第一営業部長の甘寧は、元暴走族であった。
今でも、昔の舎弟や現・族の総長なんかが挨拶にくるらしい。
東呉商事に来る前は劉表グループの営業マンをやっていたが、偶然行きつけの飲み屋で意気投合した呂蒙と気があって、転職してきたのだ。
この半分ヤクザみたいな男と真面目を絵に描いたような呂蒙とが気が合うことは皆が不思議に思うところであった。
周瑜が長期休暇中なので、呂蒙の部署は忙しかったが、それでも甘寧に誘われて夜遅くから飲みに出かけることも少なくなかった。
この日も、二人夜10時をまわってから行きつけの店に出かけた。
その途中、甘寧と呂蒙は夜道で、いかにもそれっぽい男たちに絡まれている女二人組を見た。
「おい」
甘寧がずい、と女の子たちの前に出ると、絡んでいた不良たちは睨むようにして甘寧に挑んできた。
「ああ?なんだ〜?てめえ?」
不良の一人が甘寧の前に立っていきり立った。
「ボケが。俺の前に汚ねぇツラ見せんじゃねえ」
甘寧がそう言うと不良たちは一斉に甘寧に向かって行こうとした。
そのとき、甘寧が構えると、鈴の音がした。
「お、おい、ちょっとまて!」
男達の一人が皆を制止した。
「も、もしかして・・・あんた、鈴の甘寧・・・さん?」
「おう、良く知ってんな」
「わっ!や、やっぱり!!お、おまえら、ヤバイって!この人、あの伝説の三代目総長・甘寧さんだ!」
そこにいた全員が声をあげて謝り、速攻逃げていった。
それを見て女の子二人組もヤバイ男だと思ったようでその場から走って逃げていった。
「やれやれ、折角誘おうと思ったのになあ。くそ、こんなにいい男がいるってのに」
その様子を見ていた呂蒙はため息をついた。
「おまえって、やっぱりそういうキャラなんだな・・・」
「どういう意味だよ?」
「俺なんでおまえと友達なのかよくわからなくなってきた・・・」
「少なくとも女の趣味は違うよな」
「ああ、そうだな。おまえは面食いだもんな」
「子明は誰でもいいんだっけか?」甘寧がくっくっく、と笑う。
「ばぁか。ところでおまえ、なんで鈴なんかつけてるんだ?」
「ああ、これか?いろいろいわくがあってな・・・むか〜し・・・ ・・やっぱやめだ」
「なんだよ・・・」
店のマスターは蘇飛という男で、カウンターに座ってゆっくり飲む二人の良い話し相手になっていた。
「そういえば周瑜さん、いつから戻ってくるって?」
甘寧がそう切り出す。
「来週からだって、聞いてるよ」
「ふうん、そりゃ何よりだ。なんだかんだで二週間くらい不在だったんだよな?」
「ああ・・・あの人がいかにうまく仕事を回してくれていたのか、身にしみたよ・・・」
「魯粛さんも大変そうだったもんな」
甘寧は丸い氷の入ったロックグラスを傾けていた。
「噂で聞いたんだけどな、社長に縁談があって、会長が周瑜さんを遠ざけようとしたせいだって話だぜ」
呂蒙はそれを黙って聞いていた。
ロンググラスに注がれたビールをあおって、「マスター、おかわり」と言って空いたグラスを前に出す。
「それに関しては俺は何とも言えないよ」
「社長もさ、ぐずぐずしてないではやいとこかっさらっちまえばいいのに」
「かっさらうって、おい興覇」
「嫁さんにもらっちまえってことだよ。そりゃ、会社の男連中はがっかりするだろうけどな。俺も含めて、さ」
「・・・・だけど、そうすると周瑜さん会社を辞めちゃうじゃないか・・・俺はそっちの方が嫌だな」
呂蒙は、マスターが差し出すビールを受け取ってそれに口を付ける。
「ま、女としての周瑜さんの幸せを考えたら、それは仕方がないんじゃないか?」
甘寧はバーボンのロックをちびちびと飲みながらそう言った。
「おまえは直接関係ないとこにいるからそんなことが言えるんだよ」
呂蒙は甘寧の顔を睨むようにして言う。
「おまえが替わってやればいいじゃないか」甘寧はさらっと言う。
「そんなことが出来たらとっくにやってるよ・・・」
「あ〜あ、情けないねえ。もっとこう、ど〜んと構えてやる、ってわけにはいかないのか?」
「どうせ情けないよ」
「いやだねえ、いじけた男ってのは」甘寧はそう言って笑う。
呂蒙は気を悪くした様子もなく、ふん、と言ってビールを飲んでいた。
店の扉の上に取り付けられた鈴が鳴って、別の客が入ってきたことを報せた。
「お?甘寧に呂蒙か」
