」
二人のいなくなった教室はパニック状態になった。
 
 

「ちょっと伯符!どういうことなんです!?」
手をひっぱられながら周瑜が訊く。
「だから結婚だって」
「何を・・・!私達まだ高校生なんですよ!?」
「高校生だって結婚できるさ」
校舎の正面玄関まで歩いてきて、孫策は周瑜を振り返る。
「俺達、アピール不足なんだよ」
「は?アピール・・?」
「そう。おまえにへんな手紙が来たりすんのは俺達がつきあってることを知らないからだろ?だからアピールするために結婚すんだ」
「伯符・・・・そんな短絡的な・・・」
周瑜はやれやれ、といった表情になる。
「アピールするのなら別に結婚までしなくてもいいじゃありませんか」
「あれ?おまえ、ヤなの?俺と結婚すんの」
「そうは言ってません。急ぎすぎだって言ってるんです」
「そうか?俺は別に・・・」
「それに!いっときますけど私地味婚はイヤなんです。ちゃんと花嫁衣装着たいし」
「わかった!じゃあ、買いに行こう」
「は?」
「だから花嫁衣装」
「あああ〜、そういう話をしてるんじゃないんですってば!」
「何だよ?」
周瑜は孫策の腕を振り払った。

「結婚はしません!」
周瑜はそうきっぱり言い切った。

「なんだよ・・・」
孫策は少ししょんぼりしたように言った。

「ねえ、伯符。結婚はもっと大人になってから考えましょうよ。今はまだ勉強だってしなくちゃいけないし、今やっておかなくちゃいけないことも多いですから」
「・・そっか」
「わかってくれました?」
「ああ。なら、予約はいいだろ?」
「予約?何の?」
「結婚の」
「・・・婚約のことですね」
「そうそう、それ!」
孫策の満面の笑みにあてられて、周瑜は苦笑した。
「・・・私達二人の間でだけなら・・・いいですよ」
「ホントか?・・・じゃあ、その証、今もらっていいか?」
「証?」
「これ」
孫策はすばやく周瑜の唇にキスした。
とたんに周瑜の顔が真っ赤になる。
「よし!じゃあ、行こう!」
孫策は今度は周瑜の肩を抱いて歩き出した。
「え?どこへ?結婚はしないっていま・・・」
「指輪買いに行くんだよ!婚約指輪!」
「ええ?!」
「いいじゃん。おまえの好きなの買ってやるよ。俺毎月こづかいためて結構金持ちなんだぜ」
 
 

その一部始終を全校生徒が窓から見ていたことに全然気づかない二人であった。
 
 

その後、周瑜が買ってもらったのはどういうわけか指輪ではなくて、銀のフルートだった。

周瑜はこう言ったそうだ。

「ねえ、婚約指輪って、もらったらすごく嬉しいものですよね。でも私が今一番もらって嬉しいのは銀のフルートかな。だってこれだと伯符といつも触れあっているような気がして・・・」

そう言ってフルートに唇を寄せる姿に悩殺された孫策なのであった。
 

この日を境に周瑜のロッカーに何か入ることはなかった。
そのかわり孫策のロッカーには男子生徒からの呼び出し状が入るようになった。
「のぞむところだ」といいながら一人一人潰していったのは言うまでもない。

この二人が社長と秘書の関係になるのはまだまだ先の事である。
 

(終)