東呉商事の子会社・東呉警備保障の代表取締役を務める太史慈は独身である。
東呉警備保障には200名を越える社員が在籍している。
その殆どが警備員としていろいろな場所に派遣されていくのだが、その中でも尤も忙しいのは社長の太史慈だったかもしれない。
なぜなら彼は会社の経営だけでなく、親会社の社長である孫策の身辺警護を自ら行っているからであった。
家は呉都の都心の高層マンションにあるが、殆ど帰っていないといってもいい。
東呉商事の宿直室に泊まりっぱなしなのだ。
その彼が最近、様子がおかしい、と気付いたのは社長室秘書の大喬であった。
「なにかあったのかしら・・・」
と心配してそのことを孫策に進言してみた。
「様子がおかしいって、どうおかしいんだ?」
孫策は社長の机に座って書類に目を通しながら、大喬に答える。
「ええ、こないだも・・・」
大喬がそれに気付いたのは三日前だった。
その日の昼、太史慈は休憩を取るらしく、ビルから出て向かいの喫茶店に入っていった。
ランチをとろうと大喬と小喬は表をあるいているときに太史慈を見かけたのだった。
背が高く、がっちりした身体つきの太史慈は目立つ。おまけに警備服を身につけているのでいかにも堅そうなかんじだ。
だが精悍な顔つきに警帽をかぶった姿は女性の目を惹くことこの上ない。
大喬と小喬はランチを太史慈の入った同じ店でとろうということにした。
太史慈は壁際のテーブルに一人で座っていた。
その様子をおもしろ半分でながめていた二人だったが、太史慈がなにやら帽子を取って頭を押さえ、ため息ばかりついているのを見て、少し心配になった。
「どうしたのかしらね?」
「なにか悩みでもあるのかしら?」
それからしばらくして店を出た太史慈は今度は花屋の前で立ちつくしていた。
「花を買おうかどうしようか迷ってるみたいね」
「好きな人でもいるのかな?」
「ええ〜っ!?本当?」
「何よ小喬、あんた太史慈さんに気があるって言うの?」
「だって〜〜いい男はやっぱ独身の方がステキじゃない」
「でも太史慈さんが花を買うなんて・・・やっぱり女じゃない?」
結局太史慈は何も買わずにその前を通り過ぎて会社へ戻っていった。
「その後もなんどかそういう光景を見たんですよ。きのうなんか、宝石店に入って、指輪とかネックレスとか見てました」
「ふ〜ん・・・」
孫策は大喬がちょっとストーカーじみた行為をしていることの方が気になったが、
「ま、俺からそれとなく訊いてみるよ」
とだけ言った。
「社長、もし太史慈さんに好きな人ができたんだったら教えてくださいね!」
「・・・・まあ、相手によりけり、だな」
「そんな〜〜!ひどいわ!教えてくださいよ〜!」
「だってもし不倫とかだったらマズイだろ?」
「が〜ん・・・・あの真面目な太史慈さんが、不倫・・・??」
「おいおい、万一、だって」
孫策の前から大喬はふらふらと遠ざかっていった。
ショックを受けているようだった。
「〜〜ああ、なんかまずいことにならなきゃいいが・・」
孫策は相手が社内でも一、二を争うスピーカーだと言うことを忘れていた。
そしてそんな孫策自身も目撃してしまうのだった。
昼に食事に誘おうと思っていた周瑜に、約束があるからと先にことわられてしまったので、仕方為しに一人で外へ出かけた。
その孫策が数メートル先を歩く太史慈に気付いた。
「・・・子義か・・・。どこへ行くんだろう」
ふと先ほどの大喬の話を思い出した。
そして、よく見ると、その隣には周瑜がいるではないか。
「・・・・・どうしてあいつと一緒なんだ・・?約束ってのはこれだったのか・・?」
孫策は急に心配になって、こっそり後をつけた。
二人は一流ブランドの宝石店に入っていった。
表はガラス張りになっているので、わざわざ中に入らなくても二人の様子は見ることが出来た。
ショウケースに見入っている周瑜はなんだか楽しそうだった。
孫策が今年の周瑜の誕生日になにかプレゼントをしようとしたとき、宝石など欲しがらなかった。
それでずっと延期になっていて未だになにも受け取って貰えていない。
なのに、なぜあんなにも楽しそうなのだろう。
いらないといいつつも本当は欲しかったのだろうか。