カウンターに座っていた二人に声を掛けたのは、今店に入ってきたばかりの孫策だった。
「あっ、社長・・!」
二人は立ち上がって挨拶した。
「ああ、いいって」
孫堅は両手で二人を制し、
「ここで一緒に飲んでも構わないか?」と言った。
「ええ、どうぞ!」
呂蒙は少し興奮した様子で応えた。
「そうか、すまんな」
呂蒙の隣に座った孫策はボトルキープしてあったコニャックをダブルで、と頼んだ。
「おまえ達も飲めよ」
孫策が勧めるので甘寧は大喜びしてはい!と頷いた。
「いや〜一回のんでみたかったんス、こういうの」
一介のサラリーマンが日常で飲めるような代物では、当然ない。
甘寧は目をキラキラさせていた。
「社長、今日はお一人なんですか?」
「ああ、さっきまで仕事で人と会っていたんだが、少しゆっくり飲みたくなってな」
呂蒙は、いつも社長のスケジュールを調整していたのが周瑜だったことを思いだした。
「大丈夫ですか?社長」
呂蒙は、つい訊いてしまった。
「何がだ?子明」
「いえ・・・すみません」
「公瑾のことか?あいつももうこっちに戻ってきているし、心配はないぞ」
「はい・・・ですが、仕事には戻られるんでしょうか」
「ああ。早く仕事がしたい、と言っていたぞ」
「ほ、本当ですかっ!?」呂蒙は途端に元気になった。
「ああ、本当は今日からでも来たかったと言っていたが、切りがいいところで来週からにさせた」
「そうなんですか」
呂蒙はほっと息をついた。
「良かった・・・」
その様子を見て孫策はくすり、と笑った。
「あいつ、今俺のマンションにいるんだ」
「え?社長のマンションに・・?」
「ああ。このままずっといてもらうつもりだ」
「はあ・・・・」呂蒙が話が飲み込めない、と言う風な反応を示すのを、甘寧がとなりから肘で呂蒙の脇腹をこづいて窘めた。
「馬鹿、社長は周瑜さんと一緒に暮らすっつってんだよ。で?社長、プロポーズしたんですか?」
甘寧は高級な酒を飲んでご機嫌だった。
「した」
孫策はニヤリとして応えた。
「えっ!?ほ、本当ですか!?」
呂蒙は本当に驚いたようだった。
「ああ、めでたく婚約ってことになった」
「・・・・!そ・・そうなんですか・・・それは・・おめでとうございます・・・」
呂蒙は複雑な顔をした。
「社長、こいつ、周瑜さんが社長と結婚したら会社を辞めることになるってのが気に入らないらしいんですよ」
甘寧がそう説明する。
「な、なんだよ、気に入らないなんて言ってないだろ!」
呂蒙が甘寧に食ってかかる。
「安心しろ。結婚はまだ先だ」
「え・・・?ど、どうしてですか?」
「公瑾のやつ、まだ仕事でやりたいことがあるんだとさ」
「へえ。結婚より仕事の方が大事なんですかねえ」
甘寧はつまみのナッツをほおばりながら言った。
「あいつはそういうとこ、男勝りだからな」
「結婚しても働くっていうの、ダメなんスか?」甘寧がそう訊くと
「・・・俺は家にいてもらいたいんだ。けじめを付けたいし。公瑾も、社長の妻、って立場で職場にいると皆に気を使わせるんじゃないか、って気にしてるしな」
と孫策は応えた。
「・・やっぱり、そうなんですか・・」呂蒙は少しがっかりした様子で言った。
孫策はそんな呂蒙に言った。
「公瑾が、おまえになら後を任せられる、と言っていたぞ」
呂蒙は驚いて孫策を見た。
「えっ!?だ、誰が誰に?」
甘寧は呂蒙を見て笑った。
「おまえにだってさ、子明」
呂蒙はみるみるうちに赤くなっていた。
「そ、そんな・・お、俺なんか・・全然・・周瑜さんの足元にも及ばないし・・・」
「おまえが頑張ってくれないと俺が困るんだがな」
孫策がそう言うと、さらに甘寧が追い打ちをかけるように言う。
「社長が結婚できるかどうかはおまえ次第、ってことだな!子明」
「ええ〜〜っ!?そ、そんな・・・・俺、そういうプレッシャーに弱いんですから、止めてくださいよ・・・!」
「ま、頑張れよな」
甘寧は呂蒙の背中をばんばん、と叩いた。その拍子に甘寧の鈴がなった。
「ん?何の音だ?」孫策が訪ねると甘寧は尻のポケットからケータイを取り出した。そのストラップに鈴がついている。
「これ・・・俺が中坊んとき可愛がってた猫の形見なんス」
呂蒙はそれを聞いてブッ、と噴出した。
「おまえのキャラ、俺ほんとわからなくなってきたよ・・・」
(終)