彼氏彼女の事情



「ま〜ったく、うちのバカ息子どもときたら!」

株式会社北魏の会長である曹操は朝から怒っていた。

曹操の次男である曹彰が暴力事件を起こしたのだ。
曹操は先ほど警察とマスコミに金をやって事件を握りつぶさせたばかりである。
髪を金髪に染め、いつも悪そうな仲間をひきつれてはろくでもないことに首をつっこんでいる曹彰は洛陽大学に通う学生で、肉体派の代表みたいな男で兄と中は良くない。

長男・曹丕子桓は現在不倫の真っ最中であり
三男の曹植子建は高校三年で、次男とは正反対の色白でひ弱な学者タイプの青年である。
四男の曹熊にいたっては病弱の余り療養先に行ったきり戻ってこない。

「父上、落ち着いてください」
曹操をとなりで諫めるのは曹昂であった。
彼は愛人の息子なのだが、曹操が引き取って育てている、曹操の唯一の心のよりどころであった。
歳は曹丕よりひとつ上なのだが、自ら進んで曹丕のブレーンとなることを望んで今は経営を手伝っている。

「子攸よ、もう儂のたよりはおまえだけだ」
「何を気の弱いことを・・・」曹昂がそう言うと、背後からそれに同調する言葉が聞こえた。
「そうですよ、何をおっしゃっておられるんですか。会長ともあろうお方が」
「お、郭嘉か」
会長室の入り口に立ってこちらを見ているのは郭嘉奉孝、北魏のマネージメントリーダーである。
渋い鈍色のスーツを華麗に着こなしている。
北魏のホスト、とまで言われるくらい女にもてる、男前なのだ。

「おとといおっしゃっておられた袁術の娘の件ですが、調べましたところ、東呉学園高等部に通っておられるようです」
「女子高生か・・・・」
曹操はあごひげをなでながら言った。「美人か?」
「父上・・」曹昂は苦笑した。「私は外に出ていた方がよさそうですね」と言って部屋を退出していった。
郭嘉はそれを見送った。
「子攸くんは良い息子さんですねえ。サワヤカで」
「うむ、あれにも良い嫁を見つけてやらねばな」
「・・で、娘ですが、袁術の娘だけあってなかなか高飛車なところのある娘のようです。しかも孫堅の次男と同じクラスだそうで」
「う〜ん。どうしたものかな。孫策と結婚なんかされたりしたら、うちが商売をやりづらくなるのは見えているからな」
「袁術は娘に甘いようですから、娘に好きな男ができるようにし向けては?」
「・・・息子に誘惑させろとでもいうのか?」
「ええ。相手は高校生ですし」
「おまえがいったら一発だろ」
「・・・小娘は性にあわんのです」
郭嘉はしれっと言った。
曹操は、けっ、と一笑した。
「仕方がない、曹彰と曹植にやらそう」
「文烈くんは?」
「曹休か・・・ま、いいだろう」
曹休は曹操の甥である。
なかなか優秀な成績で大学を卒業したが、研究したいことがあるとかでまだ大学院に通っている。
「本当は子攸くんあたりがベストなんですけどね・・・」
「馬鹿言うな!大切な子攸をなんで袁術の娘なんかと!」
「・・・・」
 

会長室を出た郭嘉のもとへ背の低い、メガネをかけたスーツ姿の女がぺたぺたと歩いてきた。
社内用のスリッパを履いているのだ。
おまけにスーツの袖に汚れ防止用の水玉のリストバンドをしている。
まるで事務のオバチャン状態である。
「あっ!郭嘉さん!探していたんですよ〜」
「荀ケ・・・キミね・・・秘書なんだったらもちょっとなんとかしなさい、その格好」
「いいじゃないですか〜この方が動きやすいんだもん」
「・・で、私に何の用?」
「あ、陳羣さん、見ませんでした?」
「・・・どうしてそんなこと私にきくんだ。私はあいつの見張り番じゃないんだぞ」
「あ、じゃあ、徐庶さんは?」
「・・・今日お母さんの誕生日だっていって有給とって芝居見に行ってるよ・・・・ってだから私は見張り番じゃないって!」
「あっ、そうか!そういえば・・あははは!さすが郭嘉さん!ありがとうございます〜」
そう言って荀ケはまたぺたぺたとスリッパで走っていった。
「・・・・ちょっとはマシな秘書がいないのか・・・うちは」
そう言ってから郭嘉は、以前美人の秘書がいたがみんな社長や会長にくわれて辞めてしまったことを思い出した。
「・・・あれくらいが害がなくていいのかもなあ・・」
 
 
 

一方、こちらは東呉学園。

最近、孫権は歩ばかりに構ってちっとも振り向いてくれなくなった。
王も袁もすっかり影がうすくなり しょんぼりしていた。
「あ〜あ、やっぱ失恋なのかなあ」
袁術の娘、馨は屋上から校庭をながめてため息をついた。
校庭からは、孫権と歩が一緒に帰るのが見えた。
「どうしよう・・おとうさまの進める縁談、いちどのってみようかな」
馨は縁談の相手がだれだかまだ知らない。
「でも・・・・あきらめきれるのかな、私」