「う〜、くそ!」
なんだか悔しい孫策であった。
そうこうしている間に、二人はなにごとか話し合いながら店から出てきた。
孫策は慌てて路地に逃げ込む。
太史慈と周瑜、この目立つ二人組はそのまま100M先にある百貨店に入っていった。
またまたこっそりと後をつける孫策であった。
「あれ、社長、買い物ッスか?」
急に声を掛けられて心臓が飛び出すかと思うくらい驚いた孫策だった。
振り向くと呂蒙と魯粛が立っている。
「ああ、おどろいた、おまえたちか。昼飯か?」
「ええ。社長もですか?よければご一緒しませんか?」
「・・ああ、いや俺はちょっと用事があって、だな」
孫策は語尾を濁した。
「はは〜ん、社長、アレでしょう?」
魯粛が奥に入っていく太史慈達を指した。
「う・・い、いや・・・」
「隠さなくてもいいですよ。気になるんでしょ?あの二人」
魯粛がニヤニヤして言う。
「あ、俺そういえば昨日の帰り、子義が周瑜さんに相談があるっていって呼び止めたの見てましたよ」
「・・・・本当か、子明」
「ええ・・・あ」
魯粛が隣で「余計なことを」と言ってこづいた。
「す、すみません、俺・・考え無しなこと言っちゃって・・・」
「ま、大丈夫でしょう。子義の事だから社長を裏切ったりはしませんよ」
「・・・そうか?」
魯粛の言葉に孫策は少しほっとした。
そうは言われたもののやはり心配で、後をつけた。すると彼らは今度は調理器具売り場にいた。
「調理器具・・・?」
孫策はいぶかしんだ。
「太史慈さん、これこれ!私だったらこれすごく欲しいです」
周瑜が手にとっていたのは圧力鍋だった。
「・・・やっぱり女性はこういうものの方がいいんですかねえ」
「この調理器具のシリーズひとそろえあったら嬉しいですね〜でもなかなか買えないんですよね」
周瑜がそう言ってため息をつく。
孫策は離れたところから目を凝らしてその調理器具一式の値段を見た。
89万円。
たしかに鍋やフライパンなんかにしては高価だとは思うが、孫策にしてみれば宝石のほうがその何倍も高いではないか、と思う。
孫策は我慢できずに周瑜の前に姿を現した。
「社長・・・!どうしてここへ」
太史慈も驚いていた。
「ここへ昼飯を食いにいく途中おまえ達を見たんでつい、な」
孫策はわざとらしく笑って見せた。
それにピン、ときた太史慈は
「すみませんっ!周瑜さんをお借りしました。あの、全然なんということはないんです。・・・どうしてもいいか、もうわからなくて」
と言って深々と頭を下げた。
「社長、太史慈さんは会長から頼まれ事をしたんですよ」
「頼まれ事?」
周瑜の言葉に孫策はオウム返しに訊いた。
「うちの奥さんが喜ぶ贈り物を考えろ、だそうです」
「はあ・・・?なんでそんなことを、おまえに」
孫策は父が母の気を惹こうと考えていることはわかったがそれをまたどうしてそういうことに一番縁のなさそうな太史慈に頼むのかが解らなかった。
「会長の奥様は、太史慈さんが真面目なのをご存知だから、この前会長が奥様のご実家に伺ったときに言われたんだそうです。ご自分の旦那様が太史慈さんみたいだったら良かったのに、って。それできっとやきもちを妬かれてこんな難題を出したのだと思うんです」
そういえば先週末、父が母の実家に行こうとしたとき、車がパンクしてしまって太史慈の車で送ってもらったことを思い出した。
周瑜が説明して、やっと謎が解けた。
「・・・なんという大人げない親父だ・・・・」
孫策は頭を抱えた。
そして太史慈の肩をぽん、と叩いた。
「すまんな・・・なんだかおかしなことに巻き込んで。もういいから帰れ。親父には俺から言っておくから」
「は・・・」
こうして太史慈はここ数日の悩みから解放された。
孫堅が孫策にまたしても叱られたのは当然であった。
というわけで母親は未だに帰っては来なかった。
しかし、一つだけ良いこともあった。
ずっと後回しになっていた周瑜の誕生日のプレゼントに孫策が送った調理器具セット一式は彼女を大喜びさせたのだった。
それは同時に孫家の食卓事情にも直接関わりのあることとなったのだが。
一方太史慈は社内で大喬と小喬に不倫疑惑を広められて困ることになるのだった。
(終)