馨は家に帰って父に縁談を受けてもいい、と話した。
父である袁術はにこやかな笑顔になり、さっそく縁談相手の写真を持ってきた。
それを見ておどろいたのは馨だった。
「うそ・・!おとうさま、この方って東呉商事の社長じゃないの!」
「そうだ。知っておったのなら話は早い。歳は5つしか離れておらんしちょうどいいだろう?」
馨は一瞬孫権の顔が浮かんだ。
縁談の相手は孫権の兄、孫策。
もし孫策と結婚したら、孫権は弟ということに・・・
(これはなかなかおいしい話だわ!)
あくまでも彼女の物差しは孫権のためにしか働かなかった。
馨の脳裏には、何を思ったのか孫権一家と暮らす妄想が広がった。
(そうよ!孫策さんと結婚したって相手は社長だから忙しいはずよ!その間に仲謀くんを呼びつけて・・・うふふ♪お姉さまのいうことを聞きなさい、なんちゃって〜)
馨の中ではすでに結婚後のビジョンができあがっていたらしい。
「おとうさま!私孫策さまと結婚するわ!ええ、絶対する!」
 
 
 
 
 

「はーっくしょんっ!」

大きなくしゃみをしたのは孫策であった。
「大丈夫ですか?風邪でも・・?」
傍にいた周瑜は心配そうに見た。

「ああ、大丈夫だ。誰かが噂してるんだろ、俺のこと」
孫策は鼻の下をこすりながらそう言った。
「そういえば、会長、お話があるんだって言っておられましたが・・・」
「どうせ大したことじゃないんだろ」
そこへドアを開けて父が入ってきた。
「おい策。聞こえてるぞ。大したことじゃなくて悪かったな」
「げ!父上・・・」
「すまんが公瑾、茶を入れたら席を外してくれんか」
「はい」
孫堅は社長室の豪華なソファに座った。
周瑜はそのまえのテーブルにお茶を出して、部屋をあとにした。

「・・・で、何の話なんです?」
孫策は改まって孫堅のすわるソファの正面のソファに座った。

「実はな・・・」
そう言って、孫堅は胸ポケットから煙草を取り出し、火をつける。
「あ、それ一本だけにしておいてくれよ」
「ああ?ここ禁煙なのか?おまえだって吸うだろう?」
「俺最近止めてるんだ。めっきり本数も減ってる」
「ほう。殊勝なことだが、なんでまた急にだ?」
「公瑾が嫌いなんだ、煙草」
「ふ〜ん・・・」
孫堅は深く煙を吸い込んで吐き出すと、まえのテーブルにおいてある灰皿のうえに煙草を置いた。

「・・おまえさ、結婚する気はないか?」
「は?結婚?」
孫策は驚きを隠せなかった。
「おまえも東呉商事の社長としてそろそろ身を固めてもいいころだろうと俺は思う」
「そりゃ・・・父上は結婚早かったから・・・」
「おう!俺は妻を略奪したんだ!どうだ、すごいだろう!はっはっは!」
「・・もうその話は聞き飽きたって・・・」
「で、だ。実はおまえに縁談がきておる」
「縁談?誰と?」
「・・・・袁術のお嬢さんだ」
孫策は途端に不機嫌になった。
「・・・断る。俺が結婚するとしたら公瑾しかいないことくらい、わかってるだろ?!父上」
「・・・そういうとは思ったんだ・・・だがなあ・・・相手がなんだかすごく乗り気でなあ」
孫策はソファから立ち上がった。
「話にならない。そんな話は聞かなかったことにしてくれ」
孫堅は煙草を取り、ソファに掛けながら孫策を目で追った。
「それから!」孫策は父に向かって指さした。
「くれぐれも公瑾に余計なことを吹き込まないでくれよ!いいな!」
孫堅はそれには返事をせず、自分の吐いた煙を空中に見つめていた。
「困ったな〜・・・策よ、そうもいかんだろう」
「勝手にそんな話もってきて、困るのはこっちだ!」
孫堅はあくまで拒絶する息子を横目で見やり、ひとりごちた。
(しゃ〜ない。強攻策でいくしかないか・・・)
 
 

その頃、曹家では、袁術の娘を落とした息子には賞金を出す、ととても親子とは思えない会話が交わされていた。
曹彰は腕をまくり上げて力コブをつくりながら、
「おう!そんな娘、俺にかかればイチコロだぜ〜!」
「彰兄さん、自信過剰は、けがのもと」と曹植が言う。
「ええ〜い!うざったい!いちいち五・七・五で言うな!ばかもの!」曹彰は怒って曹植の頭をはたいた。
「ああいたい、体力馬鹿は、加減しらず。あ、字余り」
「うるさ〜い!」よせばいいのに曹植はまたしても頭をはたかれた。
その様子を見るにつけ、ため息をつく父・曹操であった。
「おまえは?文烈」
その二人をまるで傍観者のごとくひややかな目でみていた曹休は曹操を振り向いた。
「もちろん、やりますよ。ボクは今度フェラーリがほしいんですよね」
曹操はげんなりした。
「あ、父上、私は漢魏・隋・唐・北宋六朝詩選集の原板が欲しいです〜!」曹植は手をあげてそう言う。
それを押しのけて曹彰は
「親父殿、俺は現ナマがいいで〜す」
とドスの利いた声で言う。
曹操はとほほ、となってつい口に出した。
「か・・・かわいくない・・・」
 
 
 
 
 

(終)